黒猫のセレナ

入江 涼子

第1話

   あたしは元は貴族のご令嬢だった。


  ところがとある悪い魔法使いによって呪いをかけられた。人から猫になってしまうというタチの悪いものだ。最初は両親と3つ上の兄が解呪の仕方を探してくれていたが。1年が経ち、2年が経っても猫の姿のまま。高名な魔術師や呪い師、医師にまで診てもらった。けど「お嬢さんの呪いはとても強いし根が深い。我ら魔術師が束になっても解けるかどうか」といらないお墨付きを得ただけだった。確か、あたしが人間の年でいうと10歳の頃だ。呪いをかけられたのは。そうして5年が経ち、15歳になろうかというのに。未だに猫の姿でいる。両親は去年あたりから解呪を諦め、領地にある屋敷に引っ込んでしまった。兄はまだ諦めずに王都の屋敷にてあたしと暮らしてくれている。

  今日も猫の姿のあたしこと--セレスティア・ファーズを膝の上に乗せて頭を撫でてくれた。兄ことスティーブ・ファーズは妹であるあたしを見捨てずにいてくれている。


「……セレナ。もうお前が猫になってから5年が経つね。今日はお客様が来るからそのつもりでいておくれ」


『……え。お客様ですって?』


  口は動かさずに兄に頭の中で直接話しかけた。あたしの住むここはフォルド王国と言って魔法が普通に使われている。あたしも猫の姿だと人と話すのもままならない。なので兄や知り合いの魔術師に念話や簡単な魔術を習った。手--前脚を動かすだけでもできる魔術というと風を起こしたり水を操ったりくらいだが。それを習得するのに3年はかかった。人の状態であれば、半年も経たずにできたであろうに。当時の悔しい気持ちが再燃してきてムカムカしてきた。兄はそれを感じ取ったのか苦笑する。


「セレナ。そう怒らずに。今日のお客様はヒルティ公爵閣下だよ。お前を引き取りたいと仰せなんだ」


『あたしをねえ。酔狂な方だこと』


「……実はね。公爵閣下はお前の事情をご存知なんだ。解呪の方法も知っておられるとか」


『解呪の方法ね。わかったわ。会います』


「お前がその気になってくれて嬉しいよ。やっとセレナも人の姿に戻れるかもしれないね」


  兄は穏やかに笑うとあたしの頭をまた撫でた。それは心地よくてゴロゴロと喉を鳴らしたのだった。


  この日のお昼、二の刻にヒルティ公爵がやってきた。勝手に中年の太ったおじさまを思い浮かべていたが。エントランスにて兄に抱っこされた状態で会った彼はすらっと背が高くてまだ若い男性だった。兄より3、4歳は上くらいだろうか。顔もキリッとした眉と二重の切れ長な瞳、すっと通った鼻

 筋、顎の線もすっきりしていて。眼を見張る程の美男だ。髪は艶やかな黒髪で瞳は深みのある碧である。


「……今日はお招きいただきありがとう。久しぶりだね。ファーズ候」


「ええ。お久しぶりです。ヒルティ公爵閣下」


  兄はよそ行きの笑顔で答える。ヒルティ公爵は手を差し出す。すぐに兄が気付いて握手を交わした。すぐに放すと公爵はあたしに目線を移した。


「ほう。可愛らしい猫だね。こちらが?」


「はい。公爵閣下にお話をした通りこちらが例の猫です」


「わかった。ファーズ候。この子は静かだね」


「……お誉めいただきありがとうございます」


「礼はいいよ。名を聞いても?」


「セレナと言います」


  兄が言うと公爵はあたしをじっと見つめる。不意に頭を優しく撫でられた。にっこりと微笑まれて戸惑う。

  その後、咳払いをした兄により応接間に行くまで公爵はあたしを撫で続けたのだった。


  あたしは人前なのでみゃあうと鳴いた。公爵はニコニコと満面の笑顔だ。兄が言うには大の猫好きらしい。ある日にあたしを見かけてからずっと気になっていたそうだ。あたしは見かけが真っ黒な毛色に淡いエメラルド色の(兄が言うにはだが)瞳の猫である。いわゆる黒猫だ。公爵は黒猫を特に気に入っているとか。そこで兄に打診を思い切ってしたらしい。

