第15話 繋がって、ウルティメット(12)
『星唱合体ステラゼノン! ゴー、ステージ!』
〈B-Laster〉のかけ声は、大空高く音吐朗々として響いた。
「……なんだこれは?」主水は疲れた表情でいった。
「なにって、このロボットの名前じゃない」
「ン、頭に浮かんできた」
「そういうことを言っているんじゃない。キミたちは今の状況に何も疑問を抱かないのか?」
主水は平然としているアイドルたちを見咎めた。四機のコックピットが連結したことで、四人は〔ステラゼノン〕の内部で合流した形になっているのだ。
「その、わたしはお兄ちゃんと合流できたし、後は野となれ山となれというか」みのりは照れるように頬をかいた。
「アタシなんてウォクスに乗せられた時点で理解は諦めたわ」
「胸を張って言うことではないだろう」
「うるさいわね。もうここまで来たら、アドリブでやり切るしかないでしょ」
言い切る円に、主水は大きく息を吸った。嘆息ではなく、頭を冷やすための深呼吸だ。
「……そうだな。群青院くんの言うことはもっともだ。これがキミたちの〈ウルティメット〉によって引き起こされた超常現象かどうかは、今考えることではないな」
「どうやら本体の操縦は班長の担当みたい」ルイは宙に映された光の文字を目で追う。「火器管制は私たちに任せて」
「最後にもう一度訊ねるが、赤羽根くんも群青院くんも降りるつもりはないんだな?」
「当り前よ。どんな状況だろうと、一度ステージに上がったアイドルに途中退場はないのよ」
「わたしも頑張る!」みのりは興奮しきった顔で頷いた。
「……いいだろう。ならば、俺も俺の役目を全うする!」
〔ステラゼノン〕は四人の覚悟と決意を受け止め、全身を震わせた。
「何が合体よぉぉ!」
〔レイスドール〕が鉤爪を振り下ろす。
〔ステラゼノン〕の頭上から、刃のように鋭い爪が列をなして迫りくる。下手に受け止めようとすれば、バターカッターを当てられたバターのように体がバラバラになってしまうだろう。
「浅黄特尉、何か武器はないのか!」
「アタシに任せなさい! ドルフィンカッター!」
円の叫びに応えた〔ステラゼノン〕は、青い両腕――〔ウォクス〕――のヒレを輝かせると、ビームの刃のように鋭く伸ばした。
咄嗟に主水は〔ステラゼノン〕の両腕をクロスさせて鉤爪を待ち構えた。そしてドルフィンカッターと鉤爪と激突する瞬間に合わせて、断ち切るように両腕を思い切り開いた。火花と共に、細切れになった鉤爪が〔ステラゼノン〕の周囲に散った。
「……今のは?」主水は〔レイスドール〕を睨んだまま、円を一瞥した。
「す、ステラゼノンの名前と同じで、自然と頭に浮かんできたのよ」円はそっぽを向く。
「ン、どうやらステラゼノンの武装は、私たちの音声によって開放されるみたい」
「火器管制とは、そういうことか……」
恐らく彼女たちの声がなければ、〔ステラゼノン〕は剣ひとつ振るうことも出来ないのだろうと主水は推測した。
防衛機の中には音声入力に対応した機体も存在するが、メインパイロットが自由に武装を選べないような操縦方法など聞いたことがない。
この非合理さと、道理を超越した圧倒的パワーのアンバランスさに主水は舌を巻いた。
「なんで、なんで、なんで、なんで」
〔レイスドール〕の中の暗闇で、少女の声だけが痛々しく反響する。
気に食わない、気に食わない、気に食わない。
容姿に恵まれただけのアイドルには決して分からない苦悩。
孤独に耐えて耐えて耐えきったからこそ、手に入れたこの力。
くだらない人間もつまらない世界もまとめて見下せるここは自分の独壇場だったはずなのに。
なのに、どうして、アイドルがロボットに乗っているのだ!?
