第20話
城へ到着する。高い塀に囲まれており、前庭へと続く門には案の定、数名の兵士が見張りに立っている。見るからに頑丈な門も閉じられているので、正面突破は不可能に近い。
さて、どうするか。一瞬だけ悩んだが、ロミルに可能な選択はひとつしかない。塀を飛び越えて、城へ忍び込むのだ。
周囲の様子を確認する。ゆうに三メートルはあろうかという塀があるだけに、門以外の警戒レベルは低そうだ。
だからといっていきなり塀の上まで移動すれば、前庭にも兵士がいた場合、すぐに見つかってしまう。
その場合でも逃げ切れるだろうが、侵入者を発見した以上、城内は確実に慌ただしくなる。王女の処刑を控えてるだけに、忍び込もうとした事情も簡単にバレる。
結果として王女の監視はさらにキツくなり、助け出すのが困難になる。考えなしに、行動するわけにはいかなかった。
「やれやれ。我ながら、厄介な依頼を引き受けちまったもんだ。ま、城に忍び込むってのは、盗賊っぽいけどな」
巨乳の女剣士と熟れた人妻の色香に惑わされた形になったが、峠道で旅人を襲うだけの仕事よりもずっとスリルがある。
背中にべっとりと緊張の汗をかくなど、いつ以来だろうか。もしかすると、ロミルの人生で初めてかもしれない。
盗賊になったと教えてないだけに、王都で息子が捕まったと知ったら、両親も悲しむ。なんとしてでも、無事に依頼を達成するしかない。
適当な小石を前庭へ放り投げる。塀の内側に誰かがいれば、即座に気付くはずだ。
反応はない。兵士がいるのは、城門だけだろうか。決めつけるにはまだ早い。塀を背にする形で、改めて周囲の様子を窺う。
誰かが通りかかりそうな感じはない。塀の内側にも人がいる気配はしない。今ならいけるか。意を決して跳躍する。
身体能力に優れているロミルが、他人の三分の一しか重力を感じなければ、超人的なジャンプも可能になる。
手を伸ばして三メートルの塀の上に手をかける。こっそりと顔を出してみる。無人ではなかったが、前庭には二名しか見張りがいない。しかも、そのうちのひとりはやる気なさそうにぶらぶらしてるだけだ。
実質的にひとりだけで見張りをしている前庭を突破するのは、さほど難易度が高くない。
やる気のない兵士が目を閉じて欠伸をする。タイミングよく、もうひとりの兵士はロミルがいるのと逆の塀の方を見ている。
今だ。塀の上に乗る。持ち前のスピードを活かして全力疾走する。
前庭にいる兵士や、街中を巡回中の衛兵へ見つかる前に、スピードが乗った状態でジャンプする。
テラスの柵らしきものを両手で掴み、一気に飛び越えた。
侵入したテラス内に、警戒の視線を這わせる。見張りの兵士も、逢い引きしている城の関係者もいない。完全にロミルひとりだ。
外から見つからないようにうつ伏せになってから、ふうと安堵の息を吐いた。反則じみた動きができるとはいえ、四方八方を兵士に囲まれれば終わりだ。
動体視力と身体能力に優れ、他人の三分の一しか重力を感じないロミルでも、決して無敵というわけではないのである。
「さて。これからどうするかな。なんとか城内へ入れればいいんだが……」
鍵開けの能力が不足してるだけに、不安が残る。一応、鍵開けなどに使う盗賊専門の七つ道具も所持していたりするが、使った経験はほとんどない。
試しに近くにあったドアで使ってみるも、やはり上手く開けられなかった。城内にも兵士がいるのを考慮すれば、あまり長い時間うるさくするわけにもいかない。
「仕方ねえな。少し荒っぽい方法を使うか」
カーテンをつけられていない窓へ移動し、城内の様子を窺う。どこの廊下かはわからないが、今は見回り中の兵士もいない。絶好のチャンスだ。
ショートソードの柄をぶつけて、窓の一部を割る。そこから手を伸ばし、鍵を開ける。開いた窓から城内へ入り、素早く移動する。
