お酒には気を付けましょう

@mizu888

第1話 



 私がこの小町不動産で働き始めて数年になる。大手有名不動産会社のような知名度こそないが、この地域では信頼されて20年近く続いている会社だ。

 まぁ見た目の外観だけで言うと古さを否めないので、頻繁に初見のお客さんが来るようなことはない。


 書類の整理、契約書の作成など業務をこなしていると、カランカランと昔ながらのドア鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 営業時間は18時まで。もう17時を過ぎていた。


社長はよく遊びに来ている近所の鈴木さんと奥で談笑を繰り広げて、すでに終業モードである。

そうはいっても、こうして雑談が上手い社長は、やたらと人脈が広くていい仕事を引き寄せるすごい人だ。

全く頭が上がらない。


 入ってきたお客さんは、一度屋内を見回した後、こちらに目を向けておじぎをした。


 どうやらこの辺の人ではなさそうだ。目の前に来ると、スマホに映る周辺地図がチラリと見えた。


 20代半ばに見える女性で、オフィスカジュアルといった装いだ。仕事帰りだろうか?年下に見えるが、30代に突入した私よりしっかりとしていて仕事が出来そうな印象だ。


「こんにちは、お部屋のご相談ですか?」


「はい。部屋を探したいんですが…。」


彼女はしっかりとこちらを見て、ニコリと笑顔を向けていった。


「かしこまりました。どうぞこちらへおかけください。」


 私も営業スマイルで対応する。



 目の前の椅子に座るのを待って、要望記入用のシートを差し出す。


「わたくし、佐々木牧子と申します。よろしくお願いいたします。ではさっそくですが、こちらにご希望のお部屋の条件などご記入ください」


「あー・・・ええと。実はここがいいなっていう所が決まってまして。空き部屋があるか確認していただきたいんですが・・・」

ペンを渡そうとしているところに彼女は言った。


 ああ、なるほど。入居者募集の看板を見て来た方だろう。電話で問い合わせがくることが多いので、地図を見て直に来てくださったんだんだな。ありがたいことだ。

 こんな古臭い建物でちょっと入りにくかったのかもしれない。


 これは誠実が売りの小町不動産の良さを知ってもらういい機会だ。よし!なんて考えていた。


 ここなんですが、女性からスマホで見せてもらった賃貸物件に一瞬驚く。


(ここって・・・)私が住んでるマンションだ。


 表立って募集看板を出してはいなかったと思う。『なんでここを知っているんですか?』と聞こうとした。


 けれど思いとどまった。ただの偶然でこのマンションの空き部屋を探しているだけに決まっている。変な疑いを持った言い方になるのは失礼だと思った。


「実は、私住んでるマンションですよ。すごい偶然ですね。」

つい口からそう出ていた。自分の個人情報話しちゃったな。まぁいいかと思って、笑顔を作った。


 

「ええ知っていますよ」  

彼女はすごく笑顔で答えた。一瞬耳を疑う。


「え!?」


困惑が顔に出てしまう。


 どういうこと!?顔では営業スマイルを作りながら冷や汗をかく。確実に顔は引きつっているだろう。


「あの・・・、どこがでお会いしたことありますか?なぜ、私の住んでるマンションをご存じなんでしょうか?」


私はおそるおそる聞く、何か恨みを買って住所を突き止められるようなことをしただろうか?


「フフッ、怖がらないでくださいよ。先日ご自分で話していましたよ。ほらその時貰った名刺がここに・・・」


 女性のカバンの中からきちんと名刺ケースに入れられた名刺を差し出してきた。

 ”佐々木牧子ささきまきこ”と書かれた紛れもない私の名刺を提示されて、今度は違う意味で冷や汗が出た。名刺を渡したうえ自分の家の情報まで話した相手を覚えていないなんて。


 どこかで営業の時にでもあったのだろうか・・・。自分の住所までさらすようなことは、ないと思うが。


「申し訳ありません。名刺を渡しておきながら、失礼いたしました。」

頭を下げる。しかし全く思い出せない。


「いえいえ、あの時牧子さん泥酔でしたから。ハハッ、たぶん何も覚えてないんだろうとは思いましたよ。気をつけたほうがいいですよ」


あの時とはいつのことだろう・・・。


話を聞くと、先日友人と居酒屋で飲んでいた時のことだった。その時私は、名刺を渡したようだった。


 私の友人とこの女性、町田綾子まちだあやこさんが知り合いで、居酒屋でばったり会って一緒に飲んでいたらしい。

私はぐでんぐでんだったようで、全く記憶がない。

友人の友達だから気を抜いてしまったのだろうなと自分を振り返る。


 失態を知られている相手で恥ずかしいが、失礼なことはしていないのと彼女の恨みを買ったわけではないようで安心した。

 それからマンションの案内に話を戻した。


「私が住んでいるマンション、おすすめですよ。一人暮らしの女性には特に。オートロックですし、オーナーも信用できる方なので。私が泥酔でどこまで話をしたかわかりませんが・・・空き部屋もちょうどあるようですし、内見予約しますか」


