第11話 繋がって、ウルティメット(8)

 ゴールデン・アイドルの撮影は放送局の中で最も広いスタジオで行われていた。中央にアイドルがパフォーマンスをするためのステージがあり、それを囲むように観客席が設けられている、さながらファッションステージのような構造で、その規模はライブ会場といっても過言ではない。番組の放映が始まって以来、四方八方からファンたちの喝采を浴びるステージは、若きアイドルの憧れであり目標であった。


「ど、どうして?」


 青ざめるみのりの呟きが会場に響いた。〈B-Laster〉のデビュー曲を歌い終えたというのに、スタジオからの反応は冷ややかだった。喝采の代わりに届いたのは、自分たちを嘲笑う声だ。


「それでは審査員の方々に、彼女たちの歌に対する正直な感想を聞いていきましょう」


 司会者は〈B-Laster〉に目をむけることなく、微笑みながら審査員に話を振った。審査席に座っているのは、いつもと違う顔ぶれだ。中にはみのりが知らない芸人もいた。


「そうですね。私は真のアイドルとは金ヶ崎リン子さんのように、派手なパフォーマンスに頼ることなく、純粋な歌唱力だけで全てを表現できる人のことを指すと思っていますが……残念ながら、〈B-Laster〉の皆さんには難しかったようですね」

「私も同感です。何をしても目立てればそれで良い──そんな下心が歌からにじみ出ていましたね」

「ぶっちゃけ、学園祭の出し物と同レベルですよ」

「いえいえ、田舎のカラオケ大会が関の山でしょう」


 批評というにはあまりにも浅い感想を、審査員たちはまるでゴシップ記事を読み上げるように次々と語っていく。そして司会者は、それを咎めることなく満足気に頷くばかりだ。

 

(やられた……!)


 ルイはステージの上で唇を噛んだ。何故今まで気付かなかったのだろうか。今回の収録の共演者は皆〈B-Laster〉のデビュー以来、人気に陰りが見えているアイドルと、それらと『仲の良い』者たちばかりだ。恐らく観客席の人間も全て関係者に違いない。


(これは〈B-Laster〉を陥れるために仕組まれた茶番だ)


 ルイは特別ゲストとして審査席に座るリン子と目があった。口を閉ざしているものの、その顔はほころんでいる。ゴールデン・アイドルが金ヶ崎プロダクションの息がかかった番組であると考えると、首謀者はひとりしかいないだろう。


(金ヶ崎リン子がここまでする理由はなに? ……まさか〈ブラスター〉のことを知っているの?)


 赤羽根みのりと群青院円は未熟な〈ブラスター〉だ。自分たちの中に〈ウルティメット〉が眠っている自覚はないし、当然それを操る術も知らない。だからこそ、ルイと主水は二人の〈ウルティメット〉が暴走しないよう精神状態には細心の注意を払ってきた。

 そのために、芸能界の外からの脅威に対して警戒していたのだが、まさか芸能界側から攻撃を仕掛けられようとは。ルイは己の間抜けさを呪った。


「ま、円ちゃん、ルイちゃん、わ、わたし」


 みのりの声は今にも消えそうだ。みのりにとって、ゴールデン・アイドルという番組は一つの目標だった。それが今、自分の喉を食い破ろうと牙を剥いているのだ。その動揺は計り知れないだろう。

 ルイの脳裏に浮かんだのは〈ブラスター〉の暴走事故だ。かつて、たったひとりの少女の情動が、色鮮やかな景色を一瞬にして吹き飛ばすほどの爆発を生んだ。周囲に人間がいなかったのは、本当に運が良かっただけだ。

 ルイは心に誓った。もう二度とあの過ちを繰り返してはならないと。

 なのにそれが今、再び起ころうとしている。

 ルイの呼吸が速くなる。頼みの主水は別行動をしている。つまり、この危機的状況を打破できるのは自分しかいない。


(ここは敵地のど真ん中だ。まずは二人をステージから降ろさないと!)


 ――大きな音と共にルイの背中に痛みが走った。円が、ルイとみのりの背中を叩いたのだ。


「二人とも、よく目に焼き付けておきなさい。これが、アタシたちがこれから戦っていく敵の姿よ」


 悪意に満ちた酷評の嵐に晒されているにも関わらず、円は微動だにせず、不敵な笑みを浮かべていた。その笑みは、むしろ批判を楽しんでいるようにも見える。円の態度にルイは驚きを隠せなかった。


