何ですか、それ?

1 なんですと

 ビビビビビ……ビビビ……ビビッ……シャーーーーーッ! シャーーーーーッ!


 翌朝――例のノイズで、私は目を覚ました。

 コーポ・ディッシュの管理人室。

 うるさい、最悪な目覚め。

 布団から起き上がり、私は室内を見回す。


 あの……マジ、何なの、この音?

 ひょっとして、おばあちゃん、ラジオつけっぱのまま、彼氏のとこに行った?

 一体、どっから聞こえてくるんだろ?


 朝っぱらから、なんだかドヨ~ンとしてくる。

 でも――現役JCの朝は、超忙しい。

 そんなことを気にしてるヒマなんか、全然ない。


 洗顔。

 歯みがき。

 身だしなみチェック。

 少しでも可愛く見えるよう、顔面を微調整。


 つけっぱのラジオは、帰ってから探せばいい。


 入学二日目から、時間がちょっと押している。

 急いで制服に着替え、管理人室を出た。


 玄関でクツを履き、勢いよくドアを開く。

 すると――そこに彼が立っていた。


 田沼勇助くん。

 このコーポ・ディッシュに住んでいる、ただ一人の住人。


 えっと、あの、もしかして……私が出てくるの、待ってました?

 な、なんで待つ?


 私、マジで彼と同じ家で一晩を過ごしたんだ。

 しかも二人きり。

 少し、目まいがしてくる。

 ボーッと、コーポ・ディッシュを振り返った。


 アパートの屋根の上に、今日もあのヘンな物体が見える。

 空に向かって広げられた、わりとビッグな白いお皿。


 いや、だから、何なの、あのお皿……。

 何のために、そこに存在してんの……。


「おはよう。本宮さん」


 田沼くんが、さわやかにそうほほ笑んでくる。

 私は、そんな彼を見上げた。


 ちょ、ちょっと待ってください……。

 あまりのドタバタっぷりに、昨日はまったく気づきませんでしたが……田沼くんって、意外とイケメン?

 いや、かなりのイケメン?


「ん? どうしたの?」


「い、いえ、何でもないです。お、おはよう、田沼くん」


「うん。じゃ、行こっか」


「あ、あの、すいません」


 私は、その場に立ち止まる。

 モジモジと、彼になんとか口を開いた。


「あ、あのね、田沼くん。こういうのって……ちょっと、あんま良くない状態なんじゃないかな?」


「良くない状態?」


「うん。だって、その……朝っぱらからこんな風に、二人でいっしょに登校するとか……まるで彼女&彼氏、あるいは彼女フィーチャリング彼氏なんじゃあ……」


「ははははは。考えすぎだよ、本宮さん。誰もそんな風には思わない」


「いや、思うでしょ? 入学したばっかだよ? そういう風に誤解されるの、お互いにとって、あまり良くないんじゃないかな?」


「そう?」


「そうだよ。ただでさえ、私たちは同じ家に暮らしてるんだから」


「でも――管理人と、住人だろ?」


「それは、そう! そうなんだけど……」


「大丈夫。ぼくはそういうの、全然気にしないタイプだから」


「いや、あなたじゃなくて。私が気にしてるんですけど?」


「くだらないこと言ってないで、ほら、そろそろ行こう。このままじゃ遅刻するよ」


「く、くだらなくはないでしょう……」


 田沼くんが歩きはじめたので、私は後ろをついていく。

 何だろ、これ……。

 私、いきなり田沼くんの、三歩下がった彼女ふう


 しかし……田沼くん、これ、絶対モテるわ……。

 こんなイケメンといっしょに登校するとか……私、ヤバくない?


 はい。

 私、まわりの女子にめちゃくちゃ嫌われること、確定です。

 中学入学と同時に、嫉妬イジメのターゲットになります。


 でも……そうなったら、マジでイヤだな……。

 私は、のんびりとした中学生活を送りたいのだ……。

 ママとおばあちゃんがあんな感じだから、私はフツーに生きたい……。


「本宮さんって、歩くの遅いんだね」


 歩くスピードを落とし、田沼くんが私のとなりに並んでくる。

 た、田沼くん、ちょっと、その、近くない?

 距離感、バグってる人?


「いや、いくらなんでも並んで歩くのはマズいんじゃないかな? 並んじゃうと、彼女&彼氏感がさらに倍増すると言うか……」


「こだわるなぁ。ぼくときみは、そういうのじゃないだろ?」


「そういうのじゃない。でもフツー、そういう風に見えちゃうでしょ? それがイヤなの」


「え? イヤなの?」


 少し悲しそうな顔で、田沼くんが私を見下ろす。

 背、高っ!


 これはモテる。

 こいつはモテる。

 絶対モテる。


 私、たぶん、来週あたりから、マジで嫉妬イジメのターゲットだわ……。

 カバンが隠され、教科書が破られ、クツが便器へ、体操着がゴミ箱へ……。


「あ、いや、べつにあなたのことが嫌いなわけじゃないの! つまり、その、誤解を受けたくないだけって言うか――」


「だったら大丈夫だよ。誤解する人なんかいない」


「あなた、なんでそんなにヨユーなの? これ、わりと一大事なんですけど? 私たち、同じ家に住むことになったんだよ? これって、いわゆる、どうせ――」


 同棲みたいなものじゃない! と、私は言おうとした。

 でも言えなかった。


 誰かが、後ろから走ってくる気配がした。

 振り向くと、一人の女の子が、笑顔でこちらに近づいてくるのが見える。


 水戸みと由美子ゆみこちゃん。


 彼女は、私の小学校の時のクラスメイト。

 たまに、話をする人。


 この子もまた、めちゃくちゃモテる女子だった。

 美しすぎる、サラッサラの黒髪ロング。

 いわゆる清楚系。


「おはよう、すみれちゃん!」


「お、おはよう……」


 これは、ヤバい……。

 かなり、ヤバい……。

 水戸ちゃんは良い子だけど、この状況、確実に誤解されそう……。


「あれ? どうしたの、すみれちゃん? 調子悪い?」


「ま、まぁ……昨夜から、その、謎の目まいと、不眠症、それからナントカ症候群的な……」


「目まい? それ、病院とかに行った方が良くない?」


「いや、そういった目まいではないので、大丈夫です……」


「そっか。でも中学に入学したばっかなんだから、体には気をつけなきゃだよ」


 水戸ちゃんが、気楽に笑う。

 そして、私のとなりの田沼くんを見上げた。


「おはよう、田沼くん♪」


 彼女のあいさつに、田沼くんが「おはよう」とフツーにほほ笑む。


 え……。

 何、あなたたち?

 ひょっとして、すでに知り合い?


 イケメンの知り合いは美少女――そんなベタな流れ?

 イケメンは美少女を呼び、美少女はイケメンを呼ぶ?


 水戸ちゃんが、田沼くんのとなりに並んで続ける。


「だけど、中学に入っても、やっぱり二人は仲良しなんだね」


 は?

 はい?

 中学に入っても?

 何ですか、それ?


「田沼くんとすみれちゃんって、もしかして将来、結婚したりするの?」


 ちょ、ちょっと水戸ちゃん?

 あなた、一体何を――。


「いやいや、そんなのはまだ考えてないよ」


 さらっと、田沼くんがそう答える。


 は?

 は?

 は?


 いや、ちょっと待て、お前。

 田沼。

 私とあなた、昨日出会ったばっかだよね?


 なのに、何?

 結婚って?


 まだ考えてないって?

 どういうことだ、おい?


 戸惑う私を見下ろしながら、田沼くんが大人な顔で続ける。


「ぼくとすみれが結婚するかどうかは――すみれ次第だよ」


 な、な、な、な、なんですとーーーーーーー???


 何の話だ、田沼くん?

 いや、田沼!

 しかもあんた、すでに『すみれ』呼びか、おい!


 田沼ぁーーーーーーー!

 一体、どうなってるーーーーーーー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る