ふたこく2
「だって、わたし以外にどうせ惚れるじゃない」
と。
「は?」
意味は分かった。分からなかったのは姉の心情。いや、ごめん嘘。そこは双子。分かっちゃった。通じた。けれど、分かりたくなかったが正解だ。この姉……。
「考えてもみなさい? 惚れっぽい惚れやすい。一目惚れだと言ってきてもいる。実際、わたしはその半沢くんと話したこともなかったのよ? つまり、きれいどころだったら誰でもいいってことでしょう? 重要なのは見た目。ね? そうなのでしょう?」
「そうなのでしょうって云われてもね。うーん、まあ……そうなのでしょうね」
必ずしもそうはならないと思う。が、男子高校生なんてそんなもんだとも聞く。
顔がよければ何でもいいと。あたしだったらいくら顔が良くってもこの姉はちょっとぉ、となるが。
「そう。それはつまり、明日にはわたしでないろくでもない誰かを好きになっているかもしれないということ」
「ろくでもないは知らないけど」
この段階でこの話を持ち出した辺り、そういう噂、或いは――半沢くんが誰かさんに告白している様子――を、知ったのかもしれない。し、事ここに至り、そのしょうもない考えにいきついたのかもしれない。いやでもどうでもよくない? 好きでもない興味のない相手なんて。お姉ちゃんはそうは考えないようだけど。
「だからって気を持たせたの? ひっどー」
特に酷いとは思ってないけどね。相槌のひっどーだ。お姉ちゃんの言い訳、或いは理由を引き出す為の。ここは敢えて余計に貶(とぼ)した方が引き出せるってことをあたしは学んでいる。
狙い通り。お姉ちゃんがぐっと顔を近づけてきた。気持ち、いつもよりその眠そうな目を見開いて。
「だってね? もしそうなったら精神的に寝取られた気分になるじゃない?」
「知らん」
想定よりくだらなかった。
寝る気もない、寝てもいないのに寝取られたも何もない。なんだ精神的に寝取られた気分って。そんな気分あるか。
「いいえ。ネットで見たわ。アレは存外気分が悪くなるわね。ああいうのはわたし嫌い。想いは一途に貫いて欲しいの」
「どの立場で言ってんの?」
何見てんの? 女子中学生が。が、この場合先に言うべきかもしれない。
惚れられた側がそれ言うの?
あたしはだんだん件の少年、半沢たかしくんが気の毒になってきた。お姉ちゃんのこの透き通るような肌できゅっと触れられる、彼も何も感じなかったわけじゃないだろう。ドキッとしたに違いない。あたしは思う。言ってやりたくなる。ボディタッチ多い女はやめとけと。
無論、姉はそういうことを誰彼構わずするわけじゃない。
気まぐれなだけだ。
気まぐれはよせ。妹からの忠告。
「なんていうのだったかしら……? 見たわ。見たのよ。アレ。ネットで。最近話題になったのよね。たしか。あんまり流行ってないみたいだったけれど。わたしは割と感銘受けたのね。そう、僕の方が先に好きだったのに……ってやつ。たしかBSSって言ったわ」
「知らん。そんなもんに感銘を受けるな」
知りたくもない知識だった。
姉は喋り続ける。いらん言葉を。いらん口で。
「それとは違う。敢えて言葉にするならこの気持ち、わたしの気持ち、行動理由、想い――わたしの方が先に好きになられたのに――……」
「うるせえなあ」
「うるせえって言った?」
「どうかな」
そのよく動く口を黙らせたかった。なられたを強調してきた辺り特にうざったい。
姉にツッコんでいると疲れるのだ。誰かに代わってほしい。双子。本来ならば、あたしもそっち側のはず。今の姉にボケているという自覚があるのかは不明だが。
「WSSだと語呂悪いわね。性別変換したら結局BSSだし。重要なのはなられたの方なのよね。Nを入れるべき?」
WSSN? なにそれなんかの型番?
