第3話

「こんなもの・・(自分には無理です)」

自分には無理です、は僕が思ったことで、決して口に出したものではないけれど

教頭がにこにこしながら、職員会議の席で、各教師に配る

始業式の日、朝いちばん、子供たちの前でこの原稿を読み上げなければならないというのだ。

「私たちは大きな間違いを犯しました・・」

間違い、間違いって何?

「私たちに日本は戦争に負けました」

 勝つまでは・・じゃなかったのか

「外国の皆さんと仲良く・・」

仲良くって、昨日までの訓練はいったい何のために

「世界の平和にために」

神の国はいったいどこへ行ったのだろう。

教員たちは、みな一様に複雑な表情、けれど誰からも何も言いだすことはない。

永い陰鬱な職員会議が終わった。

もう日がくれてもうすぐ虫の音が聞こえてくるころだ。

僕のもとへ、眼鏡をかけた同僚が駆け寄ってくる、そうしてそっとつぶやく。

「君はこんなことを、生徒の前で言うつもりか・・」

「こんな恥ずかしいことを、生徒の前で恥をかいてでも、言うつもりなのか」

そう言われても、僕には何もかえす言葉がない、

そのまま黙っている僕に同僚はいらだち、こんなことを言い出す。

「どうだい、我々だけでこんなこと背負いこんでも仕方がない、

あの少尉殿、軍事教練のあの少尉殿に相談しよう」

「あの人なら、我々がどうすべきか、それを明確に示してくれるはずだ」

「どうだい、あの人なら、どう言うと君は思う?」

どうと言われても・・あいかわらずに僕は何も言うことができない。

「あの人なら、きっと相談に乗ってくれるはずだ。」

「あの人なら、始業式の朝いちばん、校長にこんなことを言わすことを決して許すはずがない」

「だから、あの人に相談しながら、僕たちで、まっとうな内容の違う原稿を作るんだ」

違う内容って言われても・・第一そんなことをしでかしたら

「いや決して僕たちは間違っていない、間違っているのは教頭や校長だ。」

「だからこそ、生徒に恥ずかしくないように、そんな原稿を作るんだ」

いやそう言われても・・

「君、こんな原稿、生徒に言えるか、恥ずかしくないのか」

そりゃ・・恥ずかしくて、とうてい言えるわけはないけれど

「だったら、生徒の前で、堂々と教師らしくふるまうべきだ。

そう言えるものを作ろうよ」

「このままだったら、君の生徒はどんな顔をするか、考えたことがあるか?」

そう言われて、みんなの顔が頭をよぎる

与一・・級長で、みんなをいつもひっぱって、おにいさんが予科練に今年入った、

おにいさんを尊敬し、おにいさんのようになりたいっていつも

あの与一のまっすぐな視線、そんな視線で見つめられているのに、こんなことを言ったら

どうかえってくるだろう。

忠太、軍事教練のときに、地面にふせることがどうしてもできず、あげくの果てに

校庭で吐いてしまった、あの時くだんの少尉殿と一緒になんて言っただろう。

そんな忠太に、こんなことを言ったら・・

鈴子、お姉さんが工場へ行ったまま帰ってこなかったのはほんの2か月前だ。

どうなったのかと泣き止まない彼女にどう言っただろう。

そんな鈴子に、こんなことを・・

みんなの顔が浮かぶ、そうして、こんなことを言う自分、

それに対する子供たちの反感、それに対していったいどうすれば

子供たちの前で、あろうことか教師の自分が立ち往生してしまう

そんな恥ずかしい、いやあってはならない姿が頭の一瞬にして像をむすぶ

ああ、そうです、そうです、今までのままでないと

今までのままであることが、なによりも子供たちのためなのだから

そうなのだ。なにも変える必要はない、変わる必要はない、

そんなことをぶつぶつと繰り返す僕

とっぷりと暮れ、虫の声だけが盛大になる、

とぼとぼと家路につく僕

そうしてまた湖から風が吹き、雑木林の枝々がざわめく

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