第19話

 野盗に出会ったりもせず、王都までの道のりは順調だった。街道ではなく、山道を通った。寄り道をせず、最短距離で目的地へ到着するためだ。


 そのおかげもあって、三日もしないうちに王都へ着いた。肉体的な疲労はあるものの、サラを助け出したあとの幸せな時間を想像すれば気にならなくなる。


 現状がどうなってるのかを確認するために、宿に泊まっている客を中心に聞き込みをしてみた。気合を入れるまでもなく、簡単に情報が集まった。


 聞き込みどうこうの前に、王都全体がサラの話題で持ちきりだった。無理もない。見目麗しい爆乳王女が、国家反逆罪で処刑されると発表されたのだ。


 興味を抑えきれない連中は、ロミルが聞くより先に「王女の件は聞いたか?」なんて話しかけてくる。知ってる情報を勝手に喋り、興奮した面持ちで同意を求めたりする。適当な相槌を打つだけで、情報収集ができた。


 今回の件は、贅沢な生活をする王族は態度を改めるべきだと、執拗にサラが父親の国王へ求めたからだともっぱらだ。城から出ずにパーティーばかりをしたがる国王と違い、サラは民の現状を知るべく、頻繁に各町を視察していたらしい。


 民の声に耳を傾けるサラの人気は高く、いずれ女王になれば善政をしてくれると評判だった。父親の現国王は、それが気に入らなかった。


 何度も娘を説得しようとしたが、民のことを考えろと反発されるばかり。やがて血が繋がっていようとも、忌々しく思うようになった。


 このままでは国王の座を追われかねない。そう判断した現国王が、適当な理由をつけて王女を処刑する。なんとも狂った理由だが、話を聞いていると、やりかねない人物なのはわかった。


 盗賊稼業に励んでたロミルは知らなかったが、無能な王として有名なようだ。国王自身に興味はないが、お宝は溜め込んでそうな雰囲気がある。


 サラと国王の関係などの話はたくさん聞けたが、居場所を特定できる有力な情報には出会えなかった。昼過ぎに王都へ到着していたのもあり、話を聞いて回ってるうちに、日が沈んで夜になった。


 これ以上の情報収集を諦める。どうやら実際に城へ忍び込んで、サラの居場所を探すしかなさそうだ。夜に向けての英気を養うため、ロミルは宿屋近くの酒場に入る。


 どこか空いてる席がないか見て回っていると、意外な人物の顔を見つけた。避けるのではなく、気づいていない相手にこちらから近づく。


「よう。珍しいとこで会ったな」


「ロミル……! お前がどうして王都の酒場にいるのだ」


 酒場の真ん中付近にある丸テーブルに、ひとりで座って食事をしていたのはエリシアだった。飲まないはずのワインもある。


「酒を飲むようになったのか。一緒に行動してる騎士の影響か?」


 一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにエリシアは真顔に戻った。


「相変わらず油断ならない男だな。どこまで知っている?」


「怖い顔をすんなよ。お前が騎士と一緒にいるってのを、知り合いに聞いただけだ」


 エドガーの名前は出さずに話し、エリシアの正面に座る。


「席は他にも空いてるぞ」


「そう嫌うなって。お互い、困難に立ち向かおうとしてる仲じゃねえか」


「……何を言ってるか、わからないな」


 盗賊団にいた頃以上の冷たい態度だ。ロミルはあれ? と疑問に思ったものの、エリシア特有の照れ隠しだと判断した。調子のいい生来の性格の賜物だった。


「とぼけても、俺にはわかっているぜ。お前の本当の気持ちがな」


「何だと?」


 エリシアの反応が変わった。動揺してるような感じだ。


 先を促そうとするエリシアを尻目に、ロミルは近くを通りかかったウエイトレスに軽食とワインを注文する。城へ忍び込むのを考えれば酔っぱらうわけにはいかないが、景気づけに少しだけ飲んでも罰は当たらない。


「おい、どういう意味だ。私の本心を知っているだと?」


 余裕の態度でロミルは頷く。


 どうしてこんな対応をするかといえば、理由がある。単純に、エリシアが自分に惚れてると思い込んでいるのだ。


 エドガーに伝言を頼み、ロミルへ王女救出の依頼をしてきた。報酬は何にでも従う奴隷になるというものだった。


 素直になれないエリシアだけに、きっと今までは遠慮していたに違いない。本心では、ずっと前からロミルの奴隷になりたがっていたのだ。


 仕方のない奴だ。そんなふうに心の中で得意げになっているからこそ、無意識に上から目線な余裕の態度をとってしまうのである。


「束縛される不自由さを求めてるんじゃなく、自ら従う本能の自由さを欲しているのさ」


 謎かけみたいなロミルの発言に、エリシアが真剣に悩みだす。


「誰かに命令されて、床に額を擦りつけるのがお前のしたいことか? 違うだろ。お前はそういうタイプじゃない」


 媚びた笑顔でロミルに隷属を誓い、自らの意思でご主人様の靴を舐める牝奴隷だ。いやさ、牝犬が相応しい。さあ、俺の前でワンと鳴いてみろ。


 この場で腹を出して服従してくれるような展開を期待したが、エリシアは微塵もそんな雰囲気を見せない。険しい顔つきで、真っ直ぐにロミルを見てきた。


「知ったようなことを言うな! 私は……騎士になるのだ。弱い者を救うために……」


「ん? またそれか。前にも言ったけどよ。騎士になりゃ、弱い者を救えるって決まったわけじゃねえだろ。そもそも、騎士になるために弱い者を犠牲にしてりゃ、本末転倒だしな。エドガーっつったか、あの一家の父親は」


 エドガーの名前を出されたエリシアは驚きで目を見開いたあと、納得したように「そうか」と頷いた。


「お前、エドガー殿に頼まれて、王女の救出にきたのか」


 口癖のように騎士としてなどと言い、頑固な性格をしているが、エリシアは決して頭の悪い女性ではない。ロミルがこの場に来た理由を、すぐに見抜いた。


「そういうこった。報酬の話も聞いてるぜ。きっちり受け取らせてもらうからな」


「……何の話だ?」


「とぼけんなって。ま、こんなとこで、おおっぴらにできる話でもねえからな」


 怪訝そうにするエリシアを前に、ロミルは含み笑いをした。頭の中は、いかがわしい妄想で一杯だ。


 そんなロミルを見て気持ち悪いやつだなと呟いたあと、改まってエリシアが口を開いた。


「私が騎士になりたい理由をサラに話した時、お前も隠れて聞いていたはずだ。その代わりというわけではないが、教えてほしい。ロミルが盗賊になった理由を」


「俺が盗賊になった理由?」


 誰にも話したことがないものの、単純に聞かれなかったからというのが理由にすぎない。


 たいして面白くねえぞと言っても、エリシアは真剣な顔つきのままで頼むと返してくる。仕方ないとため息をつき、ロミルは理由を説明するために口を開く。


「俺が常人以上に速いのは知ってんだろ。あれ、生まれつきなんだわ。なんでも、他人の三分の一しか重力を感じない特異体質なんだと」


「まさか……そんなことがありえるのか……」


「普通ならそう思うわな。俺の周りの人間も同じ感想を抱いたらしい。ガキの頃だけの現象かもしれないともな。けど、変わらなかった。従来の三分の一しか重力を感じてないから、人の三倍速く動けるし、三倍高く飛べる。そんな奴が、普通の人間扱いされるわけねえわな」


「そうなのか?」


「ああ。常人離れしたスピードや跳躍力を見せるたびに、周りから気味悪がられたぜ。虐められるのは当たり前、石を投げられたりもしたっけな」


 エリシアは何も言わない。黙ってロミルの話を聞いている。


「どうせ気味悪がられるんだったら、特徴を活かした職業になってやろうと思ってな。ひとりぼっちで田舎町を飛び出し、盗賊を始めたのさ。それからすぐ、お前と出会ったわけだ」


「そうだったのか。辛いことを思い出させたな。許せ」


「……何で?」


「周りから酷い扱いをされてきたと言ったではないか。恐らく、ご両親もお前を可愛がってはくれなかったのだろうな」


「え? 両親はひとり息子の俺を溺愛してるぞ。何言ってんだ、お前」


 あれ? といった感じで、エリシアが目を見開く。


「ちょっと待て。ひとりぼっちで田舎町を飛び出したとか、言ってただろ。聞き間違えではないはずだぞ」


「田舎町から出てきたのは俺だけなんだから、ひとりぼっちじゃねえか」


「……もういい。なんだか、頭が痛くなってきた」


 そう言うとエリシアは、テーブルの上に代金を置いた。椅子から立ち上がり、ロミルに背を向けようとする。


 直前に、ロミルは声をかけた。


「なあ、ひとつだけ聞いていいか? お前は騎士という肩書だけを欲していたのか? それとも、自身が理想とする騎士になりたかったのか?」


「何を言いたいのだ」


 エリシアが、顔だけをこちらへ向ける。


「なんやかんやで、俺は盗賊という職業を気に入ってる。誇りに思ってるというのは変だがな。一方のお前はどうだ。今のままで騎士になって、胸を張れるのか? あれだけ騎士の心構えを口にしてたじゃねえか。よく考えてみろよ。騎士として、エリシアという女剣士の行動が正しいのかどうかをな」


「……っ! わ、私は……!」


 苦悩が表情に表れる。間違いなく、エリシアは自身の行動に納得していない。


 だからこそ、俺に依頼をしてきたんだろうな。ロミルは、心の中で呟いた。


「私はもう戻る」


 強く唇を噛んだエリシアが、完全にロミルへ背中を向ける。

 心なしか以前より小さくなった背中を眺めていると、不意に声が届けられた。


「王女を救出するつもりなら、急いだ方がいい。すぐにでも、処刑が行われかねない状況になっているからな」


 それだけ言い残して、エリシアは店から去って行った。


「まったく。相変わらず、素直じゃねえ女だな。俺に隷属したいから、サラを助けてと涙ながらに頼めばよかったのによ」


 ウエイトレスが運んできたサンドイッチを頬張りながら、誰にともなく話す。


 魅力的な報酬の話は全然でなかったが、エリシアは嘘をつくような女ではない。救出後の展開を楽しみに、サラを助けて出してやろう。空腹を満たしながら、ロミルはいやらしい笑みを浮かべる。


 景気づけにと頼んだワインを、最後に飲み干す。道中は最低限の食事しかとれてなかったので、数日ぶりに胃袋を満足させられた。


 ごちそうさんと言って代金をウエイトレスに直接手渡し、店を出る。向かう先は宿屋ではない。


 独学で盗賊になっただけに、鍵開けの技術はないも同然だ。だからこそ峠道で獲物を待つ活動を主に行ってきた。


 今回はそうもいかない。待っていれば、あっさりと救出対象のサラが処刑されてしまう。依頼を達成できなかったロミルに、エリシアやミーシャといった女たちが優しくしてくれるとも思えない。


 処刑が開始される直前になってから行動しても、衛兵をなんとかしてる間に手遅れだ。処刑がすぐにでも実行されかねない情勢なのであれば、やはり今夜中に動くしかない。




 すっかり夜の闇に包まれた王都を、素早く移動する。運動神経が抜群なだけでなく、生まれ持った特性のおかげで他人よりも三倍速く動ける。


 街灯が少ないところを選び、人目につかないよう城を目指す。ところどころに巡回中の兵士の姿を見かける。王都なだけあって、ナスラの町よりも警戒レベルが高い。迂闊に変な真似をしたら、そこかしこにいる衛兵にすぐ取り押さえられるだろう。普通の人間であれば。


 常人にはまねできないスピードと跳躍力を誇るロミルであれば、複数の衛兵に追われようとも簡単に逃げ切れる。ナスラの酒場で、踊り子衣装のエリシアが暴れた時のように。


 逃げるだけなら簡単極まりないのだが、目的はサラの救出だ。童顔爆乳王女だけに、どんな酷い目にあわされてるかわからない。ロミルが見張りを担当する兵士ならば、確実にエッチな悪戯をする。


「……変な想像をしてる場合じゃねえな。とりあえず、今は依頼達成を最優先にするか」

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