第44話 弾丸ツアー【完結】
◇兄さん目線◇
一段落したものの、実のところ俺個人としてちゃんとしないといけないことが残っていた。そんなわけで、その個人的な問題を解決するために出社直後、同期の課長に相談を持ちかけていた。
***
「つまりアレか。ダブルワークの申請をしたいと? どうした立花、収入に不服か? それとも急な出費でも出来たか?」
センキャスの件。勤める会社に言ってなかった。いや言う時間なんてまったくなかった。このままではセントラルライブから収入が発生する。そうなると黙ってる訳にはいかない。しかし、洗いざらい言う訳にもいかない。曲がりながらセントラルキャストなのだ。身バレも注意しないとだし。
「いや、そういうのじゃない。なんていうか、やりたいことがあって。夢っていうのも何なんだけど、人の夢を支えたいみたいな? 伝わらないよなぁ」
相手は同期。上司とはいえ。誰もいない会議室。敬語は必要ない。
「会社の規定では申請すれば許可されるが――同業他社はセキュリティ上マズい。そこは大丈夫なんだな?」
「それは問題ない。まったく違う業界だ」
「そうか。ちなみに言える範囲でどんな業界だ? これは単なる個人的な興味なんだけど」
「ん~~一応エンターテイメント系とだけ。あと前言ってたろ。有給を消費しろって。あれまだ生きてる?」
「ん? 生きてる」
「じゃあ急で悪いけど明日から10日ほど取りたい。いいか?」
「構わんが、そのまま帰ってこないってのはなしにしてくれよ?」
「わかった。あっ、出来たら午後から半休取りたい。いいか? 同期のよしみで(笑)」
俺は溜まりに溜まった有給休暇を取得した。しかも10日間も。これはつまりそういうことだ。会議室を出るとドアに聞き耳を立てていた新人の後輩が待ち受けていた。
「主任センパイ。なんか怒られちゃいましたか?(笑)」
「別に怒られてない。そうだ。俺しばらく有給な。研修は課長に頼んである」
「有給? 何日くらいです?」
「10日! 正確には午後休も取ってるから帰る!」
「は? どっか行くんですか? ズルい! 私も行きたい! 私も連れてってくださいよ〜〜主任センパイ!」
俺は子犬のように
***
「なに、歩も行けるのか?」
「まぁね。最近は有給取らなきゃでしょ? 毎年ギリギリに取って本部に怒られるから。逆に長期だと本部からヘルプ来やすいし」
歩は全国展開してるツヴァイスターコーヒーの店長をしていた。
家に帰った俺は麦わら帽子でリゾート気分で出迎えた歩の手を取る。この程度のスキンシップはする。にこりと笑い合える関係に戻れた事は嬉しい。
「とぅ!」
するとどこからともなく現れた妹の芽衣ちゃんが空手チョップで繋いだ手に攻撃をする。
「歩さん、油断も隙もありませんね。お留守番したらいいのに。優ちゃん、あのね。私水着学校のしかない! 買いたい〜連れてって〜」
「芽衣、何いってんのスク水需要あるのよ? こういう年齢層には(笑)」
「えっ、優ちゃん。そうなの?」
こういうって俺か? いや、芽衣ちゃんジト目はやめて。ん~~でも芽衣ちゃんが下手に露出の高い水着選んだりしたら兄として心配は心配。ここは俺が犠牲になるしかない。
「まぁ、なんだ。今しか着れないと言えばそうだし」
「そっか。優ちゃんがそういうならスク水にする!」
「芽衣は偉いね〜〜」
雑に頭を撫でられた芽衣ちゃんは歩を追い掛け回す。子供の頃となんにも変わってない。明日から夏休みだ。クールな芽衣ちゃんとはいえはしゃぎたくもなるのだろう。
「優兄さん。早かったわね。休み取れた?」
あの事件から数日。落ち込んでいたショコもだいぶ元気を取り戻していた。何よりリスナーさんの支えが大きい。
「取れたよ。ショコ、ちゃんと食べてる? ポテチ以外?(笑)」
「うう……それ内緒にしてたのに。食べてます、歩さんがサラダとか作ってくれて」