「こ、この状況になんとも思わないの?」

「そんなわけないでしょ」円はみのりを一瞥し「はらわたが煮えくり返る気分よ」

「円ちゃん……」

「いい、みのり? アイドルがステージを降りるのは、自分の全てを出しきった時だけよ。──それを邪魔する奴らは、一人残らずブチのめすッ!」

「喧嘩番長」ルイはボソッと言った。

「誰が番長よ。それよりルイ、何か良い案を出しなさい」

「……こんなのはどう?」

「──最高ね」


 円の口角がますます上がった。



「さてさて、皆さん貴重なご意見をありがとうございました。〈B-Laster〉の皆さんは、今回の失敗を糧にしてもっと成長して頂きたいものですね」


 司会者が白々しく語る。そしてステージの上で立ち尽くす〈B-Laster〉を退去させようと、撮影スタッフに合図を送ったそのとき突然、スタジオが暗闇に包まれた。


 「なにが起こった!?」「照明が落ちたのか?」「事故か?」「早く復旧しろ!」と怒号が飛び交う。

 〈B-Laster〉を芸能界から引きずり降ろそうと一丸となっていた現場は、予想外のアクシデントによって混乱の渦に叩きこまれたのであった。

 誰もが慌てふためく中、リン子はただ一人ステージから目を離していなかった。


「──さあ、抗ってみせなさいな」


 天井に吊るされていた撮影照明が、見えない手に動かされたかのように一斉にステージの中央を照らした。誰もが光に釣られて目線を向ける。

 この世界の中心に、赤羽根みのりと群青院円がいた。


「ゴー」

「〈B-Laster〉!」

「ぶっ放せぇぇ──!!」 


 世界が揺れた。このステージが震源地だ。


「な、なんだこの曲は?」

「こんなの聞いたことないわよ!」

「もしかして……新曲!?」

「ていうか、音デカすぎ!!」


 スピーカーから放たれる激しい音の圧が、耳障りな音を吹き飛ばす。テレビ放送の音声基準レベルを優に超えた最大音量だ。


「分かってるわね。少しでも躊躇えば、この爆音に掻き消されるわよ」円が声を張り上げる。

「もう大丈夫です。託してくれたルイちゃんの分まで、わたし全力で歌います!」


 みのりと円の歌声は、一瞬で会場を支配した。透き通る声がの身体を貫き、波のように押し寄せる情熱が心を揺さぶっていく。これは聴く者に共感を求める歌ではない、〈B-Laster〉は此処に在りと世界へ示す魂の叫びなのだ。


「もうハッキングの必要はなさそうだね」


 ルイは手に持つスマホ──正しくは、スマホに装ったSRC制の特注端末──を懐にしまった。ルイのハッキング技術とSRCデバイスがあればスタジオのシステムに侵入し、設備を操ることなど息をするよりも容易いことだ。


 ――やっぱり、本物のアイドルは違うね。


 ルイはステージを見上げて、息を漏らした。

 円とみのりが歌う新曲は先日完成したばかりで、ルイはまだ仮歌すら聞いていない。だから自分はバックアップに回り、ステージは二人に任せた。その判断は正解だったようだ。

 周囲の人間からは最早敵意を感じない。いや、正しくは敵意を抱く余裕すら円とみのりに奪われたというべきか。

 誰もが息を呑み二人に釘付けになっている。会場を漂う冷たい空気は、いつのまにか言葉にならない熱を含んでいた。

 暗闇の中、たったひとつの光の中で歌う二人の姿は、まるで嵐の中で光り輝く灯台だ。どんなに冷たく激しい雨も、この光を消せはしない。


 そして、嵐が過ぎ去った。


 雨雲に隠れていた日が射すように、照明が復旧していく。ステージを切り抜くスポットライトも二人の歌を見届け首を降ろした。

 スタジオが静寂に包まれた。先程まで茶番を繰り広げていた者たちは未だ心の震えを抑えきれずにいた。


「Excellent! 貴方がたの信念がそのまま形になった、素晴らしい歌でしたわ!」

 

 沈黙を破ったのは金ヶ崎リン子だった。称賛を送る傍らで、強い光を宿した眼差しは円とみのりを射抜いている。


「あ、ありがとうございます」

「まあ、この場で正しく評価できるのはアンタだけでしょうね」

「そのようですわね。ただ、惜しむらくは」リン子はルイに視線を向け「だったということかしら」


 ルイは困惑した顔で首を傾げた。

 

「この茶番を仕組んだのは、あなたじゃなかったの?」

「なんのことですの?」

「だって、あなたも審査員たちに混じって嗤っていたから……」

「あら、ワタクシの言葉をもうお忘れになったのかしら? ――ワタクシは、悪口を言われている人間の顔を見るのが大好きなんですのよ! オーホッホッホ!」


 衆目の場であるにも関わらず堂々と笑うリン子の姿に、ルイは開いた口が塞がらなかった。

 この一連の騒動は恐らく番組側の独断、〈B-Laster〉に何かと因縁をつける金ヶ崎リン子への忖度のつもりだったのだろう。しかし、当のリン子が〈B-Laster〉を認めたことで目論見はご破産。ようやく正気に戻った司会者たちは取り付く島もない様子であたふたとしている姿に、ルイは溜飲が下がった。

 つまるところ、これは〈ブラスター〉を巡る陰謀でも何でもない、本当の茶番だったのだ。

 ルイは自分の杞憂をものの見事にぶち壊した三人のアイドルたちに舌を巻いた。


「アイドルって、凄いんだね」

「なーに他人事みたいに言ってんのよ」

「そうですよ、ルイちゃんも〈B-Laster〉じゃないですか」

「いや、私は――」


 ルイは口ごもった。自分の正体は――円とみのりを護衛するためにアイドルに扮していることは――伝えていない。

 ルイが答えに窮していると、懐にしまったSRCデバイスが鈍く揺れた。この振動パターンは、緊急連絡だ。


「ちょっとルイ、収録現場にスマホを持ち込んじゃダメでしょ!」


 スマホを取り出したルイを円が咎める。

 すると追随するように、観客席からけたたましいアラーム音が鳴り響いた。


『緊急速報。市街地に未確認巨大ロボットが出現。当該エリアは住民はただちに最寄りの避難所に避難してください』


 熱気の帯びたスタジオに、硝煙の臭いが漂ってきた気がした。

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