【完結】メタルシティ(作品230619)

菊池昭仁

メタルシティ

第1話 国家管理保護法

 「あなた、また私のお金、盗んだでしょう!」


 老人は思った。


 (またか・・)


 「ほら、ここにあるじゃないか? 君のお財布」


 私は妻に、いつものようにオモチャの紙幣をパンパンに詰めた財布を渡した。

 そして妻は私にオモチャのお金をくれるのだ。


 「あったあった。はい、先生のお財布を見つけてくれたお駄賃。無駄遣いしちゃダメですよ。宿題はもう終わったの? 順一。

 駄菓子屋さんに行くなら、お母さんのお手伝いをしてから行きなさいね。わかった? 和也?」

 「はい、教頭先生」


 満足そうに微笑む、68才の妻。

 妻は以前、小学校の教頭をしていた。

 ボケるにはまだ早いが、脳の萎縮は着実に進行し、いつも支離滅裂なことを話していた。

 もう私の名前も、顔も忘れていた。

 もちろん私が夫であることも。


 (臭い。したな?)



 私が妻のオムツを交換しようとした時、妻は自分の糞便を掴んで私に投げつけて笑っていた。

 そこら辺に糞が飛び散った。部屋中に籠る便臭。


 私は発作的に妻に馬乗りになり、妻の首に手を掛けチカラを込めた。苦しさに暴れる妻。

 私はすぐに我に返り、妻の首から手を離した。

 激しく咳き込む妻。

 私は既に、人間としての限界を超えていたのだ。

 妻がアルツハイマーを発症して3年、私の心と体は崩壊寸前だった。

 いや、私の精神は既に壊れてしまっていた。


 だが、それももうすぐ終わる。

 私は来年で満75歳を迎え、姥捨島へ送られるからだ。

 そして独りになった妻は、優先的に介護施設に入ることが約束されていた。

 この地獄のような毎日から、私はやっと解放されるのだ。


 今年で50才になる息子は家庭を持ってはいたが、孫も独立して家を出て行ってしまった。

 夫婦仲は冷え切っているようだった。

 息子夫婦にボケてしまった妻の介護をさせることは出来なかった。

 それが国の決めた制度だった。



 私は妻の糞尿を始末して消毒をし、妻を裸にして浴室に連れて行き、糞便で汚れた髪の毛や体をシャワーで洗い流し、着替えさせてやった。

 シーツを取り換えてオムツを交換し、ようやくベッドに妻を寝かせた。


 糞尿の付着した自分の服を水洗トイレで洗い、シャワーを浴びて私は服を着替えた。

 妻が歌を歌っていた。



  「しゃぼん玉飛んだー♬ 屋根まで飛んだー♬

  屋根まで飛んでー♬ 壊れて消えたー♬ ・・・」


 

 私はシャボン玉になりたいと、声を上げて泣いた。





 満16歳になった和也は、ハンバーガーショップで恋人のアキと話をしていた。


 「遂に俺にも来たよ、徴兵LINE」

 「えっ、和也にも来たの? 徴兵LINEが?」

 「ああ、仕方がないよ、俺も16だし」

 「どこに配属になるの?」

 「さあ、まだわからない。富士の新兵教育訓練センターで軍事教練を受けてその後、適性に応じてそれぞれの軍隊に配属になるはずなんだ。

 一応、空軍の航空学生を希望したが、航空適性検査と航空身体検査、そして難しい学力検査があるからなー。競争率50倍の難関だぜ? それにパイロットの約20%はアンドロイドだし。望みは薄いよ」

 「北海道と沖縄だけは配属にならないといいね? だってすぐに攻め込まれそうじゃない?

 そして陸軍は最悪なんでしょう? ルイの彼氏、訓練中に亡くなって、名誉の戦死だって『黒十字勲章』と遺骨が届いたって泣いてたもん」

 「黒十字勲章を貰えばその家族は寿命が5年延長されるんだ。親兄妹は喜んだろうな? 普通なら女は80才、男は75才で安楽死だから」

 「待ってるからね? 和也が元気に兵役から戻って来るのを」

 「航空学生に落ちたら一般兵として2年で除隊になる。そしたら一緒に暮らそう」

 「うん! 待ってる!

 でもいいの? 私、この前の生殖適合検査でIQは何とかクリアしたんだけど、運動身体能力でダメだったから、3カ月以内に避妊手術を受けなければいけないの。そうなると私は和也の赤ちゃんを産んであげられない」

 「子供は諦めよう。アキがいれば俺はそれでいいよ」

 「ありがとう、和也。ねえ、入隊前に旅行しようよ」

 「そうだな? 20万円の入隊祝金も出るしな?」

 「じゃあ大阪の『Japan World』に行きたい!」

 「アキはあそこのキャラクター、『モグリン』が大好きだからな?」

 「うん、楽しみにしてるね?」


 アキは嬉しそうにフライドポテトを摘まんで食べた。




        『国家管理保護法』




 日本民族の優位性を保つために法制化されたこの法律は、男は75才、女は80才になると地図にはない、小笠原諸島にある通称、『姥捨島』に送られ、1年間の自由で優雅な生活を満喫した後、安楽死させられるというものであった。

 生産性のないお荷物老人は、その島で処分されるのだった。


 そして満16才になると男子は徴兵され、男女共に強制的に生殖適合検査を受けさせられ、子供を持つ資格があるかどうかを判定され、選別された。

 これは育児放棄や虐待、そして人間的レベルの低い人間を排除することを目的としたもので、子供を持つに相応しい者たちだけが出産を許されるという制度だった。

 

 国家による「命の選別」が始まった。

 日本政府は遂に「神の領域」に手を入れてしまったのである。

 

 そして今や日本は原水爆を保有し、世界第一位の軍事経済大国にまで返り咲き、かつての大東亜共栄圏を復活させ、アメリカとの形骸化されていた安全保障条約をも一方的に破棄してしまったのだった。


 ロシアと中国、アフリカ諸国における共産勢力と、白人至上資本主義を掲げた欧米諸国。そして韓国、北朝鮮、アジア、オーストラリアを実効支配した天皇を中心とした日本の、『天皇制国家至上主義』により、世界は三つに分断されてしまっていた。



 制定された『国家管理保護法』により、日本は国民の生と死を管理することで、国民の「質」の向上に努め、国家的ヒエラルキーの構築を完成させたのだった。


第2話 元老院

 2028年、秋。

 京都、平安神宮の地下シェルターには大老と12人の使徒たちが集結していた。

 彼らは平安時代から続く、『元老院』と呼ばれる日本最古の秘密結社のメンバーたちだった。


 大老の#平玄盛__たいらのくろもり__#以外は皆、能面を着け、お互いの顔も本当の名も、素性も何も知らない者同士であった。

 彼らはマタイの福音書にある、十二使徒の名で呼び合っていた。


 ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、フィリポ、パルトロマイ、マタイ、トマス、ヤコブ?、タダイ、シモン、そしてユダ。

 日本はこの大老の玄盛を頂点とする、12人の使徒たちによって、事実上の支配をされていた。

 しかし国民はそれを誰も知らない。

 そして彼らは不思議な妖術を使う陰陽師でもあった。

 そこに小山田総理が呼ばれていた。



 「何のためにお主を首相にしたのか? 我々は酷く落胆しておるよ、小山田」

 「申し訳ございません」

 「いつまで我々、偉大なる大和民族はこんなにも耐え難い仕打ちを受けねばならんのかね?

 また九官鳥のように「遺憾です」を繰り返すつもりなのか? お前はこの現状をどう考えておるのだ?」

 「国際世論もあります故、あまりの刺激は出来かねます」

 「そろそろお前も交代の時が来たようじゃな? お主は総理の器ではなかったようじゃ。

 我々の人選ミスだったということじゃよ。フォフォフォ」

 「もう少しお待ち下さい。タイミングを見まして安保条約を破棄し、核の保有を内外に公表いたしますゆえ」

 「それはもう50年も前から我々が行って来たことではないかね? それをお前が今更言うべき事ではない」

 「少子化、いじめ、貧困。高齢化による年金、医療、そして介護問題。

 経済の低迷、格差社会、税収の低下、教育の崩壊、醜い利権争いの官僚たち、そしてお前たち政治家の腐敗。

 お前たちは何様だと思っているのかね? 新しい日本を再生せねばならない時が来たのだよ、小山田総理」

 「それにはまだ時期尚早かと。今しばらく時間が必要かと? 今しばしのご猶予をいただきたく・・・」

 「この国が滅んでしまうよ、そんな悠長なことを言っておったら」

 「小山田、お前は総理になったことで慢心しているのではないのかね? 身内の不祥事を揉み消し、なんの政策も実行せず、自分の周りには無能なイエスマンばかりを集めて喜んでおる。

 国民への対応も非常にお粗末だ。

 きちんと説明責任も果たしておらん。

 お前の支持率は過去最低だと言うではないか?」

 「お主は所詮、官房長官としてのお飾りがお似合いの、ただの小者だったということじゃよ。

 お主にこの国の総理は無理じゃ。辞任するがよい」

 「この男には何を言っても無駄だ。コイツには死ぬ覚悟がない。

 政治家のくせに命を賭けてこの日本を守ろうという気構えがないのだ。

 お前は歴代総理の中で、いちばん無能な総理大臣だよ」


 そうして12名の使徒たちは、代わる代わる小山田総理を罵倒した。

 怒りに震える小山田総理だが、反論することは出来ない。

 元老院は絶対的存在だったからだ。

 その時、大老の玄盛が口を開いた。


 「その問題を一度に解決する方法がひとつだけある」

 「何です大老、その方法とは?」

 「それは『国家管理保護法』の制定だ」

 「国家管理保護法?」


 小山田は首を傾げた。

 玄盛は続けた。


 「今の老人たちは身の程をわきまえていない。

 我儘で自分勝手、人に対する感謝を忘れている。

 そして見た目は若いが何かしらの持病を抱え、働くことも出来ない。

 つまり、価値のない人間、ただの老害でしかないのだ。

 男は満75歳、女は満80歳になったら安楽死させろ。

 そして満16歳になった男子には兵役を課すのだ。

 さらに16才になった男女には生殖適合検査を行い、子供を持つにふさわしくない若者には子供を作ることを禁じるのだ。

 つまり、国家が生と死を管理することで日本民族の純血を守り、再び我々が世界の覇権を握る。神国日本を復活させるのだ」

 「私にホロコーストをせよと!」


 小山田は激高した。


 (私にヒットラーやスターリン、ポルポトになれというのか!)


