祟り

しき

第1話

 その村は昔から蛇を異様なまでに信仰していた。蛇はこの地の土地神様の使いであり、どんなことがあっても殺してはいけない。

 もし殺してしまったら村に土地神様がお怒りになり村に大きな災いが訪れると言われており、村人は蛇を崇め恐れていたそうだ。

 ある日、村の一人の若者が奇病を発症した。

 それは皮膚の一部が蛇のうろこになると言うものだ。皮膚が変質して蛇のうろこの様に見えるのではなく、正真正銘の蛇のうろこの皮膚になったのだ。しかもその部位は日に日に広がっていった。この奇病に対して村人達は若者を疑い問い詰めた。

 若者は黙秘をしていたがとうとう


「俺は畑を耕していた時に誤って蛇をくわで殺してしまったんだ。これは土地神様の呪いだ…」


 と白状した。

 若者の自白は村全体を恐怖に引きずりこんだ。これは土地神様の祟りだと誰もが信じ疑わなかった。土地神様に何とかして怒りをおさめてもらおうと必死になった。

 そしてたまたまこの村を訪れていた歩き巫女の私に白羽の矢が立った。

 土地神の怒りなぞ知るか。とも思ったが飯を貰った手前、断るわけにもいかずにとりあえずその若者と面会した。まぁ、面倒臭いがそれでもやれることをしようとは思ってはいたのさ。しかし…。


「はぁ…」


 思わずため息が漏れる。会わなければ良かった。これは思っていた以上に面倒臭い。いっそ本当に土地神様の怒りならまだ良かったのに…。


「すみませんが、彼と二人にしてください」


 私の言葉を村人達は素直に聞き、部屋から出ていく。私のため息から土地神の怒りが相当なものだとでも思ったのだろう。顔は恐ろしい程に青ざめていた。


「巫女様。俺は土地神様の呪いで死ぬのですか?助かる方法はないのですか?」


「貴方、蛇を殺したと言うのは嘘ですね?本当は分かっているのではありませんか。これが土地神様の呪いではないことを」


「何を言う。土地神様の怒りでなければこの奇病は何だと言うのだ!」


「貴方の周りに若い女性の霊がいます。それも複数。その奇病が発症する前はさぞモテていたのでしょうね。生き霊、死霊と沢山いますね」


「………知らぬ。ふざけるな」


 顔に出ている。よくそれでここまで女を騙し、殺して平然といられたものだ。それにしても凄い憎悪だ。楽には殺さないという念が嫌な程に伝わってくる。これはもうダメだね。


「罪を正しく自白してその女達を供養してやれば多少はマシにはなるかもね」


「お前も殺すぞ!」


めときない。この状況でそんな事をしたら流石にバレるわよ」


「くっ…」


「まあ、私は直ぐにこの村から出ていくから後は貴方に任せるわ」


「俺を見逃してくれるのか?」


「えぇ」


「本当か?」


「本当よ。よそ者私があの妄信的な村人達を説得するのは骨が折れそうだもの。下手したらそっちの方が私、殺されてしまうかもしれないわ。生け贄だとかで。それではさようなら。もう二度と会わないでしょうね」


 若者と別れた私は村人に祠を立ててしっかりと祀っていれば土地神様は少なくとも他の村人に土地神様は危害を加えるつもりは無いと適当な説明をし、少しばかりの報酬を貰い村から出た。

 嘘をつくことに罪悪感はあったがこれが最善手だろう。村人は安心を取り戻し、私も報酬を貰う。ただ、どうしようもないクズ男が苦しむだけだ。

 数年後、私はその村が大雨で川が氾濫して水没してしまったと耳にした。


「ああ、そうか。優しい土地神様でも濡れ衣を着せたままはマズかったわね…」


 蛇のうろこがびっしりと生えた自分の腕を見ながら私はそう呟くしかできなかった。

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祟り しき @7TUYA

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