第三三話 どうすれば、救えるのか


 全てが唐突に始まり、そして、終わった。


 魔王の軍勢はもうどこにも存在しない。

 丘陵地帯には今、国王軍のみが立っていて、誰もがわけもわからず呆然と口を開いていた。


 そんな中。


「――ゼノス様!」


 真っ白な脳内に、ナターシャの声が響く。

 そちらへ目をやると、まさに彼女本人がイザベラを連れて立っており、


「衝撃的な体験をされたのだと、予想はしております。しかしながら」


「それでもあえて……何があったのか、聞かせてはくれまいか」


 俺は小さく首肯して、言われるがままに事情を話した。


 そこに感慨はない。

 要求に対して脊髄反射で口を動かす。

 ただそれだけの行為に過ぎなかった。


 しかし一方で。

 対面の二人は、しっかりと頭脳を働かせ、


「なるほど。事情は把握いたしました」


「つらかろうな、ゼノス。だが……呆けている場合ではないぞ」


 イザベラがこちらへ近付いて、肩を掴んでくる。


「成すべきことを、成すのだ」


「成すべき、こと」


「あぁ。君には二つの選択肢がある。それは、言わずともわかるだろう?」


 二つの選択肢。

 それはきっと……


 魔王をリスティーごと殺すか、それとも、全てを諦めるか。


 ……いや。

 違う。

 そうじゃない。


「……リスティーを、救いたい」


「あぁ。そうだ。その通りだ、ゼノス」


 しかし……どうやって?


「先ほどのお話から察するに、貴方様のお父上はリスティー様について、何かご存じなのではないでしょうか?」


 ライゼル・ファントムヴェイン。

 確かに今、こちらが取り得る行動は、彼との接触しか、ない。


「わたくしの駿馬をお貸しいたします。ここからなら、二日もあればファントムヴェインのお屋敷に辿りつけるかと」


「……感謝いたします、殿下」


 頭を下げるこちらへ、彼女はどこか悔しげに唇を噛んでから、


「……大丈夫。きっと、希望は見つかりますわ」


 優しく抱き締めてくる。

 そんな彼女に、俺は。


「……ありがとうございます、ナターシャ様」


 反射的な言葉ではなく、明確な意思を込めて、言葉を返す。


 そうしてからナターシャの馬に跨がって、目的地へ。


 ファントムヴェインの屋敷にはちょうど、父・ライゼルが在宅しており、


「ごめん、父さん。数年経つまで、ここには来ないって約束、だったけど」


「ん~ん。いいよ、謝らなくて。……何か、あったんだろ?」


 ライゼルは優しく微笑みながら、こちらの頭を撫でてきた。

 そんな彼へ、全ての事情を話すと、


「……なるほど。過去が今になって、牙を剥いたってワケ、か」


 顎に手を当てながら。

 ライゼルは自らの過去を、語り紡いだ。


「もうかれこれ、一〇年ぐらい前かな。ボクは生まれて初めて、仕事に失敗した」


「父さんが、仕事を……?」


「うん。その相手がね、魔王・ベルファストだったの」


 父は言う。

 魔王が侵攻を開始した当初、王が自分にベルファストの暗殺を依頼してきた、と。


「城に潜入するまでは、なんの問題もなかった。けど……そこからが厄介でね。いつものように不意を撃って殺したんだけど、どうやら彼、一度や二度じゃ死んでくれないみたいでさ」


 父は言う。

 最初は、死ぬまで殺し続けるつもりだった、と。


「けどまぁ~、ぜんっぜん死なないんだよね、これが。だいたい五〇回ぐらい殺したんだけど、まだまだ元気いっぱいって感じでさ。こうなるともう、折れちゃうよね、心が」


 父の心を折った魔王を称えるべきか。

 それとも、魔王を五〇回も殺した父を称えるべきなのか。


「ボクにとっては人生初の挫折で、人生初の屈辱だった。だからまぁ、か~な~り、ムシャクシャしちゃってね。あいつの家からなんか盗んで帰ってやろうって、そう思ったんだ」


 ……そんな軽い気持ちで、お持ち帰りされたのが。


「リスティー……」


「そう。彼女はどうやら、魔王のもとから離れたがってたみたいだからさ。あと、そこ加えて、当時は君が生まれたばかりだったし、専属メイドが欲しいと思ってたんで、ちょうどいいかなって」


