平和な日々
「わたくしは確固たる証拠もないのに、貴女の持つ技術から貴女に疑いをかけてしまいました。本来、その人物の才能を理由に疑惑をかけるなど許されぬことです。この無礼は必ずお詫びさせていただきます」
エミリアはそう言ってゆっくりと頭を上げると、――酷く冷ややかな目を執事に向けた。
「そちらの執事も。言い訳ばかりしていないで、まずはアリア様へのご無礼を謝罪すべきではないですか?」
ゆるふわお嬢様だと思っていたエミリアの、厳しい言葉を初めて聞いた。
「そしてわたくしにも謝罪なさい。貴方はわたくしの靴に細工を施し、魔物までたき付けた。わたくしとレオを結婚させたかった、というのは正当な理由とは思えません。この件はわたくしの家の者にも報告させていただきます」
エミリアの低い声に、執事の顔がサァッと青ざめていく。
「エミリア様! お忘れですか。貴女様の幼少期、貴女様がこの宮殿に遊びに来た際、様々な面倒を見ていたのは僕なのですよ。僕はエミリア様とレオ様の育ての親とも言える存在で……っ」
執事がエミリアに手を伸ばす。エミリアは汚らわしいものを見るかのような目をして一歩下がって執事から距離を取り、吐き捨てるように言った。
「外に出て名誉ある靴磨き職人として名を馳せているアリア様の手よりも、貴方の方がずっと汚れている。二度とレオの宮殿に入らないでください」
執事の顔が強張った。言葉にならないのか、口をパクパクさせている。
いつも華やかな笑顔を浮かべ、ほわほわとした雰囲気を放つエミリアの冷淡な態度には私も驚いたし、正直恐ろしい。
(このご令嬢、怒らせたら怖いタイプだわ……)
ぞぞぞっと寒気が走り、胸の前で腕をクロスさせて自らの両腕を擦っていると、エミリアが再びこちらを振り返り、にこりと花のような笑顔を浮かべた。
「レオから聞きました。レオが体調を崩した時、アリア様はレオの面倒を見てくださったのでしょう?」
「いえ、大したことはできていませんので……」
「わたくし、アリア様のことを見誤っていたかもしれません……。ごめんなさい、昔から色んな貴族から悪意を向けられてきたもので、わたくしもレオも警戒心が強いのです。正直アリア様のことも二人して警戒しておりました。でも、アリア様はわたくしのために事件の原因を解明してくださった。とても素晴らしいお方です」
「は、はあ」
エミリアのためというか、自分の潔白を証明するためでもあったので少し気まずい。
「これからは、
エミリアが私の両手を掴み、ぎゅっと優しく握り締めた。
その表情は明るく、私に対して心からの好意を抱いていることが感じ取れる。
「わたくし、同い年のお友達がほしいと思っていたところなの。アリア様なら大した家柄でもないから、変に関係性がごちゃつくこともないだろうし安心!」
――このご令嬢、天然で失礼である。
全く悪意がなさそうなところがまた恐ろしい。
きらきらと輝くような爽やか笑顔に圧倒されながら、私は苦笑いしてこくりと頷くことしかできなかった。
◆
――――後日。
例の執事は宮殿から追放され、平和な日々が戻ってきた。
エミリアの提案通り、私とレオ王子とエミリアは三人で過ごすことが増えた。
しかし十年を超える付き合いである幼なじみ二人の間にぽっと出の私がうまく馴染めるはずもなく、二人の内輪ネタに乾いた笑いを零す日々である。
「アリア様! わたくし達午後に乗馬をする予定があるのだけど、一緒に来ないっ?」
エミリアが、きゅるんっと小首を傾げながら腕に抱き着いて上目遣いで聞いてくる。
エミリアは一度心を許した相手にはスキンシップが激しくなるらしく、宮殿に来る日は毎度と言っていいほど抱き着かれる。
「レオが乗せてくれるらしいの。ぜひ三人で楽しみましょう」
馬の上に三人で乗るのは馬が可哀想な気がする。
加えて、私は乗馬の経験が全くない。
「今日は遠慮させてもらおうかな」
「ええ~? そんなあ。アリア様、最近素っ気なくない? わたくし寂しい」
「そ、そんなことないよ。今日は馬の気分じゃないっていうか。また今度誘ってほしいな」
エミリアはまだ少し納得がいっていないようだったが、我が儘を言い過ぎてはいけないと思ったのか、残念そうに眉を下げてレオと共に部屋を出ていく。
ドアが閉まるのを見届けてから、はぁ……と項垂れて溜め息を吐いた。
「アリア様、良かったのですか?」
ちょうどクッキーを運んできたメイド長が心配そうに私を見てくる。
