番外編(白山羊執筆)

番外編

時代は中世ヨーロッパ。

とある街の中枢部にある閉ざされた教会の中で、闇神ネマが祭壇の上に胡座をかいて教会を見渡していた。

彼は何かを探すように首を左右上下に動かしながら呟いた。


「……いねぇ」


この街ではある五体の神が人々から崇められている。

その中でも特に多く信仰されているのがリゼという雷神である。

古代からリゼの力で栄え続けてきた街は他よりも文明の進みが早かった。だが、


そのリゼがある日忽然と姿を消したのだ。


最初の異変に気づいたのはネマで、背後から別の神が異変を察知して姿を現した。


「…ネマぁ、リゼは?」


「それがいねーのよ。俺も今気付いたんだけどさ」


ハァ?とネマの横で首を傾げるのは運神ドパ。

ネマと並ぶように祭壇の上に跨って教会内を見渡した。


「えーホントにいないじゃん、…ていうかさァ、」


「うん、お前も気付いたっしょ」


「“リゼの気配が全然無い”んだけど___」



リゼが消えてから約2年が過ぎた。

未だに気配も何も感じない、ただ違和感がそこにあるだけだ。

最初は皆リゼの気まぐれだろうと、どうせ直ぐ戻ってくるのでは、と深く考えなかった。

だがいくら待っても彼は帰ってこない。とうとう一年以上が過ぎた頃、神々の頭に不安がよぎり始めた。


「マジでアイツどこ行ったんだろーなァ?」


あの日と同じように祭壇の上であぐらをかいて欠伸を漏らすネマの横で、純白のマントを靡かせた白髪の青年が現れた。光神ガイ、リゼの次に信仰を集める神。


「今ドパとアロが街中探し回ってくれてるけど、リゼは未だに見つからないみたいだね」


ネマの横で祭壇に寄りかかる。


「リゼが居なくなってから街の景観が悪くなっている」


ガイの声のトーンが少し下がった。

若干影の差した顔を横目にネマは「アイツの繁栄力は凄まじいからなァ」と呟きながら壁に大きく描かれた自分達の絵画、その中央にいるリゼの姿を見た。


教会の外はもうすぐ太陽が沈み始めており、オレンジ色の空が街を照らしていた。街で1番高い塔の上でドパと炎神アロが街を見下ろしていた。


「ね~もぉ帰ろぉよ~、僕疲れたァ」


カラスをモチーフとした姿のドパはあまり長い時間飛行するのが得意ではないらしい。隣で腕を組んで街を見渡しているアロによろよろと寄りかかった。


「お前ホント体力ないよなァ…ってか、そんなこと言ってる場合じゃないだろ?リゼが消えるってかなりの非常事態だぜ?一刻も早く見つけねーとこのままじゃ」


「……ねえ、リゼがどこに行ったのかは分からないけどさ、もしかしたらもう戻ってこないんじゃないの、あの人」


ドパがポツリと呟く。アロは表向きでは否定したが、内心はドパと同じことを考えていた。


リゼが消えてから街の景観は下がり、人々の活力も徐々に失いつつあった。リゼの代わりに自分達が補っても人々の様子は変わらない。と言っても主に人間達に力を与えているのはアロとガイで、ネマとドパはただ人々を弄んでるだけだ。

