第12話 繋がって、ウルティメット(9)
街は思いのほか静かであった。警報が出された直後こそ騒然としていたが、多くの者は自分たちの居場所が戦闘区域から離れていると知るや否や、その場で立ち止まり自分のスマホに視線を向けてはじめた。巨大ロボット同士の戦いをネット中継で見るためだ。一騎打ちということもあってか、彼らに自分が巻き込まれるかもしれないという危機感はない。声を荒げて避難を促す警察に舌を打つ者もいる始末だ。兵士たちが戦場で命を削りあう姿も、スマホを通せば群衆にとってはエンターテイメントなのだ。
「ご、ごめんなさい、ちょっと休んでもいいですか」
みのりが足を止めて、前かがみになった。息は荒く、顔はほんのりと紅潮している。
無理もないとルイは思った。緊急速報が届いてから、休む間もなくここまで走ってきたのだ。
「ていうか、本当にこっちの道であってるんでしょうね?」円は怪訝そうに尋ねた。
ルイが先導して進んでいたのは、SRCが予め用意しておいた避難経路のひとつだ。この騒ぎに乗じて二人が狙われることを危惧し、いくつかの地下道を経由しているため、何も知らない円から見たら行く当てもなくさまよっていると思われても仕方がない。
「ン、二人とも安心して。ここまで来ればもう大丈夫」
今、ルイたちがいるのは小さな公園だ。元々人通りの少ない場所だが、この緊急事態を受けて辺りに人影はない。
「ちょっとみのり、大丈夫なの?」
「ご、ごめんなさい。さっきの新曲を歌い終わってから、なんだか体が火照っちゃって」
「実はアタシもまだ余韻が抜けきってないのよね。……なによ、ルイ。額に皺が寄っているわよ」
「……私も胸の奥が熱くなっているの」
「それだけアタシたちのパフォーマンスが凄かったってことでしょ」
円が満足した様子で頷くが、ルイは素直に同意できなかった。
興奮収まりきらぬ――そのような生ぬるい熱ではない。消し炭に再び火が点くように、体の芯で何かが燃えている。ルイはこの感覚に覚えがあった。
(もしかして、〈ウルティメット〉?)
おおい、と男性が声をあげた。スーツを着た小太りの中年男性が息を切らして駆け寄ってくる。〈B-Laster〉が所属する芸能プロダクション「プラネタリウム」の事務員、
「さ、三人とも無事だったようだね」上森は額の汗を拭いながらいった。
「上森さん、どうしてここに?」円が訊ねる。
「いや、偶然キミたちを見つけてね」
「ン、グッドタイミング」
もちろん、偶然というのは嘘である。緊急事態時にはルイが二人を連れて、この公園で上森と合流する手筈になっているのだ。
「あっちに車を停めてある。さあ、早く乗って!」
「ま、待ってください」みのりは顔を強張らせ「あの、お兄ちゃ、マネージャーを知りませんか? もしかして、はぐれたわたしたちを探してくれているんじゃ……」
「安心して、彼なら先に避難しているよ」
上森はみのりの不安を和らげようと、大げさに首を縦に振った。
ルイもそれに便乗して頷く。
しかし、円は二人に対して首を横に振った。
「嘘ね。アイツが我が身可愛さで、仕事を途中で投げ出すわけがないわ」
「そ、そうですよ。マネージャーは私たちを見捨てたりしません」
「それに上森さんは偶然ここに来たっていうけど……なーんか怪しいのよね」
円の指摘にルイと上森は思わず顔を見合わせた。
「マネージャーは本当はどこにいるんですか? 知っているのなら教えてください!」
みのりは二人に詰め寄った。目を見開き、抑えきれない熱が声に滲み出ている。今にも弾けんばかりの勢いだ。
ルイは胸の奥がひりつくのを感じた。見ると、円も顔をしかめている。みのりの焦げるような不安が〈B-Laster〉で共有されているのだと不思議と確信があった
「……二人とも、これを見て」
ルイは諦めたように、SRCデバイスを取り出した。
「いいのかい、ルイくん?」上森は目を丸くする。
「ン、もう隠せそうにない」
ルイは二人に画面を向けた。流れているのは、街中で戦う巨大ロボットたちの中継映像だ。周囲を見下すように佇む〔レイスドール〕の前で、〔フォルティード〕が膝をついている。戦況は火を見るより明らかだ。
「これとマネージャーに何の関係が?」
「……このボロボロの青い機体に乗っているのが、マネージャーなの」
※
東京都の地下には、公にされていない秘密路線がいくつも敷かれている。それらの多くは戦前に建設されたまま放置されているのだが、その中にひとつだけ政府や軍ですら把握していない古道が存在する。
その古道は秘密路線よりも遥か昔に作られたものであり、いくつもの急勾配や螺旋階段―古道が掘られたと思われる時代にそぐわない高度な建築技術によるもの―を経て、地下400メートルにまで続いていた。
