第三六話 無実の罪で逮捕された件
正直言って、薬物がもたらす人的被害というものを舐めていた。
スラムなんだから麻薬の類いなんて蔓延して然るべきだし、特にどうというものでもなかろう、と。
そんなふうに考えた自分をブン殴ってやりたい。
「た、助けてくれ、先生ぇ~……!」
我が治療院には実に多くの患者が足を運んでくる。
何せスラムのお医者さんは、ウチだけだからな。
しかし……
平時においては重傷者なんて日に一〇人程度しかやっては来ないのだけど。
ここ最近の有様ときたら。
もう完全に、地獄絵図であった。
「頼むよ先生ぇッ! 相棒を、生き返らせてくれぇッ!」
重傷者が方々の体でやって来るというぐらいであれば、まだマシ。
そこに加えて、血塗れになった死体を抱えてやってくる連中まで続出するもんだから、治療院の中はどんだけ換気しても血生臭いままだった。
「はぁぁぁぁぁぁ……うん、よし、決めた」
やっとこさ客が絶えた、そのとき。
俺は決意する。
「麻薬流してる馬鹿を見つけ出して、個人であろうが組織であろうが、ブッ潰す」
これに対して、まず三人の子供達が同意の言葉を返してきた。
「ここ最近、マジで忙しすぎるもんな……」
「うん……」
「さすがに、キツいっス」
続いて、リスティーもまた、
「猫の手も借りたいとは言うけれど。この状況じゃあ、猫だって逃げていくにゃ~。……ちなみにウチも逃げたくてしょうがないから、さっさと解決してほしいにゃ、ゼノス様」
皆の疲労とストレスも、限界に来ているらしい。
そんな家族達へ首肯を返してから。
「ちょうど夕飯時だし、今のうちにメシにしよう」
そういうわけで、リスティーに炊飯を頼んだのだけど。
「うにゃっ」
「ん? どうした、リスティー?」
「も、申し訳ございませんにゃ、ゼノス様。ここ最近、クッソ忙しかったもんで、買い出しに行く機会もにゃく……」
どうやら食材がスッカラカンになっていたらしい。
「そうか。じゃあ、俺がちょっと行ってくるよ」
「えっ。で、でも」
「気にしなくていい。ちょうど気分転換に散歩したいと思ってたところだから」
というわけで、俺は治療院を後にした。
普段であればセブルス、サリア、ゴルムの三人も「お供します兄貴!」とか言ってついてくるのだけど、今回はお留守番である。
もう出歩くだけの元気すらないって感じだったからな。仕方がない。
「……そろそろ陽が落ち始める頃合い、か。急がないとな」
暮れなずむ空を見上げつつ、俺は早足となって、目的地への道程を進む。
と――
その最中。
「うわ」
人気のない路地裏に、グロテスクな死体が転がっていた。
全身を刃物で滅多刺しにされているところからして……喧嘩の類いじゃないな。
ここまで相手をグチャグチャにするような奴は、スラムでも稀だ。
ゆえに、おそらくは。
「ヤク中の仕業、か」
幸いにも死体は腐っちゃいないし、頭部は無事だった。
これなら問題なく、蘇生が――
「犯人ッ! 確保ぉおおおおおおおおおおおおッッ!」
――蘇生が出来ると、そう思った矢先のことだった。
後方から怒声が飛び来たり、そして。
複数の男達が、我が身へ飛び付いてくる。
すわ襲撃か、とも考えたが……そもそもスラムにおいて、俺を襲うような組織は存在しない。
ていうか、犯人がどうたら言ってたよな?
ということは、まさか。
「……貴方達は、警邏隊、ですか?」
こちらを取り押さえる連中の出で立ちからしても、それは明らかだった。
しかし疑問なのは、やはり。
「普段、ここでの仕事を放棄している貴方達が、なぜ今回に限って動いているのです?」
ここら一帯を担当する警邏隊は、スラムの外側を仕事場としており、内側はノータッチの姿勢を貫いていた。
にもかかわらず、なにゆえ彼等は、この場に立っているのか。
しかし、そのような疑問に対して、誰もが口を噤んだまま。
「これよりッ! 容疑者を連行するッ!」
問答無用ってわけか。
やろうと思えば、全員を蹴散らすこともできるわけだけど……
ここはあえて、捕まってやろう。
どうにも作為の匂いがする。
俺が死体を発見したその瞬間に、普段、決して姿を見せない警邏隊が飛び付いてきた。
こんなもん、偶然であるわけがない。
裏で誰が糸を引いているのか。
それは、スラムだけでなく国内全域に広がりつつある薬物、女神の涙に関連しているのか。
様々な疑問を張らすべく。
俺は黙したまま、連行されるのだった――
~~~~あとがき~~~~
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暗殺稼業の悪役貴族(ラスボス)に転生した俺、「状態異常スキル」を応用して「回復魔法使い」を装う ~人殺しではなく人助けをしまくった結果、「聖者」になった。ついでに「陰の実力者」にもなった~ 下等妙人 @katou555
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