第3話 救世主!?

「な、なによ貴方ッ!身売りさせる気!?」

「はァ?何言うとりますの」

鬼の形相でソウハを睨みつけるローズに、ソウハも目を眇め肩をすくめた。


「だ、だって、貴方、今脱げって……」

「はぁ~。想像力が豊かなオンナやなあ。裸になれ言うたわけちゃいますやん」

深いため息を吐きながらソウハは首を横に振る。


「その外套、ちょう見せてみぃってことや」


 ***


ソウハは受付前に置かれた古びた椅子に座り、ローズに脱がせた外套を小机に広げる。手触りを確かめるように撫でていおり、眼差しは至極真剣である。時折、外套にぐっと顔を近付けてはブツブツと独り言を呟いているも、距離があってローズの耳には届かない。

端から見ても不思議なソウハの様子を、ローズは部屋の隅でコソコソとソウハの様子を観察していた。


(身売りについては私の早とちりだったけれど、突飛なことを言い出したのは変わりないし……全く、何をしたいのかしら)


「なぁ、アンタ。これどこで手に入れたんや」


ソウハの行動に理解が及ばず脳内で愚痴垂れていた最中、ソウハから唐突に問いを投げられる。


「えっと、こ、これは……市で買ったものよ」

「市なあ……東の方かいな?」

「え、ええ……仕事場もそちら側だったから」

「仕事場、ねえ……東におったっちゅーのに、なしてこないな場所におるんです?」

「せ、先日仕事を辞めたの。それで……一度西にある実家に帰ろうとしているところだったのよ」


身分をはぐらかしながらもローズは事実と然程遠くならないように、ソウハの質問に答えていった。


別に、彼女は王族でも何でもないのだが身分をはぐらかしながら、ローズはソウハの質問にしどろもどろで答える。

離婚したとはいえど、やはり帝国の王族だった過去は大きい。それこそ治安の悪い場所であれば『元』とはいえ彼女の過去を利用しようとする輩も少なくない。


(捨てた肩書きを利用させるのも、私自身が利用するのも。それは釈然としないもの)


『ローズ』として生きていく事を誓った彼女は、『ルーベルト』の姓を使うことは他人だろうが自分だろうが許せなかった。


「ふぅ~ん……アンタも難儀やなあ」

じっとローズを見遣りながら、ソウハは同情するように笑う。

だが、ローズを刺す彼の視線は先ほど向けられた──心の内を見透かすような、鋭い視線。ローズは思わずソウハから顔を逸らした。


「お嬢ちゃん、東の出ってことは結構イイトコに勤めてたんじゃねえの?ハッ、どおりで『上玉』だと思ったよ」


ピリッと張り詰めたソウハとローズの空気に気が付くこともなく、店主は皮肉めいた口調で顔を顰めた。


ローズはムッと口を曲げる。

「ちょっと、下品な言い方は止めてちょうだい」

「せやせや、おっちゃん。このコにあんま舐めた口聞かない方がええでぇ」


今だローズに絡む店主に向かってソウハはからっと爽快に笑った。


「で、泊まるには金が足りのやろ?幾ら必要なん?」

ソウハに尋ねられ、ローズは息を吐きながら、店主に言われた言葉を思い出す。

「……300カラルよ。さっき、80カラル渡したら、最低でも300必要、店主からそう言われたわ」

「……さよか、せやったら──、」


ソウハは少し考えた後、目を眇めローズへ満面の笑みを向けた。


「コレ、1000カラルでボクが買い取るわ」


「せっ、せん……!?」


ソウハの一言に驚愕を隠せないローズが大きな目をぱちくりとしている中、彼女よりも先に叫んだのは宿屋の店主だった。


「1000カラルッッッッ!?」

その勢いのまま、店主はソウハへ近づいた。


「そ、それそんなにするのかッ!?」

「そやなあ。1000でも随分安いと思うで?」

ソウハは、一気に目の色を変えた店主に、外套を指差しながら続けて語った。


「ほら、ここ。よう見てみい。胸元についた王冠型の金刺繍。これは王宮専属の裁縫師が仕立てたもんに付けられるサイン。それにこの手触り。滑るような触り心地は、間違いなく絹で作られとる。市に流したら、最低でも10000は来る代物やで」


「い、いちまんッ……おい嬢ちゃん、これ、オレに売ってくれ!」

「っ、は、はあッ?」

「ちょっとちょっと、横取りはマナー違反やで、おっちゃん」

「それならオレは2000出すッ!」

「おお、楽しなってきたなぁ」

熱の入る店主に、ソウハは声を弾ませた。


「に、2000……!?ちょ、ちょっとっ……」

一方、会話にひとり取り残されたローズは、トントン拍子で進んでいく会話を止めようと割って入ろうとするも、努力は虚しく二人はますます白熱していく。


「せやったらボクは2200や」

「2500ッ!!」

「2700」

「ッ、3000……!」


店主の声を最後、ソウハが口を噤む。室内の音は、荒々しい店主の鼻息のみ。


しばらく沈黙した後、ソウハは「はぁ……」とわざとらしく落胆の息を口から溢した。

「3000かあ……これ以上はもう手持ちが厳しいわぁ」

「じゃ、じゃあこれはもうオレのものだなッ」

「おっちゃんに横取りされたのは癪やけど。ボクの競り負けや」

残念そうに眉をハの字に下げ、ソウハが呟いた。


「おっしゃ!これで一儲けよッ」

すると、店主はそう言い残しソウハから外套を奪うと、いそいそと受付裏へ持っていってしまった。そして、今度はジャラジャラと音の鳴る麻の小袋を片手に、ローズへ近づいて来る。

すると先ほどまでローズへ脅迫していたとは思えないほど上機嫌な様子で「おら、お嬢ちゃん!」と気前よく小銭の入った小袋を机にドン、と置いた。


「え、ええッ……!?」

店主の変貌ぶりにローズは戸惑いながらも、店主の置いた小袋の紐をそっと解く。ちらりと中を覗いた瞬間、ローズは目を丸くした。その袋にはローズが手に持っている財布とは違い、3000カラル分の硬貨がぎっしりと詰まっていた。


(こ、こんなに儲かってるのによくもまあ、私からぼったくろうとした上に脅迫までしてきたわねッ……!)


わなわなと震えるローズ。

対してソウハは呑気な様子で椅子に座ったまま伸びをした。


「えらい儲けたなぁ。アンタ、ボクに感謝してほしいわ」

「た、確かに思わぬ収入だったけれど!違う、そういうことではなく!貴方はどうしてあんなことしたのよ!」

「なんや~、せっかく助けたっちゅーのに、文句ばっかやなあ自分」


ソウハは椅子で舟を漕ぎながら不服そうに唇を尖らせる。そしてローズに言葉を与える隙もなくペラペラと語り始めた。


「ボクが買い取ろうとしたおかげで、こうしてボクが提示した額以上の金が手に入ったんやでぇ?それに、ほら。見てみい。おっちゃん、大分上機嫌になったさかい、宿泊費のことなんて頭にないんとちゃう?このまま流れで、300カラル払わずに泊まれそうやないか」


ソウハが顎で店主の座る方を指す。店主は「一体幾らに化けてくれるんだい~♪」と鼻歌を歌いながら、ローズの外套を大事そうに撫でていた。


「あの男……本当にどうしようもないわね。まあ、少し清々したけれど」

「まあ、金にがめつすぎる所がおっちゃんの良いところやねんけどねぇ♪」


怒りを通り越し、もはや呆れているローズの前でソウハはニタニタと笑っている。


(確かに、このソウハって人に助けられたのは事実だわ)


机の上の硬貨の山。今晩泊まる宿代すら足りなかったローズにとって、有り難すぎる重みだ。


(……でも)

ローズは、顔色を曇らせた。


(新しく宿を探す手間もなくなったし、こうしてお金を手にすることができた。でも、それはソウハという男がいたから……私一人では、何も……店主に対抗できなかった)

ローズは俯き、脳内で独り言つ。


(それに、私は……ためにここまで来たんじゃないもの)


「ねえ。やっぱり……流石に3000やり過ぎよ。やっぱり返してもらうわ」

「……何のことや?」

「あの、外套のことよ」

ローズがその言葉を口にした瞬間、ソウハはにやりと口角を上げる。


「へえ……?」

だが、ローズがソウハの表情に気づくことはなく、耳打ちし続けた。


「貴方、王宮専属の裁縫師がどうとか生地がどうとか言っていたけれど……あれは──」


ローズは店主の様子を横目で伺いながら、ソウハだけにしか聞き取れないように耳元で囁いた。


「あれは、それになぞらえて作られた『偽物』だもの」

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