 「ホロコーストではない、これは日本再生のための「ゴミ処分」なのだ。

 この神国日本を復活させる為には、もはやこの方法を置いて他にはない。

 それを成し遂げるために、我々はお前を総理に選んだ。

 民自党の金権政治はもう終わりだということだよ、小山田総理。

 そしてお前の名は日本の歴史に永遠に刻まれるのだ。

 英雄として、勇者としてな? かつて金日成や毛沢東がそうであったように、邪魔な人間を粛清するのだ。この神の国、日本の復活のために。

 法案に反対する勢力はカネで黙らせればいい。それでも駄目な連中は・・・。

 わかっているな? 伊賀、甲賀のお庭番を使え。

 お前たち民自党がお得意の口封だよ。死人に口無しだ。

 事故や病気、自殺に見せかけてのアレだ。 

 東京に帰ったらすぐに実行せよ。以上、散会」

 




 小山田は独り、絶望していた。


 (やらねば私の命はない)


 東京に戻る新幹線の中で、小山田総理は溜息を吐いていた。 

 確かにこの国は沈没寸前だ。だがそれは自分のせいではない。

 かつての政治家たちがそうであったように、自分の地元の人気取りのために鉄道を敷き、高速道路を作り、必要のないローカル空港を作った結果ではないか。

 税金をばら撒き、それを自分の懐へと還流を続けていたのは私だけではない。

 私は明らかに「ジョーカー」を引かされた。


第3話 総理の決断

 東京に向かう新幹線の中で、小山田は考えていた。


 (内閣総理大臣は政治家の憧れ、俺は辞めんぞ! 絶対に!)


 カネは使い放題、人からは総理、総理と崇められ、自分の思うがままに人が、組織が動く。

 政治家は乞食と同じだ。三日やったら辞められない「商売」なのだ。

 そしてその頂点に君臨するのが内閣総理大臣なのだ。

 一族郎党には歴史的名誉が刻まれる。

 そうでなければ自分の子供や孫にまで、自分の跡を継がせようとはしない。

 それだけ政治には甘い蜜が溢れているのだ。

 明治維新は自由の開放などではない。薩摩や長州の冷や飯を食わされていた輩が列強の支援を得て、その権力をゆるぎないものにして来たに過ぎない。

 そして今もそれは続いている。

 大手企業も例外ではない。トップ同士は子孫の政略結婚を繰り返し、裏では手を組んでいる。

 #盤石__ばんじゃく__#の上流階級が形成されているのだ。

 ベンチャーなど、この国では育ちはしない。仮に金儲けに成功したとしても、決して自分たちの仲間には入れようとはせず、その利益だけを巧妙に自分たちへと還流させている。


 有力な政治家たちは他国からカネで買収され、非常に良く飼い慣らされた犬たちだ。

 郵政民営化のカネはどこへ消えた? 誰が得をした?

 売国奴だらけの国会議員たち。


 尖閣も拉致問題も、北方領土も進展するわけがない。

 マスコミや政府の要人はアメリカのCIAの手先どもだ。

 ウォルト・ディズニーがラングレー(CIA)の諜報員だったという話は周知の事実である。

 日本人はアメリカのプロパガンダにより、自覚がないまま洗脳されてしまっているのだ。

 

 「あの戦争は日本の軍部による暴挙で、ヒロシマ、ナガサキに原爆が投下された「お陰」で終戦を迎え、日本は平和になった」と信じ込まされている。

 それが証拠に日本人は「敗戦」と言わず「終戦」と呼ぶではないか?

 無能な政治評論家たちも、「あの間違った戦争は、日本の軍部が無謀な侵略戦争を起こしたからだ」というが、あのまま黙って白人の言いなりになっていれば、日本はアジアやアフリカのように、欧米の植民地にされていたはずだ。

 あの戦争は「必然」であり、アメリカに仕組まれた罠だったのだ。

 借金だらけの破綻寸前の日本。いざとなれば国民の預貯金を凍結させてしまえばそれで済むことだが、今回の元老院の判断はそれを遥かに超えた、国民の命そのものを管理しろというものだ。

 ロクに仕事もせず、文句や批評ばかりを繰り返す老人たち。小金があるから好き放題に振舞っている。

 アンチエイジングにも余念がない。


 「私、何歳だと思う?」


 確かに外見は若いし、日本の高度医療に支えられて寿命は飛躍的に延びた。

 だが、それに脳が追いついていかない。

 そんなボケ老人たちは多くの人間に迷惑をかけ、それに感謝することもない。

 彼らはお荷物国民でしかないのも事実だ。

 年金や医療福祉など、カネがいくらあっても足らん。


 そして同時に出生管理もしろという。

 親としてあるまじき男女が、犬猫のように子供を作り、産みっ放し。育児放棄や虐待をしている現実がある。

 またもう一方では子供にしっかりとした心の教育もせず、エリート気取りの心無い親たちは、子供をまるでペットやアクセサリーのように扱い、自分の果たせなかった夢を自分の代わりに子供で成し遂げさせようとしている。

 そんな子供たちは親を忠実に見習い、自分よりも弱い者を自分のストレス解消の標的として虐めて楽しんでいる。

 子供を持つ資格のない親が多すぎるのだ。


 国際結婚は認めず、混血をする場合は日本国籍を剥奪し、国外追放にする。

 大和民族が優れたDNAを受け継ぐために。これこそかつてのナチス・ドイツと同じではないか?


 授乳を終えたばかりの子供を親から引き離し、有能な人間に国家がその子供たちを育て、教育する。

 それをAIに判定させ、就くべき仕事に合わせて教育訓練をしてゆく。

 これは神の領域を超え、我々人間が行うべき所業ではない。


 だが、どこかで何かをしなければ、いずれ日本は貧しい後進国へと成り下がり、隣国の餌食になってしまう。


 パソコンの機能は脳に埋め込まれ、文字も言葉もすべて二進法に変換され、人はテレパシーで意志の伝達をすることになるだろう。

 文字や言語、そして肉体は退化し、仮想現実の中で永遠の命を手にするのだ。


 日本は世界に類をみない神の国だ。

 消去法で考えても、元老院の決断は正当なものであると言えるかも知れない。

 すべてはアメリカとの戦争に敗れた日本人が、アメリカの都合のよい人間に洗脳され、支配されて来た結果なのだ。


 自由の国、アメリカ? ふざけた話だ。

 白人は奴隷として連れて来た黒人に、本当の自由など永遠に与えはしない。

 アメリカは白人至上主義の国だということを、日本人の殆どは知らないのだ。

 そして有色人種の日本人もまた、未だ奴らの奴隷のままだ。

 



 新幹線はすでに名古屋を通り過ぎていた。


 「官房長官を官邸に呼んでおいてくれ」

 「かしこまりました」


 総理は秘書の杉本にそれを命じ、静かに目を閉じた。


第4話 悪魔になったふたり

 官邸では官房長官たちが待っていた。


 「官房長官と私だけにしてくれ」

 「かしこまりました」


 官房長官の井沢とは当選同期で、親父も爺さんも国会議員だった。東大法学部卒のエリート三世議員ではなく、体育会系のボンクラ大学の裏口入学で、私と井沢はよく気が合った。

 私たちは力のある政治家のために泥を被り、ここまで昇りつめたのだった。


 井沢はテーブルのシガレットケースからタバコを取り出し、火を点けた。

 ふたりで話しをする時のいつもの儀式だ。



 「それで京都の御前様たちは、今度はどんな難題を吹っ掛けて来たんだ?」


 井沢はゆっくりと煙草の煙を吐いた。


 「生と死を国が管理しろと言われたよ。男は75才、女は80才になったら安楽死をさせ、ガキは16才になったら子孫を残すに相応しい人間かどうかをAIに判断させ、選別する。子供を持つに値しないガキには避妊手術を受けさせ、そして更に16才になった男子には2年間の兵役の義務を課すというものだ」

 「とうとうあの御前たちもおかしくなったか? そんなこと出来るわけがない。

 総理のお前にヒットラーになれと言うのか? あーはっは あーはっは」

 「井沢、だからお前にはヒムラーになってもらいたい」

 「親衛隊隊長に俺がか?」

 「そう言うことだ。やらなければ俺もお前もこの世から消される」

 「俺は別に消されてもかまわねえぞ。悪魔になるよりマシだからな?」

 「俺とお前は既に悪魔に魂を売っているはずだ。今更きれい事を言っている場合ではない」

 「そうだったな? どちらにしても地獄行きは確定だ」

 「議員リストを作成してくれ。カネと権力が欲しい奴と、平和ボケした口先だけの理想主義者を」

 「つまり、残す奴と「消す」奴を選べと言う訳だな?」

 

 私はそれには答えなかった。


 「時間がない。早急に頼む」


 井沢は吸い掛けのタバコを灰皿に押し付け、無言で総理執務室を出て行った。


 井沢の顔は既に悪魔の顔になっていた。


第5話 ハイエナ

 民自党の各派閥の役員58名は、赤坂の料亭『竹千代』の大広間に集められていた。


 「本日はご多忙の中、お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。今日はみなさんに大切なお願いがございます。

 明日の臨時国会に於きまして、どうしても通さねばならない法案があります。それに是非ともご賛同いただきたい」

 

