第三二話 彼女の正体は
リスティー・エリクシールというキャラクターは、ゼノスの人生を左右するほどの存在である。
それ自体は知っていた。
きっとゼノスは彼女を失ったがゆえに、人と家族へ絶望を抱き、心を闇に鎮めていったのだろう。
だが……当時の俺からしてみれば、そうした予想を立てた時点で満足し、ゼノスとリスティーの顛末については確認しようと思わなかった。
さりとて。
ゼノスへ転生した以上、真実を把握しておくべきだと考えたため、今までそれとなく、リスティーに探りを入れてきたのだが……
彼女は常に、はぐらかしてきた。
それが不真面目な態度だったなら強く出ることも出来たのだけど。
そのときの彼女はいつだって、心苦しそうな顔をしていたから。
どうしても、踏み込めないでいた。
しかし、今にして思えば。
彼女の気持ちを、撥ね除けてでも。
真実を知っておけばよかったと、そう考えている。
「余からすれば……息子こそが、次の器であった」
眼前にて。
リスティーの姿をした別人が。
魔王・ベルファストが。
口端を吊り上げながら、言葉を紡ぎ出した。
「娘は所詮、スペアでしかなく……ゆえにこそ、連れ去れたことについて、特別な感慨など湧くこともなかった。むしろ、余を暗殺しかけた実力者を傍で監視出来るのだから、連れ去られたことは利益となる、と。余はそう考えていたのだ」
次々に繰り出されてくる情報。
しかし俺は、それらを処理しきれなかった。
そんなこちらを見下すように笑いながら、魔王は滔々と言葉を積み重ねていく。
「契機となったのは、我が息子、ハルケギアの死だ。よもや奴めが討たれるとは思わなんだ。過度な残虐趣味に目を瞑れば、特別な欠点などは皆無であったからな。それを討った存在については、すぐに思い至ったよ。奴の血族だと、な」
それから魔王は自らの目を指差しながら、
「余は常々、血縁者の視界と聴覚を把握している。即ち、息子と娘、それぞれが見聞きしている情報の全てが、余の中に入り込んでくるというわけだ」
あぁ、そうか。
奴は。
俺がハルケギアを、間接的に討った、その瞬間から。
ここに繋がるまでの道筋を、形成していたのだ。
「つい先日、余の肉体が崩御を迎えた。本来であれば、その瞬間、ハルケギアの肉体に移るはずだったのだが……つまらぬ最期を迎えたがために、余は代わりの器を用意せねばならなくなった。此度の一戦は、そのために起こしたものだ」
全ては、俺達をここへ、誘い込むための罠。
「フッ……そう気を落とすことはない。余は血縁者を遠隔で操ることも出来る。ゆえに貴様がどう足掻こうとも、このようになることは確定していたのだ」
真実の全てを滔々と語り尽くした魔王。
そんな奴の心境は、やはり。
「先刻も述べたことだが……再び、感謝の言葉をくれてやろう。愚かな小僧よ、貴様のおかげで我が野望が実現へと至る。まっこと、頭が下がる思いだ」
魔王・ベルファスト。
奴の野望は、知り得ている。
だがそのためには、今から十数年の時を必要するはず、だが。
「生まれて初のことだ。余の目算が外れたのはな」
両掌を見つめながら、魔王は笑みを深めた。
「居ても居なくても変わらぬ、スペア・ボディー。余にとっての娘はまさにそれであったが……よもや、その魂にこれほど濃密な力を蓄えていたとは」
なるほど。
語る必要のないことをベラベラ喋るわけだ。
魔王は十数年かかるはずの野望成就を、すぐさまにでも成せると、そう考えている。
もし、それが真実であるならば。
きっとこの世界は、奴の手に落ちるだろう。
――しかし。
俺は、そんな魔王を。
「くくっ。貴様はずいぶんと、素直な男だな。心理が顔に出ておるぞ?」
「ッ……!」
「なるほど。今の余は肉体を得ているがゆえに、貴様の能力の範囲内に入っておる。やろうと思えばこの瞬間にも、命を奪えようなぁ? しかしながら――」
出来ない。
それをしたなら。
リスティーもまた、死んでしまうのだから。
「くくっ……! よかろう。哀れな小僧よ。ここで縊り殺すようなことはすまい」
言うや否や。
魔王は虚空へと浮き上がり、
「貴様には特等席をくれてやろう。愛する女の姿をした別人が、世界を思うがままにする。そんな喜劇の、目撃者となるがいい」
奴からすれば、この場に居合わせた者は総じて、どうでもいい存在だったのだろう。
今はそんなことよりも、やるべき仕事がある。
きっとそんなふうに考えたがゆえに。
「では、さらばだ」
凄まじい速度で飛翔し。
魔王は。
リスティーの肉体と精神を連れて。
いずこかへと、去って行った。
「…………」
静寂が広がる。
皆、わけもわからず、固まることしか出来なかった。
俺も、そうだ。
「……どうすれば、いい?」
魔王を討たねば、近いうちに、世界が奴の手に落ちる。
だが魔王を討てば、リスティーが死ぬ。
目前の現実に、俺は――
――目を覆うことしか、出来なかった。
~~~~あとがき~~~~
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