第三五話 一難去って、また一難


 魔王はいかにして、他者の肉体を乗っ取るのか?


 もしもその答えが「ファンタジーだから理屈なんてない」というものだった場合、その時点でこちらの敗北が確定する。


 しかしながら。

 俺は父の助言を経て、一つの可能性に行き着いた。


 魂とは、人格や記憶などの情報を宿す、ある種の生命体であり……

 それが他者の体へ入り込むことにより、情報を上書きする。


 ここで問題になるのが、上書きの方法だ。


 その真実がファンタジー色の強い内容だった場合、これまた敗北が確定する。

 たとえば魔王の魂がリスティーのそれを覆い、徐々に蝕む……的な。


 正直言って、そっちのほうが可能性は高いと考えてはいた。


 なんせここ、ファンタジー世界だし。

 科学的な理屈よりもファンタジーの文脈で全てが構成されているのが自然といえよう。


 だがそれを受け入れたなら、そもそも打つ手がないので……

 俺は一縷の望みに賭けた。


 具体的には。


「お前が他者を乗っ取るときの理屈。それは……脳への干渉じゃないかと、俺はそう考えた」


 身動きが取れぬまま、ただ呆然とした状態の魔王へ、さらに言葉を送る。


「魂という情報生命として体内へ入り込み……人格や記憶を司る脳の部位、前頭葉と側頭葉を変異させることで、肉体を完全に我が物とする。科学的な見地で言えば、肉体を乗っ取る理屈は、それ以外になかった」


 脳の形状というのは個々人によって僅かな違いがある。

 ほんの一ミリ、あるいはそれ以下の差異であっても、人格には大きく変化するものだ。


 これを利用した技術として……悪名高きロボトミー手術が挙げられる。

 俺がやっているのはある意味、それと同じ内容だった。


「以前、マフィア連中にリスティーが傷付けられたとき……俺は彼女の全身をスキャンした。外だけでなく、内側にも被害が及んでいるかもと危惧したからだ」


 そのとき、一応、脳の状態もスキャンしたわけだが……

 ゼノスの頭脳は実に優秀である。

 元々の俺はちょっと記憶力がいいという程度の人間だったのだけど、ゼノスの脳は瞬間記憶能力でも持ってんのかってレベルで、記憶力が高い。


 ゆえに。

 今のリスティーの脳と、以前までのそれを、正確に比較することが出来た。

 その結果。


「本当に微妙な違いだけど……前頭葉の形状が、僅かに変わっていた」


 それを確認したなら、あとはもう、やるべきことは一つ。

 リスティーの脳を再構築し、元通りに戻す。

 しかしてそれは一ミクロン単位の作業であるため……

 だからこそ俺は、分身を用いることが出来なかった。

 分身を介してスキルを発動した場合、コントロール力が著しく低下するからな。

 そこに加えて。


「戦闘行動に意識を割くことも難しい。だから自己回復も出来ないまま、一方的に攻撃を浴びるしかなかった」


 なんせ脳の再構築ってのはとてつもなくリスキーな仕事だ。

 ほんの少しでもミスれば、どんな悪影響が出るやらわかったもんじゃない。

 ……しかしながら。

 ここまで来たら、後はもう。


「リスティーを返してもらうぞ、魔王・ベルファスト」


 果たして。

 魔王は頭を抱えたまま。


「こん、な……馬鹿な……余が、このような……」


 魔王討伐といえば。

 やっぱりド派手な戦闘とかをイメージするよな。

 でも、俺の戦いはそういものじゃない。

 何せこちとら、暗殺者なもんで。


「く、そぉ……!」


 あまりにも地味。

 あまりにも突然。

 そして、あまりにも……アッサリと。


 魔王の人格は、この世界から、消失した。


 となれば、今。

 彼女の体に残っているのは。


「――ゼノス、様っ!」


 大粒の涙を流しながら。

 俺の家族が。

 リスティーが。

 こちらへと、駆け寄ってきて。


「無茶、しすぎですにゃ……!」


「ごめん。でも、改める気には、なれないな」


 抱擁を交わす。


 ……あぁ、本物のリスティーだ。

 魔王が猿芝居を打ってるとか、そういうものじゃない。


 俺は安堵の情と、強い達成感とを噛み締めながら。

 彼女へ、次の言葉を送った。


「おかえり、リスティー」


 これに対して、彼女は俺の頭を優しく撫でながら、



「――ただいま、ですにゃ、ゼノス様」



   ◇◆◇



 元来、魔王・ベルファストは本編の第二章にて討たれる存在だ。

 それをこの時点で消滅させた結果、シナリオにどのような影響が及ぶのかは、正直わからない。


 まぁなんにせよ。

 俺がすべきことに変わりはない。


 スラムにて、本日も治療院を開き……


「あ~、この症状は確か」


「ウイルス性のいちょ~えんだよ、兄ちゃん!」


「ウス。お薬出しとくっス」


 三人の子供達と、


「ちょっと最近、急がし過ぎるにゃ~。猫の手も借りたいとは、このことにゃね~」


 母であり、姉でもある、猫耳銀髪メイド。


 皆と共に、精いっぱい生きる。

 それを害する者が居たなら、さっさと潰す。


 ……出来ればそんな奴が現れないことを祈りたいもんだけど。


 しかし。

 どうやら。


「お邪魔するわよ、ゼノス」


「お疲れさまです、先生」


 営業終了と同時に。

 ラヴィアとゲルトが、やって来て。


「……どうやら、穏やかな世間話をしに来たというわけでは、なさそうですね」


 二人の顔はどこか強張っていて。

 何か問題が起きたのだと、その表情が明確に物語っている。


「えぇ。ただ……今のところは注意段階って感じ、なのよね」


「注意段階、ですか。……具体的には、どのような?」


 問うてからすぐ、ゲルトがズボンのポケットから、小さな瓶を取り出した。


「こん中に入ってんのは……麻薬の一種でさぁ」


「言わずもがなだけど、あたし等が流してるモンじゃないわよ? ウチはクスリの扱いを御法度にしてるからね」


 ということは、つまり。


「どこぞの誰かが、スラムに麻薬を流している、と?」


「うん。ただ、正確にいえば……この麻薬、はスラムだけじゃなくて、国内全体に回りつつある」


 なんとも大きな話ではあるけれど……


「出本がわからない限り、に頼るということも、難しいでしょうね」


「えぇ。だから今は、注意喚起の段階なのよ。近いうちに間違いなく、ヤク中のクズ共が暴れ始めるだろうから。あんた達も気を付けなさい」


 どうやら女神の涙とやらは、かなり強めのアッパー系薬物、らしいな。


「えぇ。肝に銘じておきましょう」


「うん。じゃあ、あたし等はここで」


「失礼しやす、先生」


 とまぁ、この段階においては特に、どうとも思うことはなかった。


 何せ麻薬なんてどこにでもあるモンだし。


 ちょっとした火種にはなるかもだけど、別に大した問題じゃないだろうと、そんなふうに捉えていた。



 ――しかし。



 このときの俺には、知る由もない。

 女神の涙という薬物を巡って、近い将来。



 ――俺は、人生最大の試練を、迎えるのだ。






 ~~~~あとがき~~~~


 これにて第一部完結となります!


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 どうかどうか、よろしくお願い致します!


 第二部の執筆に対する強いモチベーションとなりますので、

 なにとぞ!

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