 すると第三派閥の荻野目総務会長が口を開いた。


 「井沢官房長官、世論を敵に回すような法案ではないでしょうなあ?」

 「その前に、みなさんに小山田総理からのプレゼントがございます」


 すると喪服を着た男たちが各々の議員たちの前にミカンの段ボール箱を置いた。もちろん中身はカネだ。



 「その中に帯封を外した現金、1億円が入っております。

 どうぞお納め下さい」


 一斉に漏れる歓喜の溜息。


 「もし、もっと必要だと仰るのなら、ご希望の金額をご用意させていただきますとのことです」

 「今度は一体どんな内容の法案ですか? まさか「消費税率を20%にする」なんて話ではないでしょうな? あはははは」


 宴会場に失笑が湧いた。


 「国家管理保護法案を通していただきたい。簡単に言えば国が国民の生死を管理するという法案です。不要になった老人の安楽死と出生管理、そして若者の徴兵義務です」

 「そんな法律、国民が納得するわけがない! あまりにも荒唐無稽な話だ!」


 すると井沢がその中堅議員を恫喝した。


 「戯言で言っているのではない! これは京都の元老院が決めた事なのだ! そして同時に我々日本をアメリカ帝国主義の従順な飼い犬、ポチにしたこの憲法、マッカーサー憲法を廃止し、天皇陛下を中心とした憲法、『新・大日本帝国憲法』を発布せよと言う至上命令なのだ!」

 「たった1憶ぽっちのカネでは割があわない。僕は失礼するよ」


 環境大臣のお坊ちゃん議員、大泉が退席しようとした時、井沢は拳銃を抜き、議員たちの前で大泉を射殺した。


 大泉は頭と心臓を正確に撃ち抜かれ即死、畳はたちまち血で染まり、部屋には硝煙と血の匂いが充満し、嘔吐する者や失禁する者もいた。

 すぐに逃げようとした者は、廊下で待機していた先程の喪服を着た特殊部隊員にハチの巣にされた。



 「これはお願いじゃねえ! 命令なんだよ! 命令!

 死にたくなければそのミカン箱を開け、その中にある誓約書にサインをしろ!

 こんなバカな奴はもういないとは思うが、もし万が一、今夜のことを家族やマスコミに話したら、おめえらの家族全員は行方不明や、不慮の事故死が待っていることを忘れるな!

 お前らはカネと権力が欲しいだけの世襲バカ議員共だ!

 これからは選挙で落選に怯えることもねえ。永久世襲の国会議員になるんだぜ。貴族議員になれるんだ。ただこの法案に賛成するだけでな? あーははははは!」


 井沢は大泉に近づくと、死体に向けて残弾をすべて打ち尽くし、ポケットから新しい弾倉を拳銃に装填した。


 「はーい! この場で俺に射殺されたい人は手を挙げて! わはははは わはははは どいつもこいつも根性ねえなあ!

 それではみなさん、これから銀座のクラブを貸し切りましたから、そこで団結式と参りましょう!

 そこで浴びるほど酒を飲んで、好きな女をお持ち帰りして下さい!」


 議員たちは喜び勇んでミカン箱を持って宴会場を後にした。

 大泉の隣の席に座っていた小柄な吉倉は、大泉のミカン箱も二段重ねにしてよろめきながら廊下を歩いて行った。


 

 翌朝の情報番組で、環境大臣の大泉が行方不明になったことを女子アナが伝えていた。

 



 そして遂に『国家管理保護法』は国会に於いて賛成多数で可決されたのである。


第6話 戒厳令

 そして『新・大日本帝国憲法』の発布と、『国家管理保護法』が制定され、形だけの野党と、与党である民自党に寄生して甘い汁を吸っていた、創造党も排除され、民自党の一党独裁政権が樹立された。

 

 「日本が遂に武装蜂起したのか?」

 「鬼の日本軍の復活か‼︎」


 世界中が震撼した。




 特にアメリカは寝耳に水だった。

 これは天皇制を復活させた、事実上の日本革命だったからだ。

 いつもはアメリカに情報をリークしていた売国奴たちはすでに抹殺され、CIAもそれを全く把握出来ていなかったのだ。

 ホワイトハウスに全閣僚が招集されたが、CIA長官だけは大統領の逆鱗に触れ、すでに更迭され、日本担当の高官だけが呼ばれていた。



 「諸君、あのJAPが遂に本性を現した。

 我々は早急に、再びあの国を占領しなければならない。もちろん我が国単独でだ。

 日本にはロシア、中国、北朝鮮を念頭に、密かに高精度のICBMを保有させている。

 まさか我々の作ってやった、米国のため憲法を捨てるとは思わなかったよ。

 実に残念だよ。やはりJAPは下等で愚かな「Yellow Monkey」でしかなかった。

 ラングレー(CIA)の君の意見はどうかね?」

 「日本人とは極めて特異な民族であります。彼らは常に安定を求め、変化を嫌います。

 そして絶えず、いかに人から評価されているかを気にする傾向があり、そして日本には「恥」という独特の文化があります。

 「他人と同じ行動をしなければならない」という恐怖観念が強いのです。

 その習性を利用したことで、敗戦を「終戦」と認識させ、ヒロシマ、ナガサキの原爆投下は、「日本の軍部独裁を終結させるためにはやむを得ないことだった」と、元内務省の戦犯をマスコミのトップに据えて正当化させ、二度と我々米国に逆らえないように操作して来ましたが、まさかここまでやるとは思いませんでした。 

 憲法改正どころか、まったくの別物に憲法をすり替えてしまうとは。

 そして何よりも恐ろしいのは、「窮鼠猫を噛む」という、日本人の深層心理の中に沈めたアメリカへの復讐心です。

 彼らは「死を恐れない民族」なのですから。

 過激なイスラム教徒の「ジハード(聖戦)」も、日本の「カミカゼ」を手本にしていると言われています。

 まずはなるべく多くの精度の高い情報収集が先決だと考えます。今の段階ではあまりに情報が少なすぎます」

 「わかった。君は早急に日本の最新情報を集めてくれたまえ。

 そして我々白人に逆らえばどうなるかをしっかり教える必要があるからな?」


 数人の黒人閣僚たちもいたが、誰も大統領の黒人蔑視の発言に意見する者はいなかった。

 彼らは未だにアメリカが人種差別の国であり、自分たちはその能力を買われているに過ぎないということを知っていたからだ。





 憲法改憲と国家管理保護法に反対する大多数の国民は各地で暴徒化し、警察の機動隊がデモ隊に対して、催涙ガスや放水による鎮圧を試みたが効果はなかった。



 「民自党を許すな!」

 「小山田総理は今すぐ辞めろ!」

 「お爺ちゃんお婆ちゃんを守れーっ!」

 「安楽死絶対反対!」

 「子供を持つ権利を奪うなーっ!」

 「悪魔の法律! 国家管理保護法を潰せーっ!」

 「憲法を元の平和憲法に戻せーっ!」

 「国会解散!」

 「主権在民!」

 「小山田に死を!」



 日本中に様々な怒号が飛び交っていた。


 

「小山田総理、暴動が収まりません、いかがいたしましょうか?」

「治安維持部隊と陸軍の戦車部隊を投入しろ。

反抗する輩は射殺し、死体を民衆に晒せ。

 日本人というのはみんなと同じ行動を取りたがるものだ。

 「みんながやっているから」とな?

 それは裏を返せば、人がやらなければ自分もそれをやろうとはしないということでもある。

 実に扱い易い民族なのだよ、日本人は。

 国家が人民に危害を与えないという呑気な幻想に酔っているのだ。デモに参加している連中は。

 「国家に反逆すれば殺される」と分かれば、暴動はすぐに鎮静化するはずだ。

 その後、全国に戒厳令を発令する。

 まずは渋谷と新宿、そしてこの議事堂前にも戦車部隊を配備し、適当なビルを破壊させろ。なるべく目立つビルがいい。

 それでも向かって来る奴は戦車で踏み潰せ。

 陸軍大臣、政治は誰の物だと思うかね?」

 「はっ、国民の為の物であります!」

 「何を寝呆けたことを? 政治とは我々政治家の為にあるのだよ。

 この国は20%の上級国民と、50%の平民、そして30%の貧民というヒエラルキーで成り立っておる。

 デモに参加しているのは食うに困らない平民たちが大多数だ。

 上級国民たちはデモには参加しないし、貧民はデモに興味もない。

 貧しい者たちは生きるのが精一杯で、政治に対してすでに絶望し、関心がないからだ。

 中流層は生活に困ることもなく、ヒマだ。やることがなくて退屈なのだよ。

 そしてこれから始まる命の選別をまだ実感してはいない。

 優性保護。

 つまり優秀で高貴な人間で日本を再生させ、ひいては全世界を我々日本民族の力で統治しようというものなのだよ。

 それには醜い役立たずの老人は邪魔者でしかない。

 そしてバカで下品な親からは、同じような子供しか生まれては来ないのだ。

 75歳、あるいは80歳で自分たちが処分され、16歳になると生殖するに値するかどうかを判別され、男子は徴兵義務を負う。

 哀れなものだよ。この国は生まれ変わらねばならんのだ。革命に犠牲は付き物だよ。フランス革命、ロシア革命、そしてナチス然りだ。

 歴史がそれを証明しているではないか?

 平民は牛や豚、馬や羊の家畜として。そして貧民たちは底辺を支える奴隷として一生を終わるのだ。

 高齢者の安楽死によって医学の進歩はさらに加速するだろう。    

 もうモルモットやマウスなどで実験をすることもないのだからな?

 人体実験が可能になるのだから。

 解剖もやり放題、まるでカエルやフナの解剖をするかのようにだ。

 医学生にとって、これほどありがたいことはないではないかね?

