第77話


 決着の音が鳴る。


 エルハイドの上半身と下半身がズレ、首なしの胴が石畳の上に落下した。残った下半身から血が盛大に吹き出し、真っ赤な池を形作る。


 頑強な鎧ごと叩き斬ったパンドラの形が元の長剣の形に戻っていく。


 同時にアシルの装いも変化した。


 <伴侶血装ブライド・ブラッド>の効果が消え、元の身体に包帯を巻いた吸血鬼の姿へ戻る。


『……そんな……馬鹿な……』


 エルハイドはまだ生きていた。


 流石は超位アンデッド。身体を両断されただけでは死なないらしい。

 エルハイドは拳を地面に何度も叩きつけ、怒りのままに感情を吐露する。


『アンデッドであるお前がッ……何故ここまでするのだッ⁉』


 アシルは胸に突き立ったままの奈落剣を引き抜き、激痛に耐えながらエルハイドを見下ろす。


『アシルよ。お前も裏切られたはずだッ、目の前で人族の蛮行を目にしたはずだッ。勇者の兄に……殺されたはずだッ!』


「……」


「……ッ⁉」


 何やら背後でフレンが息を呑む気配がした。


『ゼノン・レイフォース。全ては奴の手引きがあったから、魔王軍が王都へ雪崩れ込む事となった。アレが――人族が人族の王都を壊滅させたのだぞッ⁉』


 アシルは眼を閉じて考える。


(……もしあの廃墟と化した王都にノルが来なかったら。アンデッドになった俺をサフィア姫が気味悪がり、拒絶されていたら。俺は魔王軍幹部として、この街をエルハイドと共に滅ぼしていたかもしれない)


 あらゆる奇跡が重なって、今こうして自分は人族の味方として立っている。


「エルハイド。人族を憎む気持ちは分かる」


 平和な時代に逸脱した力の持ち主として奇異の目で見られた。


 魔王が現れ、勇者に任命されたら手のひらを返すように賞賛され。

 しかしその名声を快く思わない王族の姦計によって、魔王討伐時にパーティメンバーに裏切られた。


 確かに人族を憎むようになるのも頷ける。


「あの日、確かに俺は殺意と怒りに支配された。だが、骨人スケルトンになっても忘れられない想いがあった。助けたい人がいた」


『……』


「お前にはいなかったのか? 大切な人が。信頼できる人間が。一人もいなかったのか? 戦士以外のお前の仲間は? 婚約していた姫は?」


『……それは……』


「人族の為。エルシュタイン王国の為。俺が戦う理由は――ここにいる理由はそうであってそうじゃない。大切な人を……俺はお前達の手から――いや、あたゆるものから守りたかった。ただそれだけなんだ」


 アシルの背にフレンの手が添えられる。


「……済まない。アシル……」


「……何故君が謝るんだ」


 生者と死者が言葉を交わす様子を見て、エルハイドは何を思ったのか。


『……くだらん慣れ合いだ。精々気をつけるが良い。パンドラは勇者殺しの剣。お前もその剣の錆になるかも知らんぞ、フレン』


 言われたフレンがアシルから手を離し、エルハイドに右手を向ける。

 その手のひらに黄金の炎の玉が形成された。


「……同情はするよ、エルハイド。僕も勇者に任命された身として、貴方の事は忘れない」


『……そうか。ならば、あの世とやらで待っているぞ』

 

 死期を悟ったエルハイドは最後に凶報をもたらした。


『案外、すぐ会えるかもしれんがな。もうすぐ古き吸血鬼を滅ぼし、我らが王がこの街に来るはずだ』


「何だと!?」


「……そうか。レブランカと戦っていたお前がここに来れた理由は……」


 つまり屍の魔王本人がレドブランカを抑えているからこそ、エルハイドはこの城塞都市カルランまでやってこれたのだ。


 思わず鳥肌が立つ。


 レドブランカは正直エルハイドと戦っても負けるとは思えなかったが、魔王本人が相手だと流石に分が悪いかもしれない。


(マズい。俺は伴侶血装ブライド・ブラッドを。フレンは戦王剣の権能である大戦士の固有技能オリジン・スキルを使ってしまったぞ……)


『お前達二人は私に全力を出した。奥の手を出し尽くしたはずだ』


「くっ」


『どう足掻いても、人族は滅びる定めなのだ。いや、滅びなければならない』


 その言葉を最期に、エルハイドは黄金の炎に焼かれて消滅した。


 

 

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アンデッド転生〜悲運の死を遂げた王国の兵士は進化を重ねて最強に至る 城之内 @jounouti

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