第18話

「とりあえず、そろそろ本気で痛い目にあわせるぞ」


「脅かさないでください。エリシア様も在籍している盗賊団の方が、悪い人のわけありませんからね」


 屈託のない笑みを浮かべるエドガーに、本気で腹立たしさを覚える。


「エリシアとも知り合いみたいだが、奴らはもう盗賊じゃねえよ。つーわけで、俺に何かを期待するだけ無駄だ。わかったら、さっさと出てけ。もう冗談に付き合う気はねえよ」


 本気の殺気を見せると、さすがに空気がピリっと引き締まった。


 それでも軽口を叩ければたいしたものなのだが、散々ふざけてくれたエドガーも緊張した様子で生唾を飲み込んだ。


 場を和ませるためかどうかは不明だが、先ほどまでの態度が本来のものではないと告白したも同然だった。


「お願いしますっ! サラ様を助けてくださいっ!」


 真剣な顔と口調で、エドガーが頭を下げた。いわゆる土下座だ。今度は泣き落としかと、溜息をつく。


 胡坐をかいて藁のベッドに座っているロミルに、ディルやミーシャまでもが同様のお願いをしてくる。


「僕の代わりに、サラお姉ちゃんが殺されるなんて絶対に嫌だっ! もっとたくさん、遊んだりしたいのに!」


「それは俺じゃなくて、城の連中に言えや」


 冷たくディルを突き放す。これで会話も終了と思いきや、諦めないエドガーが口を開く。


「嘆願書を提出するつもりでいますが、いつになるかわからないのです。署名の集まりが、予想よりも悪くて……」


「当たり前だろ。皆、自分たちの生活を守るので精一杯だ。捕まったサラの味方をして、国から目をつけられたくはねえだろ」


 ロミルが言った。表情を暗くしたエドガーが辛そうに俯く。恐らくは似たような台詞を、署名を頼んだ住民の誰かにも言われたのだろう。


 正攻法で救い出すのは無理だと悟り、最後の望みをかけてロミルへ頼みに来たのだ。いい人だと聞いていても、基本的には盗賊。普通に依頼したら、どのような条件を提示されるかわからない。あえてふざけた姿勢で接し、こちらの反応を確かめた。自分だけでなく、妻や子供を危険に晒す可能性も考慮できていたはずだ。にもかかわらず、エドガーは実行した。よほどサラを救い出したいのだろう。


「悪いが、俺はお断りだ。そんなにサラを助けたいなら、エリシアにでも頼め。あいつが引き受けてくれるとは思えねえけどな」


 騎士になりたいエリシアは、まんまと餌につられてサラを殺そうとした。どんなに頼まれたところで、エドガーらの依頼に頷くわけがない。


 厄介払いをしたいがための提案だった。それが一番だと帰ってくれるのを期待するも、余計にエドガーが沈痛な面持ちになった。


「エリシア様は……王城にいらっしゃいました。私たちを牢から出してくださったのも、あの方なのです。騎士らしき男性と一緒に行動していました」


 国が王女を処刑したがってるのであれば、関係者ともいうべき城の人間に頼んだところで色よい返事は貰えない。エドガーたちが頼れるのは、サラから聞いた盗賊団しかなかったのだ。


「お望みであれば、私が夜のお相手もいたします。本気ですっ!」


 突然にそう言ったのは、エドガーの妻のミーシャだった。


 極上の美人ではなくとも、男好きのしそうな顔と体つきをしている。人妻の熟れた魅力を堪能できるのなら、苦労するかいはあるかもしれない。


「な、何を言ってるんだ、ミーシャ!」


 慌てたエドガーが、妻へ思い直すように言った。


「止めないでください、あなた。サラ様をお救いするには、この方に頼るしかないのよ。私の体が報酬になるのなら、構わないわ!」


 決意した本気の目だ。サラを助けられるのであれば、好意の欠片すら抱いてないロミルに抱かれてもいいとはっきり宣言した。


 戸惑うエドガーを尻目に、真剣な目つきでロミルの側へ近寄ろうとする。子供のディルと外へ出てほしいと夫へ告げる。


「そ、そんな……ミーシャ……」


 絶望しきった様子でエドガーが呟く。本来なら力ずくで引き止めるべきだ。そうする気配を見せないのは、妻を犠牲にしてでもサラを助けたいという意思表示なのか。


 女性経験のないロミルにとって、人妻との情事はとても魅力的だ。前金として貰っておいて、頑張ったけども駄目だったという手法も使える。このような状況になった以上、遠慮する必要はない。


 手を伸ばせば届く距離まで来たミーシャに抱きつこうとした矢先、エドガーが何かを思い出したように「あっ」と大きな声を出した。


「いきなり何だよ」


 これから童貞を卒業できると期待しまくりだっただけに、邪魔されたみたいで不愉快になる。表情や声にも表れていたはずだが、エドガーは意に介さずにダッシュで側まで来た。


「エリシア様から預かっていた言葉がありました」


「エリシアが? 俺に?」


「はい。自分は事情があって動けない。代わりに王女を助けてほしい。見事に助け出してくれれば、何でも言うことを聞く。奴隷になれと言うなら、それでも構わない。だそうです」


