第14話 目覚めし巫女とシキ

 俺に襲いかかって化物にしようとしたことだけでもエシュガルを倒す理由は十分だったが、さらに討つ理由が増えた。

 謝っても見逃すわけにはいかないな、やりにいこう。


 儀式場の一番奥には、扉がある。

 ここが地下施設の核心部っぽいし、多分エシュガルはあの奥だ。

 終わらせてやろう。


 俺は扉に向かって行った。


「お……待ち下さ、い……」


 その時、後から弱々しい声が聞こえてきた。

 振り返った俺は、赤い瞳と目が合った。

 さっき解放した女が目を覚まし、俺を呼び止めていたのだ。


 女が着用している白を基調として装飾が所々なされた細身のローブからは、神殿に仕える人なんかが着るようなイメージを抱いた。きっと神殿の巫女とかやってたのが、モンスターにされかけていたんだと推測する。


 その巫女が目を覚ましたようだ。


「意識が戻ったのか。良かった」

「意識は……ずっとありました。鎖に繋がれていた時から。しかしあの魔術に蝕まれ、体を動かすことができなかったのです。口を動かして言葉を発することすら」


 そうだったのか。

 しかし意識があったのは、むしろ地獄だったんじゃないか、自分の体がモンスターに変化していくのを感じられてしまうのだから。


 俺の視線の意味を理解したらしく、巫女は自分の首元の鱗に手をやった。


「あなたの察した通り、自分の体がモンスターに変化していく間も意識がありました。それは……体の内側が酸で溶かされかき混ぜられ別物にされるような、味わったことのない苦痛と恐怖に満ちた時間だった」


 彼女はおぼつかない足取りながら自分の足で立つと、苦労して動かしてるようにぎこちなく頭を下げた。


「そこから救っていただいたこと……どんな言葉を尽くしても感謝しきれません」


 そのまま一分ほども頭を下げ続けている。


「えっと、そろそろ頭上げてもいいと思う」俺が言うとようやく頭を上げた。言わなかったら一生下げてたかもしれない。「しかしその話、想像しただけでお腹が痛くなってくるな。解放されてよかったよ」

「はい。本当にありがとうございます」

「じゃ、俺はエシュガルをひとひねりしてくるから。居る場所は見当ついている」

「それは! 待ってください!」


 本来の目的を果たそうとして方向転換しかけたら、呼び止められた。

 巫女は真剣極まりない目つきで俺を見ている。振り返ると、よろよろと俺の元へ歩こうとしている。


「まだ無理はしない方がいいんじゃないかな」

「はい。ですが、あなたが危険を冒そうとしているのを止めなければなりません」

「危険? エシュガルが?」

「私は繋がれて竜に変異する魔術を受けている間、意識がありました。だから、彼らの話す声も聞こえていたんです――」


 彼女が聞いた話というのはこういうものだった。


 エシュガルが竜人兵を作る際には人間をベースに、竜族の血と心臓が必要になる。

 元は倒しやすいミニドラゴンやドレイクの心臓を使っていたが、それでは生み出せる竜人兵の強さも限界がある。


 より強い竜人兵を作るには、より強力な竜の心臓が必要になる。

 そこでエシュガルは人が足を滅多に踏み入れない東の辺境地帯に目を付け、そこにいるゴールドドラゴンの心臓を欲した。


 それを手に入れたエシュガルは、これまでとは比較にならない強さの竜人兵を生み出そうとしている。ここにいる他の竜人兵を全てあわせてもかなわないほどの力を持ったモンスターを。


「だから考え直してください。私を救ってくれた優しい人が、命を落とすようなことがあってはいけませんから」

「なるほどね……」俺は笑みを抑えられず、口元が緩んでしまった。「むしろそれを聞いてますますエシュガルを倒したくなった」


 だって、巫女の言葉が事実なら、エシュガルが生み出したモンスターは、これまでで一番強力で、ここの全ての敵をあわせたよりもっと……経験値をたくさんもってるってことになる。


 それを倒さず見逃すって、そんなもったいないことできるわけがないでしょ。

 俺が生き残るために、なんとしてもエシュガルを討ちたくなったね。



――その時、シキの言葉を聞いた巫女は目を見張っていた――

(危険だと聞いてますます倒したくなるなんて、そんなの普通はありえない。

 なのにこんなことを言う理由はいったい何?

 ……決まってる、そんなあり得ないことを言う理由は一つしか考えられない。

 この人は、私を助けたように、他人に危害が及ぶのをなんとしても防ぎたいのだ!)


(たとえ自分が危険な目に遭おうとも、巨悪を見過ごして他人が危険に晒される事を何よりも厭う人なのだ、この方は。

 私はずっと、ここに捕らえられた後も……その前も、自分自身の苦しみから解放されることだけを願っていたのに、なんて大きい方なのだろう)

――シキに向ける視線は、単なる感謝から尊敬へと昇華されていた――



「……フラウのような者が、余計な忠告をしてしまい申し訳ありません。あなた様は、そのような事とは全く違う次元で思考していましたのに」


 巫女は恭しく目礼した。


「いやそんな謝らなくても。心配してくれたんだし。まあ、わかってくれてよかった。俺だって相当強いから大丈夫だよ、そのゴールドドラゴンもサクッと傷一つなく倒せたしね。……って、フラウ?」


 もしかしてこの人の名前か?


「申し遅れました、私はオーファ=フラウと言います。……あの、よろしければ、私を助けてくださった方のお名前を伺わせてください」

「俺は風巻史輝。どうぞよろしく」

「カザマキシキ様。一生忘れません、シキ様のお名前も、お顔も」


 フラウは俺の顔を目に焼き付けようとして、真剣極まりない目つきで俺を見ている。耳つきまで真剣な気がする。助けたからってそこまで真面目に覚えなくてもいいのだが。義理堅い人だなあ。立派だわ。


「さてと。それじゃ、一ひねりしてこようかな」


 しばしフラウのメモリーに俺を記憶させた後、今度こそ俺はエシュガルがいる、地下最奥の部屋へと向かうことにした。


「せめて私もお手伝い……をっ……!」


 フラウも俺についてこようとしたが、足がもつれてその場に転んでしまう。

 そこから立ち上がるのも大変そうだ。


「無理しなくていいよ。その様子じゃ手伝うなんて無理そうだし」手を貸しながら俺は言う。


「仰る通り、これでは逆に足手まといなだけですね。申し訳ありませんシキ様、フラウはシキ様を信じてお待ちいたします」


 今度こそ俺は、儀式場の奥の扉に手をかけた。 

 フラウの視線を背中にめちゃくちゃ感じながら、いよいよエシュガルと対峙する時だ。

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