古道の先に広がっていたのは、巨大な空間だ。中央にあるのは祭壇と思われる高台、その周囲には祭壇上で祀られていたものを守るように柱が円状に並んでいた。恐らくここは「神殿」なのだろうと有賀イオは推測した。
そして、今。
少年はサファリハットを脱いで天井を仰いでいた。力任せに開けられた大穴の奥には小さく青空が見える。
「ねえ、クレイヴァー。彼らはもしかして……」イオは瞳を輝かせて訊ねた。
『ああ、恐らく見つけたのだろう――この時代の〈
*
ルイが話し終えた後、しばらくの間、沈黙が降りていた。遠雷のようにロボット同士の戦闘音が聞こえてくる。
「ち、ちょっと待ってください。それじゃあ、お兄ちゃんとルイちゃんは、わたしたちに嘘を付いていたんですか?」
みのりは動揺を隠せずにいた。その表情は、先ほどの冷笑の嵐の中にいたときよりも歪んでいる。
ルイはただ頭を下げることしかできなかった。
「……ごめんなさい」
「ご、誤解しないで欲しいのですが、我々が身分を偽っていたのは、決して赤羽根さんと群青院さんを傷つけるためではないのです」
上森がルイに代わって弁解するが、彼の言葉は空しく回るばかりであった。
「ひとつ、教えて」円は低い声で言う。「アンタたちにとってアイドルの活動は、片手間だったの?」
「違う! 私も班長も仕事で手を抜いたことはない。これまで、一度たりとも」
ルイは言いながら、自分がこれほど大きな声を出したことに驚きを隠せなかった。
円はルイの言葉を嚥下するように静かに頷いた。
「分かった、信じるわ」
「怒らないの?」
「一緒にアイドルやってるのよ。ルイの言葉に嘘はないことくらい分かるわよ。……今はそれで納得してあげる」
「……ありがとう」
「さあ、行きましょう」上森は視線を車に向ける。「白縹班長は今、お二人を守るために死力を尽くして戦っています。彼の思いを無駄にしないためにも、どうか避難を」
「あ、あの、それは分かりました。わたしたちなら自分で避難所まで行けるので、上森さんとルイちゃんはお兄ちゃんを助けてあげてください」
ルイは固い面持ちで頭を振る。
「巨大ロボット同士の近接戦闘……巨大戦において、私たちが介入できることはほとんどないの」
「重機よりも巨大な鉄塊が高速で激突するのです。歩兵は近付くことすらままならないのですよ」上森は移動を急かすようにいう。
「そんな……」
みのりは愕然として目を落とす。頭に浮かぶのは、先ほどの中継映像だ。
ルイと上森は口にこそしていないが、今の主水が危機的状況にあるのは素人目でも分かる。
せっかく再会できたのに、もう二度と会えなくなるかもしれない。燻っていた不安が胸の中でどんどん大きくなっていくのを感じる。このままでは、不安で身を焼かれそうだ。
――辺りの景色が暗くなったことに気が付いた。雲で太陽が隠れたにしては影が近い。
ふと隣に目を向けると、円たちが揃って口を半開きにしたまま宙を見つめていた。
みのりは眉を潜めて三人の視線を追う。そして、小さな悲鳴と共に彼女たちと同じ顔になった。
三体の巨大な動物が、みのりたちを見下ろしていたのだ。
「ど、動物のロボット?」みのりの喉が震えて声が漏れた。
赤い鷹、青いイルカ、黄色い獅子。鮮やかな色彩と機械仕掛けの体が、かろうじて三体が怪獣の類でなく、人の手によって造られた存在であることを示していた。
しかし動物のロボットからは、ゴールデン・アイドルの審判員のような刺々しい敵意は感じない。むしろ、大きな両目に見つめられていると、優しく包み込まれるように心が暖かくなる。
円とルイも同じ気持ちなのだろう。二人の顔から徐々に緊張が解けていく。
三体の動物のロボットは、みのりたちが自分を受け入れつつあることを感じ取ったのだろうか。大きく口を開き、三人に家ほどの大きさの顔を近付けた。
「えっ?」
「はっ?」
「ふ、二人とも逃げて──」
動物のロボットたちは、三人のアイドルを呑み込むと、そのまま宙へと飛び立っていったのであった。
そのあまりにも現実離れした光景に、上森は小さくなっていく影を呆然と見送ることしかできなかった。
ルイが地面に落としていったSRCデバイスが振動する。SRCの長である仙からの着信だ。非常時の最中にルイからの定時連絡が途絶えたため、安否確認を行っているのだろう。
上森が電話に出ることができたのは、超常現象への対応マニュアルが体に染み付いていたからだ。
「こちら上森です」と半ば機械的に応答する。
『なぜ上森特尉が? 浅黄特尉の身に何かあったのか?』
「三人の〈ブラスター〉が、巨大な動物に食べられてしまいました」
『……なんだって?』
上森が正気を取り戻すには、もう少しばかりの時間を要した。
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