第三四話 魔王との戦い
以前、魔王・ベルファストはこう言った。
今の自分であれば、《オール・エラー》の範囲内に収まっているがゆえに……殺すことは容易だと。
だがきっと、奴は内心にてほくそ笑んでいたに違いない。
もしも俺が、リスティーという個人ではなく、世界全体を取ったとしても。
自分を殺しきることなど、絶対に不可能である、と。
奴は、そう確信しているのだ。
それも当然のことだろう。
父・ライゼルが数十回に渡って殺してもなお、魔王は健在だった。
ゆえにどう殺したとて、奴を消し去るということは出来ないのだろう。
父は間違いなく、当代最強の暗殺者だ。
それが殺せないとなると……
単純な殺し方では、どうにも出来ないとみて、間違いない。
だからこそ。
俺は、俺にしか出来ないやり方で、魔王を消し去るのだ。
そのために今。
俺は分身ではなく、俺自身の体で以て、魔王と対峙している。
「ふむ。体に魂が宿っているところからして……貴様は分身ではなく、本体のようだな」
真実を見抜いた魔王は、そこに込められたこちらの意思をも、読み取ったらしい。
「なるほど、乾坤一擲の覚悟というやつか。この勝負に敗れたのなら……明日を迎えるつもりはない、と」
そうだ。
俺はリスティーを連れて帰る。
だが、それが叶わないというのなら。
残念だが、今回の人生は、ここまでとする。
「フッ、見上げたものだな、小僧。しかしながら……それゆえに、愚かだ」
黒き炎が虚空へと浮かび上がる。
無数のそれを背景にしながら、魔王は口元に嘲弄を浮かべ、
「くだらぬ情に流されたことで……貴様の生は、この場にて尽きるだろう」
悠然とした調子で言葉を紡いだ、次の瞬間。
魔王による攻勢が開始する。
「ッ……!」
闇の炎が次々に殺到し、こちらの身を灼かんとするが、俺はその全てを紙一重で躱し……スキルを発動する。
だがその動作は、きっと魔王には認識出来ないものだったろう。
第三者の目からしても、それは同じことだ。
客観的な視点に立ってみれば。
今の俺は、必死こいて黒炎を回避しているだけに見える。
しかしながら。
俺は確実に、魔王を消し去るための手段を、実行し続けていた。
……そうだからこそ。
「ぐッ……!」
我が身を守るということが、極めて難しい。
黒炎を躱すというだけなら問題はないのだけど、そこから先が厄介だ。
魔王は黒炎を魔物へ変化させ、操ることが出来る。
以前、セリーナにそうしたように、炎を鳥型の魔物に変えての不意打ち。
今のところ致命傷は避けているが……それも、魔王の気分次第。
もしも奴がいきなり本気を出し始めたなら、その時点で終わりとなるのだが。
「どうしたどうした。避けるだけでは勝てぬぞ?」
嘲笑う魔王の態度に、俺は安堵の情を抱く。
よかった。
奴は完全に、調子ぶっこいている。
このぶんなら、しばらくはこちらを嬲って楽しむだろう。
そして、何より安堵したのは……
奴が、こちらの攻撃に、気付いていないことだった。
「くッ……!」
飛翔する鳥型の魔物が、鋭い嘴で以て、腕の肉を斬り裂いてくる。
回復自体は容易だ。
しかし、あえて実行しない。
それが出来るだけの、余裕がないのだ。
ゆえに俺は秒を刻むごとに、瀕死へと追い込まれていき……
「ふぅむ。どうにも、つまらん」
オモチャに飽きた子供のように、魔王がボソリと呟いた。
「貴様はダメだな、小僧。奴の息子とは思えぬほど、退屈だ」
次の瞬間。
虚空に浮かぶ黒炎の数が、何倍にも膨れ上がった。
「我が野望成就の前座としては、物足りぬが……まぁ、よい」
そして、こちらを指差しながら、奴は。
「死――――」
言葉を紡ぐ、最中。
その表情が、一変する。
「なん、だ……?」
違和感。
きっと奴の中には、あまりにも強烈なそれが、渦巻いていることだろう。
しかし、その所以については、まったく思い至っていないはずだ。
「ぬ、う……!?」
頭を抱え出す魔王。
その直後。
虚空に浮かび上がっていた黒炎が全て、消滅した。
「なん、だ……!? なにが、起きて……!」
奴の自己意思によるものではない。
それは、おそらく。
リスティーの、自己意思によるものだろう。
「ハッ! どうやら、こっちの予想が、的中したみたいだな……!」
勝利を確信したこちらへ、魔王は焦燥を浮かべながら、口を開く。
「貴様ッ……! 余に何をしたぁッ!?」
その問いに俺は、笑みを浮かべながら、
「何をしたってのは、言い方が少し違うな。正確には……まだ、実行中だ」
理解不能といった顔の魔王へ、俺は次の言葉を送る。
それは現状の真実であると同時に。
奴に対する、死刑宣告だった。
「俺は今――リスティーの脳を弄って、お前の人格だけを、消し去ってんだよ」
~~~~あとがき~~~~
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