第16話 繋がって、ウルティメット(13)

「ひとまずは部下の無事を喜ぶべきだろうね」


 カラレス・仙は、オペラグラスを外すと小さく息を吐いた。

 SRCとの連絡手段のみを残し、通信機の電源はとっくに落としていた。〔ステラゼノン〕が出現してから、関係各所から逐一状況を求められてキリがないのだ

 上空から〔ステラゼノン〕が凱旋する。その姿は、どこか誇らしげだ。いつもステージから降りるアイドルたちを迎える主水は、このような気分なのだろうかと仙は思った。しかし、手放しに喜ぶことはできない。


「ただの量産機を〈傑機〉へと変える力、か……」


 仙は空を仰いで、目を細めた。

 あの三つの輝きを纏う雄姿こそ、〈ウルティメット〉の底知れぬ力の証左なのだから。



 山間にあるゴルフ場跡地に、無数の大きな鉄塊が転がっていた。砂だまりのバンカーには、真っ二つに裂かれた輸送機が黒煙をあげ墓標のように突き刺さっている。ここには新鮮な死の臭いが充満していた。かろうじで動きがあるのは、四肢を失い地べたに這いつくばる〔フォルティード〕だけだ。

 そして、満身創痍の防衛機のコックピットハッチを足蹴にする少女がいた。


 ――化け物め。

 男は〔フォルティード〕のコックピットの中で呪詛を吐き、モニター越しに自分を見下す少女を見た。

 悪い夢でも見ているようだ。

 この年端もいかない少女が、など、誰が信じてくれようか。

 男は無念を噛み締めるように強く目を閉じた。

 次の休みにキャバクラ行脚を目論んでいた大介、ペットの犬に子どもが生まれたと喜んでいた晴子、〔フォルティード〕の可能性を熱く語っていた一平、同期としてしのぎを削りあっていた純。男は今晩、彼らが自分の誕生日パーティーを密かに計画してくれていたことを知っていた。だから、SRCからの緊急応援要請にはいつも以上の気迫で臨んだというのに――まさか、こんな幕引きになるなんて。


「お前みたいな危険な存在を野放しにできるものか――地球防衛軍をなめるなよッ!」


 男は怒りで目を見開き、一心不乱にコンソールをたたき始めた。

 〔フォルティード〕に自爆装置はない。しかし、マニュアルにはない裏技があるのだ。それは特定の手順でエネルギーバイパスの挙動を弄ることで暴走させ、疑似的な自爆を行えるというものだ。当然、この裏技は発見後即座に修正されたのだが、実は彼はそのアップデートを行わなかったのだ。暴走は、疑似的な自爆だけでなく一時的な機動性向上にも使えたからだ。

 男は仕上げにパネルを外し、むき出しになった配線を引き千切ると無理矢理に接続を変更した。すると、モニター内に急激なエネルギーの上昇が表示され、異常を検知した管理システムがけたたましい警告音を鳴らし始めた。これで準備は整った。

 しかし、少女は〔フォルティード〕の異変にすぐに気が付いた。手に握った漆黒の剣を振り上げる。コックピットハッチごとパイロットを貫くつもりだ。

 自爆さえも出来ないのか――男は少女を睨み、そして愕然とした。

 少女が、とてもつまらなさそうな顔をしていたからだ。

 それがこれから、人ひとりの人生を終わらせる人間のする顔なのか。男の中で怒りと恐怖と諦念がない交ぜになり、遂には訳が分からなくなって首が下がる――その時、モニター一面を巨大な影が覆った。


「……赤い鬼?」


 人間離れした動きで跳躍した少女は、宙で姿勢を整えながら訝しんだ。

 少女と〔フォルティード〕の間に現れたのは、まるで炎を纏っているかのように真っ赤な巨大ロボットだった。

 赤いロボットは濃緑の双眸を光らせ、一振りの刀を少女に向けた。


「その目にしかと焼き付けよ。これぞ我が『魂操術こんそうる』の真骨頂。

 荒ぶる炎の大甲冑、その名も『アラミカグツチ』ッ!!」


 少女は猫のように軽やかに着地すると、得心がいったようにアラミカグツチを見上げた。


「そう、あなたもなのね」


 アラミカグツチのコックピットの中で、宇良良太郎うらりょうたろうは眉をひそめた。


火倶弥かぐやさん、あの子が本当に〈超命種〉なのかい?」

「阿呆め。外見なんぞ何の判断基準にもならぬことを、わしを見て分からんか」

「やりにくい、という意味だよ」


 良太郎の操縦席よりも一段高い後部座席で、火倶弥はふんぞり返った。見た目こそ外の少女よりも一回り幼い女児であるが、27年生きた良太郎よりも遥かに長い年月を過ごしてきたという。


「おい、そこな鉄屑」火倶弥は〔フォルティード〕に目をやり「何やら妙なことを企んでいるようじゃが、やめておけ。こやつの始末はわしがしてやる」

「操縦するのは私だけどね」

「ええい、口うるさい男じゃ!」

「……あなたも楽しそうね」冷めた目で少女はいった。

「フン、貴様のような輩がいなければ言うことはないのだがな」

「羨ましいわ」

「構えろ、良太郎」

「しかし」良太郎は納得できずにいた。巨大ロボットで生身の少女と戦うのは流石に良心が痛む。

「『約束』を忘れたか」

「……仰せのままに」


 良太郎と火倶弥は、自分の利益のために互いを利用しあうという意味では対等の関係だ。しかし、アラミカグツチの中では別だ。良太郎の具申を火倶弥が受け入れることはあれど、最終的な決定権は火倶弥にある。その火倶弥が有無を言わさず「やれ」と命じるのであれば、良太郎は従うしかないのだ。


(阿呆めが。彼奴の異常さに気付けなんだか)


 少女の底知れない力の波動が、アラミカグツチの分厚い鎧を突き抜けて火倶弥の肌を刺す。大甲冑と生身の少女の圧倒的な大きさの差にも関わらず、火倶弥は絶対的な優位性を確信できずにいた。

 まるで周囲に見えない火種がばらまかれたように、両者の間に流れる緊張感は極限に達する。時間が止まったかのような静寂の中、次の瞬間に起こる爆発を誰もが予感していた。


「……あ、迎えに行かなきゃ」


 張り詰めた空気の真っ只中で、少女は他人事のように沈黙を破った。

 少女は途端にアラミカグツチへの興味をなくしたように踵を返した。


「ま、待て、どこへ行くつもりじゃ?」


 少女の突拍子もない行動に呆気を取られた火倶弥は、威厳もなにもない困惑した声を漏らした。

 しかし少女は気にも留めずに、瞬く間に火倶弥たちの前から姿を消したのであった。

 ひゅうっと、鉄の焦げた臭いと青葉の香りを乗せた風が、呆然と立ち尽くすアラミカグツチを撫でた。

 言葉をなくし、わなわなと震える火倶弥から目を離すと、良太郎は自分たちを見上げる男に気が付いた。あの四肢をもがれたロボットのパイロットだろう。ともすれば、このまま放っておくわけにもいくまい。良太郎は大甲冑の鎧を開けて、アラミカグツチから顔を出した。


「ご無事でなによりです」

「あんたは、いったい?」

「私の名は宇良良太郎――『機神教』の教祖をしております。以後、お見知りおきを」

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