第4話 作戦

「あれは、それになぞらえて作られた『偽物』だもの」


ローズがそう告げた瞬間、ソウハの口角がニヤリと吊り上がった。まるで、お目当ての財宝が見つかった賊のように嬉しそうに唇を震わせる。


「……へえ。アンタ、アレを『偽物』だと思って着とったんかいな」


「ええ。でも私は路上市でちゃんと『偽物』として買ったわよ?値段は確か、50カラルくらいだったわね。まあ、私が言うまで『本物』として売られていたし、最初に提示された値段もこの10倍ほどだったわ」


その時の情景を思い出したのか、ローズは小さくため息を吐いた。一方ソウハはだんだんと声を弾ませローズへ尋ねる。


「それを、1/10の値段まで価格交渉したんか」

「交渉というか、指摘したのよ。『偽物』なのにその値段は可笑しいって。あとは、あれがどうして偽物なのかの理由も教えたわ」

「……理由?」

小首を傾げるソウハに、ローズは淡々と語り始める。


「確かに、全体的に見ればよく似せられているけれど。近くで見ると粗が目立っているの。例えば、貴方が言っていた王冠型の金刺繍。形は王宮の仕立屋の使うものと同じだけれど、よく見ると一つ一つの糸の縫い付け方が雑だわ。本来ならばもっと詰まった縫い方をするはずだけど、あれだと少し緩すぎる。糸自体も麻糸をそれっぽく染め上げただけのようね。本物は絹糸に金箔を乗せて作るものだから」


──『ルーベルト』の姓は捨てる。

ローズの意志は固く、恩恵がかかった所持品──王宮で得た金品や衣服、装飾品は全て城に置いてきたのだ。

そんな彼女が最低限の装備を整えるべく訪れた東の路上市。そこで出会ったあの外套。


彼女は記憶を辿り、路上市の店主へ向けて言い放った言葉をなぞるように紡ぎ続ける。


「あとは、生地。貴方、さっき『絹』とおっしゃっていたけれど、あれは絹じゃ無いわ。光沢は似ているけれど、反射の仕方が微妙に違うわ。試しに、その外套の布部分を擦り合わせてみなさいな。絹であれば擦った際に音が鳴るはず。鳴らないのであれば、それは偽物だわ」


(えーと、あの外套を買った時は、確かこう言った後に店主が白状して、それで……)


ローズの脳裏には、みるみる青ざめていく服屋の顔が浮かぶ。と、同時にローズの顔からも血の気が引いた。


あの時は『ローズが優位だったが、今この現状は──、


「ッ、ねえ、貴方。流石に偽物ってバレたらまずいんじゃないの……?私も、本物だって売りつけた貴方も」

ローズはハッと我に返ったようにソウハに耳打ちした。


『偽物』を偽物と分かった上で買うのと、偽物を『本物』だと思い込んで買うのとでは状況が違ってくる。ましてや、一度はローズを脅してきた店主のことだ。『偽物』だと知ったらどうなることやら。前と違って、今は自分たちの方が分が悪いのだ。


だが、狼狽えるローズとは裏腹にソウハはあっけらかんとしていて──、


「大丈夫や、バレなきゃええねん。またあの店主も『本物』だと言って別のモンに売れば無問題。仮にその売主に気付かれとしても売主はボクらやのうて、あの店主になる。店主から買った奴が店主に文句言うて、その後店主がボクらに文句をつけに来る頃には既にボクらはこの街からおらへん……完璧な筋書きや」


「でも、店主がいつ、どこで、誰にあの外套を売るかなんて、分からないじゃない!それこそ、今すぐに売る可能性だってあるわ!」

「ああ、それについては大丈夫や、安心しい」

ソウハはそう言って、自分の唇の前に人差し指を当て、悪戯めいた笑顔をローズへ向けた。


「店主の売り先にはアテがあるんや。尤も、それこそ、ボクが半月ここに滞在してた目的でもあるんやけど♪」


 ***


「な、何なのここは……!」


一夜明け、ソウハに言われるがまま彼の背を追ったローズは、フェザーにある寂れた平屋を訪れていた。がたついた金属の戸を開くと、まず彼女の目に入ったのは人、人、人。


「さすが西部最大なだけあるなぁ」


放心しているローズの隣で、ソウハは関心するように頷いている。


「なに?今日は宴か何かなの……!?」

ローズの質問を聞き流すソウハは、慣れた身のこなしでどんどんと奥へ進んでいく。

「ちょっと貴方、待ちなさい……!」


その細長い背中を必死に追いかけ、ローズは頼りない足取りで人混みをかき分けた。


瞬間、ローズの眼前に広がった光景──、


「これは……!」


王宮の大広間に比べれば小さいものだが、このフェザーにある建物の中ではかなり広めの空間。敷き布の敷かれた床には、それこそローズが王宮に居た頃に身につけていたような宝飾品や宝石たち、陶器といった骨董品や美術品など様々な種類の商品がずらりと並べられている。並んだ商品を眺めているのは、商人らしき男たち。流れるようにすたすたと周り歩く者もいれば、特定の物の前に立ち止まる物、はたまた品を手に取ってまじまじと見つめたり、小型のルーペを使い真剣に品定めをしている者などで賑わっていた。


