醜い王妃シャルロッテと彼女の愛した国王陛下 ~アタイがあんたを守ると決めた 十四歳の王妃様の死に戻りループ人生~

アンジュ・まじゅ

醜い王妃シャルロッテと彼女の愛した国王陛下 ~アタイがあんたを守ると決めた 十四歳の王妃様の死に戻りループ人生~

「王妃、シャルロッテ・エアレーズング! 民を抑圧し、搾取し、国に飢えと貧困をもたらした罪で、国王と同じく斬首刑を言い渡す! 元王妃をここに!」


「殺せ! 殺せ!」

「王族はみな殺せ!」


 革命軍に任命された新たな裁判官、右大臣バルトロメウスにその名を呼ばれた十七歳の醜いアタイは、両脇から左右の腕を抱えられ、引きずられ、そして断頭台の前に立たされた。


「何か言い残すことは?」


 言い残すこと?

 決まってンだろ。

 ひとつしかねえよ。


「くたばれ、〇〇〇〇野郎」


 ぺっ。

 あわれ、顔を近づけた元右大臣の眉間に、アタイの唾が張り付いた。

 けっ、ざまあみやがれ。


「な、なんと無礼な、なんと野蛮な!」

「王国守るため戦ってきた兵士達を無惨にもクーデター起こしたテメエらに言われたかねえんだよ」

「な、な、な……」

「何が三月革命だ、何が民主化だ。そうやってテメエのカネになる為なら戦争だってやる、ドブネズミ以下のゲス野郎だってンだよ、テメエら革命軍は」

「ええい、だまれ、だまれ醜い王妃め! もう二度と汚い口を叩けぬよう、この女の首を、早く落としてしまえ!」


 ぐい。

 アタイは断頭台に頭を押し付けられた。


 あっはははははは!


 醜い、アバタだらけのアタイは笑った。

 たぶん、人生でいちばん、誇らしげに。

 胸を張って。


 笑ってやったよ。


「みんな、見てろよ、あんたらが正義だって信じてたものが、どンだけ残酷か! どンだけ馬鹿げてたか! 見てなよ、今からアタイが──」


 どんっ。

 ギロチンは落ちてアタイの首が宙を舞う。


 あーあ。

 くっそだせえ人生だったなあ。


 父さん。

 あんたが言ってたほど、王宮、別に悪くなかったよ。

 みんな良い奴すぎてさ。

 みんな最期までにこにこしてさ。

 王妃様はなにも心配要りませんよとか言ってさ。

 なんかつまんねえの。


 母さん。

 あんたが王族に一生懸命身体を売って嫁がせたアタイの王様、さっき死んじまったよ。

 アタイのこと綺麗だって言ってくれた、世界でたった一人のあの人だよ。

 いつもにこにこお人好しでさ。

 右大臣なんかに騙される、あの馬鹿野郎だよ。

 断頭台でも笑ってたよ。


 父さん。

 アタイ、死んじまったよ。


 母さん。


 アタイ、死んじまった──


 ……


「聞こえますか」


 ……


「聞こえますか」


 あ?

 誰だあんた。

 てか、ここどこだ?


「聞こえますか」


 わー!


 あ、なんかあそこでアタイの首が掲げられてる。

 けっ、ばかじゃねえの、あンなやつらのことみんな信じちゃってよ。


「聞こえますか、シャルロッテ・エアレーズング陛下」

「聞こえてンよ、うっせえなっ」


 平手打ちしてやろうと手を振りあげて、気がつく。

 あれ?

 あれ……?


「アタイ……首……くっついてる?」

「そうですね」

「え、死んでないの? アタイ?」

「いいえ。陛下は二分と四十八秒前に、頚椎断裂で崩御なさいました」

「え、えええええ?」

「ご安心を。もう一度やり直す機会を提供させていただきたく、馳せ参じました」


 アタイは、跪くその声の主を、改めて見直した。


「申し遅れました。私、ミソラと申します」


 ミソラぁ?

