第2話
静かだ、昼間あんなにうるさかったセミの声もいまは聞こえない
街にあかりは、やはり・・ついていない、
そうして自分のかっこうはというと
あいかわらずの防空頭巾に携帯食をくくってままで
薄いふとんにもぐりこんでいる
ときおり、湖から吹いてくる風が、蚊帳のすそをなぶっている。
湖から吹く風、昨日も吹いていたのだろうか、
昨日のことを想い出そうとしても、
ぞくぞくするような蒸し暑さのことだけであとは何をしていたのだろう。
あの昼のラジヲ放送はいったい何だったのだろう。
とぎれとぎれ雑音がほとんどで、
おそれかしこくも、何をおっしゃられておられるのか
正直よくわからなかった。
その後もくりかえし同じものが流されてきて、
そのたびに、職員室で直立不動している職員たちに次第にざわめきが起こり出す。
ざわめきだした職員の顔を覗き見てみると、しだいに何が起こったのか
何が終わったのか、それが少しづつわかってきた。
けれどそれって本当のことなのだろうか、確認したくて、隣のものの表情を
覗き込もうとする自分の不穏さに気づいて、
あわてて、また元の直立不動のもどる
軍刀をたばさんだ教練教官の少尉が、下をむいて嗚咽している姿が
なんとも場にそぐわなくて、それを滑稽だと思ってしまうのはどうしてだろう。
上をむいたままの校長は、いったいどんな表情をしていることだろう。
さっきから目をつむったままの教頭は、いったい何を考えているのだろうか。
そんなことを思う自分、申し訳ないような、誇らしいような
校庭のあの大きなバクダン池、ほとんど残っていない窓ガラス、いものつるを鈴なりにつるしたひも、職員室に置いている黒ずんだ焼夷弾の破片
夕方、誰から言いだしたということもなく、職員たちが会費室へ集まった。
校長も教頭も役場へいったまま帰ってはこない。
あの軍事教練の少尉殿はいったいどこへ行ったのだろう。
あした、子供たちの集合時間はいつも通りでいいのだろうか、
集まった子供たちになんと言えばいいのか
勤労奉仕に向かう工場へは連絡しておかなくてもいいのか、
もし連絡がとれたとしても、なんと言おう。
それよりも夏休みはあと2週間しかない。
夏休みが終わったら、学校へみなが登校してくる、
朝、朝いちばん、朝礼でいったいこどもたちに何と言えばいいのか
「戦争は終わりました・・」
なぜと聞かれたらなんと答えよう
「日本は負けました」
負けるはずのない神国日本じゃなかったのか
なぜ負けたのかと言われたらなんと答えよう
負けたといったい誰が言ったの?
そう言われたらどうしよう、教室正面の御真影に対して
子供らには今までと同じでいいのか
もう訓練は必要ない?一応念のため続けておいたほうが・・
そうなのか、本当に続ける必要があるのか
軍事訓練のことなのだから、続けるべきかどうか
ご担当の少尉殿にお伺いした方がよくないか
少尉殿はいったいどこへ行ったのだろう
放送の時には、みな神妙な表情で何も言わなかったのに
こうして集まった場は、なにかから解放されたかのように
自分のことを言うことだけで精一杯だ。
見苦しくないか、子供たちにこんな姿見せられるのか
結局、こうだと誰も言い切れるはずもなく
あしたも、いつもどうりに学校に子供たちを学校へ集合させて、
それから工場へ向かうべきなのかどうなのか
それは集合させてから決めよう
結論とは言えない結末
なんとはなく散会になってしまった。
夜は長い、こんなにも夜は長かったのだろうか
そうして静かだ。
また湖から風が吹いている。
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