 今の高度な医療技術は、ナチスの強制収容所のお陰によるものだ。

 外科医の腕も新薬の開発にも大きく貢献し、優秀な上級国民の寿命もまた格段に延びることになるだろう。

 そして我々のような僅か1%の天界人がこの日本を支配することになる。

 我々の栄華は未来永劫に渡り、続くというわけだ」





 かつて、我が物顔のように劣悪な番組や広告を垂れ流し続けていた米国の手先、テレビ局は衰退し、ネット利用者たちの取捨選択による情報の拡散が行われていた。

 暴動現場では女子アナがヘルメットを被り、呑気に膝上スカートを履いて報道を続けている。



 「こちら、渋谷のスクランブル交差点には自動小銃を持った治安維持部隊と、陸軍の戦車部隊が投入され、デモ隊の市民との緊張が続いています!

 なんという光景でしょうか! 同じ日本人が日本人を武力で鎮圧しようとしているのです! 信じられ・・・」


 その時、戦車が群衆に突進し、3人が戦車の下敷きになって潰された。断末魔の叫び声の後、体が潰される鈍い音が聞こえた。 

 そこへ治安維持部隊が躊躇うことなく一斉射撃をデモ隊に浴びせた。


 一瞬の沈黙の後、現場は騒然となり、恐怖に怯えた群衆たちは我れ先にとプラカードを捨て、クモの子を散らすように逃げ惑っていた。

 そしてそれを後から狙撃する治安維持部隊。

 次々に倒れていく市民たち。


 ネット配信をしていたカメラマンとデレクターもその場で射殺された。

 テレビカメラと遺体が道路に転がり、女子アナは失禁し、その場に座り込んでいた。


 渋谷の街は阿鼻叫喚と化し、やがて東京は森のように静まりかえった。


 日本各地でも同じような見せしめが行われ、日本全土に戒厳令が敷かれ、街から人の姿が消えた。



第7話 蘇った皇軍

 10日後、国内は何事もなかったかのように平穏が戻り、飴と鞭、国民一人当たりに国から100万円が支給され、民自党を批判する者も、そして改憲や国家管理保護法に対しても異論を唱える者は殆どいなくなっていた。

 そして遂に老人の安楽死と、16歳の男女の選別、徴兵制が開始されることになった。

 軍備は増強され、日本は国内外に日本の核武装を宣言し、そのデモンストレーションとしてナホトカ沖、朝鮮半島沖 そして青島沖に弾道ミサイルをピンポイントで落下させ、今まで核のない日本を舐めて、好き放題をしていた国々は、かつて日本軍に支配され、その恐ろしさを思い起こすこととなり、怯えた。


 原子力発電所のウランからプルトニュウムを抽出し、JAXAのロケット技術を応用することで、核を搭載したICBMを新たに増産させた。

 それは日本の高度な科学技術をもってすれば容易いことだった。


 核武装をした国産の原潜、高性能のステルス戦闘機、そして大型空母も凄まじいスピードで配備されていった。

 今までアメリカの言い値で買わされていた兵器を購入する必要もなくなり、頭を押さえられていた日本の軍需産業は水を得た魚のように急速に進化し、成長して行った。

 そして遂に、核爆弾の3,000倍の破壊力を持つといわれる「水爆」をも完成させてしまった。


 満16才になった男子は2年間の徴兵義務を負い、軍事訓練を強制させられた。

 海上保安庁は海軍に編入され、尖閣諸島には日本の軍事基地が建設されたことで、そこへ近付く他国の艦船や航空機は全て即座に撃沈、撃墜された。

 以前のようにスピーカーで「お願いですから領海から出て行っていただけませんかー」などと、いつもの「事なかれ主義」は消えていた。


 竹島の韓国の軍事施設を空爆し、日本陸軍によって竹島は奪還された。

 そして韓国も北朝鮮も、核を手にした日本に逆らうことはなくなった。


 日本軍は北方領土も制圧し、ナホトカ、ウラジオストックをも占領した。

 あれほど日本を侮辱していた国々は、日本に対して簡単に戦争を仕掛けて来ることはなかった。

 核を持つとはそういうことなのだ。「持っていても迂闊には使えない」、つまり核を持っていることで相手への脅威となる。

 相手国のチンピラたちは銃を構え、日本は憲法第9条によって刀さえ抜くことも出来ず、されるがままのサムライたちは決起したのだ。


 韓国はそんな日本に忖度し、徴用工問題は消え、慰安婦像も街から撤去された。

 日本に対して侮蔑的な態度だったかつての大統領や政府高官、竹島に上陸してパフォーマンスを行った議員たちは逮捕され、収容所へと送られた。


 国防省には『憲兵隊』が復活し、警視庁は内務省に改編され、『特別高等警察』、いわゆるあの恐怖の『特高』も蘇った。

 日本の国家に反逆する者は、日本人であろうと外国人であろうと、裁判を経ることなくその場で処刑された。

 列強の言いなりでしかない国連は機能不全に陥り、そして大口の「物言えぬスポンサー」にされていた日本は、国連を脱退した。




 

 ホワイトハウスでは連日、日本をいかに叩き潰すかが議論されていた。



 「今や日本は以前の北朝鮮よりも脅威となった。武器があっても使いこなせない、士気の低い、練度の劣る兵士とは違い、日本の兵士も士官も世界最高水準の軍隊であり、何よりも彼らは死をも恐れないのだ」

 「カミカゼの復活」

 「死を恐れぬ民族、Japanese」

 「大統領、JAPは身の程知らずにもほどがありますな?」

 

 大統領のハロルドはゆっくりと話し始めた。


 「JAPを侮ってはならない。確かにPearl Harborは当時の大統領の策略だったが、あのまま日本海軍が引き返さずにサンディエゴを攻撃されていたら、我がアメリカ合衆国は日本人によって占領されていたかもしれないのだよ。

 ただ幸いな事に、かつての中田のようなリーダーではなく、小山田にはカリスマ性はなく、知識も教養も先見性もない。あの男は総理の器ではない。諸君は日本の元老院をご存知かね?」

 「あの伝説の日本の秘密結社のことですか?

 確かCIAの調査報告では、日本の敗戦と同時にGHQによって解体されたと聞きましたが?」

 「当時の大統領は取引をしたんだよ。

 天皇制と元老院を存続させる代わりに、ヒロシマ、ナガサキの原爆投下を容認し、沖縄占領を承諾したのだ。

 無条件降伏などではないのだよ」

 「天皇制と元老院?」

 「2,000年以上続く天皇家を守っているのは元老院なのだ。

 そして彼ら13人の使徒と首領は魔法使いでもある。

 人の心の中に浸潤し、操ることが出来る。

 あのGHQの総司令官が解任されたのは何故だと思うかね?」

 「朝鮮戦争で核攻撃をしようとしたからですよね?」

 「そう言わせたのがその元老院の首領なのだよ。

 彼らはこの時を虎視眈々と狙っていたのだ。

 あのCrazyな大日本帝国の復活を」

 「そうはさせませんよ! また日本を占領すればいいのです! 我々合衆国が Yellow Monkey に屈するわけにはいかない!」

 「私も同じ意見だよ、国防長官。

 ではこれから私のプランを説明しよう。

 『Disappearance of Japan project(日本消滅計画)』をね?」

 「消滅?」

 「この危険な国を、民族諸共この世界から葬り去るのだ。皆殺しだよ」


 アメリカの首脳陣は息を呑んだ。

 それは禁止された言葉、


      Genocide


 を意味していたからだ。


 「おお、神よ・・・」


 胸の前で十字を切る者もいた。


 国家安全保障会議室は深く鎮まり返った。



第8話 日本解放戦線

 「こんな日本が許されていいわけがない! 絶対に!」

 「これ以上民自党の好きにはさせん! まずは総理の小山田と、官房長官の井沢に天誅を下すべきだ!」

 「自由で平和な日本を取り戻すのだ! 日本の未来のために!」


 上野の老朽化したビジネスホテルの最上階が、この日本の激変と戦う、『日本解放戦線』のアジトになっていた。

 彼らは密かに小山田総理たちの暗殺を計画していた。


 リーダーの中洲川の表の顔は、大本営陸軍作戦参謀だった。

 祖先は幕臣であり、明治維新から続く、代々軍人の家系だった。

 防衛大学を首席で卒業したエリート軍人である。

 周囲は彼を「ラスト侍」と呼んでいた。


 冷静沈着、常に自分を第三者として俯瞰することが出来る男だった。

 軍人というよりも、オーケストラの指揮者のような雰囲気を持っていた。


 「半年後に国立競技場で行われる「独立記念日」の祝典には小山田をはじめ、多くの政府閣僚が列席する。そこを狙うことにする。当然のことではあるが、厳重な警備体制により、小山田たちに近づくことも、会場に爆薬を仕掛けることも出来ない。

