父を貪る

紫鳥コウ

父を貪る

 カードショップでばら売りにされているパックは、最新のものばかりだ。

 ふるいものは、まれにショーケースのなかに入っているのを見かけることもあるが、鍵をもってきてもらって、「このシリーズをなんパックください」というようなお願いをするのは、毎度のことながら、少し気後れをしてしまう。


 それは、僕の性格によるところが大きい。

 自分でも分かる。見栄っ張りで、自尊心が強い。だから、ちまちまと「このシリーズをなんパック、こっちのものをなんパック……」とお願いするのが、周りの人や店員さんからどう思われるかを、気にしすぎてしまうのだ。

 しかしこうした行為に赤面するのもおかしな話だ。まったく恥じることのないお願いである。だけど、どうしても堂々とすることができない。

 むしろ、いまの僕の境遇の方が、他人から見れば恥知らずと言えよう。


 大学四年生も二周目に突入したいま、単位を落とした必修の授業ふたつがないときは、カードゲームにうつつを抜かしている。

 それだけなら、まだいいだろう。もっと悪いことに、その「資金」を実家からの仕送りでまかなっているのである。


 無論、遊び代なんてもらっていない。生活費のなかから少し頂戴しているのだ。食費を削ったり、できるかぎり徒歩で移動したり……それ相応の工夫をしている。

 バイトをするつもりはない。面倒だからだ。それ以上に挙げる理由なんてない。留年をしているのだから、バイトより単位を取ることを優先するという「正当性」も持っている。


 しかし、食べないで生活をするわけにはいかないし、夏に歩いてばかりはいられない。洗剤だとかトイレットペーパーだとか、必要最低限の出費だってある。だから「資金」には限りがある。仕送りをすべて、カードゲームに流用しているわけではない。


 だが、とんでもなく困る事態に見舞われてしまった。

 というのは、とあるカードショップの通販サイトで、過去十数年分のシリーズのパックがばら売りされているのを見つけたのだ。

 もう店頭に並んでいないパックを、好きな数だけ選んで買うことができる。こんな夢のようなシステムがあるなど、思ってもいなかった。


 それからというもの、一日二食。いくら暑くても大学までは歩く。トイレはできるかぎり我慢する……などの工夫を行い、ばら売りのパックを買うための「資金」を捻出していったのである。

 すると、どんどん身体は弱っていったのだが、同時に、いくらかの体調不良には「慣れ」が生じてしまい、ついには気にならなくなってしまった。


 パックの開封が楽しいのはもちろんだ。

 しかし、ひとつのパックには、性能があまりよくない、カードショップで売ってもまとまった金額にならない(もしくは引き取ってもらえない)カードが大量に入っている。


 たとえば、十枚入りのパックには、よくてレアカードは一枚くらいしか封入されておらず、残りは値のつかないコモンカードが占める。

 このコモンカードの処分が困るのである。売れないのに、たまっていく一方なのだ。結果、カードを詰め込んだケースは部屋を圧迫していく。しかし実家に送ると、この背徳的な行為が露顕ろけんしかねない。

 だから普通は、ショーケースに入っている単体のカードを買うのである。そもそも、パックをちまちまと買っていても、お目当てのカードを引き当てる確率は低いのだ。実際、僕がほしいカードというのは、滅多に出て来ることはない。


 僕の家族は、公務員の父親の「労働」なしでは成り立たない。僕は「無為」ばかり生んでおり、家族を助けることなど、ひとつもしていない。

 本当なら、ストレートで大学を卒業して就職し、親孝行をするべきなのだろう。それなのに、留年をした上に、父親の「労働」の「対価」をカードゲームに使っているのである。


 これだけを聞くと、親不孝でどうしようもない子供にうつるかもしれない。もちろん、これを払拭ふっしょくできるエピソードなんて、ひとつもない。

 いてあげるとすれば、親への感謝の気持ちを忘れていないということであろう。こうして生活できているのは、だれのおかげか。それくらいのことはわきまえている。

 それだけでも、上等だといえなくないだろうか?


     *     *     *


 ……と、いま思えば、ひどい生活をしていたものである。


 不孝なばかりでなく、僕の心身は健康を失し、いくつもの大病を経験することになった。不幸せばかりで、幸せに思えることなど、なにひとつもない。

 いや、幸いにも父親はまだ健在である。あのころから、家族はだれも死んでいない。いまから孝行を積み重ねて贖罪しょくざいをするべきだろう。


 が、その前に、僕はこれから、いままでしでかした、さらなる不孝を白状するつもりである。

 ジャン・ジャック・ルソーは、自らのしでかしてきたことを赤裸々につづった文章を書いた。僕はいま、それのパロディに取り組んでいるところだ。


 僕のような好感度の低い小説家は、徹底的に「不愉快な」小説を書いていくしかない。最近は編集者(と読者)から、「もっと攻めてください」と言われる。それならば、僕の過去のことを素直に書けばいいじゃないか。


 よし、次はあのことを書こう。

《その日、僕は、父親のコレクションしていたカメラを、こっそり……》



 〈了〉

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