歩のやつ、そんなことしてくれてるんだな。変わらない。縁の下の力持ち過ぎて、損な役ばっか回ってくるクセに。でも俺もショコも感謝してる。
「お兄さん! 休み取れました!」
勢いよく引き戸が開く。和正君だ。彼がもっとも有給が取れないと思ってたが取れたんだ。
「よかったな!」
「はい! でも、リモートが条件です(泣)」
「ははっ、それは……仕方ないよね」
システム開発。リモートで出来る仕事も山のようにある。何をしようとしてるかというと、10日間の休止期間。家に閉じこもってもなんかもったいない。なら弾丸ツアーと称して旅行に行こうかとなった。
「「「来栖ちゃん〜〜遊ぼう!」」」
玄関先から明らかにドスの利いた声が聞こえる。これ開けちゃダメなヤツだな。ショコと目配せし居留守を使おうとするが、まだこの手の洗礼に会ってない芽衣ちゃんが迂闊に開けてしまう。
「「「お見舞いに来ました〜ショコセンパイ〜」」」
「――と見せかけ、我らも旅行に随伴します!」
「お兄後輩〜取りあえずミックスジュース買ってこ――痛ッ!! じょ、冗談ッス! アリス先輩、ツッコミパないわ!」
例のお騒がせ「アリス組」三人衆だった。
「あんたがお兄やん?」
「えっと、アリス先輩ですか? はじめまして! 俺がいや僕が――」
「ええよ、ええよ、そういう肩苦しいの。でも、そういうところ大事やと思うわ。相変わらずウチの好感度裏切らん感じやな〜来栖、体調どないなん?」
アリス組の三人衆の後ろにいたのは吉祥寺アリス先輩だった。実を言うと感謝を込めて弾丸ツアーに思い切って誘ってみたのだ。ちなみに誘ったのはアリス先輩だけなんだが。
「アリス先輩、ご心配おかけしました。おかげさまで」
「そらよかった。いや、実はウチあんたらと旅行に行くゆーたら、こいつら来たいって。荷物持ちに連れて行ってもええやろか、お兄やん」
(アリス先輩はあーゆうてるけど、わかってるよな? お兄後輩? 私の荷物はお兄後輩が――痛っ!!)
あえなくアリス先輩に耳を掴まれる三人衆のひとり。ごめん、名前までまだわからないです。ん? 背中で芽衣ちゃんがもじもじしてる。あっ、そうか、そうだよな。
「アリス先輩、実は挨拶したい子がいまして」
「挨拶? 誰?」
「あっ、あの! 私、この度セントラルライブ6期生としてデビューすることになりました! えっと……」
芽衣ちゃんは俺の袖を引っ張る。
「アリス先輩、まだ芸名っていうのですか、決まってなくて。その、ココだけの話、僕の実妹でして。オーディション合格しまして……兄妹共々よろしくお願いします!」
「えっ、なに? ほんまの妹さん? めっちゃかわいい〜〜Vネームまだなんや、お兄やんがよかったらウチがなんか考えたろか?」
「えっ、いいんですか!? それは光栄です!」
芽衣ちゃんは俺の背中に顔を埋めて喜んだ。クール系だけど恥ずかしがり屋なのも昔から。
「それじゃそろそろ出発〜〜いざ沖縄へ!」
***
「歩さん、なんですかこれは」
沖縄のホテルについて早々、ホテルのプールで泳ごうってことになった。芽衣ちゃんは水着姿が恥ずかしいのか俺の背中にへばりついて露出を最小限にしている。兄としては芽衣ちゃんの水着姿を世の男性に見せたくないので、これでいい。
「これってこれ?」
「何持ち上げてるんです! ヘンタイさんですか!?」
歩は自分の胸を持ち上げながら「意味わかんない」みたいな顔して俺を見るが、俺の方が意味わからん。なんだそのリアクション。持ち上げる必要あるか? しかし相変わらずデカい。
「おわっ、歩さん……大っきいとは思ってましたがスゴい。もうスイカっぷですね!」
後から合流したショコが歩の胸を見てたじろぐ。ショコも小さい方じゃ……いや、その見てません! そういう目では見てません! いや見てます!