 ドローンや化学兵器での暗殺も不可能に近い。もちろん狙撃もだ」

 「となると特攻ですか?」

 「そうだ。会場近くに配備される10式戦車を奪い、そのまま会場に突撃し、小山田たちを殲滅する」

 「中洲川参謀、その任務はこの私にやらせて下さい! メンバーの中で10式戦車を熟知し、操縦出来る者は私以外にはおりません」

 「木島中尉、やってくれるか?」

 「はっ! 喜んで自分がやらせていただきます!」

 「木島、俺も貴様と行動を共にするぞ!」

 「春村、貴様に手柄はたてさせんぞ! 貴様には参謀を護衛してくれ。これからの日本のためにな」

 「貴様だけにいいカッコさせてたまるか! 仲間は多いほうがいい!」

 「何も死に急ぐことはない。貴様はゆっくり日本の平和と安定を見届けてから来い」


 防大で木島と春村陸軍中尉は同期だった。


 「自分は喜んで自決します!」

 「木島中尉の名は永久に日本の歴史に刻まれることだろう。

 案ずるな、我々もいずれ後を追う覚悟である。

 薄汚い権力者どもを滅ぼし、貧富の差がない、自由で平和で平等な日本を、世界を創るのだ。

 我々日本解放戦線の使命は現政権の打倒にある。それを成功させ、世界のリーダーとしての日本を再生させなければならない。

 日本の未来は有栖川たち若手官僚を中心とした『洗心の会』に託そうではないか!」

 「我々に勇気を!」

 「日本に自由と平和と平等を!」

 「世界に安定した正しい秩序を!」


 中洲川たちは綿密な作戦計画の立案に着手した。


 だがその日本解放戦線の幹部の中に、江戸時代から続く、『御庭番』がひとり、紛れ込んでいた。

 日本解放戦線の動きは内閣官房調査室に逐一報告されていた。



 調査室長の柳葉はほくそえんでいた。


 「もう少し泳がせて、一網打尽にするのだ。

 そしてその家族諸共、公開処刑となることだろう。

 お気の毒様」



第9話 皇紀2691年

  元老院では小山田総理の独裁政権についての審議が行われていた。


 「最近の小山田の行動は、目に余るものがありますな?」

 「まずは第一段階は成功したと言える」

 「もうあ奴らの好きにはさせんよ。日本は神の国なのだから」

 「西暦2031年だと? #戯__たわ__#けた事を。神武天皇が即位した旧暦の1月1日は現在の2月11日なのだ。日本の建国記念日として我々が制定し直したものだ。紀元節から数えれば、今年は皇紀2691年。これはいかなる国の王位継承にもない、唯一無二の祖先が神の血筋である、日本のいにしえよりの皇位継承である。これはキリストの生誕よりも遡るものだ。そして我々元老院は代々天皇家を御守して来た。

 あの屈辱のアメリカの侵略に際してもだ」

 「アメリカ、ロシア、中国、韓国、そして北朝鮮の我が国に対する数々の非礼、侮蔑。許しがたき」

 

 首領の平玄盛が言う。


 「もうよいではないか。憎しみは憎しみの連鎖を生むだけだ。

 天皇陛下もそれをお望みにはならない。

 我々の目的は神国日本の復興なのだ。

 怨恨への復讐ではない。この世界を白人の傲慢から救わねばならん」

 「それにしても小山田の更迭はそろそろですな?」

 「左様、あの男は既に魔物に憑りつかれておる」

 「カネと権力に溺れ、欲望の限りを尽くしておる。誠に哀れな俗物よ」

 「#政__まつりごと__#を疎かにし、自分に反抗する者は虫けらのように簡単に殺してしまう」

 「絶えず侍医の診断を仰ぎ、異常なまでに自身の健康に気を遣い、死を恐れておる」

 「政治家が命乞いをするなど、実に嘆かわしい」

 「1秒でも永く、今の地位に留まっていたいのじゃよ。権力者とはそういう者じゃ。

 人間の一生は「どれだけ長く生きるか」ではなく、「いかに生きるか」が大切なのも分からずに、実に愚かじゃ」

 「では第二段階に進めることに、みなさんご異論はありませぬな?」

 「然るべく」

 「わたくしも」


 元老院の13人の使徒たちは大きく頷いた。





 総理の小山田と官房長官の井沢は、昼間から赤坂でビンテージワインを開け、神戸牛のステーキに舌鼓を打っていた。


 「井沢、長生きの秘訣は肉を食うこととストレスを溜めないことだ」

 「そして女だな? 見てみろこの俺の肌の色艶を? 10歳は若く見えるだろう? あはははは」

 「女もいいが、たいがいにしろよ。お前にはまだ長生きしてもらわんと困るからな?」


 小山田はレアのステーキを口に入れ、それをフルボディのボルドーワインで追い駆けた。


 「その後どうだ? 元老院からの呼び出しはあるのか?」

 「不思議と何も言っては来ない。それが不気味でもある」

 「しかし面妖な連中だ。噂では一切の私有財産を持たず、何処に住み、どんな暮らしをしているかもわからないというではないか? そして自分が死ぬ間際には自分がどこに生まれ変わるかを予言し、そこを探し当てさせてまた元老院へ招き入れるそうじゃないか? いわば「不老不死」とも言える連中だ」

 「彼らは人間ではない。テレパシーに瞬間移動、サイコキネシスなどを操り、冥界と現世、そして天界を自由に行き来が出来る。彼らは神の使い、天使なのだよ」

 「つまり「触らぬ神に祟りなし」というわけだ?

 おい、肉をもう300g焼いてくれ、ミディアムレアでな?」

 「かしこまりました」


 シェフは無表情で新たな肉を焼けた鉄板の上に乗せた。


 「ところで小山田、聞いたか? あの日本解放戦線の連中が今度の独立記念式典で俺たちを狙っているという噂を?」

 「噂ではない。事実だ。

 だが心配は無用だ、既に手は打ってある」

 「愚かな連中だ。俺たちに逆らおうなどと」


 小山田は目の前のステーキ肉に勢いよくナイフを突き立てた。


 「国民のいい見せしめにしてくれるわ」


 小山田は不敵な笑みを浮かべ、グラスのワインを一気に飲み干した。



第10話 満月の夜

 1週間後に妻が入所する予定の『木漏れ日の里』のケアマネージャー、佐久間さんが痴呆になった妻の状態を確認するために家にやって来た。


 「お名前を教えてくれますか?」

 「あなたは誰ですか? 私は教頭の安田です。失礼ですよ、まずは自分からご挨拶をなさい」

 「これは失礼しました。私、佐久間と申します」

 「ああ、そうそう、PTA副会長の田中さんでしたわね?

 私、まだ朝ご飯を食べていないので、お茶でも飲んで待っていて下さる?」

 「朝ご飯はさっき食べただろう?」

 「山本先生、私の給食は生徒と一緒に食べますからね? わかりましたか?」

 「はい、教頭先生。ではそのように準備いたします。

 ですが教頭先生、本日は教育委員会の佐久間課長がお見えですがどういたしますか?」

 「あらそう? こちらが佐久間課長さんですの? はじめまして、安田の家内でございます。

 うーさーぎー おーいし かーのーやーまー♬」


 佐久間さんは眼鏡を外し、私の顔を見て涙を拭った。


 「今まで奥様のお世話をたった一人でしていらしたんですね? お疲れ様でした」

 「妻ですからね? 仕方ありませんよ」

 「よく、よくがんばりましたね?」

 「妻のこと、くれぐれもよろしくお願いします」

 「ご安心下さい。当『木漏れ日の里』は設備も環境も整っており、親切なスタッフたちが24時間体制でケアにあたりますから」

 「ケアマネージャーの佐久間さんなら私も心置きなく『楽園』に行くことが出来ます」

 「今まで本当にお疲れ様でした。『楽園』は素晴らしいところのようですものね? 同僚がそこのスタッフさんと知り合いで、「まるで豪華客船に乗っているみたい」って言っているそうですよ」

 「そのようですね? 豪華な食事と娯楽が充実していて、お酒もタバコも自由だそうです。厚生労働省のホームページで確認しました」

 「それでは一週間後、奥様をお迎えに参ります」

 「よろしくお願いします」





 今夜は満月だった。

 私はリビングの窓を開け放ち、家の明かりを消して辻井伸行のベートーヴェンの『月光』ソナタを掛け、妻と月光浴をしていた。

 とてもきれいな月明かりの夜だった。



 「きれいなお月様。私、あなたと結婚して本当に良かったわ」


 私は夢を見ているのかと思った。妻の玲子が正気に戻っている?


 「僕の方こそ、君と結婚して本当に良かったと思っているよ。

 ありがとう玲子。君には苦労をかけたね?」

 「いいえ、私は凄くしあわせだったわ。あなたと結婚して子供も大きくなって。

 でもね? 私、本当はね、あの月から来た「かぐや姫」なの。月の使者が今夜、私を迎えにやって来ることになっているの。だからあなたとは今夜でお別れ・・・」


 すると妻の玲子は裸足のまま、庭に降りて行った。

 そして私も妻の後に従った。


 「僕も君と一緒に月に行ってもいいかい?」

 「あなたお仕事は? 会社を辞めるならいいわよ。一緒に行きましょうか? 私と月へ」


 その時、私は妻を月に帰してやろうと思った。

 私は背後から妻の玲子の細い首を、両手で夢中で絞めた。

 死の尊厳は政府が決めるのではなく、自分たちが決めるものだからだ。

 妻の体がだらりと重くなり、私は手を離した。

 妻が絶命したことを確認すると、私は家からナイフを取りにゆき、自分の左手首と首の頸動脈を切って妻と手を繫いで横になった。

 美しく月が輝いていた。


 薄れゆく意識の中で、私は妻と2頭のペガサスが曳く馬車に乗った。

 微笑む妻。


 「あなた、行きましょうか? 月へ」

 「そうだな? ふたりで月へ。俺たちは夫婦だから」


 どこからか『Fly me to the Moon』が聴こえていた。




第11話 楽園

 「日本人の死生観は我々アングロサクソンには到底理解出来んよ。

 生と死は人間がコントロールするものではない。それは神の領域なのだ。

 男は75才、女は80才になると人間としての価値がないという考えは、かつてのナチスのホロコーストに匹敵する考えだ」

 「大統領、日本には昔、『姥捨て』という風習があったようです。足手纏いになった老人を山奥に捨てるというおぞましいもので、深い森の中に老人を置き去りにして来るというものだそうです」

 「日本人とは実に不可解な民族だよ。世界に類を見ない高度な教育制度や独特の文化を持ち、植民地も資源も持たず、基礎的な発明も発見もない。ただの小さな島国、JAPAN。

 太平洋戦争では310万人以上もの国民を失い、国土は焼き尽くされ瓦礫の山となり、殆どの国家財産は我々合衆国に没収され、我がアメリカの実質的な植民地となって来た日本。