語呂云々より、それ、言ってる奴ただの面倒臭い女じゃ……。
実際、面倒な姉であることは確かだ。
「はあー」
あたしは一度これ見よがしに溜息をつくと、話の切り替えを図った。雰囲気で察したのか姉が唇をむんずと閉じてあたしに視線をやる。
「お姉ちゃんさあ。好きなタイプってあるの? 男の」
「む」
お姉ちゃんはそのまま「むむむむむ」「む?」と唸ると、そのまま腕組して目を閉じた。
真剣に考えている。黙らせることには成功したが、答えに期待はしていない。いったい何をこの姉は考えているのか。リアルで姉の審美眼に適う奴を探すのは難しいだろうから、恐らく読んできた創作物の中から姉の理想のタイプでも探しているのか。しかし、幼い頃ならいざ知らず、この年になってそういう話が出てきたことはない。お互い興味なかったのであろう。ちなみにあたしもない。
昔はなんて言ってたっけな。なんかカラスみたいな人がいいとか意味不明なこと言ってたような。なにそれ? 喪黒福造? って、返したらめっちゃ怒ってきたのだけは覚えてる。
やがてこれという答えは見つけたのか、姉はゆっくりと目を開ける。
「……わたしみたいな人?」
疑問形で出てきた回答。ここは呆れて溜息のひとつでもつき、お姉ちゃん自分好き過ぎーなどと返すところだろうが、んなことせず間髪入れずにあたしは言った。
「え。やだ。あからさまな告白? もー。お姉ちゃんたらこんな場所でー」
眉間に深い皺を寄せられる。
深いは不快と捉えてもらってもいいかもしれない。気に入らなかったみたい。或いは、あたしの茶化し方が悪かったのか。
「てっかい」ぼそりと呟く。
「双子ジョークかと」
「そういうんじゃない」
道化を演じたり徹したりする姉であるが、自身の発言が己の意図と違うように解釈されるとむっとくることがある。それが例えどんなくだらないことでも。
「何を言い出すかと思えば」
あたしは鼻を鳴らす。
「たぶん、世の中の大半はお姉ちゃんみたいな人じゃないよ?」
「なにそれ皮肉?」
皮肉でもあるし、真実でもある。
世に一人として同じ人はいない。いたとして、それはドッペルゲンガーでもなければ双子だけ。勿論、ドッペルゲンガーなど存在しないから、いるのは双子のみ。
やがて姉は持ち上がった口角を取り戻すと、停滞していた時間を取り戻すが如く、ベッドから身を起こした。喧騒が耳に届いてくる。授業が終わったのだろう。そうして、あたしとわたしだけの時間も終わりを告げた。やがてここにも人がやって来る。
そうなる前に退散しよう。あたしたちの教室へ。煩わしくなる前に。煩わしい場所へと舞い戻るのだ。
双子あるある(うちらだけ?)。
定期的にふたりだけの時間がないと息が詰まる。
学校空間みたいな人が多いところは特に。
「わたしはわたしみたいな人がいいわ。わたしと同じ視点、レベルで物の見方や感じ方、苦しみ喜びを享受できる人間がいたのなら、その時は付き合ってあげなくもないわね」
偉そうだなあ。
あたしは言う。
ベッドから身を起こし、姉にしなだれかかって。
「そんな人、一生現れないと思うよ」
「一目惚れ。ずっときれいだって思っていて。それでこんなぼくでよければ付き合ってくれませんかって」
「ずっとのところに大いなる欺瞞があるわ!」
「時間は相対的だからねえ」
その話の翌日くらい。あたしは件の少年、半沢たかしくんから告白を受ける。
あたしは直前に姉から聞いていた為に、マジかこいつ、と、引くではなく逆に尊敬すら感じてしまった。双子間で情報の共有をされているであろうことは察しつつも、それを言ってのけるとは、確かに姉の言う通り大成するかもしらん。政治家に向いてそうだ。この子の告白を受ける子は、気長に待っていれば玉の輿に乗れるかもね。
輿に乗るまでその女の子が耐えられれば、だけど。
あたしの話を聞き、お姉ちゃんは自分で掲げたWSSNを発動させるかと身構えたが、そんなことはなかった。
というより、最早忘れている風だった。姉は気まぐれである。
代わりに言ったのはこんな言葉だ。
「見る目あるわ」
ふたこく 水乃戸あみ @yumies
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