第15話 黄金の竜人兵
「報告します! 侵入者は儀式場へとやってきて! 竜人兵を殲滅しながら! ここにくるのも時間の問題です! いかがしましょう!」
「いかがしましょう、だと!? なんとしても止めるのがお前達の仕事だろうが! なんのために給料払ってると思ってるんだ!」
イライラした様子のエシュガルの声がドアの裏側まで響いてきた。
ふふふ、焦ってる焦ってる。
「やっぱりここだな。ツケを払ってもらうぞ、エシュガル」
ドアを勢いよく蹴破ると、見覚えのある口ひげのエシュガルと、その部下らしい二人の男がぎょっとした様子で振り向いた。
「き、貴様! よくも!」
「先に手を出したのはそっちだろう。お前が望むものを持ってきた相手に対して、化物の素材にするってお礼のしかたはちょっとないんじゃないか?」
「黙れ! この施設を作りあげ、竜人兵を生産する仕組みを作り上げるのにどれだけの時間と金がかかったと思っている! それを貴様は! 薄汚い格好をした下級民が! やれ! お前ら!」
二人の部下が俺に向かって杖を向け、魔力の弾を撃ってきた。
俺はそこに氷の弾を撃ち返す。
氷の弾は魔力の弾とぶつかり打ち消し、勢い衰えずに二人の部下に命中し胸にめり込み、彼らは血を吐いて倒れた。
一瞬のことに目を見張るエシュガルに意識を払いつつ、部屋の様子を確認しておく。
部屋の奥にはこんな地下なのに高級感のある机があり、羽根ペンやインク瓶が上に置いてある。多分エシュガルが使うものだ。
エシュガルはその前に立っている。
また部屋の側面には魔術や錬金術に使いそうな道具や書籍がみっしり入った棚がいくつもあり、血液のような赤い液体が入った瓶もいくつもある。
そして手前の床にはあっちの儀式場で見た十字架や、鎖が乱雑に置かれていて、この部屋で実験も行えそうだ。事実床には書きかけの魔法陣や、何かよくわからない図形や紋章が描かれたりしている。
ここで竜人兵を生み出す儀式の開発や改良をしていたってところか。さっきの大広間が工場で、ここが開発室兼執務室、みたいな感じだ。
もちろん、しっかりと剣や槍、杖などの武器も置いてある。いざというときの備えも万全だ。
さっきの儀式場といい、よくぞ地下にこんな施設を作り上げたもんだな。
「まあ俺が全部ぶっ壊してるんだけどね。あとはお前をぶっ壊すだけだ、エシュガル」
「くっ……待て! 話し合おう! 私を殺したところで意味などないだろう!? 依頼で支払った報酬の倍……いや、三倍を追加で渡す! それでお互いここであったことは全て忘れようじゃないか」
エシュガルは手のひらで俺を制するようにしてそう言った。
俺がすぐに攻撃をしないでいると表情を緩めたが、それは早とちりというものだ。
「エシュガル。お前は俺を殺そうとした。化物の素材にしようとした。……俺はこっちに来てから三年間、屋根もない場所で雨に打たれて、雪で凍えて、ドングリを囓って、泥水を啜って、モンスターに殴られ、噛まれ、裂かれながらひたすら狩り続けた来た。ただ生き延びるために。そうまでしてなんとか繋ぎ止めてる俺の命を、お前は奪おうとした」
それに……これもだ。
俺はポケットの中で琥珀のペンダントを握りしめると、氷魔術を発動した。
手の中に柄が形成され、下向きの幅広い氷の刃が、その刃についた無数のギザギザの歯が、ビキビキと氷が軋む音と共に、限界まで圧縮され高硬度になりながら形作られていく。
「許せるはずがない。そう思わないか?」
俺はエシュガルへと氷歯刃を突きつけた。
「ぐ……くそ……くそっ! やむを得まい……貴様、後悔するぞ!」
歯がみしながら呪詛を吐いたエシュガルの足元が赤く輝きだした。
魔法陣だ、エシュガルは最初から魔法陣の上に立っていたのだ。
