最終話  俺達のセックスしないと出られない部屋の使い方は間違っている

「代表理事。こちらが第2四半期の総合評価になります」

「ありがと優月。うん。順調に出生率と、それに合わせて援助団体の設立も伸びてるね」


 無機質な部屋の中で、俺は優月から飛ばされてきた仮想ウインドウをスクロールして、業績報告を確認する。


「お~い、また財団の代表理事と秘書になってんぞ、一心、優月っち」


「おっと、いけないな。とうに代表理事職は引退したっていうのに」

「あら、私もつい秘書をやってた時のくせで」


 無意識で口をついて出た呼称に、同時に驚き、同時に俺と優月は笑い合う。


「ったく、最後の最後まで仕事仕事かよ。まぁ、60年以上も二人三脚で代表理事と秘書でやってきたから仕方ねぇか」


 カカカッと珠里が笑う。


「珠里は元気だよな。その歳でまだ、ちゃんと足腰シャンとして歩いてるんだし」

「ま、今でも道場には顔を出してるからな」


「本当よね。私なんて腰と膝が痛いったらないわ」

「この中で一番の年増ですもんね~、福原先輩は」


「優月さん……なんで未だに、私の事を旧姓呼びしてくるの? もう60年間も同じこと言い続けて、こっちは飽き飽きしてるんだけど?」

「別に~。私にとっては、いつまでも福原先輩は先輩ですから。」


 この2人のやり取りも、高校時代からもう何度見たか分からない。


「60年間経ってもまだ、私が現実世界で最初にイッ君と結ばれたのが気に食わないんだ?」

「あれは、福原先輩だけ処女だったから、せめてもの温情で譲ってあげただけです~」


 そして、絶対にこのマウント合戦が始まる。


 すでに、おじいちゃん、おばあちゃんになったのに、どっちが先に処女捨てたマウントをするのは勘弁してほしい。


「まったく……今日は、私たちだけの場で良かったぜ。おばあちゃんの生々しい痴話喧嘩を子供や孫たちに聞かせることになるからな。ほらやめろ。歳なんだから、興奮しすぎると先に逝っちまうぞ」


 ヤレヤレと珠里があきれたように、言い合う2人の間に入るのも、いつものことだ。


「そういえば、珠里って最初のうちは優月と琥珀のバトルの時には、俺と一緒に震えてたよね」


「どんな昔の話だよそれ。さすがに共同生活をしてる中で、四六時中こんな調子なら、嫌でも慣れたぜ」

「ふふっ、そうだったね。楽しかったな……皆で暮らした生活」


 遠い目をしながら呟く俺も、年を取った。


 つい最近の記憶は朧気なのに、昔の事はついこの間のように思い出せるのは、じじいになっちまった故か。


「最初は6人で暮らしてたのに、次々子供が生まれるもんだから、あっという間に賑やかになったな」


「一番最初に懐妊したのが白玉さんだったのが、私は未だに府に落ちないんだけど……。エッチするのは苦手ですみたいな顔してたくせに、この子は本当に隙をついて美味しい所をちゃっかりもって行くんだから」


