第14話 繋がって、ウルティメット(11)
〔フォルティード〕は鋼鉄の触手によって手足を縛られ、十字の形で拘束されていた。致命的な破損はないものの、全身の至るところに線状の傷ができている。主水は脱出を試みるが、蓄積されたダメージと屈強な触手のせいで、〔フォルティード〕の四肢を僅かに動かすことも出来ない。
〔レイスドール〕から伸びた一本の触手が、指で撫でるように〔フォルティード〕の胸部装甲を削る。
「ねぇ、おじさま。今のアイドルって気味が悪いと思いませんか?」
「なに?」主水は眉を潜めた。彼女は何が言いたいのか。
「表面だけの美しさに、空っぽな内面。
大衆に求められる仕草を繰り返し、嘘っぱちの笑顔を貼り付けば可愛がられる、まるで大量生産された人形のよう。
だけど人に媚びるために作られた偶像は、やがて飽きられる。そんなことも分からず、自分が永遠に愛されると思い込んでいる彼女たちが哀れで仕方がないんです」
〔レイスドール〕は仰々しく手振りをする。まるで悲劇のヒロインが、彼女にしか見えないスポットライトの下で踊っているようだった。
(降伏勧告のつもりか?)
主水の眉間の皺が深くなる。その歪んだ思想に同意すれば命だけは奪われないのかもしれない。だが、主水は胸の中で降伏勧告を即座に拒絶した。
大前提として、地球防衛軍の軍人としてテロリストの蛮行を許すわけにはいかない。さらに、彼は身をもって知っているのだ。アイドルは、彼女が語るほど単純ではない――超常現象並みに複雑怪奇な存在だということを。
「何も反論できないようですね」
「……いや、アイドルの世界に足を踏み入れてからまだ二ヶ月しか経っていないというのに、随分と悩まされたと思ってな」
「はあ?」
「断言しよう。彼女たちは、お前よりもよっぽど人間として魅力的だ」
「……死ね」
少女の口から洩れたのは、恐ろしいほど冷たい声だった。
〔フォルティード〕を拘束する触手が蠢き、四肢を捩じ切らんばかりの力が加わった。
そして、〔レイスドール〕から新しく伸びた触手が槍のように突き進む。鋭い穂の先にあるのは〔フォルティード〕のコックピットだ。
「すまない……!」
主水の口から咄嗟に出たのは、謝罪の言葉だった。
しかし、それが誰に対するものなのかは主水自身も意識していなかった。
そして、正面モニターの大部分が触手で埋まったその時――主水の視界が白い閃光に包まれた。
「なに!?」
驚きの声をあげたのは〔レイスドール〕の少女であった。
空から降り注いだ熱線が触手を焼き切ったのだ。
少女がハッと顔を上げると、太陽を背にした巨大な鳥の影があった。
「お兄ちゃんから、どいてください!」
「赤い鳥!?」少女が叫んだ。
「うちのマネージャーに気色悪いことしてんじゃないわよ!」
ブチブチブチと音を立て〔フォルティード〕を縛る触手が両断された。
開放された〔フォルティード〕が顔をあげると、青いイルカの背びれが刀のように煌めいていた。
「と、鳥の次はイルカですって? な、なんなんですか、これは」
目の前で繰り広げられる光景に理解が追い付かず、少女は上ずった声をあげる。
その刹那、〔フォルティード〕と〔ウォクス〕の横から黄色い影が飛び出した。
「狙うは本体……!」
一陣の風と共に獅子の爪が〔レイスドール〕の眼前に迫る。〔レイスドール〕は咄嗟に触手を固めて盾にするが、衝撃までは防ぎ切れなかった。矢の如き勢いで吹き飛ばされた〔レイスドール〕は高層ビルに叩きつけられる。触手の攻撃に巻き込まれて倒壊寸前だったビルは、仇を道連れにするかのように崩れ落ち〔レイスドール〕を押し潰した。
「こ、これは超常現象か?」
主水は目を白黒とさせたが、すぐに超常現象の対策マニュアルを思い出し、何とか冷静であろうと努めた。
超常現象に直面したとき、大切なのは思案ではなく観測だ。客観的な事実のみを記録し、情報を持ち帰る。そして時間をかけて考察と議論を繰り返し、ようやく理解に至るのだ。
つまり、突然現れた色鮮やかな動物のロボットに対して今主水がすべきは驚くことではなく、ひとつでも多くの情報を得ることだ。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「その声は、みのりか!?」
「うわ、本当に乗ってたんだ」
「群青院くん? すると、まさか……」
「ン、私もいる」
「な、なぜキミたちがそこにいるんだ!?」
主水の頭から冷静の二文字が消し飛んだ。あの少女が〔レイスドール〕と変身したときでさえ、ここまで取り乱しはしなかった。
「それより、ルイからアンタたちのことを聞いたわよ」
「なに?」主水はルイに説明を求めるよう〔ユバ〕の方を見た。
「ン、それについては後で報告する」
「正直、ショックはあったけど……ふたりが大切なのは変わりません!」
「……つくづく『常識』からは程遠い存在だな、キミたちは」
主水は脳が揺さぶれる感覚に陥った。これまで幾度も超常現象を目の当たりにしてきたが、ここまで頭が痛くなる状況は初めてだった。昔、主人公の教師が不良だらけのクラスを受け持つドラマがあったが、今なら教師の苦労に共感できる気がする。
