Re:ze
旧・TOKYOの中央には巨大な電波塔がそびえ立っており、【藍】の母体となる機械が常に稼働し全国に電波を飛ばしている。技術が発達し、殆どが人工知能を基盤としている今の世の中にとっては一つの心臓部とも言える。
天高く真っ直ぐに背筋を伸ばした塔からはよく街並みが見える。リゼは一番上の尖った先端につま先を乗せ、下界を見下した。
長い裾が舞い、耳飾りが薄曇りの太陽光を反射する。
「……私の思う世界ではない」
ぼそりと呟く。
「これは間違った発展の仕方だ」
彼の周囲で静電気程度の力が何度も弾ける。
「もう一度、創り直す必要がある」
その時、身体を伝い、足先を伝って電波塔に彼の力が注ぎ込まれた。【藍】の母体を狙ってその力は加速する。内部の幾つかの防御機能や反撃機能などを破壊しながら、真っ直ぐに下へ降りて行った。
そうしてあっという間に心臓部である丸い機械に辿り着いた。
全てを無に返す。リゼはその一心でこの国一の人工知能に手を出した。
「ン……」
然し自分の腕のなかで動きがあった。
「リゼ……?」
彼女が、眼を覚ました。ぼんやりとした眼つきに視線をやる。加減したつもりはないが、もしかしたら無意識に力を弱めていたかもしれない。
「リゼ、どうしたノヨ……」
まだ意識が朦朧としているのか、今の自分の状況は理解出来ていないらしい。微妙に震えた手を伸ばし、頬に触れた。
「……何も、ないよ」
もし今のこの世を壊したとしたらこの人間はどうなるのだろう、そうふっと脳裏をかすった。TIYOKOの親指が真っ白な肌を撫でた。
「嘘ヨ。アンタの顔無表情だけど、アタシ分かってるから」
そのぎこちない動きに少し背を丸めた。
「どうしてそんな顔してるのよ、寂しいノ?」
TIYOKOの自然な言葉に時間が止まる。寂しい……リゼにはない単語、感情だ。
「アタシと一緒ヨ」
耳飾りに彼女の手が触れた。
瞬間、リゼの口から黒い血液が漏れ出た。と同時に、電波塔を伝って濃縮された高電圧の電流が彼の内側を一気に駆け抜けた。
「リゼ……!!!」
強制的に背筋が伸ばされ、前髪が風に吹かれる。こぽっと口から更に漏れ、TIYOKOの身体に落ちた。
ふわりと身体が動き、バランスを崩した。落ち始める。
全身の筋肉が言う事を聞かない。思考がクリアにならない。
だがTIYOKOの絶望的な顔を見て、がくがくとポンコツな人形のような挙動で腕を動かした。彼女を胸に抱きかかえ、背中を地面に向けながら空を見つめた。
【藍】はリゼの攻撃を予測していた。ここに来る事も予測していた。
その為自身の身体の中で対リゼの電流攻撃を計算、構築。他の機械が壊される事を前提に数時間で組み上げ、彼の攻撃が到達したと同時に発動した。
彼は地下研究施設で一度実験を受けた事がある。それは“自分の力が自分に効くのかどうか”、という内容であり、自分の猛毒で死ぬ蛇がいるように空想生物にも同じ特性があるのではないかという理由で、何百年も前から行われている実験内容だ。
結果として、効かない事はない。リゼにはかなりの耐性があり、それは自分の力に対してもだ。然し完全に防げる訳でも、無傷な訳でもなかった。
【雷神】を機能停止にまで追い込める程の力を持つリゼにとっては、それが唯一の弱点だ。【藍】はその実験結果の記録を元に考え、彼の放った力を完全に跳ね返せるように自分の身体を改造した。
即席のものだが、亜細亜一を誇る人工知能ともなればその成功率は完璧に近い。リゼの力は跳ね返された事でぎゅっと濃縮され、電流として彼の内部に伝わった。
そして実験結果と同じように、彼はダメージを受けた。しかもかなりのものだ。
落ちていく感覚に瞬きをする。神に抗える人工知能を創ったとは、やはり今のこの文明は素晴らしい。然し同時に失望した。
ここまで文明が栄えてもやはり、神である自分を超える存在はいない。
刹那、【藍】を基盤としている全ての機械や人形、機関、通信網等が突如として崩壊。宇宙空間と繋がっていた装置も機能を停止し、月と火星が完全に孤立するという異常事態が起こった。
国内と宇宙が大混乱に堕ちていくなか、リゼは地面に叩きつけられる前に身体を捻り、TIYOKOを抱えたまま着地した。
「オイ! リゼの居場所どこダ! オイ!」
首に番号の書かれた男が怒鳴る。走り続ける車の後ろには武装した人形達が詰め込まれていた。
「オイ! クソ! 通信もイカれちマッタ!」
どんっと窓を叩く。その音に人形達が反応する。
彼女らの身体に書かれた型番は輪廻ノ箱のものだ。
「何が起きてンだ……なあ、テメエら分からねえのか?!」
ばっと後ろを振り向いた。その時、全ての人形の眼と合った。
男と人形を乗せた車のフロント硝子に大量の血が飛び散り、制御を失ったせいか民家にそのまま突っ込んだ。静寂が流れたあと、後ろの扉がゆっくりと開いた。
「管理知能がイカれた!」
研究施設内部では殆ど全ての機械が停止状態となり、管理を任されている人工知能が不可解な行動を起こしはじめた。
「転移装置が暴走してる! 誰かトメテ!」
各研究施設にある転移装置が起動を繰り返し、離れているはずの空想生物が何体も巻き込まれ、収拾がつかない状態になってしまった。その上時代や次元を超えた存在を任意で呼び出す機能まで発動、本来発見すらされない空想生物が現れる事態にまで発展した。
幸い暴走しているせいで現れても元の時代、次元に戻されたり別次元に飛ばされる事が多く、こちらの世界に害はない。然し別時代、次元も混乱を受け、元々歪みはじめていた世界が軋みはじめた。
「......私がこの時代に来たのは、君を見つける為だった」
TIYOKOを抱え直し、リゼは歩き出した。元々無人で走っていた車や電車は急停車し、脱線や事故を繰り返した。また各地にある人型ではない自動で動く機械達は暴走状態となり、破壊行為を繰り返した。
電子通貨は使い物にならず、【藍】によって保護されていた個人情報や機密情報等の情報達は流出しだし、【藍】を母とする全ての人工知能が叫び壊れた。
勿論、国としての機能は殆ど壊滅状態。他国に連絡しようにも全ての通信は遮断され、飛行機や船も動かせない。
「だが私が想像するよりもこの時代は粗悪なものだよ。幾ら技術が向上し、幾ら私のような神を空想生物と言って実験台にしようとも、人間自体に進化がなければ意味はない」
人工知能を有する自動人形達、【藍】をリゼの力が支配した今、彼ら彼女らは神の駒と同等の存在だ。
「人間は歴史を繰り返す生き物であり、決して良くはならない存在である事は十分に知っているし理解もしている。人間と同じ姿かたちをしている私のような神ですら、いがみ合い騙し合い奪い合う事はあるからね」
人形達の眼が等しく金色に変わる。
「だが、そうした者には必ず罰がある」
「そうした神を怒らせた者には必ず罰がある」
「私に怒りという感情があるのかどうか、私自身も分からないよ。けれどね」
「この時代をカオスにする。全てを空にする。そう決めた。」
「神を空想生物と呼び道具のように扱うのは私の考えに反する。君を芽吹かせ連れて帰る為に応じていたが、ネマの人間ごっこに付き合わされた際の鬱屈とした、君達で言うのなら......そうだね」
「面倒くさかった」
「これをして何になる。これをして、私をどうするつもりだったのだろう。任意任意協力協力とあの白衣を着た人間達は言っていたけれどね、本心は違っていたよ」
「私は都合のいい道具ではない」
「驕り高ぶるのが人間だというのは分かっている。傲慢で強欲だよ」
「けれど人間は所詮人間だ」
「私は別に人間が嫌いな訳ではない」
「文明を築き、文明を栄えさせる。それを見守り、それを手助けするのが私の使命だ」
「だが、」
「リゼ、もういい。」
TIYOKOの手が彼の身体を押した。腕から降りた彼女は一歩距離を取った。じりっと靴底が割れた硝子を踏んだ。
「もういい。」
どこからか爆発音が響いてくる。どこからか悲鳴が聞こえてくる。
文明が壊れていく音がする。
「アンタを好きになったアタシがバカだったわ。結局、人じゃないのよね。人の姿をしてるだけで」
ぎゅっと拳を握りしめた。
「アンタがアタシの好きな物を覚えててくれた時、すっごく嬉しかったのに! アンタは自分の目的の為に人間の真似事をしただけ! マジ、」
「さいっっってい!!!!!!!」
響き渡る声。裏返ったそれに髪が舞い、大きな眼から涙が零れた。
鼻水を啜り、歯を食いしばって手で涙を拭う。どんなに拭いてもすぐに流れてくる。
TIYOKOの姿にリゼは立ち尽くした。どうすればいいのか。それに心のような部分がもやもやとする。
だが連れて帰らなければ。この子を連れて帰れば、もっと良い文明が築かれるはずだ。
手を伸ばし、近づいた。然し彼女の近づくなという叫び声に身体が止まった。
わんわんと泣きじゃくる顔を見つめる。ないはずの心臓が強く波打つ。
視界に映る自分の右手が小刻みに震えていた。掌を見る。どうして震えているのか分からない。
視線をあげる。大きく口を開け、ぼろぼろと涙を流し、まるで小さな人間の子供のよう......。
「わたしは」
何か選択を間違えたのか......?
その時、TIYOKOの背後から一体の人形が迫ってきているのが見えた。右腕が壊れており、尖った部品には大量の血がついていた。
だっと人形が駆け出す。と同時にリゼもその場から消えた。
彼女を左腕に抱き寄せながら、右手を人形に向けた。一瞬の間を開けたあと、爆発した。
ぱらぱらと破片が周囲に飛び散る。残った下半身はその場に崩れ落ちた。
「......リゼ、」
「TIYOKO、私は研究というのにはうんざりしていたけれど、君との時間は楽しかったよ」
「信じられない」
「信じなくともいい。信仰心のない人間は珍しくはないよ」
「......ホントに、神サマなのね」
「空想生物の殆どは私と同じ神だ。TVガールだってそうだったよ。だから言葉も通じた」
俯く彼女の身体から手を離す。なんとなく、触れていたくない。
「壊して、それで、どうするの。アタシを連れていくの?」
冷たい風が吹く。
「連れていくよ。それが目的だからね。転移装置はどこも稼働しているから、あとはあの人工知能に命じて私の元の時代に繋げてもらうだけだよ」
曇天が広がる。
「アタシは、その先でどうなるの?」
ごろごろと僅かに音がする。
「神と人類の架け橋となる」
ぽたっと雨粒が落ちる。
「死ぬの?」
連続で落ちる。
「死にはしないけれど、君は人間ではなくなるよ」
ざーざーと激しく降り始める。
「リゼの傍にいれるの?」
髪が濡れ、血が滲む。
「それは......わからない。」
べちゃっとその場に座った。デニムの色が濃く変わっていく。
「平和に、リゼとこの世界で過ごしていたかった」
雨に混じって涙が落ちる。
「どうして、こんな事になったの」
顔を上げる。その絶望と悲痛と憤慨とが色々混ざった表情にリゼは眼を奪われた。
「どうして、どうしてよ」
「私と一緒に、」
「嫌。」
差し出した手が叩かれた。じん、と熱い感覚が走る。
「アタシが好きなのは傍若無人なクソみたいな神サマじゃない」
「アタシが好きなのは、」
震える声のせいで思うように言葉が出てこない。
「アタシは、」
しゃっくりのように身体が跳ねる。
「あたしは」
一緒に漫才を見ても笑わなくて、
一緒に感動する映画を見ても泣かなくて、
一緒にふざけた情報番組を見ても怒らなくて、
一緒にくじの当選結果を見て当たっても喜ばなくて、
何を食べても美味しいって言わなくて
何をしても嬉しいって言わなくて
でもアタシの好きな物も好きな番組も知っていて
アタシが夜中、夢のせいで半分起きて唸ってる時に
わざわざ傍まで来て
抱きしめて
どこかの国の子守り歌を真似て歌ってくれたリゼが
「好きだった」
そう、ハッキリと雷鳴と雨音のなかでも聞こえる程に彼女の声が届いた。と同時に、架け橋となる芽が消えるのを感じた。
リゼは口を開け、そして閉じた。彼女に近づく。片膝をついた。
黒い両手で顔を優しく掴み、あげさせた。その青紫色の瞳を見つめた。
電波塔に稲妻が落ちたと同時に、唇が合わさった。冷たい、体温を感じない手と唇にTIYOKOは眼を瞑った。
刹那、リゼを中心に落雷と同等の電流が放たれた。水を伝い、TIYOKOも人形も人間も全員が全部が感電する。
雨は増し、共鳴するように雷が光り鳴る。
唇を離し、電気信号を感じなくなった彼女の身体を抱いた。まだ暖かい。柔らかく、雨に濡れても電流で焼けても消えない甘い匂いがした。
背中を支える手に力が入る。ジャケットを握りしめた。
『見てください! あそこに人影が!』
『被害は拡大中! 宇宙空間への避難を!』
『え?! 転送装置が壊れた?!』
『ああ......お許しください、お許しくださいお許しくださいお許しくださいおゆ』
一つだけ復旧した電波を使い、人形を介してアナウンサーが声を荒らげた。乱れる映像に切り替わる。
かなり見づらいが、上空に黒づくめの人影があった。雷鳴の光に何度も照らされる。
撮影機が姿を捉えようと対象を拡大していく。大きくぶれ、乱れる。
だが一瞬だけ顔が見えた。
雨に濡れた顔。
黒い血が滲んだ顔。
その滲みがまるで涙のように、頬から顎にかけて滑り落ちていった。
中世。小鳥の囀りにリゼは眼を開けた。爽やかで優しい陽射しが足元に広がる。
ネマの呼ぶ声に息を吐く。椅子から立ち上がり、外に出た。
青空がどこまでも広がっていた。人々の声が聞こえ、馬の蹄が石を蹴った。
然しふっと気配を感じて振り向いた。
「......」
人々はリゼ達を感じる事も見る事も出来ない。どの人々も通り過ぎていく。
だのに一人の少女だけはリゼの視線に気がついた。
顔をあげた。そして笑った。
その青紫色の眼でハッキリと、彼を見ていた。
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