 ヘンな名前だなあ。

 なんか、赤毛でくせっ毛のアタイとは違った、見慣れない真っ黒い髪の毛に……なんだ、赤いフチの……薄いガラス細工で出来た……なんつったかな、メガネ? それをつけてる。


「本来は別の役目を仰せつかっておりますが、この度担当の者が不在のため、代理を。お許しください。……どうかお見知り置きを」

「……で、やり直すって、ナニ?」


 アタイは不信感満載で聞く。


「陛下とこの国が間違えないよう、もう一度やり直せます」

「けっ」


 ばっかじゃねえの?


「もうとっくに間違えてるんだよ」

「エアレーズング王を斬首刑に処したからですか」

「……そのずっと前からだよ」

「はい、『そのずっと前』から、やり直すことが可能となっております」


 そのミソラ……とかいう奴は、手にした紙をぱらぱらとめくっている。


「具体的には……三年九ヶ月と十八日、五時間十五分前からです」

「三年……九ヶ月だって……?」

「はい。陛下が王妃として十四歳で王宮にお輿入れをなさいました、その日からでございます」

「……ほんとに、ほんとにその日から、やり直せるの?」

「はい。間違いございません」


 コイツが言ってることは、正直信用できない。

 ……けど、あの馬鹿が……

 あのひとが、死なずにすむってンなら。


「……わかった、やってやンよ」


 ありがとうございます。

 そういうと、赤メガネのソイツは、ぺこりと頭をさげた。

 これまた、馬鹿みたいににこにこした笑顔で。


 なんか、拍子抜けだなあ。


 そんなこと、考えてたら、眠くなってきた……


 ……


「──ッテ。シャルロッテ」


 あん?

 なんだよ、うっせえな。


「シャルロッテ。大丈夫かい」


 ──あ。


 柔らかい金髪。

 紫がかった、青く澄んだ瞳。

 もう二度と会えなくなったはずの。


 大好きな大好きな、アタイの愛しいエヴァの顔が、目の前にあった。


「だ、大丈夫……だよ……じゃなかった、です」

「良かった」


 エーヴァルトは背中に回した腕で、アタイを起こした。


「コルセットがキツかったかな。だから女性のコルセットは禁じようと、大臣にも言っておいたのに」

「あの……」

「ん? どうしたんだい?」

「今日、何月何日だっけ……でしたかしら?」

「はは、そんなに緊張してる? 参ったな」


 アタイの愛しいエヴァは、左目の下あたりをぽりぽりとかいた。

 アタイがすごく好きな、彼のクセ。


「九月一日。君と僕にとってとても大事な日になるはずだ」


 ああ、神様……じゃなかった、ミソラ様。

 ほんとに……

 ほんとに……


「エヴァ……ああ、アタイ……わたくしのエヴァ」

「おおっと、はは。わかってる。僕も愛してる」


 ぎゅーっ。


「会いたかった。会いたかったです……」


 ああ、あったけえ……あったけえなあ……


「どうしたんだい、今日は? いつもの威勢は?」

「……こうさせてくださいまし」


 アタイ、好きだったんだ、あんたのことが。

 世界で、あんたただひとりだけなんだよ。

 こんなアバタだらけの酷い顔したアタイを、綺麗って言ってくれたのは。


 ……


 挙式は、あっという間に終わった。

 いや、実際長かったンだけどさ。

 頭ン中の思い出と、全く同じ二回目の経験って、不思議とあっという間に感じるものなんだよな。


「愛してる、シャルロッテ」

「アタ……わたくしも、エーヴァルト……」


 当時は真っ赤で何をしたか全然頭に入ってなかった言葉も、今のアタイにゃ、染みるもンだねえ。


「ん……」


 誓いのキスが、甘くアタイの頭ン中を惚気させてくれる。

 短い口付けだったけれど、アタイの時間が止まる。

 さっき首を落とされた夫は。

 誰よりも優しい愛を、唇越しに注ぎ込んでくれた。


 わあっ。


 拍手が大聖堂の女神が描かれた天井まで届く。

 同じ歓声でも、こうも違うものなんだな。

 ヒトを殺した時と。

 ヒトを祝福した時は。


 ……


「おい、ブサイク女」

「ブサイク女ー」

「お前の母ちゃん、城で身体売ってんだって?」


 ちげえよ、メイドやってんだよ。


「ぎゃはははは、メイドだって! 夜のお世話もお任せ下さい、国王陛下ーっ!」

「ぎゃはははは!」

「ぎゃはははは!」


 だまれよ、母さんのこと、悪く言うなっ!


