閑話 王冠を戴く者


 時代にもよりけりだが……

 少なくとも今。

 セラスティア王国において、国王の権限は絶対的なものだった。


 それは王冠の威光によるものではない。

 今代の王たるジョゼフの能力によるものである。


 彼が歩けば自然と誰もが跪き、頭を垂れるものだが、しかし。

 唯一、かの公爵家、ファントムヴェインだけは。

 国王を屋敷へ迎える際に――ある種の狼藉を、働くのだ。



「ジョーちゃあああああああああああああああああんっ! おっひさぁああああああああああああああああああああっ!」



 屋敷の門扉前。

 馬車から降りて早々、抱きついてきたに対して、ジョゼフは苦笑を浮かべながら、


「相も変わらずだな、そなたは」


 国王、ジョゼフ・セラスティア。

 暗殺貴族、ライゼル・ファントムヴェイン。

 二人は幼馴染みの関係にあり、その付き合いはもう四〇年近くに及ぶ。


「あはははははははは! おヒゲふっさふさぁあああああああああああああっ!」


「ふっ。そなたぐらいだよ。余にこのような狼藉を働けるのは」


 国王のヒゲを弄ぶライゼル。

 側近達にとっては既に見慣れたもので、誰もが反応を示さない。


「さぁさぁ、上がって上がって!」


「うむ」


 門扉を抜け、屋敷の敷地へと入った、その瞬間には。

 ライゼルとジョセフが纏う空気が一変した。

 門の向こう側では、親友でいられる。

 だがその先に進んでしまえば、もう。

 両者は互いに、裏と表、それぞれの王冠を戴く者として、接することになる。


「事前に述べておく。今回の話はそなたにとって、甚だ不愉快な内容だ」


「うん。なんとなくだけど、そんな予感はしてた」


 屋敷へ入り、客間へ足を運ぶ。

 そこには既に、家族達が勢揃いした状態となっていて。


「ようこそ陛下」


「今回の一件、オレ等も話を聞かせてもらうが」


「かまわないわよねぇ~ん?」


「ダメっていっても聞くけどね盗み聞きする方法なんて軽く一〇個以上あるし」


 ジョゼフは彼等の意向を受け入れたが、しかし。


「ふむ。一人、足りておらぬようだが?」


「あ~、ゼノスちゃんはね、ちょっと特殊な立場でさ。今はそもそも、ファントムヴェインの一員じゃないの」


「そう、か。……彼がこの場に居なかったのは、ある意味、幸運とみるべきだろうな」


 そう呟いてから、王はソファーへと腰を下ろし、


「単刀直入に言おう。例の件について、やはり余の意見は変わらぬ」


 瞬間。

 ライゼルの総身から圧力が放たれたことによって。

 ジョゼフ以外の全員が、冷や汗を流した。


「……あれだけ言っても、無駄だったみたいだね?」


「左様。そなたの言い分も理解は出来る。だがやはり……ある程度のリスクであれば、背負うべきだという結論には変わりがない」


 おそらくは、国中を探してもこの国王のみであろう。

 ライゼルが本気で圧を掛けても、微動だにしないような人間は。


 さりとて、それは王の戦力を証すものではない。

 国王ジョゼフは、誰よりも強い覚悟と決心を以て、政治に臨んでいる。


 ゆえにこそ。

 歴代最強の暗殺者を前にしても、怯むことはない。


「……何度も言ったけれど、最後にもう一度だけ、言わせてもらう。はもう十分に完成形と呼べる代物だ。現時点の状態で満足すべきだし……そもそもの話、はどうにも危うい。早急に摘むべきだと、ボクはそう思ってる」


「後者に関しては、余も同意見だ。しかしながら、前者には異議がある」


 鋭い眼差しを送りながらも、ライゼルは無言を貫いた。

 そんな彼に対し、ジョゼフは泰然自若としたまま、次の言葉を紡ぐ。


「確かに犠牲は出るだろう。だが屍を積み上げた先には、莫大な国益が待っている。よしんばそうでなかったとしても、リスクは低い。合理的に考えたなら、これを拒む道理など、どこにもありはせぬ」


 ジョセフはライゼルの目を真っ直ぐに見据えながら、言葉を積み重ねていく。


「そなたが本件に反対の姿勢を取っているのは……末子たる、ゼノスへの配慮であろう?」


「…………」


「そなたがいかに家族を愛しているのか。それは余とて重々理解しておる。だが……」


 ジョゼフは、対面に座るライゼルを、真っ向から睨み返しながら。


「我々は、誓いを立てたはずだ。国家に忠を尽くす、と。そのためならば、いかなる犠牲も厭わぬ、と。……そなたはこの場にて、それを破るのか?」


 刹那、ライゼルの総身から放たれる圧力が、何倍にも増幅し……


 殺意すら、宿り始めた。


 そんな父を目にして、長兄ゼアルは思う。


(ことがことなだけに、僕らも参席したわけだけど……)


(最悪、父さんを家族全員で止めるハメになる、かな)


 穏やかな会談になるとは、家族全員が思ってはいなかった。

 しかしまさか、父がこれほどの憤慨を見せるとは。


 長兄は家族一堂に目配せをする。

 もしもライゼルが怪しい動きを見せたなら、容赦する必要はない、と。

 自分達が全力を出しても、彼を止められるか否か、判然とはしないのだから。


 それからしばし。

 痛々しい沈黙が、続いた末に。


「…………誓いを破るつもりは、ない」


 拳を握り締めながら、父が口を開く。


「君が正しいよ、ジョゼフ。ボクは家族を優先しすぎていた」


 納得はしていない。

 望んだ結果では、断じてない。


 だがそれでも。

 王冠を戴く者の一人として、ライゼルは決断を下した。



「例の品が完成するまで、誰にも邪魔はさせない。たとえそれが――愛する家族であっても」






 ~~~~あとがき~~~~


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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