 父が語り紡いだのは……ここまでだった。


「申し訳ないんだけどね、ゼノスちゃん。ボクが知りうる魔王と彼女の情報の中には、君達の現状を救うようなものは何もない」


 目の前が、真っ暗になるような感覚を味わう。

 そんな俺に、父・ライゼルは複雑げな様子で、


「……当主として見ると、君の現状は実に都合がいい。合理的に行動したなら、このまま手を差し伸べない方が、いいのだろうけど」


 ここで彼は大きく溜息を吐いて。


「ボクはどこまで行っても、馬鹿な父親で。もっと言えば……リスティーの家族だ」


 それから。

 父は、俺の肩を叩き、


「ねぇゼノスちゃん。ぶっちゃけて言えばさ、ここから話す内容って、希望的観測ですらないのよね。ただまぁ、可能性はゼロじゃないんで、一応話すって感じなんだけどさ」


「……父さん?」


「実に不思議だよねぇ~。魔王ってば、そのとき魂だけの状態だったんだろ? なのになぜ、自己意思を以て話したり、行動出来たりしたんだろう? ていうかそもそも、魂ってなに? ……そこに対する答えがさぁ、もしかしたら、役に立つかもしれないよ?」


 言われてからすぐ、考え込む。


 ……確かに不思議だ。


 魂というものを単なる生命エネルギーと捉えるなら、なぜそこに意思が宿るのか。

 それが乗り移った結果、なぜ、リスティーは体を奪われたのか。


 ……ダメだ。どうにも思考が、纏まらない。


「これは、個人的な考察だけどね? 魂ってのはさ、それ自体がある種の生物なんじゃないかなぁ?」


「魂自体が、生物?」


「そう。本来であれば、魂は体外に出た瞬間、冥府に昇る。でも魔王はスキルを用いて、その運命をねじ曲げてるってワケ」


「…………」


「それでだね。魂がある種の生物だと仮定した場合……あれ? なんか、今回の一件と、似たような事例があったような……?」


 ここまで言われた瞬間、俺はピンと来た。


……!」


「そうそう。ある種の寄生虫は宿主の脳を乗っ取って、自在に動かすっていうよね。……まぁ、今回の一件が、どこまでそれに当てはまるかはわからないけれど」


 その後。

 俺は父と考察を深めていき、そして。


「ありがとう、父さん……! 進むべき道が、見えたよ……!」


「ん~……父としては抱き締めてキスしてあげたいとこなんだけどぉ~……当主としては思っクソ間違えちゃったからなぁ~……」


 複雑げな彼とハグを交わした後。



 俺は王都のスラムへと帰還し、すぐさまラヴィアと接触した。



 そうして彼女に協力を仰いだ結果……


 現在。

 薄暗い地下室にて。


 俺は、後ろ手を縛られ、猿ぐつわを噛ませられた男達を前にしている。


「遠慮するこたぁありやせんぜ、先生」


「こいつら全員、あんたがオーダーした通りのゲス野郎だから。思い切りやんなさい」


 二人に感謝の意を述べた後。

 俺は彼等へ声をかけた。


「命を奪うようなことはいたしませんので、ご安心を。ただ……に、付き合っていただく」


 そうして。

 必要な学びを得るのに、三日を費やした後。

 俺は治療院にて、三人の子供達と、向き合いながら。


「出来ない約束は、するもんじゃない。だから……必ず帰るとは、言えない」


 俺の覚悟が伝わったか。

 セブルスは拳を握り締めて。


「いいや。兄貴は絶対、帰ってくるよ。リスティー姐さんを、連れて」


 サリアはポロポロ涙を流し、


「し、死んじゃったら……ゆ、ゆるさないん、だから……」


 ゴルムは眉間に皺を寄せながら、一礼し、


「祈ることしか出来ねぇ自分が、情けねぇっス」


 スラムで出来た、新しい家族達。

 そんな彼等と最後に抱擁を交わしてから。


 俺は、自身の居場所を、発った。


 目指すは敵国。

 魔王の城。


 そこで、俺は――



 魔王・ベルファストを、この世から消し去るのだ。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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