起動した魔法陣の上でエシュガルはマジックポーチから俺達が渡したゴールドドラゴンの心臓を取り出した。瞬間、魔法陣がその赤い線を大きな竜の心臓に伸ばし、心臓から血管が伸びてエシュガルに絡みつく。
追い詰められて自分自身を竜人兵、それもこれまでとは桁違いに強力な竜の心臓で作る最強の竜人兵にするつもりだ。
エシュガルの皮膚に金色の鱗が内側から爆ぜるように形成されていく。
体が巨大になり、骨格が変容していく。竜の頭、金色の瞳、鋭い爪の生えた強靭な手と足、最後に背中を突き破り太い尾と翼が生え、変態が完了した。
あのゴールドドラゴンと人間が融合した二足歩行の金色の竜人、それが新たなるエシュガル。
「ずいぶん早いな、他の人はたいそうな儀式をしてたっていうのに」
「使った竜の心臓の『格』が違うのだよ。本来なら竜化が遅いあの讃竜院の巫女に使うつもりだったが、やむを得まい。あっちは通常の心臓でじっくりやることにする。貴様を殺した後でな!」
金色の竜人になったエシュガルは、炎のブレスを吐いてきた。
俺が横に跳んで回避すると、背後のドアが溶けてひしゃげてしまう。
「この火力、あのドラゴン以上か?」
「当然だ。私はただの商人ではない、若い頃は魔術師として名を轟かせたのだぞ? だからこそ、こんな施設を作り魔術儀式を行うこともできた」
竜人兵の力は素体となった人間と竜の心臓の性能に依存するって話だから、これまでの竜人兵とはどっちもものが違う。二乗で強いってわけね。
「無論こんなことも可能だ!」
エシュガルは机に立てかけてあった杖を手に取ると、俺に向かって突き出した。杖先に紫色の陽炎が浮かび、そこから魔力の光線が発射される。
俺は地面を踏みしめ氷の壁を展開し光線を防ぐが、光線は氷の壁を抉り、間もなく貫いた。
へえ、竜になっても魔術も使えるんだな。しかも威力も結構なものじゃないか。
壁が破れるにあわせてその場から去り、光線の軌道を回避。
するとエシュガルはもう一方の手に今度は剣を取り、回避したところに踏み込んで来た。
「もう和解しようとしても遅いぞ!」とわめきながら大上段から剣を振り下ろしてくる。突進も振り下ろしも単純な軌道だが、しかしそれでもなおゴリ押しできるほどの圧倒的なスピードとパワーだ。
キィンと、氷と鋼がぶつかる鋭い音が地下に反響する。
剣を受けた後もエシュガルは引くことなくそのまま押し込んでくる。地面に足がめり込みそうなほどの強い力だが、俺も氷歯刃で押し返し、鍔迫り合いの形になる。
エシュガルは竜が唸るように、高らかに笑い声を響かせた。
「ははははは! 素晴らしきかなこの力! 自ら振るうのも爽快なものだな!」
「ずいぶんポジティブなんだな、モンスターになったっていうのに」
「商売で成功する秘訣は、どんなピンチでもチャンスに変える可能性を模索することだ。そうでなければ王都に何軒も店を構えることなどできはしないさ! 今も私の頭にはビジネスプランがいくつも浮かんでいるぞ!」
「何ちょっとためになる話してるんだよ、悪人のくせに!」
前向きで努力家な悪人とか、いっちばんタチ悪いやつ。
俺は腕に力を入れ、鍔迫り合いの剣をエシュガルの方へと傾ける。じりじりと剣を押し返し、エシュガルの顔に剣が触れる。
――寸前、エシュガルの口角がにやりと持ち上がった。
不意にエシュガルの尾が横薙ぎに振るわれた。
鋭い角度で尾撃は俺の横腹に入り、体は横に弾き飛ばされた。
その勢いで棚に衝突し、中の魔術書や瓶などと一緒に棚が壊れ俺はその中に埋もれる。
「貴様を殺した後で実行するプランがな! ははははは!」
エシュガルの高らかな哄笑が地下に反響した。
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