誰かがくれた物語
「おかえり、ヨルノさん」
涙が出そうだった。彼の声をまた聞けるなんて。
「いや〜ごめんね?遅れちゃった」
「遅れすぎですよ」
「あと」
と言って、僕の左手を指さした。
「まだ着けてくれてたんだ、指輪」
嬉しかった。胸の辺りを風が吹き抜ける。
彼の笑顔がまた、見れた。パンさんがさっきと同じペンでまた書き込む
「感動の再開だ」
ヨルノさんが間髪入れずに聞いてくる。
「元気だった?」
「もちろん!ずっと元気でしたよ」
「パンさんほんと?」
パンさんがまたペンを握って宙に書き込む、
「泣きそうになってた」
「ちょっと!?」
いじられてるのに、なんだか楽しいこの感覚、本当に彼が帰ってきた実感が湧いてくる。
「パンさん、あのことも言っとく?」
パンさんは頷いていたが、僕は何のことかまったくわからなかった。
「実は家族との都合で海外行ってただけだから、PCとHMDが無いだけでSNSは繋がったんだよね」
「え」
思わず声が出た。死ぬほど恥ずかしい…
「それで、パンさんは普通にDM送ってきてくれたから会話してたよ」
「…まじですか?」
今度は別の意味で被っているHMDを叩きつけたくなってきた。もみあげのあたりがちょっと熱くなって、思考が乱れる。
「パンさんがね~、イトウさんが女の子に告白されたって言ってきたからびっくりしたよ~」
「パンさん????」
パンさんに詰め寄る。パンさんは表情を涙目に変えて怯えている。なにしてんだ。
「断ったって聞いて安心したけどね~」
「もちろんですよ」
「ついでにどうやって断ったの?ちょっと気になってたんだよね~」
「いや~…」
これ以上恥ずかしいことはあるのだろうか?僕はどこか地に足つかない感覚だった。
「見た目で多分好きになられたんで…恥ずかしいんですけど…」
「お願い〜言ってよ〜!お砂糖じゃんか~」
「いやその、初めて僕に一緒に居たいと言ってくれた人なんだ!って…」
次の瞬間、ヨルノさんが吹き出す、炸裂音みたいだった。彼は笑いすぎて、息ができていない。横のパンさんも頭が見たことがないくらい揺れている。よっぽど笑っているのだろう。
「なんすか!」
かき消そうと声を出したが、それはただ二人を収めるには足りなかった。
「ごめんごめん、僕よりお砂糖しようって言ってたのに、イトウさんのほうが、ロマ…ロマンチストだなって」
最後は半笑いのまま言葉を紡いでいた。イラつきはしなかったが、とても恥ずかしかった。
でもなんだか、嫌な恥ずかしさは感じなかった。
一通り笑いが収まったあと、ヨルノさんが思い立ったように話題を変えた。
「そうだ」
「帰ってきたついでにもう一回あのワールド行かない?」
「あのって?」
ヨルノさんは僕に指輪を見せてきた。模様が目に入りやすいように正面に調整している。そういうことか。
指輪を僕に見せた後、彼はメニューを開いて何かを押している。
すると数分して、初心者案内屋の…いや、初心者案内してくれた彼。あやめさんがこのインスタンスに入ってきた。このホームワールドに三人以外がいるのがなんだかすこし新鮮だった。あやめさんが廊下に歩いてくると、前と違うアバターを使っていることがわかった。濃い紫色のツインテールに、地雷系のファッションをした少女のアバターだった。
「久しぶり~、いきなりヨルノさんがインバイト送ってくるからびっくりしたよ~」
あの時から全く変わらない低い声だった。
「パンさんはたまに会うけどね、イトウさんも久しぶり~、二人がお砂糖したって聞いてびっくりしたよ~」
「いや~初心者案内するつもりがキューピットになっちゃったよ~」
と後頭部に手をあてて笑っている。
「あの〜、遊園地のワールドってまだ覚えていますか?」
「ちょっと待ってね…うん、お気に入り欄に入ってるね」
安心したのか、ヨルノさんが一呼吸置く。
「またあのワールド四人で行きません?」
「いいね~」
すぐにあやめさんがポータルが開いた。
僕たちはあの時のように、順番にポータルに飛び込む。いまでも僕は最後尾だった。
濃い水色のロード画面が視界を覆う。この電子音をちゃんと聞くのも久しぶりな気がする。
ローポリのバス停も相変わらずで、バスの座席にはちゃんと三人とも揃っていた。
画面が暗転すると、微妙に不快になるBGMも変わってなくて、少し安心した。
遊園地につくと、意地悪そうな声であやめさんが言った
「またアトラクション乗る?」
「いやです~!!!」
「僕もいやです」
パンさんも首を横に振っている。
あやめさんがふふっと笑う。
「じゃあ、写真撮ろうか!」
あやめさんとパンさんが先に、入口近くの立て看板に走っていく。
すぐ横の隣のヨルノさんと目が合う。
「いこっか」
「うん」
今までで一番、心が通じ合えたような気がした。
立て看板の前で四人とも揃い、仮想空間内のカメラを持つために、ヨルノさんとあやめさんが左手を上げた。
「写真撮るよ~」
遠くに映る観覧車、灰色のフェンスに、同じような形をした木、そして腰ぐらいまでの高さの看板の後ろに横一列に並ぶ僕ら。
左手を挙げる彼。
柔らかい機械音で残りの秒数を数えるカメラを前に僕は、
右手の人差し指を握って、笑顔になった。
そしてカメラの音がヘッドセッド越しに鼓膜に響くとき、僕は、映画のエンドロールみたいだなと思った。
誰かがくれた物語 サイトウ @saito0407
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