 強烈な言葉の弾丸に、心臓を撃ち抜かれたような気分だった。


 あのエリシアが奴隷になる。生意気な女剣士が、足元で服従してる場面を想像する。膨大なやる気がみなぎり、興奮が止まらなくなる。


「お前……嘘を言ってないだろうな」


「もちろんです。困難な依頼をするのだから、見合った報酬を提示するのは当然だそうです」


 エドガーからの伝言に納得する。確かにあの女なら言いそうだ。騎士として当然だと口にしてる姿が目に浮かぶ。


「エリシア様は急いでいました。ここでミーシャを相手にしている間に、手遅れになったら大変です」


 ミーシャに初めてを捧げるのもいいが、エリシア相手というのも捨て難い。この場で大人の余裕を手に入れてから、王都へ向かうのが一番だ。是非そうしたいのだが、時間的余裕がないのは確かだ。


 どのような理由でサラを始末したがってるのか不明だが、おびきだすために親しくしていた住民を反逆罪で捕らえるまでしたのだ。途中で、やっぱりやめたなんて展開になるとは思えない。


「聞いた話によれば、近いうちにでもサラ様は処刑されるそうです。私たちを使って、国家を転覆させようとしたのが理由になります。つまりは、国家反逆罪です」


 便利な言葉だな、とロミルは思った。エドガーの話が事実なのだとしたら、国家は気に入らない相手を反逆者と決めつけて幾らでも処分可能だ。


 ムルカだけでなく、他にも採用してる国は多い。運営する側にとっては、国家反逆罪ほど便利な罪状はない証拠だった。


「処刑される前にサラを助けて城を脱出か。簡単じゃねえし、そもそも盗賊がするべき仕事じゃねえだろ。エリシアの報酬だけじゃ、足りねえよな」


「と、言いますと?」


 わかってなさそうな口ぶりだが、首を傾げたエドガーの頬にはひと筋の汗が流れている。


「人に危険な仕事をやらせておいて、自分らは見てるだけ。それはあんまりじゃねえか」


 ロミルの言葉には、ますますエドガーが顔を曇らせる。


「で、ですから、幾らかの金銭を報酬としてお支払いします」


「金銭? 俺が欲しいのは……そっちだよ」


 視線を向けたのは、エドガーの妻のミーシャだ。


 前金代わりの肉体報酬を受け取り損ねてしまった感はあるが、まだロミルは諦めていない。あわよくばという思いが強いだけに、正式な報酬として要求しようと考えた。


「悪いけど、エリシアからの依頼なら断る。危険すぎるからな。ただ、もうひとりから同じ依頼をされれば考えるかもな」


 ニヤリと笑う間に、ふと考える。これまでで一番、悪者らしい顔ができたのではないかと。


「……わかりました。王女様を無事に助け出してくださったら、私の肉体を報酬としてお支払いします」


「ミ、ミーシャ!?」


「ごめんなさい、あなた。でも、理解してほしいの。私たちにとって、いいえ、この国の民にとってサラ様は絶対に必要なお方よ。失うわけにはいかないわ」


「……ミーシャの覚悟はわかった。その時が来たなら、私も一緒に!」


「おっさんはいらん」


 冷たく言い放ったあと、ロミルは改めて当人に意思確認をする。何の話か理解できないディルを抱きしめながら、ミーシャは頷いた。


「よし、これで決まりだな。サラが捕まってんのは城のどこだ」


「す、すみません。そこまではわからないんです。ただ、私たちがいた地下牢には連れてこられていませんでした」


 エドガーが心底申し訳なさそうにする。


 おいおいとは思ったが、仕方ない。エリシアが牢から出してくれたとはいえ、一般人で妻や子供もいるエドガーに、サラの居場所を探るのは不可能だ。


「地下にはいねえってのが、わかっただけでよしとするか。じゃあ、俺はさっさと出発する。お前らは家に戻っておけ」


 サラばエドガー宅の場所を知ってるらしいので、待ち合わせ場所を決める必要はない。仕事を失敗した場合はミーシャも身体を許してくれないだろうし、何よりロミル自身が王都から逃げられているかどうかも怪しい。


 一礼したエドガーたちがアジトから出て行ったあと、急いで出発の準備を整える。


「こうなったら、サラを助けるついでに城のお宝も盗んでやる。俺は盗賊だしな」


 薬草などの手軽なものだけを持って、アジトをあとにする。散々飲み代などで使ったので、馬代はない。徒歩で王都を目指す。


 普通の人間なら何日もかかるが、ロミルのスピードはそこらの連中と格が違う。全力でなくとも、馬よりも速いくらいだ。


 ただし馬と違って、その速度を長い距離持続できないのが難点だった。途中の町々で休んだりしながら向かうしかない。


「エリシアとミーシャ。ついでに助け出したサラも含めて、ハーレムな一夜を過ごすのも悪くない。城から盗んだお宝を並べたアジトで、たっぷり可愛がってやるぜ」


 基本的に、ロミルは根が単純だ。そのため、調子に乗りやすい。その気になれば、どこまでも一直線。危険よりも欲望を優先する。


 成功後のことばかりを考え、ウキウキした気分でアジトを出発する。

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