「そ、その頃はまだ子供は授かり物だった時代だから仕方ないだろ」


 ジト目でにらむ優月に、珠里がまたその話かとウンザリしながら追及を躱す。


「そうだったね。翠があの部屋のテクノロジーを解析して、この世から不妊が根絶されたのは、第一子が生まれて数年後だったね」


「ついでに同性同士での妊娠出産や近親同士の交配問題解消の技術も確立させたし、当時は、奇跡で神がかった技術だって世間は大騒ぎだったよな」


 実際、神がかったという部分は当たりだったので、当時はヒヤヒヤしたものだ。


「遅れてごめん、お兄ちゃん」

「一心君こんにちは」


 感慨にふけっていると、瑠璃と翠が入ってきた。


「お、世界の歌姫と、ノーベル賞複数受賞の天才科学者様だ」

「忙しい2人だから間に合わないかと思ったぜ」


「平気平気。ちょっと、大事なスポンサー様との会食をぶっちぎっただけだから」


 笑いながら瑠璃が答える。


「それ大丈夫じゃないんじゃないか……今泉社長がまた胃を痛めそう」

「あの子の家系は代々胃痛もちなだけでしょ」


 瑠璃があの子と呼ぶのは、先代の今泉社長の息子さんで、二代目の芸能事務所サンノーブル社長のことだ。


 胃痛は遺伝ではなく、父と息子の二代続けて所属タレントの瑠璃に振り回されているストレスのせいな気がする。


「私も、ストックホルムでノーベル平和賞の授賞式があるけど欠席しました」

「ええ!? それは、流石に出席した方がいいんじゃ」


「4回目の受賞なので、もう飽きました」


 翠は、医学・生理学、化学、物理学の賞を受賞した偉大な科学者となっていた。


「ついに無限空間操作の基礎理論が確立したからな。おかげで資源や領土問題はクリアされて、世界的に平和になった。そりゃ、物理学と平和賞のダブル受賞になるわな」


「セックスしないと出られない部屋の技術で、あれが一番実現困難でしたから、60年もかかってしまいました。でも間に合って良かったです」

「ああ……俺のわがままを叶えてくれてありがとう、翠。おいで……」


 トテトテと、俺が横たわるベッド横に嬉しそうに近づいてきた翠の頭を撫でてやる。


「エヘヘッ。どんな賞金や名誉の勲章なんかよりも、こうして一心君になでなでしてもらえるのが一番嬉しいです」


 目を細めて、翠が気持ちよさそうに笑うのを、俺も同じように微笑みながら見つめる。


「お兄ちゃん……私も、財団の広告塔として、老体に鞭打って全国ツアーとかして頑張ってるんだけど」


「そうだな、瑠璃もおいで」


「エヘヘッ」


 逆のベッドサイドに来た瑠璃の頭を撫でると、のどをゴロゴロと鳴らす猫のように幸せそうな顔をする。


「歴史に残る大科学者と歌姫が、トロけた顔しちゃって」

「まぁ、ここは関係者しか入れない所だしいいんじゃねぇの」



『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』



「このアナウンスも随分と久しぶりに聞いたぜ」

「もうこの部屋の解析は終わりましたから、訪れることも少なくなってましたね」


 感慨深げに皆が部屋の中を一瞥する。


「そうだね。この部屋に来た頃のことは、今でもよく憶えてるよ」

「一心ったら、最初は記憶消されてて憶えてなかったくせに」


「それは、しょうがないだろ!」


 ドッと、俺以外の一同が笑う。

 笑い声が、俺の横たわるベッド以外は何もない部屋の中を反響し、消え入る。



「ああ……そろそろみたいだ」



 目の前に映る仮想ウインドウに表示された、自分のバイタルの数値を見ながら、つぶやく。

 すでに腕を上げてウインドウを自分で操作する力も残っていない。


「そっか……いよいよなんだね」

「ぐずっ……」


 動かなくなった手に、瑠璃と翠が頬ずりする。滴る涙が俺の手を濡らすのをわずかに感じる。


「もうっ、ほら! 笑って見送ってねっていうのが、一心の願いでしょ? みんな」

「それにしても、なんで最期のお別れの場所が、よりによってセックスしないと出られない部屋なんだよ」


 優月がわざとらしく元気に振舞い、珠里もそれに乗っかって悪態をつくが、カラ元気なのは見え見えだった。それにこの場にいる誰もが気づきながらも、俺もその気遣いに乗っからせてもらう。