「ぜひお願いします。」


 後日の内見の予約の予定などを話していると、いつの間にか18時を少し過ぎていた。


 ちょうど終業時間だしと、全くの他人ではないことを知って夕食を一緒に食べに行きませんかと誘ってみた。

彼女に2つ返事でOKをもらい、帰りの用意をする間少し待ってもらって事務所を後にする。



「牧ちゃん、少し聞こえてたけどお酒には気を付けてよ。お疲れ様!」

去り際に半笑いの社長にくぎを刺される。 


「そんな会話拾わないでください!」

薄目で口をとがらせて抗議すると、また笑われた。


「お疲れ様でした」

鈴木さんにも会釈して、事務所の外で待ってくれている町田さんの元へ駆け寄る。


「すみません、お待たせしました。」

「いいえ、誘っていただいてありがとうございます。」



とりあえず、飲食街の方へ2人で歩き出す。

「町さん。嫌いな食べ物とか、苦手な食べ物とか、何が食べたい気分とかありますか?」

 

「特にはないですよ…。会社帰りに飲食街の方に寄ったりするんですが、何件か新店出来てるみたいで少し気になってたりはしますね、なにができたのかは見ていないんですが・・・。」

「ああ、そこわかります!インド料理とラーメン屋さんとあと中華料理だったかな、出来てました。インド料理屋さんは、行ってみたいなと思ってるんですよ」と話すと『いいですね、じゃあそのインド料理にしましょうよ』とのってくれたので2人で歩いて目指す。


 今日は、金曜日の仕事帰りお酒も入れたいところだが、私にとっては初対面と言っても過言ではない相手。前回の全く覚えていない泥酔の件もあってお酒を飲むのは遠慮した。


 よく考えると、当たりか外れかもわからないお店にほぼ初対面の相手を連れてきてしまったことを後悔したが、人づてに聞いていた通りでおいしい。彼女も『気に入った』と言ってくれていたのでホッとした。


 共通の友人の話とかたわいもない話とか、気がつくと会話が弾んで、お酒は入っていないのに少し高揚した気分で店を出た。



私の家が1駅先。彼女は今住んでいるのは実家で同じ方向の2駅先らしい。


 2駅先か、あまりに時間があっという間過ぎて名残惜しく思った。


「どうせなら、私の部屋に今から来ませんか?ちょうど住んだ感じも見れるし」

そう思い付いたら口から出ていた。言ってから迷惑だったかなと思ったがもう遅い。


「いいんですか、ぜひぜひ行ってみたいです」

という言葉が返ってきてうれしくなった。


 最寄りのコンビニでおつまみと何本かお酒類を買う。そこまでお酒が強くない私が3~4%の甘い酎ハイを選んでいると、日本酒とかストロング系をチョイスしたところに、彼女はお酒が強いんだなということを感じさせた。


 


 彼女を部屋に招き入れると時刻はちょうど20時を回ったところだった。


 グラスを出してきて2人きりだがワイワイと楽しく、飲んでいた。私は甘い酎ハイばかり飲んでいたが、彼女は酎ハイにも日本酒にも手を付けて、平然としていた。


 やっぱり酒豪かもしれない。


 飲みっぷりがいいとまじまじと見てしまう。見ていると、ふだん自分から進んで日本酒に手を出さないけれど、せかっくだから少し飲んでみたいという気になっていた。


 それを察したのか、「飲んでみてください」そう言って彼女は日本酒を注いでくれる構えをしている。


「じゃあ」と中身を飲み干して、グラスを差し出す。


注がれた日本酒はほんのり甘さを感じて飲みやすかった。意外といけるかもとちびちびと飲んでいたが、時間が経つにつれふわふわ感は増していった。


 


 段々と眠気におそわれて、目を閉じそうになる。


「牧子さん寝ちゃうんですか?」


 眠気に耐えられそうになくなって床に横になる。頭の片隅ではスーツ着替えないとなという意識が働いた。


 

「ごめん、ベッドの上の部屋着とって。」

 無造作にちょい置きした部屋着を指さして、彼女にお願いする。


「着替えるんですか?」


「うん」


 今日ですごく仲良くなったし、お酒で気が大きくなった私は全く気にすることなく横になったままシャツのボタンを上から外していった。


 ああっ・・・彼女はお手洗いお借りしますと、一度出ていった。


 戻った彼女が「んっ!?」と驚いて「み、見えてますよ!着替え終わってないんですか」と言った。

「ん?んー。すぐ着る~」私は気にも留めないで、まったりと着替えていく。が億劫で手は止まっていた。


 緩慢な動きの私を見かねたのか手首をいきなり、ガシッとつかまれる。


「ん?」


 見下ろしている彼女の方へ顔を向けると、彼女も意外と酔っていたのか顔が赤く高揚している。


「ちょっとテーブルの間で狭いからベッドに行きましょう」


 眠気におそわれている私は、彼女に支えられながらベッドに移動する。ゴロンと横になった私は、介護のように彼女にスーツのスカートを脱がされる。脱がされている間手際のよい彼女の動きを眺めた。