  そしたら兄は「条件を呑んでくれるのなら譲ってもいい」と言った。公爵はあたしの事情を説明され、その上でも「我が家に迎えたい」と言ってくれたそうで。一通り2人からの説明を聞いてあたしは胸中でふうむと唸った。


「……まさか、セレナが人だったとはね。最初に聞いたときは驚いたよ」


「それはそうでしょうね。それでも妹を妻として迎えたいと仰せになって。僕としては嬉しい限りですよ」


「まあ、一生猫のままでも大事にするよ。けどそれだとセレナ自身が嫌だろうね」


  あたしは目で兄に合図を送る。すぐに気付いてもらえた。兄の膝から降りるとすとっと音を立てて公爵に近寄る。念話で話しかけた。


『……初めまして。ヒルティ公爵様』


「……ああ。初めまして。ファーズ候爵令嬢」


  あたしが言うと驚きながらも公爵は返答してくれた。彼は不意に立ち上がる。驚いた事にあたしの前に跪いた。


「改めて名乗るよ。私はモーリス・ヒルティという。リズとでも呼んでおくれ」


『あたしはセレスティア・ファーズと申します。セレナとお呼びくださいませ』


  公爵もとい、リズ様はそう言って手を伸ばした。気がついたらあたしの視点がぐいっと上がる。間近にリズ様の秀麗な顔が迫った。どうやら抱き上げられたようだ。


「……ああ。なんと可愛らしい。これだから猫の相手はやめられないんだ!」


  リズ様は先ほどまでのキリッとした顔ではなくデレっとした何とも言えない表情になっていた。しまいにはあたしの腹に顔を埋めようとする。これには鳥肌ならぬ猫肌が立った。


「……ふぎゃあ!!」


  毛を逆立てて前脚を必死に振り回した。ガリッと音がしてリズ様の右頬を引っ掻いていた。さすがに彼も正気に戻ったらしく慌ててあたしを床に降ろす。後ろを振り返ると兄の形相が恐ろしいものになっていた。リズ様の右頬には三筋ほどの引っ掻き傷ができている。そこからじわりと紅い血が出ていた。あたしは一目散に兄の足元に駆けた。


「……何をしておいでか。ヒルティ公爵閣下」


「……す、すまない。つい可愛いくて。やり過ぎてしまった」


「この子は猫の姿をしてはいますが。これでも未婚の令嬢ですよ。それなのにあらぬ場所に顔をくっつけようとするとは!」


  兄は静かに怒っている。リズ様は年上のはずだが。タジタジだ。あたしはそっぽを向いてやった。途端にリズ様はしょんぼりと悲しげな表情になる。ちょっと罪悪感が湧くが。気づかぬふりをしたのだった。


  リズ様は兄にこってりと絞られつつも帰っていく。あたしはそれを窓辺で眺めていた。最後にリズ様は解呪の方法を教えてくれてはいた。なんでも満月の夜に月の聖女が作った聖水を頭から浴びたらいいそうだ。けどそれだけでは不十分だとか。聖水を浴びた後ですぐに異性の気を受け入れないと元の木阿弥だとリズ様は言っていた。確か、キスをしたらいいとかだったっけ。まあ、兄は「僕の可愛いセレナに手を出させるくらいだったら猫のままでいい」とのたまっていたが。猫の状態とはいえ、ほうとため息をつく。リズ様は月の聖女に聖水を作っていただけるように頼むとか。半月ほど時間をくれと言われた。次の満月の夜がちょうど半月後らしい。あたしは5年もの間、ずっと猫だった。その日々も終わるのか。そう思うと嬉しさと名残惜しさが同時に湧き出してくる。ちょっと複雑ではある。暮れていくオレンジ色の空をぼんやりと見上げたのだった。


  翌日からリズ様は我が屋敷に来るようになった。目的はあたしと遊ぶのと親睦を深めるため……らしい。兄は渋い表情をしていたが。御構い無しだ。あたしは最初は逃げ回った。追いかけてこないでよ、変態!

