閑話 彼女の想い
自らの帝国を、世界に名だたる覇権国家へと押し上げる。
それこそが、ベルファスト・ゾディアックの野望であった。
一代では不可能な事業。
さりとて、彼はスキルを用いることにより数百年の時を過ごし……
今まさに、念願の時を迎えようとしている。
「初めてこれを見た時の衝撃は、未だに忘れがたい」
娘の肉体を乗っ取りながら、彼は呟く。
城の地下。
広大な洞穴の只中にて。
ベルファストが目にしているのは――
「古代より紡がれし、我が血族の悲願。それを証するのが、この巨人よ。……リスティー、お前にも享受させてやろう。世界を手中に収める悦びをな」
肉体を乗っ取られた娘は、しかし、その人格を消失させてはいなかった。
それは別に、かの少年へ宣言した余興を重視しているから、ではない。
その必要がないほど……
リスティーが有する魂の力が、強いからだ。
「余は、ただ生き存えるために、子孫の肉体へ宿ってきたわけではない。そこにはもう一つ、明確な目的があった」
彼とその血族の野心を成就させるには、巨人の起動が必須条件となる。
されど、この巨人を眠りから覚ますことが出来るのは、古代人のみ。
ベルファストとその一族は、間違いなく古代の血を引いてはいるのだが……
濃度が、足りていなかった。
ゆえに誰もが起動出来ぬまま、城の地下に長年放置されていたわけだが。
「余の能力を以てすれば、血を濃くすることは出来ずとも、存在そのものを古代人に近づけることは出来る。ゆえに余は、子孫の体を奪うだけでなく……その魂を食らいながら、今日まで存えてきた」
肉体に宿る魂。
子孫のそれを自らのそれと同化させることにより、ベルファストは古代人へと近付くことが可能だった。
その作業はおよそ一〇年以上の時を有する。
ゆえに……
ラタトスク・ファンタジア本編を迎えるまで、ベルファストは鐵の巨人を起動させることは、出来ないはずだった。
しかし今。
シナリオが大きく書き換わり。
ベルファストが次代の肉体として選んだのが、ハルケギアではなく、リスティーへと変化したことによって。
ほんの僅かに彼女の魂を食らうだけで、ベルファストは、巨人の起動が可能となったのだ。
「お前には謝罪せねばならぬな、我が娘よ。余の目が節穴であったばかりに、不当な扱いをしてしまった」
果たして。
父が向けてきた情を、肉体の内側に宿るリスティーの人格は。
忌まわしいものとして、受け止めていた。
(貴方はどこまで行っても、他者を道具としか認識しない)
(……だから、ウチはライゼル様のもとへ、駆け込んだ)
生まれながらに離れへ閉じ込められ、ただ生きることだけを望まれる日々。
不自由はなかった。
いや、そもそも。
自由という概念を知ることもなく、育てられた。
ゆえに自分の生活に疑念を抱くこともなく……
ただ。
苦痛では、あったのだ。
(父様。貴方は一度すら、ウチのもとを尋ねてはくださいませんでしたね)
顔を合わせるのは使用人達だけ。
彼等は皆、淡々と作業をこなすように世話を焼くのみで、こちらになんの情も向けてはこない。
それがいつしか、リスティーに心痛をもたらしていた。
「寂寞の情がお前の心を苛み、ゆえに彼奴めへ救いを求めた、か。……実に、くだらぬ心境であるな」
魔王は徹頭徹尾、自己中心的な男だ。
自らが抱える野望を成就させられれば、それでよい。
その目的意識に取り憑かれた存在であり、そうだからこそ、他の全てを捨てている。
ゆえにベルファストは躊躇いなく、次の言葉をリスティーへ叩き付けた。
「娘よ。仮に余がお前を愛したとして、それがなんになるというのだ? 最終的に肉体を奪い、魂を食らうという結末には何も変わりがない。結局のところ、余とお前の関係は、畜産を営む者と、家畜の関係に過ぎぬ」
リスティーからしてみれば、この言葉は特に、想定外でもなんでもない。
父ならそう言うのだろうと、そんなふうにしか思わなかった。
そのような父だからこそ。
リスティーは、彼のもとを離れたのだ。
そうして得られたものは、彼女にとって。
黄金よりもなお眩しい、宝物のような人生だった。
(ゼノス様……)
ライゼルに連れられ、屋敷へと入り、それから。
まだ赤子だった彼の世話を任されたときは、正直、倦怠感を覚えていた。
子守とは常に、されるものであって、するものではなかったからだ。
(当時はまだ、ウチも一〇才そこら)
(心の底から、面倒臭いという想いしか、なかったのだけど)
いつしか。
赤子の笑顔が、愛らしく映るようになって。
成長していく姿を、愛おしく感じるようになって。
だからこそ。
(この子を支えながら、共に生きていきたいと、そう思うようになった)
リスティーにとってのゼノスは、弟のようであり、我が子のようでもある。
そんな彼と過ごす日々は実に穏やかで……
何より、幸福だった。
そうだからこそ、今。
「ふむ。娘の人格に肉体が引っ張られるこの感覚は、どうにも不愉快だな」
リスティーの肉体。
その瞳から、涙が零れ落ちた。
(ゼノス、様……!)
(もっと長く、共に在りたかった……!)
そんな娘の悲哀は、しかし、ベルファストの心に届くはずもなく。
「どうせ涙を流すのであれば……今は、歓喜のそれであるべきだ。一族の念願にして、我が野望が、成就するのだから、な」
どこまでも自己中心的な思考を、娘に押し付けながら。
彼は巨人へと歩み寄る。
「これを呼び起こすのは、あくまでも始まりに過ぎぬ」
巨人はそれ自体が絶大な兵器として運用可能であるが、しかし、その真価は別にあった。
「天空に浮かぶ古代要塞。この巨人さえあれば、かの存在を我が物に出来る」
今は全ての機能を失い、ただ浮かび続けるだけのそれだが……
巨人というアクセス・キーを用いて機能を再起動させたなら。
天空要塞が有する戦力に抗うことが出来るような国家など、どこにも存在しない。
「巨人を目覚めさせるということは即ち、世界を手中に収めるということに等しい。そして今、その瞬間が――――」
くずおれるように眠る鐵の巨人。
その頭部に触れようとした、直前。
ベルファストは第三者の気配を感じ取ったがために、動作を停止させて。
背後を、振り向いた。
「……少々、想定外だな」
果たして、そこに立っていたのは。
(ゼノス、様っ……!)
ストレンジ・セブン、ではない。
装備一式を纏ったゼノス・ファントムヴェイン、その人である。
「どこぞに篭もってしくしくと泣いているのではないかと、そのように考えていたのだが……さて、愚かな小僧よ。貴様はここへ、何をしに来たのかな?」
魔王の問いに、ゼノスは粛然と受け答えた。
「俺はお前を消し去って――――家族を、取り戻す」
~~~~あとがき~~~~
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