幸いにして鍵のかかってない部屋があったので、そこへ入った。割られた窓を兵士が発見する前に、急いで物陰へ隠れる。
「今度は、サラがどこにいるのかを見つけねえとな」
見回りに来た兵士を締めあげて吐かせるのが一番だが、知らなかった場合に困る。考えていたとおりにいかず、味方を呼ばれても大変だ。
結局は自力で探すしかないと諦め、まずは廊下へ戻る。割った窓の破片をパズルみたいに合わせ、遠目からでは亀裂がわからないようにする。
適当な巡回しかしない兵士なら、恐らくは気付かない。几帳面な兵士がいたなら、諦めるだけだ。王城に侵入しているのだから、どんなに頑張っても多少のリスクは残る。
柱の陰などに隠れながら、サラが捕らわれてる部屋を探す。反逆者とはいえ、自国の王女だ。地下牢に入れなかったことからも、極端に粗末な扱いをしてないのがわかる。
もしかしたら、有力者たちの慰み者にされてる可能性もある。こんな時でも卑猥な妄想をふくらませるあたり、ロミルはかなりのスケベだった。ゆえに報酬に釣られて、難易度の高い王女救出の依頼も承諾した。
目星をつけたからといって、見境なしに部屋を開けて回るわけにもいかない。そんな真似をしたら、すぐに兵士を呼ばれて終わりだ。とにかく慎重に行動する必要がある。
足音を立てないように注意しながら、なるべく豪華で見張りの多い部屋を探す。恐らくはそこに、サラが捕らわれているはずだ。
常に兵士の目があると想定し、従来では考えられないほど丁寧かつ繊細に行動する。おかげでまだ発見されてないが、自由に動けない。近いうちに処刑するサラがいるからかどうかは不明だが、こんなにいるのかと思うほど見回りの兵士が多い。中には騎士と思われる連中もいる。これではサラを探すどころか、見つからないようにするだけで精一杯だ。
仕方なしにエリシアを見つけて助力を仰ごうとしたが、肝心要の女剣士の姿がどこにもない。てっきり城に滞在してると思っていただけに、大誤算だった。
酒場で会った時に、どこに泊まってるのかを聞いておくべきだった。後悔先に立たずとは、よくいったものだ。心の中で愚痴りつつ、それでも懸命にサラの居場所を探す。
秘密の通路でもあればいいが、城の見取り図すら手に入れられてないロミルに見つけられる可能性は低い。頭の中で移動した場所を思い返しながら、独自の地図を作るのがやっとだ。
騎士たちが守っている部屋に狙いを絞るも、何故か二桁近く存在した。それだけ要人がいるのか、もしくはダミーを作っているかのどちらかだ。
住民たちの評判は芳しくなかったが、どうやら頭は悪くないらしい。サラの父親――ムルカの国王の周到さに辟易する。
ダミーまで作ってサラの居場所を攪乱させるような人間が、簡単に見分けがつくようにしてると思えない。下手をすれば、見張りをつけていない普通の部屋に捕らえてる可能性だって出てくる。
「まいったな。手詰まりっぽいぞ」
味方がいるならともかく、現在のロミルは単独行動中だ。援軍を頼める相手もいない。個人の力でなんとかするしかないのである。
せめて居場所さえわかれば、天から与えられた特殊能力を活かして近づける。
「こんなことなら、便利なアイテムを調達してくればよかったな」
簡易式の催涙スプレーや、相手を眠らせる効果を発揮する魔法道具などだ。
王都で調達すれば、城へ忍び込もうとしてるのがバレるかもしれない。それは建前で、実際は金がないだけだった。エリシアに踊り子をさせて得た金は、すべて飲食代に消えた。
酒場で暴れた弁償金などはサラが支払ってくれたが、それ以外では一ゼニーも貰っていない。ロミルは盗賊で、何もせずに金を貰う物乞いではない。金が欲しければ盗む。