 

「……セレナ嬢。待ってくれ!!」


『……嫌に決まってるでしょうが!!』


  あたしはふみゃあと言いながら必死に走る。今はお昼時なので兄は執務中だ。当然ながら助けてはもらえない。仕方ないので昔からお世話をしてくれているエルザというメイドの後ろに回りこんだ。


「……あら。お嬢様。公爵様がまた追い回してきたのですか?」


  みゃあと鳴いて返答する。エルザは苦笑しながら持っていたほうきを使ってく。一通りすると遠慮がちにあたしを抱き上げてメイド用の部屋に向かう。


「こんな狭い場所で恐縮ですけど。しばらくはこちらにおられたら良いと思いますよ」


『……ありがとう。エルザ』


  お礼を言うとエルザはあたしの喉を撫でてくれた。本当は駄目なのだが。助けてくれたのでおとなしくされるがままだ。エルザと共にメイド用の部屋に避難したのだった。


  その後、リズ様が帰ったというのでそろりとエルザの部屋から出た。注意しながら自室に戻る。幸い、誰もいない。あたしはかつて使っていたベッドにぴょんと跳んで上がる。ふかふかの布団の上に寝そべった。ふいふいと尻尾を揺らす。もうリズ様に追っ掛け回されてヘロヘロだ。瞼を閉じて寝た。気がついたら深い眠りに入っていたのだった。


  早いもので10日が過ぎた。あたしは夜中に起きて窓辺に行くと半分のお月様を眺める。何故か、リズ様もいた。あたしの背中をずっと撫でている。さすがに10日も経つと逃げるのを諦めた。その代わり、追いかけ回すのをやめる事と過剰なスキンシップは禁止という条件を出した。渋々ながらリズ様は受け入れてくれたが。


「……セレナ。後もう少しで聖水が手に入る。それまでの辛抱だよ」


『そう。リズ様にはお礼を言わないとね』


「私はすぐにでも君を我が家に連れて行きたかったのに。兄君が却下してきてね。せめて人の姿に戻れるまで待てと言われたよ」


『それはそうでしょう。あなた、本当に短気よね』


「君だからこそだよ。本当にわかっていないね」


  リズ様は苦笑しながら言う。あたしの体をそっと抱き上げる。目線を合わせるようにされた。深みのある碧の瞳が月光を受けて凪いだ夜の海のようだ。つい、見とれてしまった。


「……セレナ。いや。セレスティア。私は君が好きだ。猫であっても人であっても」


『……リズ様』


  真剣な表情で言われる。あたしはお返事の代わりにふみゃあと鳴く。リズ様は抱き直すとあたしの喉を撫でた。その手つきは優しく丁寧だ。しばらくうっとりと彼の温もりに身を委ねたのだった。


  5日後にちょうど満月の日になった。とうとう解呪の儀式が行われる。あたしはそわそわと落ち着かない気持ちでいた。リズ様は夕方にやってきた。その手には硝子製の瓶が握られている。


「……来たよ。セレナ」


『ええ。今日はよろしくお願いします。リズ様』


  返事をするとリズ様はメイドのエルザにあたし用の衣服の準備と兄への言伝を頼んだ。あたしは彼に抱き上げられると庭に出た。ガセボの近くに来ると煌々と満月が輝いている。リズ様は自分が着ていた外套を脱ぐと地面に敷いた。


「セレナ。これから聖水を君にかける。強く人であった頃を思い浮かべてくれ」


  そう言われてから外套の上に降ろされた。あたしは強くまっすぐな黒髪と淡いエメラルドの瞳の姿の自身を思い浮かべた。瞼を閉じながら念じていると冷たい何かが頭の上からかけられる。


「……我、モーリス・フェン・ヒルティはセレスティア・イルミナ・ファーズをあるべき姿に換えさむ。月光神ルーシア神に請い願う!!」


  リズ様の詠唱する呪文が聞こえると共に体がカッと熱くなった。鈍い痛みも起こる。声にならぬ悲鳴をあげながら必死に耐えた。


「……う。あああ!!」


  猫のものではない悲鳴が耳に届く。ぎしぎしと体の節々が軋む。こんな時間がずっと続くのかと思いながら体をぎゅっと丸めた。けど違和感があり瞼をそっと開けた。すぐ近くにリズ様の顔がある。満月の光に照らされて黒い髪と綺麗な碧の瞳がキラキラと輝く。パチパチと瞬いていたらぐっと顔が近づいて温かく柔らかい何かが口元に当てられる。そこから温かい何かがじんわりと流れ込んできた。体にそれが巡るとふわふわとなる。瞼を閉じると口元に当てられた何かは角度を変えてきた。何度かされると強烈な眠気がくる。何かが離れると意外に逞しいリズ様の胸に倒れ込んでいた。あたしは意識を手放したのだった--。


