第九話 君が神の血肉となるとき
ウメや、ウメ。きいてくれ。
オマエと一緒にいて、父さん、もどかしい時がいっぱいあったよ。
よその子には何だって言えるのになぁ、オマエは可愛くてな。
それで言葉が消えるんだ。説教も消える。
ただ、自分でなんでもいいからやってごらん。
そうとしか思わなかった。
里の人間は器量がいいんだ、オマエよりうんと。
だから嫌だと思うんだろう。
諦めてしまうんだろう、わかってた。
土でつくるドロ団子だって、父さんほど丸く綺麗につくれなくたっていい。
完成!
そう言って土くれにしか見えない、オマエのドロ団子だって、うまく言えないけど。
父さんは――、父さんはな……。
ウメ、そろそろ起きようか。
不思議なことが起きた。
ウメの首にあった「縄でしぼられた痕跡」が消えたのだ。かっと、ウメの伏せられていたまぶたもひらいた。
それと同時にいろんなことが起きた。
まず色とりどりの花が咲いた、小さな花たちだった。地面を脈打つようにその花たちは広まっていき、その地の黄金色の土をおおった。急激に成長して、残された桃の木にもまとわりついて、しげった。
そこへ細かな虫や鳥などがあっという間にやってきて、飛び回りはじめた。蝶やバッタ、スズメ、なんでもいた。それらはきらきらと光っていた。
ホオズキも、センジも、そこに居合わせた大人たちも、これには驚き呆けた。
ウメはホオズキにしがみついた。それが誰だろうがかまわなかった、ただ、あったかかった。
「わかったよ、私。おっとうは、死んだ。死んだから、見つからなかったんだって」
「――会えたのか」
「うん。うん」
「そうか」
しかし、止まったままの滝はついと戻らなかった。そのため、憤りで体を震わせたダヒが二人のもとに歩みよってきた。
「ウ――メ――っ。これはオマエがやったのか――、オマエが贄として死ななかったから、ナキナダレ様は消え、こうなったのか――。ふははははっ、そうか、ワシが贄を殺しきれなんだか――このわからずやめ!だからオマエはわからずやなのだ!オマエのような恩知らずは、ワシが、ワシが殺してやる!」
「やめろダヒ爺!おい、誰かとりおさえるの手伝え!」
割って入ってきたのは大人たちだった。どうやら、儀式から解放されて正気を取り戻したらしい。いそいそとダヒをとりおさえ、運び出した。
ほとぼりが冷めると、今度はセンジがホオズキたちのもとへ歩みよった。
「ウメ。俺、オマエに言わないといけないことが……」
だが、ホオズキが「センジ」と名を呼び、さえぎった。彼は首を横にふった。
「真実をかたるより、夢を見よう。それがきっと、今の私たちに必要なことだ」
そんな風にホオズキは言う。
「夢……、そっかな。けど、あのときは悪かったな。その、殴っちまって」
「もう、殴らない?」
「ああ」
「ええ?なんか今日のセンジ、気持ち悪いな。でもいい日、なのかな。なんだか、いいことあったよ。おっとう、今日って吉日なのかな……」
ホオズキの腕から離れると、ウメの独り言は止まらなかった。晴天と真昼の太陽がそんなウメをいろどった。
そよ風が吹いて、花たちがなびく。
ウメは黄金色が消えた土をツバでかためて、ドロ団子をつくった。
かたわらで、センジは「なんだそれ。団子のつもりか?」と冷笑し、ホオズキも続いて「フンコロガシという虫がちょうどこのような」などと言っていたが、ウメには全部、よくわからなかった。
「私、溶けた太陽を見たんだ。そうだ、桃の木に話しかけてくるね」
そうして、ドロ団子はおいてけぼりになった。
ウメは無邪気だった。
相手のことなど気にかけられない、そういう子だ。だけど、喋ることは好きだった。
まだまだ言い足らなくて、あふれ出るのかもしれない。それが喜びからなのか悲しみからなのか、はたまたどちらもなのか、そこに何がかよっているのかすら、わからないけれど。
思い出の父はすくなくとも、そんな彼女を喜んで受け入れていた。だからこれでいいのだと、ウメはウメ自身のことを思えていた。
「ねぇ、桃の実、ありがとうね。センジが私を殴ってきたとき、あなたは泣いて、囁いた。そんな気がした。だけど、アリのご飯になっていて私は思ったんだ。あなたは生き物が食べる生き物なんだよ。だから、ええっと、あなたってすごいんだね」
桃の木や実が、吹いた風で揺れ動く。
◇
嬉しそうにしてウメが去ったあと、桃の木は囁いた。
『不死の子は――永遠の旅だ、神が欲する感情の歴史だ。これから悲しいよ。さよならが増えて、きっと君は死にたくなる。忘れないで、僕を。いつか不死の加護がとけて君が神の血肉となるとき、そばにいるのは僕だけなはずだから』
おわり。
君が神の血肉となるとき ぐーすかうなぎ @urano103
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