「これ以上、私から奪うなぁぁぁぁ!!」
〔レイスドール〕の全身から飛び出した触手が、互いに引き寄せられるように緊密に絡み合う。細かった触手は次第に太く、固くなり、そして槌状の形へと姿を変えていった。質量任せに〔ステラゼノン〕を圧殺するつもりだ。
触手の槌が空気を押し込みながら〔ステラゼノン〕を影で覆う。地面は震え、〔ステラゼノン〕の背丈よりも高いビルが次々と粉々に砕けていった。
「きゃああ!」みのりは逃げるように顔を下に向け両手で頭を覆う。
「こ、このままじゃペチャンコになるわよ!?」円は唾を飛ばす勢いで声を張り上げる。
「大丈夫、私に任せて」ルイが静かにいった。「バウンスプライド」
〔ステラゼノン〕の黄色い両足――〔ユバ〕――の外装が開き、星のように小さく光る粒子を放出した。星の群れは主を守るように〔ステラゼノン〕の周囲で軌道を描き、やがてドーム状の力場になった。
「来るぞ!」
「大丈夫、受け止められる」
〔ステラゼノン〕の両腕が触手の槌をがっちりと掴んだ。その瞬間、衝撃波が広がり周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
触手の槌と〔ステラゼノン〕の間に、壮絶な力の均衡が生まれる。〔ステラゼノン〕は決して押し負けることなく、槌を受け止め続けた。
それが可能なのは〔ステラゼノン〕の馬力だけが理由ではない。これこそが、〔ステラゼノン〕を支えるように広がるバウンスフィールドの効力なのだ。あらゆる衝撃を跳ね返すバウンスフィールドの特性により、巨大な槌の質量が生み出す莫大なエネルギーから〔ステラゼノン〕を守っているのだ。現に、これほどの質量に晒されているにも関わらず、バウンスフィールドに覆われた〔ステラゼノン〕と足元の道路には傷ひとつ付いてない。
「やるじゃない!」円は指を弾いた。
「だが、このままではジリ貧だ」主水は奥歯をかみしめた。
「お、お兄ちゃん、わたしも頼って!」みのりは握りこぶしを作り、主水を見つめた。
「……任せたぞ、みのり」
「うん! ――スターウイング!」
赤い翼――〔ベックス〕――が鳴動し、熱を生み始めた。次第に音は高くなり、熱で空気が揺れてくる。そして赤い翼が火を噴くと〔ステラゼノン〕が勢いよく飛翔した。自分よりも何倍も大きな〔レイスドール〕を引っ張っているにも関わらず、まったく減速することなく空を突き抜ける。
「な、なんなの!?」
少女は反発するように叫ぶが、〔レイスドール〕の触手は〔ステラゼノン〕の握力から逃れられない。
めりめりめり。根のように〔レイスドール〕の体を支えていた触手が凄まじい勢いで引き剥がされる。そして遂に〔レイスドール〕の巨体が空中へと投げ出された。その様子は、みのりが子どもの頃に読んでいた絵本のようだった。
「大きなカブが引っこ抜けた!」
「〈ステラゼノン〉の馬力を信じるぞ!」
〔ステラゼノン〕は空中に釘を刺したかのように急停止すると、握っている触手を脇でがっつりと固め、力任せに〔レイスドール〕を振り回し始めた。ジャイアントスイングだ。遠心力で二機の高度が横並びになり、更に回転速度は増していく。気流を乱すほどの勢いは、そのまま竜巻が作られそうだ。
「これって……」
〈B-Laster〉たちの顔が仄かな光で照らされる。目の前に、マイクのような形をしたスティックが現れたのだ。三人は迷うことなく、それを手にした。ここが〔ステラゼノン〕が奏でる歌のサビだと確信したのだ。
「マネージャー、〔レイスドール〕をぶん投げて!」
「うおおお!」
勢いをそのままに、ハンマー投げの要領で〔レイスドール〕を更に上空へと放り投げた。
〔ステラゼノン〕は胸の獅子を〔レイスドール〕に向けると、両腕を左右に広げ、人間が力こぶを作るように肘を屈曲させた。すると、全身を駆け巡っていたエネルギーが流れを変えて、獅子の口へと集まっていった。
コンソールに表示されたエネルギーゲージが振り切れる。主水は驚きで目が広げたが、ここまで来たらアイドルたちを信じるだけだ。
「今よ! ぶっ放せぇぇー!」
円の号令に合わせて、〈B-Laster〉はスティックに向かい高らかに歌い上げる。
『アステルブラスター!!』
獅子の瞳が輝き、口から光が溢れ出す。
〈B-Laster〉の歌声を乗せた〔ステラゼノン〕の勝利の歌は、光をボルテクスさせて青空を切り裂いた。
「どうして貴方たちはこんなところでも輝くのよ! ひとつくらい私に譲ってくれてもいいじゃない! どうして、どうしてよぉぉ!!」
しかし少女の怨嗟の声は光の奔流の中で、誰にも届くことなく消えていった。
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