私はネバーランドには行きたくない

間川 レイ

第1話

 人生は、死ぬまでの暇つぶし。常々そう言っていた貴女が自ら死を選んでから、もう10年になる。私はもう28歳。30歳も手前といってもいい年齢なのに、貴女は永遠に18歳のまま年を取らなくなったんだね。羨ましい、というと怒られそうだから言わないけれど、永遠に若々しいままというのは、やはり羨ましくもある。なんて。無邪気な表情で笑う遺影の貴女に、やけに苦々しく感じられる紫煙を吐きかける。


 貴女は、端的に言ってツイてない子だった。地元でも名家といわれる医者の家に生まれ、やがて将来は当然のように家を継いで医者になるものと、それはそれは厳しく育てられたと聞いている。どこに出しても恥ずかしくないようにと箸の上げ下げをはじめとする礼儀作法に始まり、お茶やお琴といった習い事、週3日以上ある学習塾と、ずいぶん多忙な毎日を送っていたと聞いている。また、多忙なだけではなくて随分厳しく扱われたと。礼儀作法を誤れば殴られるのなんて序の口で、学業が悪化すれば冗談みたいに怒鳴られて、罰として食事抜きなんて当たり前。それに不満を溢せば誰のためを思ってと詰られる。そんな厳しい家で育てられたのが貴女だと聞いている。


 そんな貴女は学校では浮いていたね。いつだってやさぐれていて、どことなく斜に構えたような物言いを繰り返す貴女は、決して友達が多いほうではなかった。それでも私たちは不思議と馬が合ったよね。一緒にいて苦にならなかったといってもいいかもしれない。波長が合ったというべきか。なんとなく一緒にいることが多かった。一緒にお昼ご飯を食べたり、一緒に帰ったり。同じ部活に入ってみたり。それは、私もまた教育ママといわれる親のもとで育ち、同じように親に反感を抱いていたからかもしれないし、あるいは単純に、小説が好きという共通の趣味があったからかもしれない。私たちはいつも、放課後の教室に残っては、親への愚痴で盛り上がるか小説の話で盛り上がっていたね。


 親への愚痴といえば、貴女が言うのはいつも同じ言葉だった。「人生は死ぬまでの暇つぶし。どうせなら面白く生きたいじゃない」そう言ってあなたは私をカラオケやゲームセンターに連れ出した。その後めちゃくちゃに怒られることが目に見えていたとしても、貴女の反骨心は衰えることはなかった。正直なところを言って、貴女のそうした反骨心むき出しなところは好ましくもあり、一方で疎ましくもあった。だってどうせ怒られるのは私も同じだったから。けれど、夜遅くまであなたと一緒にカラオケで歌を歌うのは決して悪い気持じゃなかったんだ。 


 覚えているかな。貴女のもう一つの口癖は「ネバーランドに行きたい」だったね。おとぎ話に出てくる不思議な国。ピーターパンに連れられて行く、大人たちのいない国。貴女は口癖のように言っていた。大人とは本質的に子供の敵である。大人たちにとって、私達子供は体のいい操り人形に過ぎない。自分たちの敷いたレールの上を走るいい子ちゃんだけが求められているのであって、私たちみたいな逸脱した人間の居場所なんてどこにもないと。そのたびに決まって言うのだ。ああ、大人たちのいないネバーランドに行けたらいいのにと。私もこんな真綿で首を締め付けて来るような世界にはうんざりしていたから、その時は一緒にネバーランドに行くつもりだったんだよ。


 なのにあなたは自殺した。ひとりぼっちで寂しく死んだ。第一志望の地元の国立医学部にも無事合格し、卒業式が終わった直後。近くの歩道橋から国道へと身を投げて死んでしまった。私はその時思ったんだ。ああ、貴女はネバーランドに行ってしまったんだなって。将来や進路と言った貴女を縛るもののいない、貴女が貴女らしくいられる場所へと。私を置いて、行ってしまったんだなと。


 貴女が死んで、もう10年がたつ。いつの間にか私も立派な大人の仲間入りだ。あれほど息苦しかった世の中にもだいぶ慣れてしまった。教育ママとして鬱陶しがっていた両親とも、何とか折り合いをつけた。世の中を、そういうものなんだなと見ることができるようになった。


 だから、私はもう、ネバーランドには行きたくない。昔いつか一緒に行こうと約束したネバーランドに、私はいけない。


 だからさよなら、私の友達。だからさよなら、私のネバーランド。




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私はネバーランドには行きたくない 間川 レイ @tsuyomasu0418

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