プロローグ/特戦機甲タングラス

第17話 傑機計画(1)

「――つまり、星歌三獣唱アステリズムはムー大陸の守護獣だったんだ」


 突として告げられた事実に、白縹主水は「理解」を先送りしそうになった。

 〔ステラゼノン〕の劇的なデビュー戦の翌日、B-Lasterの活動拠点である芸能プロダクション『プラネタリウム』のオフィスは静まり返っていた。出し抜けに現れた来訪者、有賀イオの話に皆が言葉を失っていたのだ。

 主水はB-Lasterの後ろに立ちながら、目の前に座るイオを見下ろした。

 有賀イオは、自らを「探検家」と名乗った。彼の隣に横たわるサファリハットにはいくつもの修繕の跡があり、泥や草のシミでまだら模様になったサファリジャケットと、健康的に焼けた肌に残る無数の小さな傷が、彼の「探検」がごっこ遊びでないことを物語っていた。探検とは程遠い空調の効いた部屋にいる今も好奇心が休まらないのだろう、頬はほんのりと赤みを帯び、瑞々しい果実のようである。しかし、その幼さの残る甘い瞳の奥には子どもらしかぬ知性が光っていた。


「あの、ムー大陸って、おとぎ話じゃないんですか?」


 みのりはイオの夢を壊すまいと恐る恐る訊ねた。イオは返事の代わりに、鞄から一冊の大学ノートを取り出した。表紙には年齢相応の拙い文字で「ムー大陸のナゾ」と書かれている。まずそれを手にしたのは、カラレス・仙であった。興味半分といった面持ちであったが、ノートをめくるたびに眉間の皺が深くなる。そして、ようやく顔をあげた仙の顔は、超常現象を目の当たりにした時のそれであった。


「有賀イオくん、これは全てキミが調べたのかい?」

「うん、そうだよ。もちろんボクひとりの力じゃないけどね」

「……許されるのであれば、今すぐにでもSRCにスカウトしたいものだよ」


 主水とルイは息を呑んだ。仙は、相手が子どもだろうとお世辞を言うような人間ではない。その仙がイオのノートの内容を否定しなかったということは、超常現象対策部の長が、イオの話を子どもの空想ではなく――綿密な調査と多角的な考察によって裏付けされた「事実」であると認めたことに等しかった。つまり、ムー大陸は実在し、そこにはかつて〔星歌三獣唱アステリズム〕を製造できるほどの科学力を持つ文明が築かれていたということだ。


「それで、〈星の巫女ハルステラ〉っていうのは結局なんなのよ」横から円が口をはさんだ。

「それを説明するには、まず『聖ラニブラ王国』の説明から始めないといけないんだ」

「ン、昨日も聞いた名前」

「聖ラニブラ王国はね、卓越した科学力を以てムー大陸から1万2千年前の地球を支配していた超古代文明なんだ」


 イオの言葉に熱が籠る。

 聖ラニブラ王国には、〔星歌三獣唱アステリズム〕を作り出すほどの超常的な科学力と両輪をなす力があった。それは〈エスプリウム〉と呼ばれる超自然エネルギーの採取・加工技術だ。

 〈エスプリウム〉とは、地球全体に張り巡らされた地脈の中を流れるエネルギー、すなわち『地球の血液』ともいえる力だ。〈エスプリウム〉を自在にできるということは、星の力を手にしたも同然。この両輪により、聖ラニブラ王国はかつての地球上で栄華を極めていたのだった。


「王国内でも特に〈エスプリウム〉を操る術に長けた人たちのことを〈星の巫女ハルステラ〉と呼び大事にされていた。そして彼女たちを守るために作られたのか星歌三獣唱アステリズムなんだ」


 一息に語り終えたイオは、用意してもらっていたオレンジジュースを口にした。熱くなった喉を冷やす甘味と酸味が心地よい。


「アタシたちが、その王国とやらの〈星の巫女ハルステラ〉と同じ力を持っているっていうことは、つまりアタシたちはムー大陸の人間の血を引いているってこと?」


 円は頭を捻りながら訊ねた。それに、イオはコップを置いて頭を横に振る。


「分からない。クレイヴァーが言うには〈星の巫女ハルステラ〉は飽くまで聖ラニブラ王国が確認できた能力者たちのことであって、王国が建国する前から似たような力を持つ人は存在していたらしいんだ」

「彼女たちの〈ウルティメット〉の正体が〈星の巫女ハルステラ〉に由来するものだとすれば、どのようにすれば力をコントロール出来るんだ?」

「そうだね、せめて暴走への予防策だけでも知りたいところだ」

「ン、私もそれが一番気になっていた」


 主水らSRC組は前のめりになった。

 SRCの目的は、赤羽根みのりと群青院円の〈ウルティメット〉を調べ、暴走を未然に防ぐことだ。しかし、超常現象――特に〈ウルティメット〉は前例がなく、調査は五里霧中の状態で行わなければならないのが殆どであった。その中に現れたイオは、〈ウルティメット〉の解明に大きな進展をもたらすことになるかもしれない、まさに霧の中に差す光であった。