「はい腕通しますよ。」

私を上から見下ろして彼女がそう言う。

「はーい。」

と両手を伸ばして彼女の方に差し出すと、袖を通してくれようとする。


それを邪魔して、私はキャッキャと笑いながら伸ばした手を彼女の首の後ろにまわして引き寄せた。

私の上に倒れこんだ彼女を抱きしめて「抱き枕~」とギュッとした。

寝心地がいいな、そのままフワッと眠りに入りそうだ。


「いいですか?」


彼女が手を振り解いて、静かにベッドに手をついて体を起こし、そう聞いた。


「なにが?」 


 意味がよくわからず聞き返す。


 少しだるい体をのっそり起こそうとしたが、覆いかぶさってきた彼女にベッドに戻される。

「悪いのはあなたですよ。」


「町田さん?」


 熱い吐息が首筋にかかって、「あっ」と声が出る。

彼女の滑らかな手は太ももに触れる。そしてゆっくり太ももから腰、お腹へと滑っていく。

 首筋にかかっていた吐息は、やさしいリップ音に代わって、時々生暖かい湿り気のある感触がした。


「・・・いいんですか?このまま抵抗しなくて。」

 耳元でささやかれる声と手の動きに、気持ちよさにおそわれる。


何事か理解した。理解したが全く拒否しない私に、彼女はどんどん進んだ。

キスは移動をしながら、口元まで来て止まった。2人呼吸が合ったように一拍の間目線を合わせて、彼女の唇が近付いてくる。何度も唇を食むようなキスをした。


「牧子さん、背中浮かせて」

何をしようとしているかわかった。


否定はしなかったが、自分から進んで背中を浮かせるのはこの期に及んで躊躇した。


「牧子さん明日になったら全部忘れてますよ、今だけいいこと、味わったらいいじゃないですか」


その囁きが心地よかった。


 感覚が研ぎ澄まされて眠気は少し去っていたけれど、意識は気持ちよさに流されていて、少しだけ背中を浮かせた。


その隙間に彼女の手が入り込んで、締め付けられていた胸が解放されるのを感じる。優しく入ってきた手のひらの動きにチリっとした疼きを胸の真ん中に感じる。


 思わずつかんだ彼女の腰のあたりのシャツを引っ張ると、彼女はそれを一瞥して口角を上げた。


そして彼女がさらに同じ場所を攻めて私は思わず身をよじって背中を丸めようとするが無駄だった。やってきた唇と舌はなおもそこを攻める。


私の思わず発したうめきに、彼女は顔を上げて私を見て満足気な顔をした。


彼女と私の呼吸はいつからか浅くなっていた。私の目線に戻ってきた彼女は、私をじっと見つめたまま私の唇に指ををおく。彼女は、ふにふにと感触を確かめるように触れた。


その指は唇からあご、顎から首筋となぞっていく、首筋から胸で手は開かれて手のひらにやさしく胸をなでられ、ピクリと反応してしまう。そのままもっと下に降りていく。


彼女は反応を確かめるように私の目を見つめたまままだ。そのまま降りて行った手は下着の上で手を止めた。


下着のラインに沿って縁をなぞられ、息が漏れる。そのまま熱をもった場所をなぞられる。彼女は私の顔を見つめて反応をつぶさに観察している。なぞってははじかれて、たまらず彼女の肩をギュッと引き寄せて顔をうずめる。


それでも動きを止めない彼女の手がゆっくり下着の中に入ってくる。


 ゆっくり優しくなでられただけだ。

 そのころには、もうどうしようもなくこらえが効かなくなって、何度か撫でられた後目の前が真っ白になって意識を手放していた。


 


良く寝た。朝、物音で起きるときれいにかたずけられたテーブルが目に入った。


いつの間に着替えたのか覚えていない部屋着を着ていて、スーツはきちんとハンガーにかけられている。


「あっ、起きました?」


町田さん、昨日帰らなかったんだな。まぁ家主の私が爆睡してしまっていたからしかたがないのだが。


日本酒が思ったより飲みやすくて美味しかったことは覚えている。また調子に乗ってしまった。昨日のことを覚えていない。とてもふわふわして気持ちよく眠れた気がする。


いつの間に着替えてベッドに入ったのだろう。私がベッドで寝てたから町田さんはソファーで寝ることになってしまったのかもしれない。


「ごめん、町田さん寝るとこなかったよね」


また、やらかしたと思っている。


「牧子さんの隣で寝ましたよ。寝顔かわいかったです」


「そうだったの?ごめん、狭かったよね」


「全然大丈夫ですよ。内見も楽しみです、何なら早く引っ越したいくらいです」

彼女は、満面の笑みで答えてくれた。


「ほんと?気に入ってもらえてよかった」


 

 ほぼ初対面とは思えないなぁ、なんて思う。居心地がいいんだ。

 彼女の浮かべた笑みの意味を知るのはまだ少し先のことだ。









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