第16話 素晴らしきかなその力
******
(素晴らしきかなこの力!)
エシュガルは高揚していた。
自らの新たな力に、危機を脱したことに。
今回の儀式場襲撃は、エシュガルにとっては青天の霹靂だった。
まさか自慢の竜人兵を何十体も倒せる者がいるとは思っていなかった。
竜人兵はゴールド級の冒険者を上回る力を持つはずで、プラチナ級の冒険者ならば闇依頼などまず受けないから、倒されることはないはずだった。
否、プラチナ級だろうとこの数を相手にするのは容易ではないはず。
それなのに、この男は無傷でエシュガルの前に現われた。
それほどの力を持つ相手と戦えば間違いなく殺される。だから苦渋の決断で自らを竜人兵としたのだが――。
(しかし、なってみると存外に気分がいい。これが圧倒的力を持つ感覚か)
弱者を見下ろす快感にエシュガルは酔いしれていた。
かつて魔術師として冒険者ギルドにいた頃を思い出す、商人として経済力で圧するのとはまた違う、力による優越という原始的な快楽。
これはこれで悪くないものだ。
(自らが力を得るというのもまた、兵士を得るのと同じかそれ以上にいい商品になる。となるとやはり、竜から元に戻る儀式も必要だな。私自身のためにも、他の者に売るためにも。今の私のように変異の魔法陣に洗脳を組み込まなければ自我は残るが、しかしずっと竜人の姿では不便だし売り物にはなるまい。あいつを始末したら研究再開だ。この私ならば、その儀式も開発できるはずだ!)
エシュガルは壊れた棚に埋もれたシキをあらためて注視する。
まさか一撃でやられはしまい?
もっとこの力を使わせくれよ?
その思いに答えるように、壊れた棚と物品を吹き飛ばしながら、勢いよくシキは立ち上がった。
「ははははは! いいね、いいねぇ! 素晴らしいよその力!」
シキの高らかな笑い声を聞いたエシュガルの思考が一瞬停止する。
おかしい。
あの男は自分の強烈な一撃を受け、肋骨や内臓に損傷が出ているはずだ。
それなのに、なぜああもピンピンしている?
あんな
シキは笑っていた。心底嬉しそうに。
その体には傷は見当たらない。傷ついているようなぎこちない動きもない。
「そんなわけがない! やせ我慢か? 傷を治癒したか?」
「いや、悪い。これだけのパワーがあるなら、経験値もたっぷりあるだろうと思ったらついアガっちゃってさ。楽しみだなあ、お前から稼ぐの」
エシュガルは怪訝に目を細めた。
「馬鹿な、ただの人間があれを受けて骨が砕けないはずがない……強がりだ! だいたい、私にずっと押されていたではないか!」
そうだ、効いていないはずがない。
この男は私の後手にまわっていた。私の魔術は奴の氷魔術の壁を破った。
私の力の方が上、その一撃がクリーンヒットしたのだぞ。
だがシキは、笑顔のまま告げる。
「自分の体で確かめたくなっちゃってさ。お前がどれくらいのレベルの相手なのか、要するにどれだけ経験値もってそうかってことを。もちろん倒しちゃえばすぐわかることだけど、結論に至るまでの過程の時間が一番楽しいって、そうは思わない?」
エシュガルが表情を歪める。
竜の顔になろうとも、怒りがわかるほどはっきりと。
「強がりを……言うなぁ!」
エシュガルは杖を振りかざし極太の魔力の光線を放った。
最初よりもさらに魔力を集中したこの魔術で、
シキはそれに対して氷の壁を前回と同じように作り、光線と壁はぶつかった。
壁がじりじりと抉れていくのを見て、エシュガルは口元を緩めた。
やはり、自分の力の方が上だと。
だが、そう思ったのも束の間、シキの体が薄青に輝いたと思うと氷の壁がみるみるうちに厚く大きくなっていった。魔力の光線が削る速度よりもずっと早く。
「な……馬鹿な! さっきは貫通したのに!?」
「さっきは一度作ったらそれで終わりにしたからね。でもこの氷の壁の一番いいところは、力を込め続ける限りずっと大きく分厚くできること。だって氷だから。その成長速度を上回らない限り、決して攻撃は届かない」
馬鹿な!
エシュガルは心内で毒づいた。
この男は力を隠していただと? この圧倒的力を得た私を前に、緩めていただと!?
はったりだ!
仮に事実だとしても……それならば魔術ではなく力で押し切る!
エシュガルは魔術を止めると、翼を広げた。
地面を蹴ると同時に翼で空気を打ち、二重の加速で氷の壁を回りこんでシキの脳天に剣を振り下ろす。
半歩。
だがシキに半歩後ろに下がっただけでそれをかわされた。
エシュガルはさらに追撃で先ほどのように尾撃を加えるが、その場でジャンプしたシキに、軌道を見切られ回避される。
「嘘だ嘘だ嘘だ! この力が負けるなんてありえぬ!」
渾身の力でエシュガルは剣を大上段から振り下ろした。
シキは今度はかわさなかった。
全力で氷歯刃を横薙ぎに振り抜く。
ガギィっと、高く重い音が響きわたった。
「な……!?」
氷の刃は剣をかみ砕き、その勢いのままエシュガルの胸の金色の鱗を引き裂いた。
金色の中から紅い血と肉が露出する、そこにシキは小動物を撫でる時のように、優しく手を添える。
「でもいくらワクワクさせてくれたとしても、俺の掴んだ生を終わらせようとしたお前は許せないけどね。エシュガル、お前の忌まわしい心臓、潰してやるよ」
そして、氷の杭を傷口から心臓に向けて打ち込んだ。
何発も、何発も、連続で、肉を裂いて心臓に至るまで。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ががががあああっっっ!!!!!!!」
エシュガルの胸の傷口から血が噴き出し、炎を吐いた口から今度は血を吐く。
最後にもう一発撃つと、血混じりのかすれた呻き声をあげて、エシュガルは倒れた。
儀式場には完全に、静寂が訪れた。
******
次の更新予定
毎日 20:00 予定は変更される可能性があります
経験値を稼がないと死ぬ体質になったので、効率よく闇の組織を狙っていたら、無償で悪と戦い続ける聖人と思い込まれて配下が増えていく 二時間十秒 @hiyoribiyori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。経験値を稼がないと死ぬ体質になったので、効率よく闇の組織を狙っていたら、無償で悪と戦い続ける聖人と思い込まれて配下が増えていくの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます