第六話 神にささげるいのち②
ウメは無邪気だった。
無邪気で、物事の前後など思いつきもしない、そういう子。
ウメにとって、このダヒという老爺は優しい人だった。第二の父のようにしたっている、だから今させられていることがなんだろうと、笑って受け入れられた。
「いなくなったおっとうを探してくれる?」
「もちろんじゃ」
「死んでないよね?私のおっとう」
「ああ、もちろんじゃ。オマエを残して死にいそぐ者ではない。知っておろう?」
はげましてくれてるのかな、ウメはそう思った。だから、曖昧に「うん?」とうなずいた。
(だって私の話をきいてくれる。いい人だ。いい人なんだ。これだって私にしかできないことだと、丁寧に教えてくれた。でも、首が、いつになく苦しい)
ダヒはいつもの優しい笑顔のまま、そんな彼女を見ていた。
天井から首をつって、遊んでいるウメを。
「苦しいか?」
ひゅっ――、そんな音がウメのノドからした。
「そなたは明朝、神の贄としてささげられる。反対していたウリスケには悪いが、こんな好機はまたとない。これは里を助けることなんじゃ。わかっておくれ、可愛いウメや」
◇
「っ!」
センジは焚火の音で目が覚めた。
とっさに腕で鼻をおおう。どうも、くさい。
見渡すと囲炉裏の向こうでおかっぱの少年が鍋をつついてるのが見えた。
話しかけようとするも、できなかった。
「――っんく――!」
『わめくな。話しかけるなら心の中でたずねろ』
そんな言いぐさがセンジの頭の中で響いた。
センジは驚いたが、すんなり受け入れ矢継ぎ早に質問した。
(ここは?オマエは?その鍋なんだ?人の腕がはいってるみてぇだけど)
『ここはダヒの屋敷の片隅にある部屋だ。私の名はホオズキ、旅から帰ってきたダヒの孫だ。そして、この鍋はあの娘、ウメに飲ませる薬だ』
(はぁっ?ダヒに孫なんていたのかよ。あ。あー、結託してウメに毒でも盛る気か。なるほどな)
『夢の内容はどうだった』
(どうって――ダヒにそそのかされて、ウメの奴が楽しそうに首をつってたよ。神の贄とかって、思い出したくもない)
『それは今、現実に起きてることだ。私の術でオマエにも見えるようにした』
(じゅつ?なんだそれ)
『オマエが喋れないのも、私の術によるものだ。現実では、私たちは喋っていない。どれも、すべては術によるものだ』
(なら、そいつでウメを助けてくれよ)
『そのつもりだ。言わなかったが、これはウリスケの腕から出汁(だし)をとった薬、――死ななくなる、不死の薬だ』
センジは目を見開いた。死ななくなる薬が存在するのか、そう言わんばかりに。
だが、どうせ詳しくきいてもわかるもんじゃないと悟り、話題を変える。
(腕か、やっぱり死んだのか。ウリスケさんは)
『ああ。彼には旅に出る前に挨拶をもらった。いい人だった』
なんなんだ、これ。と、センジはあぐらをかきながら思った。
いろんなことが起こりすぎだった。だが、のみこむしかなかった。ウメに謝るきっかけさえ今はなくしてるが、ひとまず目下の課題はウメを「神の贄」とやらにまきこまれるのを防ぐことにあるようだ。
(なぁ)
『なんだ』
(だがよぉ、俺はいまひとつ、オマエを信じきれないんだが)
『ウメを嫁にもらいたい。私が帰ってきた理由は、それだ』
おめぇも馬鹿なのか、とセンジは思いかけ、慌てて自身の頭をたたいた。
(あー、頭痛い。えぇっと、それはなんでだ?なんで、あのわからずやなんだ)
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