第13話 繋がって、ウルティメット(10)

 円は赤ん坊の頃の記憶を思い出した。

 両親から甘い言葉を囁かれ、ゆりかごに身を任せるだけの日々。多分あれもひとつの幸せの形ではあったのだろう。

 電車のように持続する揺れで、円は目を覚ました。


「ん、ここは……そうだ、アタシは巨大なイルカのロボットに食べられて……」


 円は一旦、思考を止めた。正しく記憶を辿っているはずなのに、風邪を引いたときに見る夢のような内容しか思い出せないからだ。


『円、みのり、二人とも無事!?』


 ルイの切羽詰まった声が、円の頭の中に響いた。円は弾けるように飛び跳ね、天井に頭をぶつけてしまう。ようやく自分が椅子に座っていたことに気が付いた。


『い、イタタ……もしかして、ルイちゃんと円ちゃんですか?』


 続いて、みのりの涙汲む声が聞こえる。もしかして自分と同じように頭を打ったのだろうか。

 

「な、なにがどうなってるの?」


 円を囲う壁には、ビルを始めとする様々な建物がでかでかと映されていた。これは外の様子なのだろう。

 困惑しながらも流れる景色を見ていた円は、再び天井に頭をぶつけそうになった。

 隣を巨大な赤い鷹が滑空していたからだ。

 赤い鷹と視線がぶつかる。


『ひ、ひょっとして円ちゃん、その青いイルカの中にいるんですか?』

「み、みのりなの!? ということは、そっちの黄色いライオンには」

『ン、私』ルイの返事と共にライオンのロボットは、たてがみを揺らした。

「つまり、みのりが赤い鷹、ルイが黄色いライオンに、そしてアタシが青いイルカに食べられたってこと?」円は自分に説明するようにいった。

『消化はされなさそうだけれど』

『ルイちゃん、すごい。こんなときでも取り乱さないなんて』みのりは感心する。

『ン、もう十分驚いたから。大切なのは、頭を切り替えること』

「そんなストレス解消法みたいな方法で、どうにかできる状況じゃないでしょ」


 呆れる円に、新しい声が届いた。まだ声変わりを経ていない少年特有の高い声だ。


『もしもーし、ボクの声が聞こえますか?』

「こ、今度はなによ!?」

『男の子?』

『一体どこから……』


 みのりとルイも同時に戸惑う。どうやら少年の声は全員に聞こえるようだ。

 三人の声も向こうに届いているのだろう。声の主は安堵した様子で喋り始めた。


『よかった、繋がった。はじめまして、ボクは有賀あるかイオ。お姉さんたちが現代の〈星の巫女ハルステラ〉なんだね』

「はあ? 〈星の巫女ハルステラ〉?」

『……もしかして、〈ブラスター〉のことを言っているの?』

『それってグループ名じゃなくて、ルイちゃんが言っていた〈ウルティメット〉のことですか?』

「イオって言ったわね。一体全体これはどういう状況なのよ。アンタが知っていることを全部吐きなさい!」


 円は鬱憤を晴らすようにきつい物言いになる。

 イオは年上の女性からの思わぬ圧力に困ったように笑った。


『あ、あはは。そうしたいのは山々だけど、今はそれよりも大切なことがあるんじゃないかな』

『そうです、お兄ちゃんが!』


 みのりは悲鳴に似た声をあげる。

 彼女に言葉を返したのは、イオと名乗る少年とは別の声の主であった。


『巫女殿には守りたい者がいるのだな』


 聞こえてきたのは、沈着かつ堂々とした声色だ。


「今度は誰?」

『私の名はクレイヴァー。聖ラニブラ王国の聖騎士です』

『聖ラニブラ王国? そんな名前の国は聞いたことないけど……』

『今、巫女殿が搭乗しているのはラニブラを守る守護獣、〈星歌三獣唱アステリズム〉です』

『〈星歌三獣唱アステリズム〉……ベックス?』


 みのりは夢の中の出来事を思い出したかのように呟いた。すると、みのりを乗せた赤い鷹のロボット――〔ベックス〕はくちばしを開けて鳴いた。


『ユバ』

「あんたは、ウォクスっていうのね?」


 みのりに引っ張られるように、円とルイの頭の中にもロボットの名前が浮かびあがった。少女たちに応える〈星歌三獣唱アステリズム〉の声が重なりメロディが生まれる。それは、まるで歓喜の歌を奏でているかのようだった。


『すごい……』みのりは自分の中から不安が消えていくのを感じた。

「へぇ、いい歌を歌うじゃない」

『〈星歌三獣唱アステリズム〉が、貴方方を主と認めたのです』

『彼らは〈星の巫女ハルステラ〉として目覚めた人の力になってくれるんだって』横からイオがいった。

『もしかして、それが二人の……いや、私たちの〈ウルティメット〉?』


 〈星歌三獣唱アステリズム〉の歌が変わる。次は、背中を押すように早いテンポのリズムだ。

 言葉は理解できない。しかし、彼らの歌に込められた意思が円たちの魂を揺さぶった。


「……行けっていうのね、アイツのところに」

『やりましょう、円ちゃん、ルイちゃん!』

『ン、この力があれば――班長を助けられる』

『頑張ってね、お姉さんたち』

『貴方方に太陽神の加護があらんことを』

 

 イオとクレイヴァーの声が途切れた。

 果たして二人の言葉を信じていいものか――いや、と円はかぶりを振った。今更疑っても仕方ない。

 円が視線をあげると、空に昇る土煙が見えた。あそこにマネージャーがいる。


「今度のステージは、ロボットってわけね」円は自分を鼓舞するようにいった。「どんな状況だろうと、アイドルがステージに立ったらやることはひとつ――自分の全てを出し切るだけよ!」

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