第七話 神にささげるいのち③

『さぁ?』

(……)


 ◇


 ひゅおぉおっと、風が吹く。

 ウメは空を見上げた。明けごろの空には、複数羽の鳥がいた。

 飛んでる鳥たちは驚くことはないようだ。きっと慣れっこなんだろう。時が止まっているかのように、風をうけ飛んでいた。

 滝の音が、今はきこえない。滝のそばにいるのに。

(もっと近づいてみよう)

 そんなウメのかたわらでは、ダヒが何事かをつぶやき続けていた。

 やがてその声が大きくなる。

「水神ナキナダレ様、ここにまた新たな恵みをもたらしたまえぇ。恵みを、もたらしたまえぇ」

 これがよくないみたいだ、水の音が遠くなる。そう思いながらもウメはぼうっとしていた。

(あ、センジが落とした桃が、まだ落ちてる。そうかオマエ、アリに食われて痩せちゃったのか)

 やーれ、そーれ。やーれ、そーれ。

 大人たちが一斉にそんな風に声をあげた。

(?――これは祭り、なのだろうか)

 それにしてはそこにいる者たちの顔色はうかなかった。それにどうも子供はウメ以外には、あのおかっぱ頭の少年しか呼ばれていないようだ。

 ここまでの道のりもウメから言わせれば変であった。山道のキワに無数の黒い旗がおかれていて、それを見るたびにダヒだけが、どこか嬉しそうにしていた。

「ねぇ、ダヒ爺様、遊ばないの?」

「ウメ、こちらへ来なさい。――それからホオズキや、ここに」

「はい」

 すると、おかっぱ頭の少年が正座から姿勢をくずし、片膝をたてた。慣れたように頭を深くさげる。

 ねぇ、まだ遊んでたいんだけど、だってね不思議なんだよ、などとぼやくウメの手をホオズキは引っぱり、ダヒのもとへ導く。さらに瓶から小さな杯に何かをそそぐと、それをウメに無理やり飲ませたのだった。

「うぅううっ!」

「清めの酒だ、黙って飲め。ダヒ様が悲しむぞ」

「!」

 ダヒが悲しむのは嫌だ。反射的にそう思い、ウメは懸命に飲み干した。

(苦い)

 やーれ、そーれ。やーれ、そーれ。やーれ、そーれ。

 低く、鈍い大勢の声。その声が熱気をおびたように加速した。

 それに合わせてウメの鼓動が高鳴っていった。怖いのか、彼女はすこしだけたじろぐ。

「ね、ダヒ爺」

「大丈夫じゃよ、ウメ。心細くない、オマエのこれからは神様の腹の中じゃ」

「ええ?いつもみたいにゆっくり言ってよ、それじゃぁ何もわからない」

「そうじゃなぁ。なら、爺と遊ぶか」

 それは桃の木だった。ウメの大好きな桃の木だった。その木から長い縄が結ばれ、下にたれていた。

 ウメはそれだけで悟った、いつもの遊びだと。

「駄目だよ、爺!こういう縄は輪っかにしないと、困るでしょ?」

「おお、そうじゃった。そうじゃったなぁ。ウメはいい子だねぇ」

「こうして、首に通すんでしょう?」

「そうじゃ――っよ!」

 ぎいぃ!

 その縄はウメの首をするどくも、しぼった。

 桃の木につるされたウメは混乱した。

(かっ――く、――っ?)

 ダヒを目で探そうとしたが、もがくことで手一杯でそれはかなわなかった。

(違うよ。違う!ダヒ爺!おっとう、おっとう!助けて!――ああ、そうか。私がわからずやだから、ダヒ爺もセンジみたく痺れをきらしたんだ。だから、だからこんなこと)

「ご、ごめ、んね。ダヒ、じ」

 ギィイイイッ!

 桃の木が揺れ、いっそう多くの鳥がそこから飛び去った。

 たった今、一人の少女が、死んだ。


 はずれを引いたの だぁれ

 はずれを引いたの だぁれ

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