第17話

 とある日の夕方。盗賊団のアジトに、場違いな子供の声が木霊した。


 自然の洞穴を利用した岩造りのアジトなので、甲高い声がよく響く。


 昨夜は遅くまで飲んでいたのもあり、仕事もせずに惰眠を貪っていたロミルは何事だと目を覚ました。


 幼い子供の声だったので、ナスラに常駐している兵士が襲来したわけではなさそうだ。


 眠い目を擦りながら、藁を敷いただけのベッドから身を起こす。


 少し前までは他にも団員がいたが、今はロミルひとりだけだ。


 女剣士は突然にトチ狂って、新人を殺そうとした挙句に疾走した。


 殺されかけた新人は、自分のせいでナスラの知り合いが捕まったと、罠だというロミルの忠告を聞かずに王都へ向かった。


 元々ひとりで始めた盗賊団だ。寂しくはない。


「ほら、やっぱりここだよ。奥に誰かいるみたいだもん」


「ディル。あまり大きな声を出してはいけないよ。迷惑になるかもしれないからね」


 ロミルのところにまで届いてきた会話を聞く限りでは、ここがただの洞穴でないのは理解してるような感じだ。


 盗賊団のアジトだと知ってるかどうかは微妙だ。わかっていたら、呑気に会話をしていられるわけがない。


 そう思っていたのだが、真っ先にやってきた子供の台詞で間違っていたと気付かされる。


「お父さん、見つけたよ。盗賊のお兄ちゃん!」


 藁のベッドで胡坐をかいているロミルを、現れたばかりの男児が恐れもせずに指差す。


 この子供は、脳構造が壊れてるのだろうか。ロミルはそう思った。


 盗賊だと知っていながら、平然としてるだけでなく、何故か笑顔まで浮かべている。


 どのような目的があるのかはわからないが、普通の精神状態でないのだけは確かだ。


 身体の向きを変えた男児が、他の誰かを手招きする。数秒もしないうちにやってきたのは、見るからに人のよさそうな大人の男性だった。


 続いてこちらも人のよさそうな女性が姿を現した。少年が男性をお父さんと呼んだので、女性は母親だと推測できる。


 問題は人畜無害そうな家族が、ロミルという盗賊が根城にしている洞穴へ何の用があってきたのかということだ。


 黙って家族を見ていると、父親の男が自己紹介をしてきた。


「は、初めまして。私はエドガーと言います。ええと……盗賊の方ですよね?」


「自己紹介ご苦労さんだが、いきなり現れて喧嘩売ってんのか」


 母親らしき女性程度は怯えるだろうと凄んだのだが、エドガーと名乗った男の家族は、揃って安堵する様子を見せた。


 わけがわからずに困惑していると、エドガーがこの場に来た理由を説明し始めた。


「こちらは妻のミーシャと、息子のディルです。私たち一家はナスラに住んでいて、この国の王女サラ様と親交がありました」


 嫌な予感がする。親交のある人物の名前を聞いたロミルは、この場から逃げ出したくなった。


「少し前、私たち家族は、国家反逆罪で王都に連行されました。身に覚えがなく、途方にくれていたところ、今度は急に釈放されました」


「それはよかったな。じゃあ、おやすみ」


 関わり合いになるのは危険そうなので、会話を無視して寝ようとした。


「なるほど。横になりながら、会話をするのですね。では、少し恥ずかしいですが、私も隣に」


 その台詞を言ったのが相手の妻なら色気ある展開を期待できるが、生憎とロミルの側へやってこようとしたのはエドガーの方だった。


 何故か顔を赤らめたりしているのが、とてつもなく気持ち悪い。本当に隣で横になられたら最悪なので、夢の世界へ逃げるのは断念する。


「わかったよ。このまま話を聞くから、こっちへくんな。ま、アンタの嫁なら、歓迎してやるけどよ」


 年齢は三十代みたいだが、人妻らしい色気がある。エリシアやサラほど胸は大きくないが、纏っているオーラが違う。隣に来たら、あれこれ悪戯してやるのもいいかもしれない。


 そんなふうに思っていたが、ミーシャはあっさり拒否をした。