格好をつけたはいいが、助けた時に少しでも貰っておけばよかったと今さらながらに後悔する。
「――おっと。また誰かが来るみたいだな。隠れるとするか」
複数の足音が近づいてくる。気配を消し、柱の陰に身を潜める。
足音のする方を注視する。ロミルが現在いる廊下へやってきたのは、二名の兵士だった。
「おい、聞いたか。何者かが侵入した形跡があったらしいぞ」
「ああ。窓が割られてたんだろ。おかげで警備の人員を増やすと、緊急招集だ。誰だか知らないが、余計な真似をしてくれる。睡眠時間を返してもらいたいぜ」
大きな声で会話をしながら、廊下を全速力で駆け抜けていく。どうやら、ロミルが侵入した例の窓へ向かってるようだ。
兵士たちがいなくなっても、念のために柱の陰から出ずにしばらくじっとする。忍び込んだのがバレたからといって、冷静さを失うのが一番危険だ。深呼吸して気持ちを落ち着かせたあと、どう動くかを考える。
予想よりも早かったが、侵入した形跡が見つかるのは想定の範囲内だ。それまでにサラの居場所を見つけておき、城内が混乱した隙に救出しようと考えていた。
順調にいくのを願っていたが、最初から最後まで運任せに近い作戦が、滞りなく終了するとは思っていなかった。
その際は慌てふためく兵士たちのあとをつけ、自動的にサラが捕まってる部屋まで案内してもらうつもりだった。
ところが、ここでも問題が発生する。わらわらとやってきた兵士の数が多すぎて、城内を自由に動き回れるような状況ではなくなってしまったのだ。
身を隠しながら、兵士の目が少なさそうな場所へ移動する。結果として、重要な地点からは自然と遠ざかる。ますますサラの居場所もわからなくなるといった悪循環だ。
「チッ。城へ忍び込むんだから甘くねえとは思ってたが、これほどとはな」
普通ならキャンセルしたいと思ってもおかしくないが、そんなつもりは毛頭なかった。ロミルにとって、女性経験を得られるのは何にも代え難い報酬なのである。
相手が見知った顔の美人で巨乳な女剣士となればなおさらだ。熟れた人妻のおまけ付きが完全な駄目押しで、命を懸けても惜しくないと本気で思った。
何がなんでも、依頼を達成して報酬を受け取る。当初の目標に変更はないが、成功へ辿り着く道の険しさは半端ではない。ひと息つくために、人けのない裏庭へ移動する。
忍び込んだ賊――つまりはロミルを逃さないように、城門や前庭周辺には大勢の兵士や騎士が配置された。その上で城内の警備人員も増えた。
「おとなしく捕まってやるつもりはねえが、ちとピンチだな。サラの居場所はわかんねえし、街へ戻って出直そうにも脱出経路は塞がれたも同然じゃねえか」
ひとりごちながら、裏庭の目立たないところを歩く。城の陰に隠れてるので、誰かがこの場にやってこない限りは見つかりにくい。
通常の三分の一しか重力を感じていなくとも、動き続ければ疲労も溜まる。人の三倍、体力があるわけではないのだ。
地面に座って、軽い休憩を取る。兵士が突然現れたとしても、慌てる必要はない。ロミルにとっては普通の動作でも、相手には違う。三倍速の映像を見せられてるに等しいのである。
すぐにカタをつけられると思っていたが、想像以上に長引きそうだ。改めてどうするか悩む。そのうちにロミルは、座っている地面に違和感を覚えた。
土の上に直接座っているのだが、弾力というか柔らかさが足りないような気がする。それもお尻をのせている部分だけだ。胡坐をかいている太腿には、本来の土の感触が伝わっている。
「なんか、座り辛いな」
立ち上がって、少し離れた地面に腰を下ろす。先ほどとは変わって、何の違和感もない。ただ土の上に座っているだけだ。
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