 そんな日本が再び強大な軍事力を持って、世界第1位の経済大国となって甦って来た。

 マルコポーロは『東方見聞録』の中で日本を「黄金の国、ジパング」であると紹介し、ポルトガル、スペイン、イギリスは日本の侵略を夢見た。

 だが彼らは日本人を甘く見ておったのだよ。「未開の地に住む猿」だと。

 各藩から選抜された若者たちが命懸けの航海で海を渡り、たった数年の内に我々が培った文化文明、生活習慣、社会制度を吸収し、外様大名として冷遇されていた薩摩や長州を中心としたギャングたちが列強の支援を受け、265年続いた江戸幕府を倒し、日本を短期間で変革させ、明治維新を成し遂げたのだ。   

 そして『富国強兵』のスローガンの元、「近代国家日本」を創り上げ、我々の世界に土足で入り込んで来た。

 恐ろしい国だよ日本は」

 「ですが大統領、所詮サルはサルでしかありません。我がアメリカの敵ではありませんよ」

 「アーノルド。君はライオンが一番恐れる動物が何かを知らないようだ」

 「大統領、百獣の王、ライオンに恐れるものなどおりません」

 「それは死を恐れぬシマウマだよ。忘れたのかね? 彼らがかつて掲げていたあの「一億玉砕」という美辞麗句を。


     Bite a cornered rat cat,(窮鼠猫を噛む)



 彼らは猫に追い詰められたネズミなのだよ。死を忘れたネズミにね」





 現代の姥捨て山、『楽園』は小笠原諸島にある、国土地理院の発行する地図には存在しない島にあった。   

 島の大きさは東京都の中央区と港区を合わせたほどの広さがあり、フェリーターミナルと空港が完備され、警察ではなく陸軍の治安維持部隊が駐留していた。


 『楽園』には銀行もATMもない。すべてが無料なので現金が必要なかったからだ。

 欲しい物やサービスはすべて無料。

 高級外車、宝飾品やブランド服、靴やバッグ。ヘアサロンにエステ。高級時計もすべてが無料だった。

 食事は高級フレンチに中華、寿司、天ぷらなどが供され、ラーメン、蕎麦などの麺類、焼肉などが好きな時に好きなだけ食べることが出来た。

 酒も飲み放題。タバコ、そしてドラッグさえも許されていた。

 豪華タワーマンションが用意され、オーケストラや有名アーティストのコンサートに舞踏会、カラオケ。

 カジノにパチンコ、麻雀などの娯楽も充実していた。

 もちろん恋愛も自由。若い女、男を求め、風俗も完備されていた。

 食欲、睡眠欲、性欲、そして所有欲のすべてが満たされていた。



 毎日毎日、航空機や大型フェリーなどによって続々と老人たちがこの島にやって来る。



 「皆さん、『楽園』へようこそ! わたくしは皆さんをご案内するアンドロイド、アンジェロ23号と申します。

 ここは24時間年中無休の眠らない都市です。

 ここでは毎日が休日であり、時間の概念がありません。

 まさに『楽園』なのです。ここではお金は必要ありません。すべてが無料なのです。

 かつて皆さんが夢に見たことが、この島では殆どの願いが叶うのです。

 仮に宝くじで10億円が当たったら何がしたいですか?」

 「ワシは大きな屋敷が欲しい」

 「私はバーキンのバッグとシャネルのお洋服が欲しいわ」

 「俺は鮨が食べたい。回らない寿司をたらふく食べてみたい。そして旨い酒にいい女もな」

 「私は韓流スターのペ・ヨンジュンとお食事がしたいわ」

 「ポルシェのオープンカーに乗りたいぞ」

 

 アンジェロ23号は老人たちを前に言った。


 「この島ではみなさんのそんな望みはすべて叶えられます。

 ここでは好きなことが好きなだけ出来るのです。余計なことは考えずに、ただ毎日を楽しく愉快にお過ごし下さい。

 ただし、この島を出て旅行に出掛けたり、家族の元を訪れることは出来ません。そして内地の人と連絡を取る事も出来ません。

 ここにはひとつだけルールがございます。それはこの島を出ようとしないこと。もし万が一そのルールを破った場合はとても恐ろしい罰を受けることになりますのでご注意下さい。よろしいですね?」

 

 老人たちは黙って頷いた。


 「ではこれから皆さんの居住地にご案内いたします。このオートモービルにご乗車下さい」



 

 老人たちはオートモービルから見える島の美しさに溜息を洩らした。

 島には木々が生い茂り、南国の花々が咲き乱れ、小鳥たちの囀りが聞こえ、近代的な建物が立ち並んでいた。


 今日、この島へ来た老人たちは、この『楽園』が別名、『メタルシティ』と呼ばれていることは、まだ知る由もなかった。



第12話 死を待つ老人たち

 メタルシティは美しい街ではあったが、街には常に死臭が漂っていた。

 そして希望のない、様々な老人たちがこの島で暮らしていた。

 この現代の姥捨て山、『楽園』に。


 やさしい老人、強欲な老人、意地の悪い老人、親切な老人。

 真面目な老人、出鱈目な老人、見栄を張る老人。普通の老人。

 生きることを観念して諦めた老人、生に執着する老人。

 ただ穏やかに死を待つ老人と、死の恐怖に怯える老人がいた。


 人が生きようとするのは死にたくないからだ。

 人間は死を恐れる。

 そして今、老人たちにその死が突き付けられて彼らは生きている。

 いずれにせよ老人たちは一年後、安楽死という名の「処理」をされるのだ。

 まるで生ゴミのように焼かれ、灰になる。




 今日は快晴で、島のビーチには沢山の老人たちが水着を着て日光浴を楽しんでいた。

 川島三郎は今でも毎日の筋トレを欠かさない。川島は赤銅色に日焼けした体にサン・オイルを塗り、サングラスを掛けて自分の肉体を仲間に自慢していた。


 「俺は歳を取らんのだよ。人間の肉体は鍛えていれば衰えることはない。見ろ、この上腕二頭筋と割れた腹筋を。わはははは」

 「鍛えても無駄じゃ。どうせワシらはここで死ぬんじゃからな?」

 「死ぬから何もしないなんてヘンよ。私は綺麗なまま死にたいわ」


 菅沼久美子は美容には余念がない。手と首筋には既に皺も目立ち、ほうれい線が現れ、頬はすでに弛んでしまっていた。


 「久美子さんは80歳にはみえねえからなあ」

 「どうだい? 今夜俺と?」

 「イヤよお爺ちゃんなんて。今夜は直人とエッチのお約束だからダーメ」

 「またあの歌舞伎町にいたホストか? お前は若い男が好きだからなあ」

 「いいでしょう? どうせ死んじゃうんだから、好きな事しないとね?」

 「俺は死にたくねえ。死ぬのが怖い」

 「ワシはもう十分じゃ。子供もおらんし5年前に女房も死んだ。死ぬのは怖くはない」

 「死んだらどうなるのかしら?」

 「ただ自分がこの世からいなくなるだけだ。くだらんことを考えるな。死んだらそれで終わりだ」

 「いや、殆どの人間は地獄行きらしいぞ」

 「嫌だわ、地獄だなんて」


 そこに峰山和尚がやって来た。


 「和尚、地獄は本当にあるのか?」

 「あると言えばあるし、ないと言えばない。

 肉体が滅んでも魂は不滅じゃ。魂には過去の記憶と思考がある。自分が人にした事、人からされた事の世界で自分の魂がそれと対峙することになる。

 地獄も天国も、自分の過去の行動と思考が作る幻想ということじゃ」

 「和尚様、人間はまた人間に生まれ変われるの? 私はまた女に生まれ変わりたいわ」

 「それはわからんな? ゴキブリに生まれ変わるかもしれんし、総理大臣に生まれ変わるかもしれん」

 「導師様、生きるって何ですか?」

 「考えるということじゃな? 「我思う 故に我あり」じゃ」

 「では死とは?」

 「自分の故郷の星へ帰ることじゃよ、そこで人は神の裁きを受ける」

 「星になるんじゃなくて?」

 「あはははは 星にはなれん。自分の星に帰るんじゃ。案ずるなかれ、生まれたからには皆例外なく死ぬ。ただし、自殺はいかん。無間地獄を味わうことになるからのう。

 仮に28才の若さで自殺したとしよう、その若者の本来の寿命が75歳であったとすれば、その残りの人生、47年間を臭くて冷たい暗黒の世界でひとり、過ごさなければならん。

 なぜなら我々は病気や事故で死ぬのではなく、神がお決めになった寿命で死ぬからじゃ」

 「では和尚、この『国家管理保護法』は誤っているということでしょうか?」

 「さあて、どうじゃろう? 昔、日本にあった「姥捨て山」と同じかもしれん。それが神のご意志とあらば、それに従うしかあるまい」


 それだけ言うと峰山和尚は去って行った。

 三日後、和尚は安楽死を遂げた。 





 弦楽四重奏団がモーツァルトを演奏していた。

 沈む夕日を眺めながら、木下礼次郎と小野崎沙恵はワインを飲みながらフランス料理を食べていたが突然、沙恵のナイフとフォークが止まり、彼女は溜息を吐いた。


 「沙恵さん、どうしました? お料理が美味しくありませんか?」

 「3カ月後、私も死んじゃうのかと考えると怖くて」

 「私は4カ月後です。いずれ私も後から逝きますから」

 「私、死ぬのが怖い、死にたくない・・・」


 沙恵は涙を零し、嗚咽した。


 「沙恵さん、この後、私の部屋で一緒に飲みませんか?」

 「こんなお婆ちゃんと飲んでも楽しくないでしょう?」

 「そんなことはありません。沙恵さんは素敵な女性です。

 その日まで私が沙恵さんの傍にいてあげますから」




 その夜、木下礼次郎と小野崎沙恵は、木下の38階のマンションで一緒にワインを飲みながら、ポールモーリアを聴いていた。



 「なつかしいわね? ポールモーリアなんて」

 「僕はこの『涙のトッカータ』が特に好きなんです。華麗なメロディーの中に切なさがあって」

 「礼次郎さんは死ぬのが怖くないの?」

 「以前は怖かったですよ、余命宣告を受けた時は」

 「余命宣告?」

 「僕は膵臓癌なんです。でもその恐怖はいつの間にか消えていました。死ぬのは僕だけじゃない、遅かれ早かれ人は皆、いつかは死ぬんです。誰一人の例外もなく。

 お金持ちも貧しい人も、偉い人もそうでない人も、病気の人も健康な人もみんな、いつか死を迎えるんです」

 「私は生きることに未練があるの。離婚して戻って来た娘とその孫のことが気掛かりで心配なの。孫は今年で32才になるんだけど、まだ結婚していない。孫の花嫁衣裳が見たかった」

