第八話 はずれを引いたの

 はずれを引いたの だぁれ ははははは

 ははははは


 まぶたをあけられない。

 そんな感覚がある一方で、ウメの中に壮大な景色が広がった。

 最初に見えたのは、視界におさまりきらないほどの、とぐろを巻く禍々しい雷雲だった。

 バキバキ、ゴォオオオ、どおぉおおおおん。

 時がたつにつれ、雷雲もその音も近くなってくる。

 ところが。

 雷雲のとぐろがどういうわけか瞬く間に、遠くにある「何か」に吸われた。吸われてしまった。

 よく見ると、それは滝のそばの黄金色の土を思わせる、この世ならざる日輪のようだった。

 そこへ雨がパラつき、虹もかかる。

 ウメはもっと怖がった、美しいなんて言葉ではその光景をくくれなかったからだ。

(まるで自分の魂のゆくえを見ているみたい)

 その通りなのだが、期せずしてそんな風に感じたのだった。

「どうして、泣くの」

『オマエが泣いてるからだ』

 とっさにウメがたずねると、どこからか響く声がこたえた。

 日輪――いや、太陽が、いつしか見た夕日のように揺れる。そしてその太陽はなぜか熱を通した鉄のごとく、溶けた。

 その溶けでた一滴が落ちると、それは今度はウメほどの大きさになり、やがて人のナリになると頭をさげた。

「どうして、謝るの」

『頭(こうべ)をたれるのは人の中では挨拶でもあろう』

「あ、あぁ」

 だが、ウメは頭をさげなかった。いや、動けないのだ。封じられている。

『オマエはもう、ここには来れない』

「……うん?」

『不死の薬でそなたは守られいるようだ。オマエの父がその助力をしている。どうだ、オマエはまだ生きたいか』

(生きる?生きない?これは私に、きいてるのかな)

「生きたい、生きていたい。ここは心細いから」

『そうか。なら儀式は失敗のようだな』

 はずれを引いたの だぁれ

 はずれを引いたの だぁれ ははははは

 子供の歌声がきこえる。誰の声だろうか。

『――桃の木に時折でいい、話しかけてくれ』

「う、うん?」

(えっと、この人はなんなんだろう)

 そうは思ったが、ウメは問うきっかけを逃してしまった。


 ◇


 はずれを引いたの だぁれ

 ウメにはわかるはずもなかった。

 これはウリスケの導きで、彼の思い出の中にあるウメが歌っているのだ。

 そう。ウメが意味もわからず拾ってきた、幼いころの歌。

 はずれを引いたのは、誰でもない。ましてや皮肉でもない。

 ようやっと声を発した当時の彼女を、ウリスケはただただ抱きしめて喜んだ、そういう記憶なのだ。

 ははははは


 ◇


 同刻。

 里長ダヒが率いる神事を行っていた大人たちは、戦慄していた。

 なんと、滝の水が素直に流れなくなったのだ。

 続き、ホオズキの持っていた酒瓶が割れた。

 桃の木だけを残すようにして、果実の木が青い炎につつまれ、消えていく。

 激しい音をたて、その土地を何かが一瞬だけずらした感覚さえした。――地面に膨大なヒビがはいる。

 その場に居合わせた大人たちが悲鳴をあげ恐れるが、ホオズキとダヒだけは違った。

「ダヒ様、もうよしてください。神の怒りをかったんだ」

「黙れ、ホオズキ。今に神を呼ばないと、この土地は干からび消えてしまうのじゃ。ワシの代で滅ぼすわけにはいかん、いかんのじゃ。ナキナダレ様、お許しくだされぇえ!」

 枯れた滝にひれ伏すダヒを横目に、ホオズキはウメの体を抱えた。

(心をつぶしてまで、神をたよるか)

 ホオズキが触れたウメの体は、ガリガリだった。髪の毛も手足も、荒れている。年季のはいった汚れだ。遠くからでも術をとおして見ていた、だからわかっている。これがウメという娘なのだろう。

 大人たちが立ちこめる煙に耐え切れず、逃げまどいながら愚痴をこぼしはじめた。

「ウメのような人間のなりそこないを贄としたから、怒っておられるんだよ!」

「そっ、そうだそうだ!」

「――馬鹿野郎!ウメはまだ道半ばなんだ!人が大人になるまで、一体いくつの罪を重ねると思ってる!てめぇら、そろいもそろって自分が寸分たがわず曲がってねぇと、言いきれるのかよ!」

 空気を割いたのは、センジだった。

 陰でうかがっているよう指示していたのだが、耐え切れなくなったようだ。

 ホオズキはただ願った。

(目覚めろ。ウメ)

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