「うーん、そうだなぁ。それはボクが話すよりも、クレイヴァーに直接聞いてもらった方がいいかな」

「ああ、あの低い声の……」


 イオが口にした名は円にも覚えがあった。〔星歌三獣唱アステリズム〕に乗ったB-Lasterらに語りかけてきたもうひとつの声の主だ。


「そのクレイヴァーさんはどこにいるんですか?」


 みのりはぐるりと視線を巡らせたが、今オフィスにいるのは会話に参加している6人だけだ。


「ここにいるよ」

「え?」

「待っててね、今


 みのりは言葉の意味が理解できないまま、窓際に向かうイオの背中を目で追った。

 イオは静かに窓を開けると、踵を返し、みのりに向かって手招きをした。みのりは困惑の表情を浮かべながらも、イオの元へと歩み寄る。

 するとイオは、みのりに見せるように自身の服の袖をめくった。服の下に現れたのは、柔らかな腕の上で輝くブレスレットだった。ブレスレットの中心には、太陽を背に交差する二本の剣を象る装飾があった。知らない歴史を乗せた異国情緒のあるデザインに、みのりは〔ステラゼノン〕へと合体する直前に現れた紋章を思い出した。


「出てきて、クレイヴァー!」


 イオは窓の外にブレスレットを向けながら、はつらつと相棒の名を呼んだ。その瞬間、イオに応えるようにブレスレットの紋章から光が放たれた。閉ざされていた扉の向こうから光が漏れ出すように、光は明るさを増しオフィスの中を包んでいった。思わずみのりは小さな悲鳴と共に目を閉じた。

 そして、視界が戻ったみのりの目に飛び込んできたのは、窓の外から自分たちを覗き込む巨大ロボットの顔だった。

 ロボットはしばし静かにみのりたちを見つめていたが、やがて巨大な体を少し前に傾け、まるで礼をするかのように頭を垂れた。そして、自動車ほどの大きさのある口からは想像できないほど丁寧な言葉を紡ぎだした。


「お目にかかれて光栄です、〈星の巫女ハルステラ〉殿。私の名はクレイヴァー、聖ラニブラ王国の聖騎士です。先日テレパシーでお話しましたが、こうして直接お会いするのは初めてですね」

「え、あ、こ、こちらこそ……?」


 みのりは釣られるように頭を下げた。

 一見すると微笑ましい光景だが、主水たちの顔は険しかった。


「今、突然現れたよね……?」

「それより私には、あのロボットが直接喋っているように見えるのだけれどね」

「まさか、〔レイスドール〕の少女と同じ能力者か?」


 主水たちの視線に気が付いたクレイヴァーは、まるで微笑むように口角を持ち上げ、静かに頭を左右に振った。


「驚かれるのも無理はありません。しかし、私の魂が宿る器はこの体の他にありません」

「つまり、生身の体ではなく機械の体で生まれた『機械生命体』ということかい?」仙が要約する。

「多少の齟齬はありますが、そう捉えてもらっても構いません」

「最早口にするのも憚れるが……有賀くん、キミには驚かされっぱなしだな」

「へへ……それよりボクが今日ここを訊ねたのは、ただムー大陸の話をするためだけじゃないんだ」イオはこほんと咳をする。「実は〈星の巫女ハルステラ〉であるB-Lasterと超常現象調査の専門家であるSRCのみんなに協力してほしいことがあるからなんだ」


 主水は、当然のようにSRCの活動を知るイオの知識量に舌を巻きながらも、次の言葉を待った。

 イオの話を継ぎ、クレイヴァーが口を開く。その口ぶりはみのりに挨拶をしたときとは異なり重々しい。


「突然、このようなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが――今、地球に恐るべき脅威が迫っています」

「恐るべき脅威、ですか?」みのりが聞き返す。

「『奴ら』は恐ろしい存在です。『奴ら』から地球を守るためにも、我々には『力』が必要です。そのためには皆さんの協力が不可欠だと、先の戦いを見て確信しました」

「脅威については後で説明してもらうとして、その『力』というのは、単に私たちの戦力だけを指しているわけではなさそうだね?」


 仙の問いに、クレイヴァーは力強く頷いた。


「私が真の力を取り戻すため――共に〔鎧〕を探してほしいのです」



 同時刻、地球防衛軍ナラボー基地――

 格納庫の中にオーストラリアの乾いた風が吹き込んだ。

 豊かな生命の息吹を乗せた風を受け、鋼鉄の巨人に火が点る。

 〔タングラス〕――〔フォルティード〕をベースに造られた地球防衛軍の防衛機だ。〔フォルティード〕の面影を残しながらも、全身を覆う鎧によってまるで異なるフォルムとなっている。

 整備員のひとりが額の汗を拭った。オーストラリアは冬を迎えたというのに、格納庫の中は熱気に包まれていた。誰もが突き上げるような感情を抱きながら〔タングラス〕を見上げていたのだ。


「TALESシステム、接続確認。タクティカルデータ同期確認、データリンク正常、システムオールグリーン」


 コックピットからの声が格納庫中に投げかけられた。いつもは機械的に行われるシークエンスにも感情が籠る。

 ノア・ベルトランドは、シークエンスの最中にもコックピットシートから体を浮かせてポジショニングを調整していた。考えうる限り万全の状態で出撃したかったからだ。

 オペレーターから出撃許可が降りる。その名残り惜しさの混じった声に、ノアは同じ基地の仲間たちとの繋がりを感じ、嬉しく思った。


「行こう、タングラス。これがお前との最後の任務だ」


 〔タングラス〕の赤い瞳が輝き、格納庫に重々しい足音が響き渡る。

 青く澄み渡る空の下、巨人を覆う濃緑の鎧が太陽の光を浴びて美しく輝いた。

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空想傑機ロボだらけ たいちよ @Taitiyo

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