「ここは……大事な場所だから……最後の最期まで、俺から取り上げられなかったのを見届けたい」


「……そっか」

「私たちがおじいちゃん、おばあちゃんになっても人類は滅亡しなかった。私たち、ちゃんと、あの神様たちの宿題を達成したんだよ」


「ああ……俺一人じゃ無理だった……皆のおかげだ」


 泣き笑いで俺に語り掛けてくる声が、だんだんと遠のいていく。


「この部屋の力を使って、財団を率いて技術も医術も制度も社会を影から発展させて、そして最終的にはこの部屋の力が無くても、その先まで人類は続いていく」


「ああ。俺達のセックスしないと出られない部屋の使い方は間違ってる……けど、俺達は正しいことをした……」


 この部屋の力を授かって60年あまり。

 それだけは、胸を張って自信をもって言える。


「忘れない……絶対に忘れないよイッ君」


「うう……お兄ちゃ……また、お別れするの嫌だ……やっぱりこの部屋の蘇生機能を使って……」

「その機能だけは無効なんです。そう、一心君自身が封印設定したから……」


 皆が泣きじゃくっているのだろうが、よく聴こえないし、すでに視界には霞がかかって何も見えない。


 いよいよ最期の時が迫ってきているが、この部屋が無くても人類は繋がっていけることを見届けられて、もう悔いは無かった。


 後は、俺も、この部屋と一緒に消える。それが、俺の描いたエンディングだ。



「じゃあな……ちょっと、天界で新人神様として働いてくるわ……」



 そう言い残すと、眠りにつくように意識が遠のいていく。




「一心、私たち!」




『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』



 優月たちの声に被さるように、セッ部屋さんのアナウンスが響く。

 最後の最期まで、セッ部屋さんだなと苦笑いしながら、俺の意識は天へ召された。




◇◇◇◆◇◇◇




「は~い。一心君、いらっしゃいなのですぅ!」


「あ~、やっぱり出迎えはお前かアヤメ。60年以上ぶりか」


 眠るように永眠した後に、再び視界が拓けると、目の前にはウザい女神様がニヤニヤしながら立っていた。


 流石に神様らしく、かつての姿から一つも歳をとっていないように見える。


「ああん? これからは新米神様なんだから、アヤメ先輩と呼ぶですぅ!」

「はいはい」


 ゴッドオブゴッドに、死後は神様に内々定だと言われてから、結局最期の瞬間まで、アヤメたちは俺たちの前に姿を現すことは無かった。


「って、この背格好は、俺が高校生の時の頃のか!?」

「そうですぅ。萎びたお爺さんじゃ忍びねぇですからねぇ」


 妙に身体が軽いし、腰も肩も痛くないと思ったら、俺の身体は高校生の頃に戻っていた。


 なぜ、高校生の身体だと即解ったのかというと、服装が高校の制服だったからである。


 普通、神様になったなら神様っぽい格好をするんじゃないのか?

 いや、別にアヤメみたいな天女の羽衣をまといたいわけではないのだが。


「ま、その格好の方が、ぶっちゃけ我々も見慣れてるからね」


「って、うお!? ゴッドオブゴッド!」


 急に現れたカヤノ様に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「やぁ、しばらくぶりだね一心君。お変わりなくで」


 お変わりなくって……そりゃ、あんた等がこの年代の俺の姿を指定したからだろ。


「はぁ、どうも……。昔の約束通り、天界に就職しに来ましたよ。あの時の内々定はまだ有効ですか?」


「有効だとも。よくぞ、セックスしないと出られない部屋の力を使って、地球人類を繋げてくれた。あらためて、君は神様として正式採用だよ」


 死後に天界くんだりまで来させておいて、お祈りされたらブチ切れる所だったが、別に神様で第2キャリアをスタートすることに積極的である訳でもないんだよなぁ。


「いや~、これで、ようやく私も後輩が出来て、下っ端仕事からオサラバですぅ」


 あと、後輩が入ってきて喜ぶ厄介な先輩の下とか、嫌すぎる……。


 どうやら、神様は新規採用募集も早々な頻度ではやってなさそうだから、当分は俺が一番の下っ端か。


「ああ。それなんだけど、一心君は地上で実質、数十年間神様やってたようなもんだし、実績も十分だから、いきなり新設部門の長を任すから」


「謹んで拝命いたします」


「なんでですぅ!?」


まさかの俺の栄達に取り乱すアヤメを横目に、俺はゴッドオブゴッドからの辞令を受け取りつつ、ほくそ笑む。


残念だったな、アヤメ。


見た目は高校生の頃に戻ってるが、こちとらセッ部屋の力を使った福祉事業に加えて、セッ部屋から得た技術等の知的財産を適正管理し世界に配分する財団を、数十年にわたり運営してきたのだ。


 カヤノ様は、それらの実績をちゃんと見ておられたのですね。


「それで、天界の部門長になると、数人の部下を持つことが出来るんだけど」

「新人の俺がいきなり部下持ちですか……」


 いきなりの栄達スタートは喜ばしいことなのだが、その点については危惧するところだ。


 一応は、人間時代に組織の長として、人員配置については頭を悩ましてきた経験もあるのだが、いきなりの若手大抜擢となると正直反発があるよな……と思わず顔を曇らせる。


「部下の人選はこちらでしといたよ。紹介しよう」

「も、もう!?」


 逡巡させる間もなく、ゴッドオブゴッドが指を鳴らす。


「ど、どうも初めまして。私、新参の若輩者ですが、一応現世ではセックスしないと出られない部屋の心得が……」


 人間時代に培った処世術で、ビシッと礼儀に沿ったお辞儀をする。

新人は兎にも角にも挨拶が大事だ。


「ぶふっ! 高校生の見た目の一心だ」

「そりゃ、私たちもだろ優月っち」

「イッ君若い~」


 ん?