「なに、あんたブラコンなん?」
水着に着替えたアリス先輩。ロングポニーテール。なんか水着すらかっこいい。背中に隠れてる芽衣ちゃんはちょっと顔を出して「こくこく」と頷く。芽衣ちゃん、ブラコンなの? いや初耳なんだけど。
「ええやん、ウチもブラコンやし、一緒にブラコン道極めへん?」
「あっ、はい! よろこんで!」
いや、いい返事なんだけど……なんか居酒屋さんみたい。まぁ、いいか。ブラコンと言えばショコの方はどうなんだろ。
「ショコ。和正くんとはどうなの? その……」
「優兄さん、あのいくら優兄さんといえども、言っていいことと悪いことありますよ? 欠片もありませんね。うちは、はい。ちなみに彼は絶賛リモートワーク中です(笑)」
そんな気してた。とはいえいろんな問題はひとまず決着がついた。存分に楽しんで休止期間後も配信頑張ろう。
配信頑張ろうか。ほんの少し前までVチューバーのことなんて、ほとんど知らなかった。あの事件。公園で石がぶつからなかったら、こんな賑やかな日常は待ってなかった。あの広過ぎる家でひとり、今も暮らしてただろう。この状況を知らないと特になんの疑問も持たずに。
「お兄さん、スイマセン。ここちょっと教えてもらっていいですか?」
「お兄ちゃん。あのね、優兄さんオフなの。あと私との邪魔しないでよね?」
「ショコ姉さん。お言葉ですが『私との』の『との』ってなんです? 聞き捨てなりません」
「あはは〜〜芽衣ちゃん後輩になっても変わったの言葉遣いだけね、丁寧になったの。あのねこの際言っとくけど私と優兄さんはディスティニーなの!」
「彩羽ちゃんもなの? 実は私も〜〜抱きっ!」
「うわ、歩!? なに、お前もう飲んでるの?」
「歩さん! その危険物、優ちゃんから離してください!」
「危険物? 危険じゃないよ? むしろ気持ちいいよね〜〜優」
ダメだ。完全に酔ってる。二の腕に絡みついて、なんかすっごい圧力で歩の胸が! あと背中の芽衣ちゃん。無意識で爪を立ててるし、ショコはなんか「ガルルル」言ってる。
「和正君、ヤバい。ここはひとまず逃げよう!」
「あっ、お兄さん。ちょ、ここの部分なんですけど〜〜」
「そんなのあとあと!」
俺は脱兎のごとくプールサイドを抜け出した。ここまでの賑やかさは望んでない。
「あっ、お兄やん。うちとグルメツアーに行かんか?」
「あっ、えっとあの〜〜スイマセン、お腹いっぱいです!」
「お兄後輩肩もんで」
「あっ、俺……視力悪いんで揉んじゃ駄目なとこ揉みそうです!」
「優兄さん!」
「優ちゃん!」
「優〜〜」
「お兄さん!」
ここまでの、賑やかさは望んでない! でも、まぁ、いいか。うん、今を楽しもう! 今を!
□□作者より□□
長々とお付き合いいただきありがとうございます。
本話をもちまして、ショコランティーナの物語に一段落をつけたいと思います。
2部3部の構想もありましたが、新たな物語に挑戦をしたいと考え、ここにひとまず完結とさせていただきます。
応援頂き心から感謝します。
次回作は11月29日になります。
次回作より更新時間は朝方にしたいと思います。
変わらぬ応援頂ければ幸いです。
アサガキタ。
生配信をすっぽかしそうになった、たわわ系Vtuberを助けたら、なんか懐かれたので一緒に暮らします。下心? あります! アサガキタ @sazanami023
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