四人の間を緩やかな空気が流れ始めたその時、主水たちの足首を掴むような低く冷たい声がした。
すると崩れた鉄骨の隙間から、まるで地獄から這い上がる悪魔の手のように複数の触手が飛び出し、ビルの残骸を吹き飛ばした。
土煙の中から現れたのは〔レイスドール〕だ。着飾るように可憐であった外見が、今や見るも無残な姿へと変わり果ていた。腕部が骨折したようにだらんと垂れ、ゴシック服のような装甲が凹み、傷つき、泥まみれになっていた。
「あのロボットは……機械じゃない?」
ルイは顔をしかめた。
破壊された外装の隙間から覗くのは、機体の内部機構ではなく深い暗闇だ。その暗がりに、何故かルイは〔レイスドール〕のパイロットの心の一端を見た気がした。
「どうしてアイドルがロボットなのよぉぉぉ!!」
断末魔のような叫びと共に、夥しい数の触手が〔レイスドール〕を包み込んだ。
触手は束なり、積み上がり、そして塔を思わせる巨大な集合体となった。塔の上部から〔レイスドール〕の上半身が露わになり、地上の〔フォルティード〕たちを見下す。その変化のない顔貌からは憎悪の感情が剥き出しになっていた。
胴体の左右から、鉤爪のように細く鋭い触手が上空へと伸びた。鉤爪は〔レイスドール〕の頭上で放射状に散らばると、周縁部の地面を建物ごと貫いた。そこは、戦闘区域に指定されたエリアの外――群衆が安全だと錯覚した区域であった。
「ロボットっていうか、怪獣じゃない!」円は仰天した。
「浅黄特尉、お前は二人を連れて退避しろ!」
「それなら班長も一緒に逃げるべき。あの常軌を逸した挙動は恐らく〈傑機〉だと思われる」
「け、〈傑機〉ってなんですか?」みのりは、〔レイスドール〕の周囲を旋回しながら訊ねた。
「たった一機で戦況を変えるほどの力を持つ、英傑の如き機体――それが〈傑機〉だ」主水は沈んだ面持ちで言葉を続ける。「……フォルティードでは束になっても勝てないだろう」
深刻に語る主水に、円は固唾を呑んだ。〈B-Laster〉の躍進の陰には、マネージャーの優れた分析と冷静な判断があったことを円は認めていた。その主水の震えた、絞り出すような声を初めて聞いたのだ。
「ち、ちょっと、何をするつもりよ」
「俺の役目はキミたちを守ることだ。力及ばずとも、時間稼ぎくらいはしてみせる」
全高およそ20メートルの〔フォルティード〕が小さく見えた。脚部の損傷によって不安定になった歩行が、機械の体を震わせている。それでも彼は歩みを止めず、それが自分の役目と言わんばかりに円とルイの前に立った。その背中に、度を逸したファンたちを前に体を張って壁になるマネージャーの姿を見た。
『違う! 私も班長も仕事で手を抜いたことはない。これまで、一度たりとも』
円はルイの言葉を思い出した。彼女を疑ったわけではないが今改めて確信した。
「軍人でも、ロボットに乗っていても、やっぱりアンタはアタシたちのマネージャーよ」
円の体の底から湧き上がる「熱」に応えるように〈
手元に浮かび上がったのは、神秘的な丸い紋章だ。その中心には人の形をした絵が描かれ、周囲を鷹、イルカ、獅子――〈
円は拳を振り上げ、力いっぱい紋章に叩きつけた。同時に、みのりとルイも息を合わせるかのように紋章に手を押し当てる。その瞬間、紋章は波紋のように宙に広がり、輝きを増した。
無数の光が足元から湧き上がり、円たちを包み込む。その光の束はサイリウムのように鮮やかに煌めき、アンコールの喝采の如く彼女たちの中から『奇跡の呪文』を引き出した。
『星唱合体!!』
〔ベックス〕が高らかに鳴いた。風を切って急降下すると、〔フォルティード〕の肩を強固な爪で掴み、赤い翼を広げて一気に青い空へと舞い戻る。
「なっ、何をする!?」主水はレバーを動かすが、システムが操作を受け付けない。
次に、透き通るような音を奏でたのは〔ウォクス〕だ。
遥か彼方に浮かび上がった二つの影を目掛けて飛翔すると、〔ウォクス〕の輝く体が真っ二つに割れ〔フォルティード〕の両腕と一体化した。
「何が起こっているんだ!?」主水は戸惑いで唇を震わせた。
〔ユバ〕が凄まじい咆哮を上げながら、ビルを蹴って跳躍する。〔ユバ〕の頭が胴体から離れると、まるで新たな命を吹き込むように〔フォルティード〕の胸部に嵌まり込む。続けて、残った胴体が左右に分かれ、それぞれが〔フォルティード〕の下半身と合体した。
「誰か説明をしてくれ!」主水の懇願が、コックピットで空しく響く。
〔ウォクス〕は空中で一瞬静止すると、〔ユバ〕と同じように頭と胴体を分離させる。胴体は赤い翼を広げながら〔フォルティード〕の背中に身を寄せ、大空へと広がる巨大な翼が〔フォルティード〕の後ろに力強い影を作る。最後に〔ウォクス〕の頭が兜の形に変形し、〔フォルティード〕の頭に被さった。
常識を破り、定石を蹴り上げ、戦友と共に駆け抜ける背中を押してくれる星の歌声。その歌の名は――
『ステラゼノン! ゴー、ステージ!』
今、混迷極める舞台に、三つの輝きを纏う傑機が踊り出た。
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