 何だか聞き覚えのある、懐かしい声が……


「ああ……壮年でロマンスグレーのお兄ちゃんもカッコ良かったけど、やっぱり初めて結ばれた時のお兄ちゃん……いい……」


「フフフッ……神に仕える巫女ならば、この10歳の身体でもセーフ……」


下げた頭の上に降り注ぐ声に完全に心当たりがあった俺は、頭を上げた。


「な、なんで……ここに皆が!? って、みんな若い!」


 目の前にいるのは、生前でも時たま思いを馳せた青春の日々の姿の優月達だった。


「そりゃ、みんな死んじゃったからでしょ。私たちだって、いい歳だったし」

「だって、俺が死んですぐに……まさか!」


 俺の死後に皆、後を追って……。


「心配しなくても、逆だよ。巫女たちが全員天界に揃うまで、一心君の転生を止めてたんだよ」


 青ざめていた俺に、すかさずゴッドオブゴッドが俺の不安を払しょくさせてくれて有難いことだ。優月達なら、本気でやりかねないとの想いがあったから。


「これからもずっと一緒だよ一心」

「ああ、よろしく」


 生前に、天界で再就職が決まっていることは皆に伝えていたので、こうなる事は薄々勘付いていた。


 奉職するのは俺一人で十分って言ったんだけど、また私たちを置いていくのかと怒ってくるから、最後は根負けするしかなかっただけだけど。


「それでだね、一心君。いきなり部門長とは言え、新人であることには変わりないので、ここのルールで初期研修は受けてもらう必要があるんだ」


 ひとしきり再会を喜び合ったタイミングで、カヤノ様が話しかけてくる。


「なるほど、天界もお役所ルールなんですね」

「そうなんだよ。で、新人神様の力を見る研修って言ったら、もちろん解ってるよね?」


 普通の新人神様や女神様は知らないんだろうけど、なにせ俺は人間時代から、神々の大好きな余興を知っている。


「ええ。セックスしないと出られない部屋でしょ?」


「そうだよ。でも、経験者の君にただ、セックスしないと出られない部屋の催しをやらせてもつまらないからね。君の場合は、ちょっと難易度を上げることにした」


「そこは、お役所らしく固定難易度にしましょうよ!」


 そういう融通の利かない所が、この場合はお役所のいい所なのに!


「舞台は君たちが亡くなってから100年後の地球だ。地球人類はまたしても滅亡の危機に瀕している」


「え、マジですか?」

「ホント、ホント。いや~、流石に世代が入れ替わって行くにつれて、君たちの高邁な精神も薄れていってしまうんだね。そういう愚かな所が、人間のいい所でもあるんだけどさ。でも、このままだと滅亡まっしぐらだ」


 愉快そうに言うな~、ゴッドオブゴッド。


っていうか、俺たちがあんなに頑張ったのに、たかが100年くらいで滅亡しかかってるの!? 何やってんだよ最近の若いもんは!


 って、つい老害っぽいことを思ってしまった。だって中身は爺だから。



「新人神様に対して、いきなり結構なハードルを課しますね」

「調子乗ってる新人にはちょうどいいですぅ。いい気味ですぅ」


「アヤメ……自分は平の女神のままだからって、泣くなよ」

「泣いてなんかいねぇですぅ!」


 ゴッドオブゴッドの無茶ぶりに苦笑しながらも、何も心配はしていなかった。

 だって、俺には皆がついているから。


「という訳で、チーム一心君たちは、セックスしないと出られない部屋と、選ばれた今いる地球人類の少年少女と共に頑張ってくれ」


「謹んでお受けしますカヤノ様。あ、でも、これだけはご承知おきください」


 そろそろ仕事に取り掛かってくれという感じのゴッドオブゴッドに、これだけは念押ししておかなくてはならないと、俺ははっきりとこちらの意志を伝える。




「俺たちのセックスしないと出られない部屋の使い方は間違ってるので、そこの所はよろしくお願いします」


 そう言い残して、俺たちは100年後の未来にワクワクしながら、下界へ降りて行った。




【終わり】

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俺達のセックスしないと出られない部屋の使い方は間違っている マイヨ @maiyo14

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