エピローグ

エピローグ


 どうするかな、とソラは旧校舎前の何も植えられていない花壇のブロックに腰を下ろした。

 厄介ごとは片付いたのだ。後は本来の予定のとおり、この学校で青春ラブコメを満喫するだけだった。なのに、あまり気は晴れない。ナンパでもするか、と頭で考えても、心はぴくりとも反応しない。

 その理由は明白だった。分かっていながら、「とりあえず爆破計画があるから」と見て見ぬふりをしてきたが、それもどうやら限界のようだ。


「はぁ〜あ……。告白ってどうやんだ」


 快晴の空を見上げて呟く。空からの返答はなく、代わりに部活動に勤しむ生徒の声が遠くから聞こえるのみであった。

 あなたが好きだ、と誰かに伝えた経験がないソラにとっては、『告白のやり方』はどんな数学の問題よりも難解だった。


「……好きです。付き合ってください」


 ソラは一人呟いてみて、羞恥に身悶えした。


(なんだこの恥ずかしいワード! こんなことならまだ恥部を露出させながら校庭を10周する方がマシだ!)


 そもそもこれだけの羞恥を耐え抜いて告白したとしても、色好いろよい返事をもらえるかは不明なのだ。代償と報酬が釣り合っていない。こんな割に合わない儀式を世の男性は皆こなしているというのか。

 ソラは告白した自分を想像してみた。そして返って来る言葉も。


 ——え、祈里のことそんな風に思ってたんですかぁ?


 得意げにそう言う祈里が頭に浮かび、イラっとした。なんで告白直前に想い人に腹を立てなきゃならないのだろうか、とソラはため息をつく。


「ソラくーん!」と旧校舎の窓から聞こえたのはその時だった。


 振り向くと祈里が窓を開けて、身を乗り出し、こちらに手を振っていた。割ったところとはまた別の窓だ。ソラは立ち上がって、一瞬だけ手を挙げて応じると、脇に用意しておいたロープを拾い上げ、祈里のいる方に歩み寄る。これを祈里に投げ渡し、適当なところに結び付けさせる算段だった。


 ——ところが、


「行きますよぉ!」と祈里が楽しそうに叫んだ。


 え、とソラが顔を引き攣らせた瞬間には祈里はもう宙にいた。ソラを目掛けて跳んだ豪快な大ジャンプ。


 はぁぁああ!? と怒りと戸惑いの咆哮を叫びながらも、ソラは祈里を受け止めようと両手を広げた。

 がしっ、と祈里を捕まえると勢いそのままにソラを下敷きにして地に倒れた。

 微かに甘い匂いがする。身体は密着して、強く抱きしめる腕に、柔らかく温かい感触が返ってくる。


「お、前なぁ……!」ソラが祈里を睨むと祈里は「あはははは、流石に怖かったァ! あははははは」とソラに抱きしめられたまま笑っていた。


 怒る気も失せて、ソラは祈里を抱きしめる手を離そうとする。が、すんでのところでその手が止まった。


(告白するなら、今、じゃないのか)


 そう意識すると急に心臓がドクンドクンと自己主張し始める。すぐ目の前にある祈里の顔を見て、ごくり、と唾をくだした。


(いけ! 今だ! 今しかない! この勢いで言わねば、多分恥ずかしすぎて言えない!)


 祈里を見つめたまま固まっているソラを見て、彼女は不思議そうに首を傾げる。


「い」とソラが口にする。

「い?」と祈里が繰り返す。


 祈里お前が好きだ、と一息に言おうとスゥっと息を吸い込んで、勇気があと一歩足りずそのままフゥー、と空気だけが吐き出される。

 そもそも思いの丈を口頭で端的に伝えるなんて無理だ、とソラは半ば言い訳じみた考えを浮かべた。

 そして、いや待てよ、と思い至った。


「手紙……っていう手もあるのか」と無意識に考えが口から漏れた。


 それを聞いた祈里はがばっとソラに手をついて身体を起こした。必然的にソラは地面に押し付けられる。


「あ! そうだった! 大変! 大変ですソラくん!」


 急に祈里が騒ぎ出した。さっきまで楽しそうに笑っていたのに。そんなに大変な事態なのによくそこまで完璧に失念できるものだ、とソラは地に押し付けられながらも、感心して聞いていた。


「何が大変なんだー」


 棒読み口調でソラが訊ねる。訊ねなければ話が終わらない。この状態の祈里に告白など無理だ。一旦、祈里の話を終わらせる必要があった。

 祈里はポケットから黒い封筒を取り出すと、「これです」とソラに差し出した。ソラは横たわったまま封のされていないその封筒を受け取る。


「なんだこれ」

「怪文書です」と祈里が神妙な顔で、どこか間抜けな響きの言葉を口にする。

「なんだよ怪文書って」

「中身は知りません。怖くて一人じゃ見られませんでした」


 はぁ? とソラが非難まじりの吐息を漏らすと、祈里は何故か得意げに「1年E組の黒板に張り付けてあったんです。祈里が見つけました!」と宣った。

「変な物拾ってくんじゃねぇよ」

「犬みたいに言わないでくれます?」祈里がソラを睨んでから、「でもこの封筒からは事件の匂いがするんですよ!」と嬉しそうに言う。

「やっぱり犬じゃねぇかよ」とソラは言うが、祈里の耳には入らなかったようで、祈里は「ソラくん!」と目を輝かせてソラを呼んだ。


「早速、皆呼んで生徒会室で開封の儀をやりましょ」祈里は立ち上がると「ほら、ソラくん、早く!」と駆けだす。


 ソラは大の字に脱力したまま、相変わらずの快晴の空に目を向けた。

 告白しようとしただけで、なんでこうなる。ソラは自分の運命を恨んだ。爆破事件がようやく片付いたと思ったら、また新たな事件がやってくる。終わりは新たなはじまりを生む。

 ここからまた新たな物語——厄介な物語が始まるのだろうか。


「なんで俺の青春ラブコメにはいつもトラブルがついてまわるんだよ……」


 ソラの呟きは誰の耳に届くこともなく、青い空に滲んで消えた。

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俺に課された青春ラブコメは、何故か爆発をともなう 途上の土 @87268726

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