「君、どうしたんだい? こんなところで……」

「あ、いや……」


 母さんのこと、迎えに来ただけだよ。


「綺麗な目だね……そうだ、今から舞踏会においで、ね?」

「ええっ?」


 はあ?

 何抜かしてンだこいつ?

 頭沸いてンのか?


「陛下、探しましたぞ」

「やあ、バルトロメウスくん。メイド長を呼んでおくれ。この子に今晩の舞踏会のドレスをしたてさせてくれたまえ」

「は、はあっ?……こ、困ンだよっ、離せよっ」

「あ、きみ! 待って」


 待って。


「まって、行かないで!」

「大丈夫、話し合いをしてくるだけさ」

「あんたが居なくなったら、わたくし、アタイ……」

「ふふ、いつも君はそうやって泣くね。私だけが、その優しさ美しさを知っている」

「なら──!」


 なら、行かないでよ。

 おいてかないでよ。


「判決、斬首刑! 元国王を断頭台へ!」


 おいてかないで。

 おいてかないで。


 ……


「おいてかないでぇぇええ!」


 わあっ。


 すごい絶叫で飛び起きた。

 自分でもびっくりするくらい。

 ……おのれ、バルトロメウス。夢の中にも出てきやがって。

 せっかくやり直したんだ。

 もうギロチンは御免こうむり。


「……どうした? 大丈夫かい、私のシャルロッテ」


 二人とも素っ裸ででかいベッドで寝ていた。

 これから三年間、夫婦一緒に寝ることになる、アタイ達だけのベッド。


「泣いているのかい」

「……いいえ。なんでも……ありません」


 いや、アタイだけなら、いい。

 でもこの馬鹿だけは。

 ……このひとだけは。

 絶対に守らないと。


「おいで、怖い夢でも見たんだろう」

「陛下……アタイの……わたくしのお話……聞いてくださいませんか」


 ……


「バルトロメウスが? ……はっはっは」

「なンだよ、嘘じゃねえって」

「いや、いや、それはないよ」


 こ、こいつ……信じてくれやしねえ。

 馬鹿野郎、こちとらギロチンで首もぎ取られてンだぞ。


「ほんとだって。アイツ、優しそうに見えるけど、裏ではどんなことしてるかわからねえんだよ」

「シャルロッテ」

「なンで信じてくれねえの? だからあいつがクーデターを……」

「シャルロッテ」

「なンだよ!」

「しー。私は、君のお話を聞くのは好きだよ。声も好きだ。その喋り方だって、好きだ。……でもね」

「……でも?」

「まだ何もしていないひとを、疑ったり、貶めるのは、どうかな?」


 バッカやろー、そんな、そんな甘ぇこと言ってっからハメられるんだよ!


「……陛下はアタイのこと、信じてくれねえんだな」

「そんなことはない。……わかった。バルトロメウスの傍に密偵をひとりつかせよう。大丈夫、プロ中のプロだ、本人にも気づかれないさ」

「……ありあとね……」

「さ、おいで、私の愛しい君。その愛らしい顔をよく見せておくれ」


 拗ねて口をとんがらせたあたしの口を、やさしく、やさしく塞いだ。


 ……


「バルトロメウス、これは一体どういうことだ」


 アタイの陛下が怒ってる。

 アタイが見たことの無い、顔で。


「陛下、これは……その……」

「私にひと言もことわらず、西の砦になぜこれだけの兵をあつめた?」

「へ、陛下のお耳にわざわざ入れるようなことではありません。これはただの練度向上のための訓練でございまして」


 バルトロメウスはもう既に落ち着きを取り戻しつつある。

 このまま優しいこいつを懐柔しようってンだろうけど、そうはいかねえよ?


