第13話 儀式

 そこには長く揃えた銀髪の美しい女が繋がれていた。

 目を閉じ、意識はないようだが、時折顔を歪め、呻き声をもらしているが、美の理想を求めて作られた彫像のように整った顔つきは、それすら様になっている。


 肌は陶器のようにきめ細かく艶があるが、しかしその美しい肌が露出している手足や首には赤い魔法陣から伸びた血管のようなものが絡みつき、気味悪く脈動していてかえっておぞましさを増している――。


「でも個人的にはこういう美しいものとグロテスクなものが融合したデザインって嫌いじゃないな。……いや、待てよ。赤いのは血管だけじゃないな。まぎれているけど、赤い鱗が腕や首元に部分的にある」


 ここでは人間が繋がれていて、さっきのところでは竜人兵が繋がれていて、何かの魔術の儀式を施されていた。

 この人間は一部に竜の鱗がある。

 さっきの竜人兵は魔術で操られていた。


 これを考え合わせると……浮かぶ考えはもう一つしかない。


 エシュガルは、人間を竜の力を持つように改造して、意のままに動く強靭な兵隊を作っていた。


 状況からみて、間違いない。

 そして目の前の女はその改造を施されている途中で、徐々に竜化が進んでいるところだ。


 俺は氷歯刃で十字架に刺さっている心臓を引き裂いた。

 一度ではなく、何度も切りつけ、細かい肉片にしてやり、女に絡みついていた血管のようなものも斬り千切ると、脈動が止まり剥がれ落ちていく。


 さらに刃を振りかぶり、女を十字架に拘束している鎖を引き裂く。拘束から解かれた女が倒れ込んでくるが、空いている手で受け止める。


「体は温かい。死んではいないな。変身させるのが目的ならそれはそうか。さて、話を聞いてみたいところだけど……」


 女の体は力なく俺に体重を預けきっている。話すのは流石に無理かな? 


 それならしかたないので、とりあえず抱きかかえて魔法陣から離れたところまで運び、壁を背もたれになるようにおろした。


「多分、助かっただろう。ムカつくエシュガルへの嫌がらせにもなるしこれでよし」


 そうしておいて、俺はまた小部屋から出て大儀式場へと戻った。

 大儀式場の奥には扉がある。多分あの奥にエシュガルがいるんだろう。


 だがその前に、ここの本当の役割がわかったならもうちょっと調べてみたくもなる。十字架が並んでいるのとは逆側の壁沿いには魔術に使いそうな薬瓶が入った棚や、机なんかがあるので、少しだけ見てからエシュガルはしばけばよし。


 半分この先の対策のため、半分好奇心のために軽くそれらを漁ってみるが、俺が見てすぐわかるようなものはなかなかない。魔術の儀式に使う専門器具なんて見てもわからんしなあ。見た目は面白そうだけどね。トゲトゲだらけのぷよぷよ触感の謎の輪っかとかあって。


 あ、でもこれは俺にもわかりそうだな。


 目がいったのは、机の上にあった紐で綴じられた書類だ。

 ちょうど真ん中あたりで開かれていて、何かが書き込んである。


『受注:竜人兵6体・3ヶ月・600万エルカ。

 最初の一週間は竜人兵の監督及び取り扱い説明の人員を一人つける。その派遣料金も込み(開店セールの特別割引価格)』


「なんだこれ。あの竜人兵を3ヶ月貸し出すってことか? 自分だけで使うにしては数が多いし地下においておいてももったいないと思ったけど、なるほど新たな商売のタネにしようってわけか」


 強力かつ命令に忠実な兵士をレンタルして金を稼ごうってハラらしい。

 こんな風に作るものだから貸し出す相手もろくなもんじゃないだろうし、使われ方も同様だろう。

 高級住宅街にいい家建ててるくせに、地下でとんでもないことしてるな。


 しかしそんな闇組織みたいな商売でもちゃんと帳簿はつけるんだな……って、そんなことに感心してる場合じゃないか。


 すでに結構な数の竜人兵がいたから、心臓は竜属ならなんでもいいんだろう。ミニドラゴンとかスカイドレイクとかの弱めの竜属なら、倒せる人もモンスターの数も結構いるし、竜人兵に鱗の違い力の違いがあったのは、元になった心臓や人間のスペックによったんだろうな。

 それで、俺とトリーにも襲いかかってきた。戦闘力の高い素体はレアだから。ただ竜人兵は結構な数がいたから、他の手段でも集めたとは思う、人さらいみたいな非合法で。


 弱めの竜人兵ですら並のモンスターよりはずっと強かったし、そんな奴が命令に忠実なら危険な裏稼業をさせるにはうってつけだ。そういう需要につけこんでレンタルで稼いだり、自分の防衛に使ったりしていた。


「なるほどね」と呟きつつ、他に何かないか棚を調べていると、装飾品や貴重品が置いてあった。これは素体にされた人が身に着けてたものだろうか。

 その中に気になるものがあった。


 琥珀のペンダントだ。その琥珀には花の絵が描かれている。


『そうだ、娘はいつも琥珀のペンダントを身に着けてた。花が描かれた琥珀のだ。顔を知らなくてもそれがあれば、一番手がかりになると思う』


 ここに来る前に立ち寄った料理屋の主人の言葉が思い出される。


 まさか……いや、間違いない。

 この琥珀のペンダントはあの人の娘のものだ。

 そしてここに置いてあるということは。


「……エシュガル。お前は本当にどうしようもないクソ野郎だよ」


 俺は琥珀のペンダントを握りしめた。

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