第76話



 フレンの渾身の斬撃は見事エルハイドの硬すぎる防御を突破した。


 鮮血が飛び散り、僅かによろける魔王軍最高幹部。傷を負った肩口から黄金の炎が噴き出した。


 より一層苦悶の声を上げ、片膝を地につけたエルハイド。


 その隙を逃さないとばかりにフレンが迫る。

 

『――貴様……』


 しかしエルハイドの身体が急加速した。

 <黒雷クロイカズチ>が付与された巨体で瞬く間にフレンの戦王剣を躱し、


『ッ!』


 奈落剣を一閃。二度目の斬撃がフレンの身体に当たる。


「……効かないよ」


 だが、やはりフレンの肉体にダメージはない。


 アシルは驚きながらも、それがグランツの固有技能オリジン・スキルの効果なのだと理解し、


「ふッ!」


 背後からパンドラでエルハイドの背に斬りかかる。


『その忌々しい剣の使い手にだけは……私は負けんぞッ』

 

 パンドラの刀身は繰り出された蹴り、その足裏で止められ、フレンの一撃はエルハイドが握る奈落剣で防がれる。


 傷を負って尚、それを感じさせない動きでエルハイドはアシルとフレンの剣撃を同時に捌いた。


 幾度目かの攻防を経て、


攻撃無効化ダメージカットか』


 エルハイドは三度目の斬撃をフレンの首筋に当て、刃が微塵も通らない事を確認してから一度距離を大きく取った。


『そういった固有技能オリジン・スキルは一度発動したら途中で効果を取り消す事はできない』


「……」


『一時的に無敵になれる破格の能力だが、その分回数制限がある。私が生きていた時代にもそういう戦士はいた。あと何回だ? それが尽きた時、お前達の勝機は完全に消えるだろう。もうお前たちのスピード、剣技、固有技能オリジン・スキルは把握した。剣を交えるたびに私は慣れる。慣れれば対応は簡単だ』


 フレンは僅かに苦笑し、


「類まれな戦闘技術と戦闘経験からくる知識。百年以上生きているだけはあるよ」


 そのフレンの言い様からアシルはエルハイドの言葉が正しい事を悟る。


(……互角以上に戦えるが、決定打に欠ける。戦王剣、そして伴侶血装ブライド・ブラッド。フレンと俺は格段に強くなったはずなんだが)


 進化を果たした魔王軍最高幹部、そして元勇者の肩書は伊達ではない。


「僕を盾に使っていい。君が止めを刺すんだ」


「……分かった」


 アシルは仕込み刀状のパンドラに己の血と赤い闘気を絡ませる。


「<闘炎魔剣レーヴァテイン>」


 発火したパンドラを他所に、フレンが再び突貫する。

 しかしエルハイドは反対にフレンから距離をとるように駆け出し、左腕を砲台のようにして遠距離から攻撃してくる。


「<黒雷クロイカズチ>」


 幾本もの雷が周囲を走り抜ける。前傾姿勢で地を這うように駆けながら速度を緩めず躱すフレン。


 しかし雷が枝分かれになり、避ける隙間を無くされた事で足を止めざるを得なくなる。


 フレンは戦王剣を地面に突き立て、


「<叡智ノ盾>」


 魔法反射の盾を雷の前に突き出す。


 しかし雷は盾に当たる寸前で軌道を変え、フレンの脇腹に直撃。これで四ヒット目。

 

「ちッ」

 

 ダメージはないが、僅かに苛立ちを露にしながらフレンは戦王剣を引き抜いて走り出す。周囲に突風が発生するレベルの速さで駆けているが、それはエルハイドも同じ。


 首なし騎士は先ほど同様フレンと一定の距離を空けながら魔法を連発してくる。


「<血炎化ブラッド・フレイム>」


 このままでは埒が明かない。アシルは自らの血を飛ばしてエルハイドの周りを深紅の炎で囲む。


 フレンが雷を斬り払い、足を止めたエルハイドに肉薄した。


 しかしエルハイドは暗黒闘気を身体から吹き出し、身体の強化ではなく目くらましのように使う。


 視界を塞がれたフレンは構わず黄金の炎を付与した戦王剣を水平に振るうが、


「上だッ」


 宙に跳んでいたエルハイドにまんまと躱される。

 だが、空中では身動きを取る事は不可能。


「――<血炎化ブラッド・フレイム>」


 アシルが再度血液を弾丸の速度で飛ばした。

 深紅の炎に包まれる間際、エルハイドは自らが握る剣――奈落剣から手を離してその柄を蹴り飛ばし、疑似的に空中で進路を変える。


「……マジか」


 そのアクロバティックな動作の弊害として、武器を失ってしまったエルハイド。


 地に落ちてきた巨漢の鎧騎士めがけて、フレンとアシルが共に渾身の斬撃を放つ。

 互いに炎を付与した一刀だったが、


「<奈落剣召喚サモン・アビスブレイド>」


 いつの間にか暗黒闘気が収束し、エルハイドの手元に収まっていた長剣で防がれる。


 どうやらどこからでも手元に引き寄せる事ができるらしい。


「戦い方が変わった。曲芸のようだな」


「……感心している場合じゃないよッ」


 エルハイドは石畳を蹴りつけ、破壊された石材が礫状になってフレンに飛んでいく。至近距離での散弾のような攻撃をフレンは躱しきれない。


 普通にくらってもダメージなんてほとんどない攻撃だったが、それもカウントされてしまうのか。 


 フレンの表情に焦りが浮かぶ。


『一見無敵に思える攻撃無効化ダメージカットだが、大技ではなく連続した小技を当てれば攻略は可能なんだ』


 一転してエルハイドが攻めに回る。フレンに肉薄するエルハイドを止める為に死角からアシルがパンドラを水平に払う。


「<闘炎魔剣レーヴァテイン>」


 しかし、


『<黒雷クロイカズチ>』


 その渾身の刃を首なし騎士は左手から放出した雷で軌道を逸らさせ、


『まずはお前からだ』


 エルハイドが降り下ろした黒い聖剣をフレンは戦王剣の刀身の腹で受け止め、そのまま滑らせて受け流す。


「僕を舐めるなッ」


 例え攻撃無効化ダメージカットがなくてもフレンはエルハイドと斬り結べるレベルではある。

 だがエルハイドは得意げに声を上げ、


『秘策は最後まで隠しておくものだッ、<奈落剣召喚サモン・アビスブレイド>』


 エルハイドの左手に、二本目の奈落剣が出現する。


「なッ⁉」


 フレンが驚きと共に躱そうとするが、エルハイドの方が速かった。

 繰り出された二本目の刺突がフレンの胴体を貫く寸前。


 アシルが間に入った。


『……ふん、殺す順番が変わっただけの――』


「<不死身状態付与アンデッド・オブ・アンデッド>」


 心臓を潰されながら、アシルは自分に死霊術師の職技能クラス・スキルを行使した。


(秘策は最後まで取っておく。それには同意する)


「――俺も攻撃無効化ダメージカットと似たような事はできるんだよ」

 

 アンデッドの不死身化。


 アシルは黒ローブの裾を靡かせながら、赤い血管が浮き出た銀の刃を一閃。


 エルハイドの胴体を両断した。

 



 



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