 

  翌日、心配するエルザによってあたしはお風呂に入れられ、衣服を着せられた。鏡を見るとなんとあたしは猫の姿ではなかった。目を丸くしてまだあどけなさの残る少女が映っている。まっすぐで艶やかな黒髪に淡いエメラルドの瞳の美少女がいてあたしはじっと凝視をしてしまう。白い陶磁器のような肌、ほんのりとピンク色の頬、薔薇のように色づいた唇。超がつく美女に育つだろうこと間違いなしね。我ながらそう思った。ちなみに今は淡い緑色の落ち着いたデザインのワンピースを着ていた。エルザも心なしか涙ぐんでいる

 。


「……無事に人に戻れましたね。良かったです。お嬢様」


「……ええ。今まで色々と迷惑をかけたわね。エルザ」


「迷惑だなんて。そんな事は思っていません。けどこれで一安心ですね」


  エルザはにっこりと微笑む。赤茶色の髪と淡いルビーのような瞳の可憐な感じのエルザも美女だ。平均的な身長だが出る所は出て引っ込む所はちゃんと引っ込んだグラマラスな体でちょっと羨ましい。あたしはまだまだ成長途上期のせいか、特に胸元は寂しい。て。そんな事を気にしてどうする。あたしは首を横に振って考えを切り替えた。


「ねえ。今日はリ、ヒルティ公爵様は来ていないの?」


「ああ。公爵様はちょっとお仕事が忙しいとかで。しばらくは来れないと仰せでした」


「……そう。じゃあ、会えない日が当分は続くわね」


  あたしが言うとエルザはちょっと困ったような表情を浮かべた。どうしたのだろうと思い、小首を傾げる。

 

「……お嬢様。とりあえず、人に戻れたと言っても昨日は寝込んでおられたのですから。もうお休みになっては?」


「そうするわ。まだちょっと頭がぼんやりするのよ。今から仮眠を取るわね」


「わかりました。では早速、寝室の用意をしますね」


  頷くとエルザはパタパタと小走りで行ってしまう。しばらく待ったのだった。


  あたしはそれから1週間は寝て起きての繰り返しの期間を送った。兄が時々来ては「何か必要な物はないか?」と訊いてくる。とりあえず、部屋着にできそうなワンピースや夜着が欲しいと言ってみた。後、調度品でクッションが欲しいとも。そうしたら3日と経たない内に兄はワンピースを5着、夜着も3、4着、クッションを3個程を贈ってくれたのだ。これには驚いた。エルザもこっそり肌着類を揃えてくれたし。さらに母からもお茶会用のドレスや靴、アクセサリーが届けられ、驚きの連続だった。リズ様からもハンケチーフ、リボンに可愛らしいワンピースなどが届いたのだが。沢山の贈り物の箱が部屋に積み上げられたのには苦笑するしかなかった……。


  やっと庭を散策できる程になったのは人に戻った夜から数えて半月後だった。リズ様と出逢って1カ月が経とうとしている。今日はやっと彼が我が家にやってくると手紙が兄に届けられた。あたしはじっとしていられなくて庭をそぞろ歩いている。時間が来たらエルザが知らせにくる手はずだ。ぼんやりとそう思いながらぽかぽかと暖かい春の陽気の中、歩く。ふと花壇に咲いていた赤い花を眺めた。確か野バラだったか。小さな可憐な花には似つかわしくないトゲが茎にびっしりとある。けど不思議と嫌いではない。猫の時よりも色鮮やかさが違うなと思った。じっと見つめていたら影がさした。


「……レディ。こんな所にいましたか」


  低いヴァリトンの声が聞こえた。心地よい音にあたしはピクリと体が震える。猫の時によく掛けられたけど。今の方が良く聞こえるのは何故か。ゆっくりと後ろを振り返るとさらさらとした艶やかな黒髪に深い碧の綺麗な瞳のとびっきりの美男が佇んでいた。その表情は穏やかに微笑んでいる。