やはりリゼは雷神、主神だからこそ人々に与える影響力が強い。


そして何より、リゼ達は人間から存在を認知され信仰されることで神としての力、そして生命を維持している。

はぼ不死ともいえる体なので簡単には死なないが、人間から存在を忘れ去られたり信仰が薄まると神の力が弱まり、最後は消滅してしまう。


リゼも分かっているはずだ……


でもアロは諦めなかった。

リゼ程の力だとたった2年では簡単に弱まらない。

アイツならきっと大丈夫、消えたりしない。

いなくなった原因は分からないけれど、必ず戻ってくると……


アロの深い溜息が風とともに空気に流れた。

刹那、


空全体が閃光に包まれ、雷のような轟音が響き渡った。

アロとドパ、そして人々は驚いて顔を上げる。


「……………リゼ、様……?」


一人の人間が目を見開いて雷神の名前を口にした。

それに続くように周りの人々が次々と声を上げた。


神の姿はその神に選ばれた人間にしか見えないため、

その姿は確認できないが、人々は確信した。


街の人間達はリゼのおかげで栄えていることを知っている。雨や雷のような災害が起こることは、この街にとっては吉兆とされている。


リゼが戻ってきた___


人々が歓喜している中、アロとドパは塔から離れ急いで教会へ向かった。


ネマとガイは固まっていた。目の前にはリゼがいた。


「リ、リゼ……?」


ガイが恐る恐る口を開く。


2人の前に突如現れたリゼは全身雨に濡れたかのように湿っていた。水滴が滴る前髪の間から覗く黄色い瞳は2人をぼーっと見つめていた。

頬から顎にかけて流れる黒い血を一瞥する。

無表情だがどこか魂が抜けたような雰囲気に2人は不気味に感じた。


「お前、今までどこにいたんだよ」


ネマが問いかける。

リゼはその問いに答えようとはしなかった。


「……心配かけて、すまなかった」


やっと口を開いたリゼの声は若干かすれていた。

今のリゼは異様だ、そう感じたネマとガイは何も聞かない方がいいと判断して口を噤んだ。


「私は少し休む」


リゼが2人に背中を向けた時、不意に「ネマ」と闇神の名前を呼んだ。


「アン?」


「人間は謎の多い生き物だよ。知ったつもりでいて、本当は何も知らなかったんだ」

「私は今まで自分に感情が無いことに何一つ不満はなかった。神に感情は必要ない、そういうものだと思っていたからね。でも違ったみたいだ」


リゼの周りに若干だが静電気が纏い始める。


「私には感情が必要だった。もう手遅れだけどね」


ネマは何のことを言ってるのか全く分からない、というような顔でリゼを見た。


「……こんなにも彼女のことを理解したいと思ったのは初めてだよ。できれば違う形で出会いたかった」


彼女、という言葉にネマはさらに怪訝な表情を浮かべた。


「いやお前、何のことだよ。カノジョ?一体誰と会ったん」


刹那、ネマの問いを遮るようにリゼは落雷の音と共に教会から消えてしまった。


「……何なん、アイツ」


「よく分からないけど、色々あったんじゃないの。今のリゼは冷静じゃない。落ち着くまで関わらない方がいい」


ガイは続けて「あんな姿、初めて見た」と言い、リゼが消えた場所を見つめた。


リゼが戻ってきて、街の景観は少しづつ良くなっていった。


日が経つにつれてリゼも落ち着いてきたようで、

未来の世界に飛ばされたこと、その世界の文明は今より発達していて神に対抗できる人工知能というものが存在したこと、そこで出会ったTIYOKOという少女と共に過ごしたこと等、自身が経験したもの全てを仲間達に話した。


案の定人間が好きなネマが食いついてきて怒涛の質問攻めにあったが、いつもの調子に戻ったリゼは軽く流した。



誰もいない教会の中で1人椅子に座り目を瞑っていた。

例え人が入ってきてもリゼの姿を見る事はできない。

ふと小鳥の囀りで目を開けた。優しい日差しが窓から差し込みリゼの黒い足元を照らす。


その時ふと背後から声をかけられる。ネマだ。


「お前が寝るなんて珍しいなァ。そのチヨコっていう人間の女に影響された?」


鋭い牙が並ぶ口元が歪み、ケラケラと笑う。

リゼは無反応だ。


「ま、良いけどよ。先にドパ達んとこ行ってっから、リゼも来いよ〜」


教会の窓からぬるっと出ていったネマを見送ったあとリゼは息を吐いて椅子から立ち上がり外に出た。


青空がどこまでも広がっていた。人々の声が聞こえ、馬の蹄が石を蹴った。然しふっと気配を感じて振り向いた。


「……」


人々はリゼ達を感じる事も見る事も出来ない。

どの人々も通り過ぎていく。

だのに一人の少女だけはリゼの視線に気がついた。

顔をあげた。そして笑った。

その青紫色の眼でハッキリと、彼を見ていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Re:ze 白銀隼斗 @nekomaru16

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

White Why3

★3 SF 完結済 19話