「お断りします。好みではないですし」


「……俺、盗賊なの理解してる?」


 その気になれば、すぐにでも三人の命を奪える。誰を相手に会話してるのか理解させるべく、これまで以上に凄んで殺気を放出する。


「もちろん理解しています。正義を愛する盗賊ですよね」


 満面の笑みを浮かべたエドガーの発言が強烈すぎて、たまらずロミルは藁のベッドへ突っ伏した。


「おや、やはり横になるのですか? 妻でなくて恐縮ですが、私が添い寝をしましょう」


「いらんっ!」


 上半身を起こしたロミルが、素早く両手を前に出してエドガーの暴挙を制した。


 どうしてむさ苦しいおっさんと、藁のベッドで一緒に寝なきゃならないのか。本気で実行されたりしたら、ただの拷問だ。


 立ち上がりかけていたエドガーが座り直す。わずかとはいえ、どうして残念そうなのかは気にしないでおく。


 ある意味での危機を脱したロミルが、エドガーに先ほどの発言についての説明を求める。


「正義の盗賊ってのは何だ! 俺はそんなのになった覚えはねえぞ! 悪逆非道な盗賊なんだ。お前を殺して、妻を凌辱してやってもいいんだぜ」


「どうして解放されたのか。その理由を知ったのは城を出てからでした」


「聞けよ、人の話っ! お前と話してると、気が狂いそうだ」


「それは大変ですな。膝枕でもしましょうか?」


「気色悪い提案はやめろ! もういいっ! さっさと本題だけ話せ。俺に何を頼みに来たんだよ!」


 怒鳴るように言うと、待ってましたとばかりにエドガーが真剣な顔つきで頷いた。


「私たちを釈放させるため、代わりに捕えられたサラ様を救出してほしいのです」


「断る。以上」


「多くの報酬を用意するのは不可能ですが、代わりにどんなことでもする所存です!」


「やめろっ! この場で服を脱ごうとするんじゃない! その台詞を言うなら、普通は妻の方じゃねえのかよ!」


 ロミルが言うと、話しの矛先を向けられたミーシャが、満面の笑みを浮かべて首を左右に動かした。


「ごめんなさい。タイプではないので」


「やかましいっ! お前ら、絶対に俺をバカにしてんだろ! 俺は盗賊だぞ。普通、もっと怖がるだろうが!」


「きゃあ、怖い。あなた、助けて」


「わざとらしいんだよっ!」


 演技感たっぷりの悲鳴を聞かせてくれたミーシャに、本気で飛びかかってやろうかと思った。


 盗賊のロミルと初対面なのに、どうしてここまでふざけた態度がとれるのか。思い当たる理由はひとつしかない。


「サラお姉ちゃんがね、お兄ちゃんを凄くいい人だって言ってたんだ」


 案の定なディルの言葉に、やっぱりなと肩を落としかけた。よほどサラを信用しているのか、すっかりロミルは王家に味方する善良な盗賊と認識されているみたいだった。


 正義の盗賊って何だよ。義賊ってことか。冗談じゃねえよ。心の中でひとりごちては、招いてもいない客どもを見る。


「サラが何て言ったかは知らねえが、お断りだ。国を相手に喧嘩売るなんて、頭の悪い奴がやることだろ」


「では、やはりロミル殿に相応しいではありませんか。盗賊なんてやってくらいですし」


「買ったぞ、その喧嘩。今すぐ犯してやろうか、クソ女っ!」


 ぶち切れ気味のロミルから隠すため、エドガーが妻を自分の背後へ移動させる。


 妻や子供の前で恰好をつけたいのかもしれないが、本気になったロミルとやりあえると思ってるのなら、思い上がりも甚だしい。


「駄目だよ、ミーシャ。いくら本当のことだとしても、本人を前に言ってはいけない」


「そうね、あなた。ごめんなさい、ロミル様。私の体を許すわけにはいきませんので、代わりに主人の体をどうぞ」


「さあ、おはやめに」


 こいつら、絶対に確信犯だ。たちが悪すぎて、頭を抱えたくなる。

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