「そうかい、じゃこれはなんだってンだよ!」


 アタイが大臣を集めたテーブルに叩きつけたのは、一枚の紙。兵団長に宛てた、王都包囲網と王宮への攻撃指令書。

 ご丁寧に、このオッサンの名前と印が押してある。


「テメエがこの国にクーデターを仕掛けようってしてた、決定的な証拠だろうがっ!」

「くっ」


 バルトロメウスの額にみるみる脂汗が浮かぶ。


「この醜い醜いアバズレが! きさまがいなければ俺がこの国のリーダーになれたのにっ!」


 そう叫びながら、剣を抜いてアタイに斬りかかってきた。

 でも。


 きんっ。


 四メートル後ろに、バルトロメウスの剣は吹き飛んで、床に刺さった。


「私に対するクーデターなら、百歩譲って目をつぶろう。しかし、私の美しい妻を貶める発言、断じて許さん」


 目、つぶるんかい。

 けど、こいつの目は本気だった。


「バルトロメウス、国王エーヴァルト・エアレーズングの名において、その任を解いた上、然るべき法の裁きを与える」

「う……ううう……」


 剣を鋭く突きつけるアタイの世界でいちばん好きな夫。

 どさり、と力無く膝から崩れ落ちる哀れな小物。


 こうして、アタイはループ人生にケリをつけたってわけ。

 めでたし、めでたし。


「さ、この事はもう済んだ。行こうか」

「え?」

「はは。君は本当にマイペースだね。今日は君の十五歳の誕生日じゃないか」


 あ、そうだった。

 アタイ、一日が過ぎるのがあっという間で、誕生日とか気にしたことも無かったんだった。


「行こう、私のシャルロッテ」


 さっきまで、命の危険があったとは思えない、優しい笑顔。

 ああ、こいつ、やっぱ好きだわ、アタイ。


「……ん」


 手を握り返してくれるその温かさは、本物だった。


 ……


「王妃さま、ばんざい」

「王妃さま、ばんざい」


 屋根のない馬車に乗ったアタイたちを、王都のみんながお祝いしてる。

 王国もクーデターの危機から脱したし、アタイ、満足だよ。


「なあ」

「なんだい、シャルロッテ」

「これからも、ずっとアタイのそばに居てくれるかい」

「はは。何言ってる。当たり前じゃないか」


 手を振りながら、アタイのエヴァは笑う。


「ずっと。ずっと一緒さ。このパレードも、毎年開こう。国のみんなに祝ってもらおう」

「……ん……」


 アバタだらけでブサイクなアタイを、みんなが褒めたたえて、お祝いしてくれている。

 隣には、世界でいちばん好きなひと。


「王妃さま、ばんざい」

「王妃さま、ばんざい」


 ああ、しあわせ。

 ああ、しあわせ。

 ああ、なんて──


 だーん。


 ……


「お疲れ様でございました」

「なにが」

「陛下はこの国をクーデターから救い、亡きエーヴァルト王の意思を継ぎ、これから女王としてこの国を統治なさいます」

「女王」

「ええ。陛下の存在が、この国のみならず周辺国にも多大に良い影響を。戦も無くなり、数多の命を救うのです」

「だれが」

「陛下であらせられます。シャルロッテ・エアレーズング女王陛下。これで、私の代役としての務めもおわり」


 パレードは大混乱。

 逃げ惑うひと。

 恐怖を顔に浮かべたひと。

 あいつが犯人だと叫ぶひと。

 ピストルを持った、男。

 あいつは知っている。

 バルトロメウスの側近だった。


 全てが切り取られた絵画のように静止して、止まっている。


 アタイのエーヴァルト国王陛下は。


 額から血と脳漿を吹いて、膝立ちに崩れ落ちている最中。

 アタイの手を握ったまま。


「……せ」

「はい?」


 ──やり直せっつってンだよ!

 このクソメガネがぁぁ!