「これが、あの店主の言っていた『市』……?」

「せや。正確には『古物市場』。簡単に言うとオークションやな」

「貴方、宿屋に泊まってるってことは住人じゃ無いようだけど、やけに詳しいわね」

「そりゃあ、さすらいの商人やらせてもろてますし、情報は何よりの武器やから♪」


怪しげに笑うソウハを、ローズは「そう……」とため息混じりに受け流す。ローズはソウハそっちのけできょろきょろと辺りを見渡している。クォートに居た頃も、王宮に居た頃にも見たことが無い新鮮な景色に、ローズの好奇心と興味が惹かれていた。


(あの珍しい色をした宝石は何かしら。あっちにあるのは、陶器の壺?見事な花の紋様ね……どこの国のものかしら)


「ねえ。この人達は、今から商品を買うのかしら」

「いんや。今日は買われへんねん。今は『下見』の期間やさかい、あないな風に自分の欲しいモン見つけて品定めすんねん。実物を観察せんと判別が難しいモンもあるからなぁ。まさに、ほら。あそこ見てみい」

「ッ、あれは、私の外套……!」


そう言ってソウハが指差した先にあるのは、昨夜ローズが手放した『偽物』の外套だ。


「ここフェザー古物市場は『掘り出しモンがいっちゃん多い』ってことで商人の間では有名なんや。せやから街の住人も自然と商売魂の熱い奴らが勝手に集まってくる。金にがめつい宿屋のおっちゃんも例に漏れず、な。

ただ、各地から人やら物が集まる分、怪しげなモンも多く出回る。せやから十分な『下見期間』っちゅーのが必要なんや」


「ちょ、ちょっと待って」

ソウハの説明を静かに聞いていたローズだったが、次第に顔を翳らせ眉間に皺を寄せた。


「こんなにじっくり『下見』とやらが出来るのなら、目の利く商人なら『偽物』だってすぐ分かってしまうんじゃないの?もし、誰も買わなかったら、それこそ売れる前に──」


「そこで、ボクとアンタの出番ちゅー訳や」


ソウハは言葉の後に、悪戯めいた笑顔を浮かべる。途端、ローズの眉間の皺がより一層深くなった。


「……どういう意味?」

「競りが始まる明日。ボクとアンタで、競り合うんや。昨日、ボクとおっちゃんがやってたように」


腹の底が読めないソウハに、ローズは暫し押し黙る。


(競り合うって、この男と店主が金額を言い合っていたような事をするの……?でも、私とソウハが、やりあったところで何も解決はしていないじゃない。結局、また私に買い戻させようとしているのかしら……)


だが、ソウハはローズの心中もお見通しかの如く、言葉を継いだ。


「ここには各地から集った腕利きの商人がぎょうさんおる」

ソウハはそう言いながら、近場にあった物をひょいと手に取った。水晶のような、乳白色の鉱石。

「例えば、これ。自分が目利きした結果、これは価値あるもんや!って判断したとするやろ?」


ソウハの問いに、ローズは黙って頷く。

ソウハは、相変わらずのうさんくさそうな口調で語り続けた。


「ほんで迎えた競り当日。いよいよこのコが競られる番になった。開始価格は100カラル。自分は2000カラルは出してもええと思うとる。でも、できるだけ安く仕入れたいから、まずは様子見をしよう……そう考えて、口火は切らんかった。だけど、いくら待っても誰も声を上げない。もっぺん言うで、ここにいるんは各地から集った腕利きの商人たちや。そないな状況になったら、どう思う?」


ソウハから尋ねられたローズは、暫し考え込み、そして唇をゆっくりと開く。


「そんな先鋭たちが揃っているのに、誰も欲しがらないのは可笑しい。もしかしたら、自分の目利きが間違っているんじゃないか……そんな気持ちになってくるわね」


ローズの答えを聞くや否や、ソウハはニタリと口端を上げた。

「せやなあ。ボクもそう思うわ」

ソウハはそう言って指を鳴らすと、片手に持っていた鉱石を元の位置に戻す。そして腕を組み、少し声のトーンを落としローズへ言いやった。


「せやったら、これの逆のパターンやったらどないする?」

「逆?」

「自分はさほど価値を見いださんかったけど、自分の周りはごっつ競り合っとる場合や」

「そうね……それで言ったら、それこそ他の商人が取り合うほど、これには価値があるのかと思うんじゃないかしら」

「へえ、アンタ。なかなかエエ筋しとりますなぁ」

「それは褒めてるのかしら?」

「せやで、勿論」


ローズの皮肉にも屈せず、ソウハは相変わらず怪しげに笑っている。ローズは訝しげに眉を下げているも、彼の意図に気付いたのか、段々と目を大きく見開いていく。

ローズは震える唇を徐に開いて尋ねた。


「ま、まさか、貴方がさっき言ってたことって……」


「そうや。ボクらで競り合って、誰か別の奴が声上げるよう仕向けるんや」


ソウハが言葉を紡いだ後、ローズのアメジストの瞳の中には悪戯を閃いた時の子どものような、天邪気な笑顔が映った。

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ごきげんよう元旦那様。僭越ながら貴方のお国、買収させていただきますわ!〜負け組皇女の一発逆転ビジネス記〜 バナナパンケーキ @no-gen-kaiotk

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