 「そんなことを言ったらキリがありませんよ。結婚したら今度はひ孫が生まれるまで、そしてひ孫が幼稚園、そして小学校に入学するまでと、永遠に考えてしまいます」

 「結局、死ぬのが嫌なのね? 私。どうして人は死ぬのかしら?」

 「辛くて苦しかった人生を、リセットするためですよ。仏教で言うところの「生老病死苦」です。人は生まれ、苦しみ、老いと病の中で死んでゆくものです。この老いた体を離れ、例えば戦争で人を殺し、人を欺き、苦しめた過去が消され、また新しい肉体を得て人生を生きて行く。全くの別人として」

 「楽しかったり嬉しかったこともたくさんあるわよ」

 「神様は人間を平等に愛して下さるのです。王様がずっと王様で、奴隷が永遠に奴隷だなんておかしいでしょう?

 ハンサムで裕福な家に生まれる人もいれば、そうではない貧乏な家に生まれる人もいる。

 どんな肉体でどんな環境で如何に生きるか? そこに来世での自分が決まるのではないでしょうか? 限られた時間の中で誠実に生きること。それが人として大切なことだと私は考えます」

 「不思議ね? 礼次郎さんとお話していると、死ぬのが怖くなくなって来たわ」

 「キスをしてもいいですか?」

 「明かりを消して頂戴」


 ふたりは服を脱いで裸になり、静かにベッドに横たわった。

 礼次郎はカプセルを1錠、沙恵に渡した。


 「これは苦しまずに、眠るように死ねるクスリです。少し早いですがどうですか? 私といっしょにこのままここで?」

 「裸のままで?」

 「生まれて来る時も死ぬ時も、人間は裸ですよ」

 「それもそうね?」


 沙恵はクスっと笑ってベッドから降りると、2つのワイングラスにワインを注ぎ、ベッドに戻るとそのひとつを礼次郎に渡した。


 「私たちのあの世での再会を願って」

 「生まれ変わってまた出会えることを祈って」

 「乾杯」

 「乾杯」


 ふたりはカプセルを口に入れ、それをワインで一気に流し込んだ。

 礼次郎と沙恵は口づけを交わし、苦しむことなく抱き合ったまま、眠るように息を引き取った。


 翌朝、発見された時のふたりの死顔は、少し微笑んでいたという。



第13話 死の選別

 白衣を着た十数人の医学生たちが、談笑しながら私の前を通り過ぎて行った。


 「お前、今日の解剖はあと何体だ?」

 「午前中に3体やって、午後からは2体。いい加減、流石にもううんざりだよ」

 「桐野はまだいいよ、死んでるご遺体の解剖だから。俺は臨床試験と言う名の「人体実験」だ。ジジババとは言え、流石に堪えるよ。まるでかつての旧日本陸軍、あの731部隊と同じだ」

 「でもいいじゃないか? そのお陰でしょっちゅう製薬会社から銀座で接待されて、おまけに「お車代」とかいって、小遣まで貰えるんだろう?」

 「だったらお前も前田教授に志願しろよ、「ラボに移動させて下さい」ってな? そうすればザギンでシースー喰ってホステスとやって、10万円の小遣いが貰えるぞ。その代わり、老人たちの「死にたくない、殺さないでくれ!」っていう断末魔の叫びと、哀願するような眼差しに、耐える自信があればの話だがな? そのせいで平野は今も閉鎖病棟に入院したままだ」

 「やっぱ辞めとくよ。俺は人が死なねえラクな皮膚科か泌尿器科志望だからな。あはははは。

 早いとこクリニックを開業して大金持ちだぜ」




 私はいつものようにこの海岸通りのベンチに座り、ただボーッと海を眺めていた。

 ダイヤモンドをばら撒いたように煌めく海。海猫たちが#長閑__のどか__#に空を舞っていた。

 このメタルシティに来てから、すでに一週間が過ぎようとしていた。

 


 見知らぬ老人が話し掛けて来た。

 

 「下品な医者の卵たちですな? あんな連中が将来、医者になるのかと思うとゾッとしますな?」

 「仕方がありませんよ。我々の体は彼らの「教材」になるのですから」

 「私は#畦倉啓介__あぜくらけいすけ__#といいます。岩手の盛岡の出身です」

 「はじめまして。大野修一です。名古屋から参りました」


 私たちは握手を交わし、畦倉は私の隣に腰を降ろした。


 「小山田は悪魔ですな? よくもまあ、こんな巨大な姥捨て山を作り、安楽死などと馬鹿げたことを考えおって。あやつはヒトラーの生まれ変わりでしょうな? ここはまるでナチスの作ったユダヤ人居留区、ゲットーのようです。

 大野さんは我々がどうやって殺されるか、ご存知ですかな?」

 「いえ、知りません。ここには一週間前に来たばかりなので」

 「左様か? 実はな、それぞれ人によって殺され方が違うんじゃよ。

 マイナンバーカードに記憶されている、『国民評価ポイント』によって5段階に分類されます。

 800ポイント以上から1,000ポイントの国民は、フカフカのベッドである薬物を注射され、好きな音楽を聴きながら眠るように死ぬことが出来る。

 600ポイント以上、800ポイント未満ではシャブ漬けにされ、ボロボロの廃人になって死んで行きます。

 400から600ポイントの老人たちは『死の舞踏会』に招かれて踊り続け、最後は会場に充満させたサリン・ガスで殺される。

 200から400ポイントになるとアウシュビッツのように裸にされてガス室に寿司詰めにされて恐怖の中で死を迎える。

 一番悲惨なのが200ポイントにも満たない連中だ。

 彼らはモルモット。つまり、様々な人体実験に利用されることになる。

 そしてその『国民評価ポイント』の数値はこのメタルシティの執行官しか知らんのです」

 「そうでしたか・・・」


 私にはどうでも良い話だった。

 苦しまずに眠るように死のうが、銃殺や絞首刑になろうが死ぬことに変わりがないからだ。

 たとえラクに死ねたとしても、それは現世でのことであり、死後の神の裁きは別だ。

 家族から見捨てられ、5年前に左目を失明し、心筋梗塞。今、心臓が30%しか動いていない私にとって、いつも死は身近なものだった。

 おそらく私はここで安楽死を待つことなく死を迎えることになるだろう。

 懸命に働き、贅沢に暮らした。

 大きな屋敷や高級車、いつも女たちと一緒に過ごしていた。

 美食に旨い酒、だがいつも私は深い孤独の中にいた。

 私が怖いのは死ではなく、孤独だった。

 ゆえに私は死を怖れはしない。死はこの孤独からの解放だからだ。


 「いかがですかな? 一緒にお食事でも?

 血の滴るようなレア・ステーキとシャトー・マルゴーなどは?」

 「私は食が細いので、今日は握飯を持参していますからどうぞお気遣いなく」

 「そうでしたか? 歳を取っても肉を食べないと力が出ませんからな? では失礼」


 畦倉はそう言って去って行った。


 私は思った。彼は200ポイント未満のモルモットなのかもしれないと。



第14話 託された漢

 小山田の傀儡政権により、日本は急激に変わって行った。

 マイナンバーカードはマイクロチップになり、左手の親指と人差し指の間に埋め込まれ、国内には監視カメラが張り巡らされ、国民の行動はすべて内務省に掌握されていた。

 芸人がただ喚いているだけの下劣なお笑い番組やグルメ番組、報道バラエティ番組による、殺したの殺されたの、誰が結婚し、離婚したかなどを垂れ流していたテレビ局は解体され、国営放送も幹部社員は一掃された。

 マスコミはすべて国家の管理下に置かれ、厳格な言論統制がなされていた。


 外国人は国外退去となり、形骸化した各国の大使館や領事館は日本から追放された。

 日本に再占領された北朝鮮は韓国と併合され、誘拐されていた約1,000人にも及ぶ日本人たちもようやく解放された。

 中国、ロシアの多民族国家は既に崩壊寸前だった。




 小山田総理が元老院に呼ばれた。

 元老院の大老、平玄盛は静かに言った。


 「お前の役目はもう終わった」

 「まだ終わってはおりません! 日本を世界一の強国にするまでは!」

 「我々は国家のために尽くせとは言ったが、自分の私利私欲のためにお前を総理にした訳ではない」


 小山田総理の体が宙に浮いた。


 「俺をどうするつもりだ!」


 その瞬間、小山田の姿が消えた。


 「次の総理は陸軍参謀の中洲川にする」

 「大本営、作戦陸軍参謀というより、日本解放戦線のリーダーですな?」

 「彼も驚くことじゃろうて。自分たちの理想社会が実現出来るのじゃからな?」

 

 玄盛は命じた。


 「すぐに中洲川をここへ連れて参れ」

 「かしこまりました」

  




 上野の日本解放戦線のアジトでは、小山田総理たちの暗殺計画の綿密なシュミレーションが行われていた。



 「以上が小山田政権暗殺のシナリオである」

 「参謀、では次回の集会はいつになりますか?」

 「土曜日の20時に集合されたし」

 「了解しました」

 「これにて散会」




 中洲川がJR上野駅に向かって歩いていると、メンバーの佐藤に呼び止められた。

 

