2 福神漬けと歩く

 中学生活、2日目――。


 私が思った通り、田沼くんはいきなりモテていた。

 女子たちはみんな、さりげなく彼の視界に入ろうとしている。

 女同士って、そういうのがわかる。

 でも一番衝撃的だったのは、クラスメイトになった女子たちの言葉だ。


「ねぇ、すみれちゃん。あなたと田沼くんって、付き合ってるわけじゃないよね? 単なる幼なじみなんでしょ?」


「う、うん! も、もちろんだよ! 全然、付き合ってないし! あいつはポジション的に、その、カレーの横の福神ふくじんけみたいなものだよ!」


「ははははは。田沼くんって、福神漬けなんだぁ」


 うん、あの、自分で言っといてアレなんだけど、たとえの意味が全然わかんない。


 おばあちゃん、すいません。

 私、おばあちゃんのアパートの住人さんを、福神漬けにしてしまったよ……。


 でもね、おばあちゃん。

 悪いのは私じゃなくて、田沼くんなんだ。

 あの人が、なぜか私を自分の幼なじみっていう『設定』にした。

 しかもこれ、不思議なことに、みんなが信じてしまっている。


 学校生活を送る田沼くんを、私は何度もチラ見する。

 彼の横顔は……はい、思いっきりフツーです。


 しれーっと授業を受け、休憩時間は男同士でワイワイ。

 給食だって、めちゃくちゃおいしそうに食べてる。

 だけど時々、私の視線に気づき、フッと謎にほほ笑みかけてくるのだ。


 何ですか……このイケメン?

 何者?


 私は昨日、ここで、この教室で、初めて彼と出会った。

 なのにいつの間にか、私と彼は、小さい頃からの幼なじみになっている。


『だけど、中学に入っても、やっぱり二人は仲良しなんだね』


 今朝の水戸ちゃん、すっごく自然だった。

 『設定』じゃなくて、フツーの『事実』みたいに言った。


 彼女と田沼くんが、二人して私をからかっているとは思えない。

 ってことは、水戸ちゃんは、マジでそう思っているのだ。


 教室で男子と笑ってる田沼くんを、私は見つめる。


 ねぇ、田沼くん。

 あなた、もしかして催眠術か何か、使った?

 でもそういうの、こんなにたくさんの人たちに同時にかけるとか、できるの?


 どれだけ考えても……私には、何が何だか、さっぱりわからない。

 田沼くんに何も聞けないまま、私はその日の授業をすべて終えた。


       〇


「さて……これは一体どういうことなのか、説明してもらいましょうか」


 帰り道を歩きながら、私は田沼くんに言った。

 まったく頼んでないのに、彼はなぜか、私のとなりにいる。


 イケメンといっしょに登下校――これって、わりと女子の夢だよね?

 でも私の場合、かなりビミョー。

 だってこのイケメン、どこかちょっと怪しすぎるのだ。


「意外と冷静なんだね、きみ」


「冷静って言うか、まったく意味がわかんないんですけど?」


「きみが聞きたいのは――どうしてぼくたちが、幼なじみ『設定』なのかってこと?」


「それ以外に、一体何があるの?」


「まぁ、そうだよね」


「ねぇ。あなた、何者なの? 催眠術とか、使った?」


「まぁ、それと似たようなものを」


「って、認めるんかい!」


「でもその話は、あとでいいんじゃないかな? のんびり行こうよ。時間はタップリとある」


「はぁ? 何言ってんの? 今すぐ説明しなさい!」


「きみは、コーポ・ディッシュの管理人だろ?」


「何、いきなり? そうですけど? それが、何?」


「だったらとりあえず、買い物に行かなきゃ。今日の夜ごはん、材料ゼロだ」


「夜ごはんって……今は、そんなこと言ってる場合じゃないし!」


「いや、そんなことを言ってる場合だよ」


「は? 何? 催眠術より、夜ごはんってこと?」


「ぼくは、コーポ・ディッシュの住人だ。家賃も一年分、すでに支払っている。きみも管理人なら、住人の食事のことを考えるべきじゃないかな?」


「な、な、なんで私が、住人の食事のことを?」


「残念ながら、これは契約に含まれている。家に帰って、志田さんの引き出しから契約書を探してみるといい。コーポ・ディッシュは、食事付きのアパートだ」


「え……」


「もちろん、夜ごはんオンリーだけどね」


「マ、マジか……」


「昭和の下宿スタイルって言えば、わかりやすいかな? 昔は、大家さんが食事を作って、住人に提供するアパートがあったんだ。コーポ・ディッシュは、それだよ」


「あ、あの、今、令和なんですけど?」


「契約は、契約だろ? つまり管理人として、きみはぼくのために、毎晩食事を作る義務がある」


「……」


「わかったら、スーパーで材料を買って帰ろう。きみの質問に答えるのは、夜ごはんのあとだ。大丈夫。何だって答えるよ」


 そうほほ笑むと、田沼くんはさっさと歩きはじめた。

 絶望のため息をつき、私は彼のあとに続く。


 たしかに、今の私は、コーポ・ディッシュの管理人。

 オーナーであるおばあちゃんが、そういった契約をしているのなら、私はそれをやるしかない。


「ところで、すみれ」


「『すみれ』呼びは、やめてください。なぜか幼なじみ『設定』になってるけど、私とあなたは昨日出会ったばかりです」


「だったら、ぼくのこと、『勇助』って呼び捨てで良いよ。そっちの方が、色々とやりやすいだろ?」


「お断りします。あなたとは、そんなに親しくありません」


「で、すみれ。話の続きなんだけど――」


「あなた、話、聞いてた? 『すみれ』呼びは、やめてって言ってんだけど?」


「ぼくの予想では、今夜、お客さんが来るんだ。彼をおもてなししなきゃいけない。だから今日は、材料を少し多めに買って帰ろう」


「はぁ? 何? 私、あなたのお客さんの分まで準備しなきゃいけないわけ?」


 私の言葉に、田沼くんは「ははははは」と笑いながら歩き続ける。


 あの……一体、何でしょうか、この状況?

 私、これから、毎日毎日、田沼くんのために夜ごはんを作るのですか?

 って言うか、彼のお客さんが来たら、その人の分まで?

 いやいやいや、中1でそういうの、マジで過酷すぎません?


 おばあちゃん、悪いけど、バイト代ください。

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コーポ・ディッシュの管理人 貴船弘海 @Hiromi_Kibune

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