「……リズ様。やっと来てくれたのね」


  涙ぐみながら言うとリズ様は笑みを深めた。瞳は優しくこちらを見つめる。あたしがどうしようかと悩んでいたらリズ様はゆっくりと歩み寄った。気がついたら彼はすぐ目の前にいる。


「ええ。人の姿で会うのは初めてでしたね。改めて初めまして。セレスティア嬢」


「敬語はなしてもよくってよ。でも。初めまして。モーリス様」


「……人であっても君は綺麗だ。猫の時も可愛らしかったが」


  リズ様もとい、モーリス様はそっとあたしを抱きしめた。あの夜と同じように彼は力強く体を腕で囲う。ちょっとだけ切なくなったのは内緒だ。


  あれから、4年後にあたしはリズ様と結婚した。両親と兄、リズ様のご両親などのごく少数の人々を呼んでのこじんまりとした結婚式を挙げた。真っ白なウェディングドレス姿のあたしと白のモーニング姿のリズ様に双方の親族は微笑ましげに笑っている。実はあたしってリズ様と身長差がリンゴ一つ分はあった。4年前まではね。今は伸びてリンゴ半分くらいになっていた。これにはリズ様も兄も驚いていたが。


「……セレナ。綺麗だよ」


  ヴァリトンの声で言われた。顔に熱が集まる。既にあたしは神父様のいる祭壇のすぐ前にいた。リズ様もだが。不意打ちで言わないでほしい。恥ずかしいではないか。そうこうするうちにヴェールを上げられた。にっこりと嬉しそうなリズ様がいる。顔を近づけられて誓いのキスをした。それと同時に神父様が大きな声で言った。


「……これにて2人の婚姻は成立しました。今後も神のご加護があらん事を!!」


  その言葉が終わった途端、わあっと歓声と拍手が起こる。兄はちょっと涙ぐんでいた。あたしの両親もだ。リズ様はあたしの腰に腕を回す。頬に軽くキスをされた。余計に歓声が大きくなったのは気のせいではないはずだ。


  結婚式と初夜をつつがなく終えた。あたしは王城にて当代の月の聖女様に会う事ができた。まだ、6歳の小さな女の子だった。お名前はシェリア・フィーラ公爵令嬢だ。傍らにはこのフォルド王国の王太子であるエリック殿下がおられる。


「……このたびは聖水を作っていただきありがとうございました」


「お礼はいいですわ。けど解呪がちゃんとできて良かったです」


「これも全部聖女様のおかげです。殿下からも許可をいただいて。本当に何度お礼を申し上げても足りないくらいです」


「……セレスティア様。あの。ヒルティ公爵様と末長くお幸せに。またお会いできる日を楽しみにしていますわ」


「ええ。聖女様もお元気で」


「……ヒルティ公爵夫人。俺からも言わせてくれ。夫君と仲良くしてくれな。でないと父上や周囲が困るんだ」


  殿下からの意外な言葉に目を丸くする。あたしは王城でのリズ様の勤務態度を少しだけ知る事ができた。


「……わかりました。旦那様には後で忠告しておきますね」


「そうしてくれると有り難い。まあ、余計な事を言ったな。元気でな」


「はい。殿下方もお元気で」


  笑顔で手を振った。殿下と聖女様も小さく振ってくれたのだった。


  屋敷に戻ると旦那様--リズ様が帰ってきていた。あたしは早速にエリック殿下と聖女様--シェリア様に会った事を話した。


「……へえ。殿下と聖女様に会えたんだね」


「ええ。あんなにお小さいとは思わなかったわ」


「けど。とても優秀な方々だよ。将来はさぞかしと言われている」


  リズ様の言葉にへえとなる。確かにお2人とも6歳とは思えないくらいにしっかりとしていた。リズ様はあたしの体をぎゅっと抱きしめた。


「……リズ様?」


「……セレナ。私と一緒に今日は寝ようか?」


  その言葉にちょっと反応してしまう。一緒にというのは当然ながらただ同衾するだけではない。込められた意味にカッと体が熱くなる。リズ様はあたしの顎をとらえるとキスをしてきた。仕方ないので答える。その後、寝室に直行したのはいつもの流れだ。懐妊するのも間近だと自身で思ったのは言うまでもなかったのだった……。


  --完--

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