 「中洲川さん、立ち食い蕎麦でも食べて帰りませんか?」

 「ああ佐藤君か。今日はクルマではないのかね?」

 「はい、今日は歩いて来ました」


 するとそこへ黒いワゴン車が停車し、中洲川は佐藤にスタンガンで気絶させられ、そのまま拉致された。

 御庭番は佐藤だったのである。

 もちろん佐藤という人物は存在しない。




 中洲川が目を覚ました。

 顔は黒い頭巾が被せられ、手足を結束バンドで縛られていた。


 「参謀、手荒な真似をしてすみません。

 これから中洲川さんに会っていただく方たちがお待ちになっております」

 「生かされているということは、政府の人間ではないと言うことだな?」

 「ご安心下さい、悪い話ではありません。では長旅になりますので少しお休み下さい」


 中洲川はクロロフォルムを嗅がされ、眠らされた。




 

 平安神宮の地下シェルターにある元老院。


 「君が中洲川君かね?」

 「目隠しと拘束を解いてあげよう」


 すると中洲川の頭巾と結束バンドが自然と外れた。


 「ここは元老院だ。君を拷問したり殺害する気はないので安心したまえ」

 

 中洲川は言った。


 「元老院は本当に存在していたのですね? 戦後、GHQによって解体されたと聞きましたが?」

 「左様。そして今回の日本革命を実行したのが我々である」

 「それで私に何をせよとおっしゃるのですか?」

 

 玄盛は言った。


 「君に総理になってもらいたい」

 「小山田はどうなるのですか?」

 「小山田は今頃、富士の樹海を彷徨っている頃じゃろう。

 我々は日本の復活をあやつに命じたが、何を勘違いしたのか権力欲に執着してしまったのじゃよ。

 そこで高潔な思想を持った君に、日本の未来を託したいのだ」

 「私はその日本を転覆しようとしている首謀者ですよ」

 「目的は我々の理想とする日本と同じじゃ」

 「中洲川、お前の理想は何だ?」

 「自由で平和で平等な社会の実現です」

 「我々も同じだよ」

 「老人の安楽死、徴兵と優生保護がですか?」

 「かつての日本は酷かった。アメリカの資本主義に毒され、人は感謝することを忘れ、すべてが当たり前であり、カネがすべての価値基準になってしまった。

 その結果はどうだ? 傍若無人な老人たちの我儘な言動や行動、国防意識の低下、そして簡単に子供を作り、別れてしまう夫婦。

 子供を虐待する親は、かつて自分もそういった境遇の中で育てられていたのだ。

 暴力は遺伝するのだよ」

 「それだけではない。自分だけが有能だと思っている愚かな家族もいる」

 「そういう国民は貧しい教育のない人間、障がいのある人間を馬鹿にする。

 それは正しいことかね?」

 

 中洲川は言った。


 「そのための救済が「国家管理保護法」だったのですね?」

 「それが道徳社会、理想国家の実現なのじゃ」

 「君たちと同じじゃよ。老人に生きる価値はあると思うかね? 親の資格がない人間に子育てを任せていいと思うかね?」

 「お言葉ですが、色んな人間がいてこその社会ではないのでしょうか?

 人間とは「未完成の未熟な出来損ないであり、それが社会の中で生活することで進化、成長して行く。

 そして命の継承がされて行くのではありませんか?」

 「では君はどうしようと思うのかね?」

 「思い遣りのある社会の実現です」

 「具体的にどういうことかね?」

 「孔子の唱えた「#忠恕__ちゅうじょ__#の精神です」

 「そんな死語があったのう」

 「自分がしてあげたいことを人にしてあげ、自分がされたくないことは人にしないということです」

 「確かに理想ではあるが、他国からの侵略にはどう対処するつもりかね?」

 「核武装は必要です。そしてアメリカとの決別も」

 「それは大本営陸軍参謀としての見解かね?」

 「そうであります」

 「だがそれだけでは国は収められんぞ」

 「正しい人間教育を行います。子供から大人まで。何度も何度も体に染み付くまで」

 「なるほど。教育こそが重要だと?」

 「我思う、故に我ありじゃな?」


 玄盛は言った。

 

 「ではこれからの4年間。お前の理想とする日本を創造してみるがいい。

 お前のいう「自由で平和で平等な日本」とやらをな?」

 「わかりました。私の命に換えましても必ず」



 元老院の13名の使徒から溜息が漏れた。


 「ついに出て来おったか? 命もいらんという漢が」



 それから中洲川の日本再生プランが開始された。

 


最終話 大和魂

 中洲川は民自党総裁になり、小山田派の議員を全員を粛清した。

 その殆どの連中が命乞いをした。


 「何でもする! だから殺さないでくれ!」

 「俺は小山田にはめられたんだ!」

 「頼む、助けてくれ!」


 自分に都合の悪い人間や逆らう人間を平気で殺してきた奴らだった。

 彼らの家族諸共、メタルシティに送り、処刑した。


 

 国家管理保護法は廃止され、老人たちの安楽死も、徴兵制度も優生保護も撤廃され、メタルシティは上級国民や政治家たちの強制収容所となっていた。

 そしてそこでは愚か者たちの再教育プログラムが実行されていた。



 軍隊は自衛隊に戻されることはなく、海上保安庁と統合されたままとなり、他国からの我が領土への侵略行為に対しては、海軍と空軍が連携して実力排除を行なっていた。


 原子力潜水艦、ステルス戦闘機、空母、イージス艦は全て国産になった。

 もちろん最新鋭の核兵器も保有していた。


 特に中洲川は教育改革に力を入れた。

 子供は国家の宝であるとし、保育園と幼稚園を統合し、5年間の幼児園とした。

 これは乳幼児教育の重要性を鑑みたものである。


 小学校と中学校も併合し、初等学校として9年間教育とした。

 高等学校は5年生とし、より専門性を充実させた、高専方式を採用した。

 大学は私立大学を全廃し、6年間教育として大学院レベルに引き上げることで、卓越した頭脳集団を形成した。

 大学はペーパー試験による選抜ではなく、教授陣による口頭試問によるものとし、単なる暗記主体の受験勉強ではなく、才能を重視するものとした。

 教育費のすべてを無償とした。


 更に成人した大人には、月1回の道徳教育を強制した。

 いくら子供たちを教育しても、その親や大人がだらしのない人間では何の効果もないからだ。




 

 大統領と中洲川の電話会談が行われた。


 「Mr.ナカスガワ。君が日本の総理になったことをアメリカは歓迎するよ。

 私は日本を焦土にしなくて済んだのだからね?

 これでまた、我が国と親愛なる日本との蜜月が訪れたわけだ。

 実にめでたいことだよ」

 

 だが中洲川はキッパリと言った。


 「大統領。あなたは何か大きな勘違いをされています。

 日本はもう、アメリカの忠犬ではありません。

 それは私が総理になっても、アメリカとの関係は今までのように「対等」でお願いしたいということです。

 日本をあの戦争へと仕向けたのはあなた方だということを、まさかお忘れになったわけではないはずです。

 完成させた原爆を、我が国のナガサキ、ヒロシマを使って二度も「人体実験」を行い、核兵器の脅威を世界中にデモンストレーションをすることで、アメリカの絶対的軍事力を誇示した。

 戦後、日本の財産を没収し、500兆円にも及ぶ米国国債を押し付け、日本に駐留しているアメリカ軍の軍事費の殆どを我が国に負担させた。

 我々は「Monkey」ではない。

 アメリカのかつての栄華はもう終わったのです」

 「では日米安全保障条約も再締結はしないと?」

 「もちろんです。そして我が国が米国債を売ることに同意していただく。

 もうアメリカに投資する価値はない。

 デフォルトでもされたら堪りませんからな?」

 「気でも狂ったのかね? Mr.ナカスガワ?」

 「極めて私は正常ですよ。狂っているのはあなた方アメリカの方だ。

 身分をわきまえたまえ、Mr.President。

 もしそれを承服出来ないのであれば、わが神国日本は貴国と差し違える覚悟であります。

 日本人は己の思想信念のためには命など捨てる民族なのですから。

 あなたが核のボタンを押したら私も全ての核兵器を貴国へ撃ち尽くします。

 それでもよろしいか?」

 「そもそも無礼ではないのかね? このような重要な会談を電話でするなどと。

 君が我が国を訪れて交渉すべきことではないのかね? それがスジというものだよ。Mr.Monkey」 

 「それは逆ですよ。あなたが日本に来るべきだ。

 そしてアメリカ国民を代表して、わが国民すべてに謝罪していただきたい。

 今まで貴国が我が国に対して行って来た残虐行為について」

 

 少しの沈黙の後、大統領は言った。


 「よろしい、Mr.ナカスガワ。

 君の要求はわかった。だがそれを私が飲んだわけではない。

 これからどうすれば「お互いの利益」になるのか? 考えてみようじゃないかね?」

 「わかりました。それでは今後の交渉については政府関係者レベルの話し合いということにいたしましょう。

 それではご機嫌よう。Mr.President」


 中洲川は電話を切ると、国防大臣に命じた。


 「米国からのICBMの迎撃体制を各部隊に命じよ。

 そしてワシントン沖に配備している原潜、『大和』『武蔵』『長門』に核ミサイルの発射準備を直ちに完了させたまえ。目標、ホワイトハウス、及びペンタゴン」

 「準備にかかります!」

 「アメリカ人は狡猾だ。そんな悠長なことは考えてはいないはずだからな?」




 その頃、ホワイトハウスでは、ためらうことなく大統領が核のボタンを押した。


 「さらばだ、猿の王国、サムライJAPAN」




 「中洲川総理! アメリカから大陸間弾道ミサイルの発射を確認!」

 

 中洲川は国防大臣と共に核のボタンを押した。


 「全力をあげて米国、核ミサイルを迎撃せよ」



 遂にアメリカと日本の戦争が再開された。



                 『メタルシティ』完

 


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【完結】メタルシティ(作品230619) 菊池昭仁 @landfall0810

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