 びしっ。

 アタイの平手打ちが、ミソラの頬を打った。


 かしゃん。

 赤メガネが飛んだ。

 エヴァの、血みたいに。


 ……


「え、パレードは中止にする?」


 突然のアタイの申し出に、エヴァは目を丸くする。

 そりゃそうだよな。

 ごめんな。

 でもアタイ、あんたに死んで欲しくないんだよ。


「あ、ああ。ちょっと、そんな気分じゃなくなっちまってよ」

「シャルロッテ、この準備にどれ程の民の税が……」

「だよな、わかってンだ、アタイも。でもお願いだよ、頼むから……」


 アタイは手を取って目を合わせる。


「……お願い……」

「……わかった。きっと、なにか理由があるんだろう。君を信じるよ」


 そう言うと、にっこりと笑った。


 ……


 その晩、貴族を招いたパーティの席で。

 アタイのエーヴァルト国王陛下は、血を吹いて倒れた。


「アンタみたいなブサイクに盗られるくらいなら、盗られるくらいなら!」


 招かれていた大公の娘が取り押さえられながら泣きわめいている。

 アタイに一目惚れしたあいつがフった、婚約者だった。


 頬に付いた血が、口元に流れ込んできた。

 ぶどう酒より、あたたかだった。


 ……


 晩餐会は中止にした。

 アタイの誕生日も、民には伏せるように言った。

 アタイのエーヴァルト国王陛下は、にっこり笑っていいよ、と言った。

 バルトロメウスは失脚させた。

 大公の娘には、新しい男を見繕った。

 誕生日は、、王妃の部屋で祝うことにした。

 アタイは、細心の注意を払った。

 なんとか誕生日を乗り越えた。

 ほっとした。

 肩の力が抜けた。


 それから、二年の間、何も無かった。

 隣の国と戦争を始めた以外は。


 アタイは気付かなかった。

 エヴァを守ることばかりに気を遣っていたから。


 アタイのエーヴァルト国王陛下から笑顔が、いつの間にか消えていたことを。


 ……


 いつの間にか、エーヴァルト国王陛下は、隣国の宗教を否定し、戦争をしかけ、人々を王国の収容所に送った。


 いつの間にか、エーヴァルト国王陛下は、世界の全部を敵に回していた。


 いつの間にか、エーヴァルト国王陛下は、国の旗を変えていた。

 逆さ鉤十字ハー〇ンクロイツが中央に描かれた、あの忌まわしい旗に。


 ……


 そして、戦争はあっという間に負けた。

 王宮は包囲され、降伏も時間の問題だ。

 アタイの愛するエーヴァルト国王陛下は、王宮下の防空壕にアタイを呼んだ。

 そしてソファで一緒に、隣に座った。

 アタイは、ここに来てもまだ、気づいていなかった。


 もう、エーヴァルト国王陛下なんて。

 アタイのエーヴァルト国王陛下なんて。


 この世のどこにも居なくなってしまっていたことに。


 ……


「ええ。陛下の存在が、この国のみならず周辺国にも多大に良い影響を。戦も無くなり、数多の命を救うのです」


 ……


「君、どうしたんだい? こんなところで……」

「あ、いや……母さんのこと、迎えに来ただけだよ」

「綺麗な目だね……そうだ、今から舞踏会においで、ね?」

「いいえ。陛下。それには及びません」

「はは。気にしなくて──」

「さよなら」


 あっ、待って。

 アタイが、愛しのエーヴァルトの声を聞いたのは、それが最後だった。


 ……


 王国は栄えた。

 エーヴァルト国王陛下と大公の娘だった王妃様は、おしどり夫婦として国内外に知れ渡った。

 優しい王妃様の献身により、エーヴァルト王は優しい王だと皆が胸を張る。

 アタイも、鼻が高い。


 そのアタイはさっき、死んだ。

 離婚された母さんが過労で死んで、その二十日後だった。


 ここ数日。

 ろくに物を食べていなかった。

 物乞いをしに大通りを歩いていたところ、国王陛下の馬車に轢かれたのだ。


「どうした?」


 アタイのエヴァが馬車から顔を出す。


「いいえ、何かにぶつかったようですが……なんでもなかったようです」


 馬を引く男はそう言うと、馬車の端で倒れたアタイに気づきもせずに、馬車を走らせた。


 アタイは満足だった。

 最後にエヴァの顔が見れたから。


 アタイは満足だった。

 とても幸せそうに見えたから。


 とても。


 ……


 アタイ、十四歳。

 六ヶ月と八日のことだった。



【完】

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