「私もエミリア様とレオ様のことは幼い頃から見守ってきましたが、エミリア様はどうもこう、本質的にド天然というか……。はっきり言わなければ分からないところがありまして。私のようなメイドにも別け隔てなく接する人柄の良いお方ではあるのですけれど、どこかズレたところがあるのです」
「それは、確かにひしひしと感じるわ……」
悪意のない相手こそ接し方が難しい。
本当は三人で遊ぶのではなく婚約者であるレオ王子と二人の時間も欲しい――しかし、それをあの天然お嬢様にどう伝えていいか分からない。
「社交界であまり同年代のご友人がいないのもあの天然さがネックになっているのです。……だからこそ、アリア様のような存在ができたことが嬉しいのかと……」
「それもひしひしと伝わってくる……」
あまり友達ができたことのない人特有の距離感のおかしさのようなものを感じるし、エミリアは私が宮殿にやってきた時、物凄く嬉しそうに飛びついてくる。
私としても別にエミリアそのものが嫌いというわけではない。エミリアが誘ってくれるおかげで以前よりレオ王子と過ごせる時間が増えたし。
けれど、私が目指すべきところは、〝三人で仲良く〟ではなく、レオ王子と〝二人で仲良く〟なのだ。
とはいえエミリアとレオ王子の過度な仲の良さについては、レオ王子が何か言わない限り私がどうこう言えることでもない。
私が言えば二人の仲を邪魔するおじゃま虫になってしまう。
「……こうなったら、浮気のフリ作戦を再開するしかない……」
「浮気のフリ……? は、はあ」
メイド長が何言ってんだこいつと言いたげな困惑した顔で私の前のテーブルに焼き立てのクッキーを置く。
エミリアの言動を私の力でどうこうするのは無理だ。あれは本質的な性格である。
やはり仲の良い男が他にいることを匂わせてレオ王子のことを焦らせ、レオ王子に変わってもらうしかない。最近はやや私に向ける表情が柔らかくなったような気もするし、浮気してると思えばほんのちょっとくらいは動揺してくれるのではないかと思う。
(今頃仲良く同じ馬に乗って敷地内を回ってるのかな……)
二人が近距離でアハハウフフしながら乗馬している様を想像するとムカムカしてきた。
「こうなったら暴飲暴食よ! きぃぃぃっ、ムカつく〜! 必ずレオ王子のこと、振り向かせてみせるんだからっ!」
テーブルの上に置かれたクッキーを両手で鷲掴みして口の中に詰め込む。
勢い任せのマナーもクソもないその言動に、メイド長が苦笑いしている。
――その時、ぷっ、と誰かが噴き出す音がした。
隣にいるメイド長によるものではない。
第三者がこの部屋のどこかにいる――と、恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのはレオ王子だった。
彼がおかしそうに笑っているのを見て、さぁっと顔から血の気が引いていく。
「レ、レオ王子、出かけたのでは」
「忘れ物をしてしまってね」
口に詰まっているクッキーの欠片を大慌てで噛み砕き、ごくんと飲み込んだ。案の定喉に詰まり苦しんでいると、慌てた隣のメイド長から紅茶を差し出された。それを喉に流し込んでからげほんごほんと取り繕うように咳払いして、レオ王子にいつも通りの外向きの笑顔を向ける。
「あ、あら。おほほほほ。レオ王子、忘れ物なんて珍しいですね。おほほほ」
「乗馬用の靴を新しく買ったんだよね。水上用の機能は付いてないから、今度君に水上歩行できるようにしてもらおうかな」
そう言って靴収納用の豪華な箱にこつりこつりと近付いたレオ王子は、悪戯っ子のような笑みを浮かべてからかい調子で私に言った。
「――君、素の方が可愛いんじゃない?」
「~~~~~~っ」
恥ずかしすぎて言葉にならない私を放って、レオ王子は乗馬用の靴だけ履いてさっさと出ていってしまう。
がっくりと項垂れる私とは裏腹に、窓の外の鳥達は楽しげに空中を飛び交っていた。
――――藤の花が咲き誇り、華やかに王都を彩る春。
私の恋は、まだまだ前途多難である。
【第一章 プリマヴェーラ】END
王都の靴磨き令嬢 ~婚約者(第三王子)が女友達ばかり優先するのでマフィアのボスと仲良くして見せつけようと思います~ 淡雪みさ @awaawaawayuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。王都の靴磨き令嬢 ~婚約者(第三王子)が女友達ばかり優先するのでマフィアのボスと仲良くして見せつけようと思います~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます