ふたこく
水乃戸あみ
ふたこく1
「告白されてしまったわ」
あたしのお姉ちゃんは変わっている人で、それを言ってしまうと双子であるあたし自身も変わっていると言っているようなものだけど、それでも姉はあたしよりだいぶ変わっている。
「へえ。誰」
正直珍しくもなかった。
姉は中学に上がってから、確かこれで四度目の告白になるはずである。現在中学二年生。姉はまだまだ記録を伸ばすであろう。
みんなお年頃ってのもあるけれど、お姉ちゃんますます美人になったしね。しょうがない。そんな美人に目がいってしまうのは。
ってぇ! それはあたしもなんだけどね!
どぅふぇふぇふぇふぇ。
「どうしたの? 気色悪い顔して」
「お前もな」
とは、双子ジョーク。冗談。いかん。漏れてしまっていた。
あたしは意識を姉に向ける。
吾子嗣ミサキ。
あたしの双子の姉である。
私立霞ヶ丘高等学校、二年四組所属。あいうえお順である我が校での出席番号は二番。十四歳。いっしょ。色素が薄い。長く、背中まで掛かるような長髪は銀に光っている。毛先でくるりんとうねっているのは本人が気に入っているがあたしには寝癖にしか見えない。肌はあたしより白い。透明といって良いほどに。羨ましいことこそあれ、中年になったら染みに悩めとミリ単位で思い出したように呪っている。瞳はねぼすけのそれ。口角は常に笑みを描く。妖艶。怪しい。ミステリアス。と表せばけっこうそれっぽいが、子供の頃はこの表情のせいで、上級生先生とよく喧嘩になっていた。あたしも面白がって応戦した。時には裏切った。細く華奢。でも運動は割とできる。勉強はかなり出来る。まともな人間関係はあまり結べない。
「あたしの知ってる人?」
あたしが知らなくて姉だけが知ってる男の子なんているか?
だいたいいつも一緒にいるし、だがそうすると、姉を選び、あたしは切って捨てられたことになる。ぐぬぬ。
「どうしたの? 面白い顔して」
「面白い顔はしていない」
悔しい恨めしい顔してたよ。まあ、それが分かっていて煽ってきたのだ。
ふふ。軽い軽い。こんなので腹を立ててたらこの姉と双子などやってられない。
「一組の半沢たかしくん」
「誰だよ」
あたしの知らない人だった。
「わたしも知らない」
姉も知らない人だった。
「かわいい感じの男の子よ? そうね。漫画やアニメ、ライトノベルなんかだったらショタと評されていいくらいの。ちんまりしているから目に入らなかったんじゃないかしら?」
失礼なことを言っている。
だが、周囲には誰もいない。
人のいない保健室。誰に聞かれる心配もない。このカーテンの向こうに知らず、誰か来ていたならべつだけど。
あたしの脳みそにわずかに引っかかりがあった。
「ああ。なんか記憶にあるかも。頭だけ」
「そう。前髪長くて目が隠れているのよね」
んー。そういえば、そんなのいたような? 如何せん、わが校、生徒数多いから、目立たない子は記憶にも残らない。この場合、ショタと評されるくらい小さい、というその特徴が、他よりは目立つ、突出する、とまでは云わないあたしの中のほんの僅かな引っ掛かりになっていたか。
「なんて言ってきたの?」
なんで告白してきたの? とは聞かなかった。なんでって姉は顔が良いから。中学生の恋愛なんて、たいていは顔が良いからに決まっている。
……偏見? あたしらの告白数を知って同じことが言えるか? あ? お?
「帰ろうとしていたのよ。ほら。わたし、バスケ部に混ざってくーって言って行ったことがあったでしょ? 二週間くらいだったかしら? その帰りに。満足したし、もういいかなってなったのね。わたし汗だっくだくで、前髪額に張り付いてぺったぺたで、運動着のままだったから、正直、下駄箱で呼び止められた時、あ~~? って、思ったけれど。実際声にも出ちゃったけど。なんかその子必至そうだったから付いて行ったのよね」
気まぐれな姉は気まぐれにそういうことをする。
体を動かしたいと言えば、体を動かし、本を読みたいと言えば、ひとり本を読んでいる。本はひとりで読むにはいいが、体を動かすには複数人いた方が楽しいからね。
その上でバスケ部はいい感じだ。
他にもあるが、邪魔者扱いされるからね。うん。経験済。そこは反省するらしい。
女バスは正直わが校、お遊びサークル的なところがある為に、運動神経も良い姉は歓迎される。あたしは姉ほど、厚顔無恥じゃないからそういうはしたない真似はしないけど。
「ミサキさん。ちょっといい?って」
「お。それはポイント高いね」
「ね」
うちら名前間違われるからね。よく。顔一緒でも髪色は違うんだからそんくらい分かれよと間違えた奴には言ってやりたい。
「夏。放課後、校舎の裏。林のまにまに、夕暮れがきらめきこぼれ落ちるそこ。勇気を振り絞ってわたしに告白する少年。目の前には――」
「汗だくの女が」
「……これから自身がされるであろうこと。経験に照らし合わせれば自ずと分かる。予感がある。けれどそれでも少女の頬は朱に染まる。少年の醸すその雰囲気からか。必至さが垣間見えるその震える声。うわずった声に乗せられた好きという言葉。その言葉に思わず――」
「汗でテラテラ光った女は」
「少年の手を取り――」
「ぺちゃぁっと握り……って、待って」
「なあに?」
あたしの茶化しにも特に応えず構わず話を盛って続けていた姉を遮った。姉は気を悪くした風もなく、どこ吹く風。若干いつもより口角が持ち上がっているのは確信犯(誤用)。
「手、握ったの?」
「うん」
「うんて」
お姉ちゃんの手がもぞもぞと動いた。あたしの左手をきゅっと握る。そうして言う。
「このさらさらすべすべなお手々でね!」
ちょっとは気に障っていたらしい。だからどうということもないが。
あたしは特に握り返すことなくされるがままに任せる。それどころじゃない。って、ほど重い意味合いもない。ただ、スルーするには唸ってしまう行動だった。
あたしは言う。
「……やめなよー。応える気もないのに相手に気持たせるの」
「必至そうだったから。つい」
悪びれもせずに言ってくる。ついてね。
「…………」
この飄々とした姉が相手の――少年、半沢――の気持ちに応えていないことは明らかだ。
姉は『二週間くらい前だったかしら?』と、言った。あたしはちゃんと覚えている。実際に姉がバスケ部に混ざっていくなどと言って行ったのは、もう三週間も前だから。
つまり忘れていた。忘れ掛けていたのだ。それを今更思い出しあたしに話してきた。
だからって姉が交際を始めていないとは限らない。が、あたしと姉はだいたい一緒にいる。姉の気まぐれあたしの気の迷いなどがない限りにおいて。この間、この三週間の間、姉が少年と仲良くしている姿は見ていない。姉が裏で男と乳繰り合う姿など誰かに見られたものなら学校中の噂になるであろう。なんたってうちは生徒数多いのだ。姉は大変目立つ。
スマホを使ってこっそりやり取りするという手もあるだろうと人は言ってくるかもしれない。
だが、それもどうなのか? 姉が少年の手を握った理由。それは――。
「今どき相手を直接呼び出して告白ってのも勇気あるわよねって。わたしもそれは始めてだったかも」
かもと言ってる辺り、その記憶も怪しい。
姉の記憶を疑っているわけではない。姉も女の子だ。気分が乗らない時や不機嫌な時、また相手に不快感がある時などは言葉を巧みに交わして告白される雰囲気を避けたりする。
今どき。確かに今どきの子の告白はラインやディスコードなどメッセージアプリが多い。かく言うあたしも経験あり。既読スルー? しないよ。そんな面倒なことは。丁寧に断る。
「だからって応える気もないのに手握らなくても。どんな感じの流れだったの?」
それを聞かないことには姉の行動全部を咎めるのもどうか。と、一瞬思った。
「一目惚れ。ずっときれいだって思っていて。それでこんなぼくでよければ付き合ってくれませんかって流れ」
思っただけだった。
「うわあ」
少年に引いたわけではない。一目惚れもそりゃあるだろうし、きれいと評されて嬉しくない女子はいない。こんなぼくでよければ、という文言は賛否分かれるだろうけど(あたしはアリ派)。
その流れで相手の手握っていった姉に引いたのだ。
「わたしは、ありがとう。でも、ごめんなさい。今は、あなたの気持ちに応えるつもりがないのって」
「けっこうバッサリいったな」
やってることと言ってることがちぐはぐ。
何がしたいんだ。この姉は。
『今は』とか前置きしているのも必要以上に気を持たせていて大変にうざい。
「名前も知らない誰かさんって」
当て擦りまでしていた。
まあ、それは半沢くんが悪いよ。まず名乗れ。告白はそれからだ。
「考えてもみて?」
姉が握っていたあたしの手からその手を離し、薄い唇の前で指一本立てた。
あたしは思う。
あ、これはダメなお姉ちゃんだと。ろくでもないこと考えて実行する時の姉だと。
基本、この姉が長々と語ろうとする時、それはろくでもない考えに基づく。
「相手を、しかもこのわたしを直接呼び出し告白するような子よ?」
「相手を、だけでいいよ」
姉のナルシストは道化だ。ここであんまりつついているといちいち長くなる。この程度なら可。
「惚れっぽい、惚れやすい。その上で相手を呼び出し告白する勇気がある。身長は低いけれど見てくれは悪くない。自分をとぼすのはよくないけれど、ちゃんと相手を褒められるのよいことよ。それを口に出来る子は将来大成するわ」
けなす、ね。とぼすじゃないよ?
口にはしない。
だって、その方がお姉ちゃんを人前で恥掛かせられるじゃん? こういうのは胸に大事にしまっておく。いつか使える。
「そんな悪くないと思っている子の告白を、どうして断ったの?」
あたしは訊いた。少しだが、気にはなってきた。
姉は言う。
「だって、わたし以外にどうせ惚れるじゃない」
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